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13.メイドside
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知らないというのは幸せなことだと、つくづく思う。
しがない男爵家に生まれ、高位貴族の家に仕えた。
うちの家はどこにでもある男爵家。
貧しくもなければ、裕福すぎることもない。
ごくごく普通。
私の場合もまた、普通の男爵令嬢として伯爵家に仕えた。
もう少し頭が良ければ教師になれただろう。
後、もう少しだけ伝手があれば嫁に行っただろう。
田舎の男爵家なので、知識は広く浅く。
上の兄と下の弟の勉強を見てあげられるほど頭もよくない。
そこそこ顔はいいけれど、それこそ本当にそこそこ。貴族令嬢の中では普通に埋没するレベル。
お仕えする伯爵家のお嬢様は、本当に綺麗な方で。
綺麗なだけではなく優しい。
そんなソーニャお嬢様はこの度、公爵家に嫁がれることになった。
お嬢様は「私は兎も角、ローレンスはいいのかしら?公爵家の当主ならもっと良い家からお嫁さんを貰うべきだと思うのだけど」と結婚式目前までずっと気にされていた。
ブルクハルト伯爵家は本来、「侯爵」になってもおかしくない家柄。
伯爵家の代々の当主が「家格が上がればその分だけ税を国に納めなければいけなくなるじゃないか。その上、プライドばかり高い連中との付き合いが益々増える。冗談じゃない。我が家は今のままで十分満足している」と家格を上げることを拒み続けているから侯爵にはなっていないけれど。
それがなければ伯爵家はとうに侯爵になっていただろう。
王家に嫁ぐことも出来る家柄なのです。
公爵夫人になられたソーニャ様は驕ることもなく、お優しい。
「で?今日のパーティーでソーニャに無礼な口をきいた馬鹿は誰?どこの令嬢?」
「はい。一応、隣国の侯爵家の令嬢でして……」
「ああ、あの家ね」
「ご存知で?」
「勿論だよ。あそこの家から娘を嫁にどうか、って話しがきてたからね。阿婆擦れ王女との結婚が無くなった途端にだよ?まあ、結婚式に参加してたから情報は確保してたんだろうけど。最近、投資に失敗したって聞いたから、『あらまあ、大変』くらいにしか思ってなかったけど」
「あ、はい。その家のご令嬢です」
「困るんだよね、この手の馬鹿って。自分にめちゃくちゃ自信があるタイプ。そういうのってね、『自分の思い通りにならないのは自分以外の誰かが悪い』とか本気で思ってんだよね」
「……」
「で、『だから何やっても許される』って考えるようになる。『私は悪くない』って」
「はい」
「今回も前回と同様のパターンだろうね。『伯爵令嬢にすぎない女は公爵夫人に不相応しくない』って。バカだよね。何様って感じ。だいたい没落一歩手前の家が何言ってんだ、って話しだよ。ブルクハルト伯爵家の資産を知らないのかな?自国じゃないから?バカだ。本当にバカだ。そんなんだから没落しかけるんだ」
「仰る通りです」
「取り敢えず、最終忠告だけはしとくか。それでもダメなら潰す」
「はい。そのように手配しておきます」
「うん、頼んだよ」
新妻をこよなく愛するローレンス様。
その愛は深く、重い。
ご自分が傍にいられない時は、それはそれはソーニャ様を心配していらっしゃる。
心配のあまり、ご自分の息のかかったメイドや護衛にその日何があったのかを事細かく報告させるのだ。
妻を四六時中監視する夫。
それがローレンス様である。
実のところ、私の本当の雇い主はローレンス様である。
伯爵家に仕えているように見せて、実際はローレンス様から「僕の愛するソーニャのお世話をしてね」と申し付けられて伯爵家のメイドとして潜入していたのだ。
何故、私だったのか? それは、私の実家がブラッドフォード公爵家の寄子貴族だからである。
それも結構昔からの主従関係で……。何が言いたのかというと、逃げ出すことができない。逃げない人材だ。公爵家に万が一の不測の事態……例えば反逆罪に問われたら、私の一族は運命を共にしなければならなくなる。それだけガッチガチに固められた関係性。だからこそ、男爵家が生き残ってこれたともいうが。
そういった諸々の事情を鑑みた結果、「愛する女性の傍仕えを許せる」とローレンス様が判断したのだ。
怖い。
この時点でも相当恐ろしい。
何故かというと、これを命令した時のローレンス様は王女殿下と婚約をしていたからだ。
幾ら、政略の相手を苦々しく思っているからといって、これはない。ソーニャ様にも別の婚約者がいるのだ。事が公になったらどうするのか、と私は思った。
しかし、その後の騒動の時に私は悟った。
全てがローレンス様の掌の上なのだ、と。
つまりはそういうことだ。
ローレンス様は自分の愛妻を害されるのを一番嫌う。
それこそ、相手がどんな相手でも容赦はしないし、どんな手段でも取る。
そして、その愛妻を害そうとする相手に対してのローレンス様の報復は苛烈だ。
「え?公爵家が?」と思うような方法で相手を追い詰めていく。
そう、例えば……。
「ソーニャに嫌味を言ってきた夫人がいらっしゃいます」と報告すれば、「じゃあその夫人の婚家と実家を潰そうか。あ?何、その顔。公爵家に喧嘩売ったんだよ?潰すに決まってるじゃないか」と軽く言うし。
「ソーニャ様に嫌がらせをしてくるご令嬢がいらっしゃいます」と報告すれば、「ああ……あれね。うん。わかった。ソーニャの視界にも入れたくないし、ちょっと行ってくるよ」と笑顔で立ち上がるのだ。
そしてその後、二度とその貴族は社交界に現れなかったりするのである。
私は知っている。
「嫌がらせをしてきたご令嬢はどうなったのですか?」とメイド仲間が無邪気に尋ねた時、ローレンス様がふっと笑ったことを……。それはそれは優しい笑顔だったそうだ。しかし次の瞬間に背筋が凍り付くほどの無表情になり、「ああ、あれね」と呟いたという。そして、その日から令嬢の話しは誰もしなくなった。君子危うきに近寄らず。そういうことだ。
しがない男爵家に生まれ、高位貴族の家に仕えた。
うちの家はどこにでもある男爵家。
貧しくもなければ、裕福すぎることもない。
ごくごく普通。
私の場合もまた、普通の男爵令嬢として伯爵家に仕えた。
もう少し頭が良ければ教師になれただろう。
後、もう少しだけ伝手があれば嫁に行っただろう。
田舎の男爵家なので、知識は広く浅く。
上の兄と下の弟の勉強を見てあげられるほど頭もよくない。
そこそこ顔はいいけれど、それこそ本当にそこそこ。貴族令嬢の中では普通に埋没するレベル。
お仕えする伯爵家のお嬢様は、本当に綺麗な方で。
綺麗なだけではなく優しい。
そんなソーニャお嬢様はこの度、公爵家に嫁がれることになった。
お嬢様は「私は兎も角、ローレンスはいいのかしら?公爵家の当主ならもっと良い家からお嫁さんを貰うべきだと思うのだけど」と結婚式目前までずっと気にされていた。
ブルクハルト伯爵家は本来、「侯爵」になってもおかしくない家柄。
伯爵家の代々の当主が「家格が上がればその分だけ税を国に納めなければいけなくなるじゃないか。その上、プライドばかり高い連中との付き合いが益々増える。冗談じゃない。我が家は今のままで十分満足している」と家格を上げることを拒み続けているから侯爵にはなっていないけれど。
それがなければ伯爵家はとうに侯爵になっていただろう。
王家に嫁ぐことも出来る家柄なのです。
公爵夫人になられたソーニャ様は驕ることもなく、お優しい。
「で?今日のパーティーでソーニャに無礼な口をきいた馬鹿は誰?どこの令嬢?」
「はい。一応、隣国の侯爵家の令嬢でして……」
「ああ、あの家ね」
「ご存知で?」
「勿論だよ。あそこの家から娘を嫁にどうか、って話しがきてたからね。阿婆擦れ王女との結婚が無くなった途端にだよ?まあ、結婚式に参加してたから情報は確保してたんだろうけど。最近、投資に失敗したって聞いたから、『あらまあ、大変』くらいにしか思ってなかったけど」
「あ、はい。その家のご令嬢です」
「困るんだよね、この手の馬鹿って。自分にめちゃくちゃ自信があるタイプ。そういうのってね、『自分の思い通りにならないのは自分以外の誰かが悪い』とか本気で思ってんだよね」
「……」
「で、『だから何やっても許される』って考えるようになる。『私は悪くない』って」
「はい」
「今回も前回と同様のパターンだろうね。『伯爵令嬢にすぎない女は公爵夫人に不相応しくない』って。バカだよね。何様って感じ。だいたい没落一歩手前の家が何言ってんだ、って話しだよ。ブルクハルト伯爵家の資産を知らないのかな?自国じゃないから?バカだ。本当にバカだ。そんなんだから没落しかけるんだ」
「仰る通りです」
「取り敢えず、最終忠告だけはしとくか。それでもダメなら潰す」
「はい。そのように手配しておきます」
「うん、頼んだよ」
新妻をこよなく愛するローレンス様。
その愛は深く、重い。
ご自分が傍にいられない時は、それはそれはソーニャ様を心配していらっしゃる。
心配のあまり、ご自分の息のかかったメイドや護衛にその日何があったのかを事細かく報告させるのだ。
妻を四六時中監視する夫。
それがローレンス様である。
実のところ、私の本当の雇い主はローレンス様である。
伯爵家に仕えているように見せて、実際はローレンス様から「僕の愛するソーニャのお世話をしてね」と申し付けられて伯爵家のメイドとして潜入していたのだ。
何故、私だったのか? それは、私の実家がブラッドフォード公爵家の寄子貴族だからである。
それも結構昔からの主従関係で……。何が言いたのかというと、逃げ出すことができない。逃げない人材だ。公爵家に万が一の不測の事態……例えば反逆罪に問われたら、私の一族は運命を共にしなければならなくなる。それだけガッチガチに固められた関係性。だからこそ、男爵家が生き残ってこれたともいうが。
そういった諸々の事情を鑑みた結果、「愛する女性の傍仕えを許せる」とローレンス様が判断したのだ。
怖い。
この時点でも相当恐ろしい。
何故かというと、これを命令した時のローレンス様は王女殿下と婚約をしていたからだ。
幾ら、政略の相手を苦々しく思っているからといって、これはない。ソーニャ様にも別の婚約者がいるのだ。事が公になったらどうするのか、と私は思った。
しかし、その後の騒動の時に私は悟った。
全てがローレンス様の掌の上なのだ、と。
つまりはそういうことだ。
ローレンス様は自分の愛妻を害されるのを一番嫌う。
それこそ、相手がどんな相手でも容赦はしないし、どんな手段でも取る。
そして、その愛妻を害そうとする相手に対してのローレンス様の報復は苛烈だ。
「え?公爵家が?」と思うような方法で相手を追い詰めていく。
そう、例えば……。
「ソーニャに嫌味を言ってきた夫人がいらっしゃいます」と報告すれば、「じゃあその夫人の婚家と実家を潰そうか。あ?何、その顔。公爵家に喧嘩売ったんだよ?潰すに決まってるじゃないか」と軽く言うし。
「ソーニャ様に嫌がらせをしてくるご令嬢がいらっしゃいます」と報告すれば、「ああ……あれね。うん。わかった。ソーニャの視界にも入れたくないし、ちょっと行ってくるよ」と笑顔で立ち上がるのだ。
そしてその後、二度とその貴族は社交界に現れなかったりするのである。
私は知っている。
「嫌がらせをしてきたご令嬢はどうなったのですか?」とメイド仲間が無邪気に尋ねた時、ローレンス様がふっと笑ったことを……。それはそれは優しい笑顔だったそうだ。しかし次の瞬間に背筋が凍り付くほどの無表情になり、「ああ、あれね」と呟いたという。そして、その日から令嬢の話しは誰もしなくなった。君子危うきに近寄らず。そういうことだ。
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