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番外編

35.ある娼館の経営者3

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次の日、俺は紳士に依頼を完了したことを報告した。

老人が一体誰だったのかは最後まで分からなかったが、詮索しようとは思わない。
紳士が言うには、老人の最後の言葉は「やっと会えた。……、結婚しよう」だったらしい。

「よほど惚れてたんですね」
「ああ、愚かな男だ。あんな女のために一生を棒に振ってしまったというのに。恨み言一つ言わなかった。それどころか女を擁護する始末だ。あの女の所業は他国の者ですら知っているというのに」

どうやら俺が思った以上に訳アリの娼婦だったようだ。

「だが…大伯父は、あの女だけを愛し続けてましたよ。屋敷から出られるようになっても、婚姻が認められる立場になっても、ずっと……。女が行方をくらましたと聞いた時は必死に探して…何年もかけて女を探し求めましたよ。女の居場所をみつけた時は、飛び出して行きましたよ。もうかなりの歳になっていたのに護衛の者を振り切ってね。あの老体のどこにあんな力があったのか」

おいおいおい!男の方も訳アリかよ!!
なんだか、ただの男と女の話って訳じゃなさそうだ。

「他人から見たら、大伯父は女に騙された愚かな男でしょう。
身分も地位も財産も、本来なら人から尊敬されるような人になるはずだったのに……あの女のせいで全てを台無しにされた。
私の一族は今でも女の事を許してはいません。
ですが、周りから世間から、あの女がどれだけ悪し様に言われようと、大伯父は女を一途に想い続けてました。
世間から見た女の真実は、大伯父にとっての真実ではなかった。大伯父にしか知らない女の真実があったんでしょう。世間で噂されるような女ではない、というものが。大伯父が女の事を話すことは稀でした。ただ、よく御自分を責めていましたよ。『あの時もっと上手く立ち回っていたら彼女を生き地獄へ落とすことにはならなかったのに』と、懺悔していたのが印象に残っています。
大伯父の死で漸く我が一族も、あの女の呪縛から解放されます」

女によって破滅させられる男の話は、こんな業界にいれば嫌ってほど耳に入る。
高級娼婦は男の身ぐるみ剥いで、なんぼだ。男や世間だって分かってる事だろ?
紳士が語る『女』は本当に娼婦か?

「愚かな男が一生を賭けて愛したんです。死んだあとは、もう自由にしてやるべきでしょう」

紳士は苦笑すると、少し羨望めいた表情で、男の真実を告げた。

「愚者が貫き通した“真実の愛”なのですから」

男は愚かなまでに愛に生きた。
それは他人の俺でも理解出来た。



紳士に報告した数日後、王国の嘗ての宰相家が爵位を返上し、ヘッセン公国を去った事が新聞の片隅に載った。今では数少ない王国出身の高位貴族であっただけに、他の王国出身の貴族は驚きを隠せなかったようだ。写真が小さすぎたのでハッキリとは断言できないが、例の紳士と面差しが似ていた。
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