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番外編
34.ある娼館の経営者2
しおりを挟む毎年、春になるとうちの娼館の裏にある小さな教会に墓参りする老人がいる。
身なりや立ち居振る舞いからして貴族だろう。
それも、元王国人の貴族だ。
よくいる没落貴族じゃない。
今なお健在の数少ない貴族だ。
なんで分かるのかって?
雰囲気だな。
元王国貴族は洗練されてて優雅だ。一方、帝国貴族は何処かしら武人を思わせる。無骨という程ではないが、鍛え上げられた肉体がそう見せているのかもしれない。
老人はいつも赤いバラを一輪だけ墓に供えて帰って行く。
その老人について詳しいのは、裏の教会を維持しているのが、実は俺だからだ。
あの教会は『娼婦たちのための教会風建築物』として建造されている。なので、教会に正式に登録されている訳じゃない。そのため、神父なんて勿論いない。ならなんで、教会を俺が維持しているのかというと祖父が建てた物だからだ。
俺の知っている祖父は信心なんて全くない人だった。なんで教会なんて建てたのか理解できなかったが、うちの商売を継いだ時に理解した。表立ってはいないが、うちの女達は『公娼』だ。教会で墓を建てることだって許されない存在だ。秘密にしてるからバレないだろう、と思っていたら痛い目にあう。
教会は独自の情報網を持っているからな。
うちがスパイ組織だって事はバレなくても、『公式に認められた高級娼館』てことまではバレる。
そうなったら厄介極まりないらしい。
教会にとって公娼は『地獄の業火に焼かれる存在』だ。
馬鹿らしいにも程があるが、お偉い宗教家がそう言って憚らない。
まったく、お前らだってお忍びでうちの店を利用してるだろうが!
なにが教義だ!
くそったれ!!!
公娼の墓碑銘には『ローズ』とだけある。
恐らく偽名だろう。
訳アリの公娼の墓である事は確かだ。
それでも老人にとっては関係なかったらしい。
公娼を一途に愛していた。
老人は元貴族だった。
てっきり現役貴族だとばかり思っていたがそうではないらしい。
ただ、平民落ちしたのは老人だけで、一族は現役貴族というのだ。老人が身に着けている物をよくよく観察すると二流品だった。だが、それすらも一流に見えてしまうのは老人の放つ気品ある立ち居振る舞いのせいだろう。本人が申告したので間違いないだろうが、俺の目には『今も貴族』に見えた。
ローズという名前の公娼は若い頃の恋人とばかり思っていたけど、違った。老人の友人の恋人だった。それでもずっと片思いしていたそうだ。疎遠になってから数十年ぶりに二人は再会し、昔と変わらない友情で老人は公娼を支え続けたらしい。
俺の親父から聞いた話だ。親父は老人を知っていた。
公娼が亡くなる数日前に、二人は結婚の約束を交わしていた。
相手は引退したとはいえ『公娼』だ。
正式な結婚は出来なかっただろう。
公娼が亡くなった時、老人は遺体を抱きしめて「愛している」と声をかけ続け、涙を流していたそうだ。
一度、記者らしい男に老人が執拗に迫られていた場面を見た事がある。
小声で聴き取りにくかったが「稀代の悪女の話をしてくれたら大金を払う」とか言っていた。
老人は記者に目もくれず「話すことは何もない」と言い放っていた。
それでも、しつこく食い下がる記者に対して、老人は、
「残念だが、世の中には金で動かない人間もいる。どうしても彼女の事を話せというならば、私に答えられることは只一つだ。
“彼女ほど美しく素晴らしい女性はいなかった”、それだけだ。帰って君のボスにそう伝えたまえ。私は、彼女との愛の思い出を売り買いするほど落ちぶれた人間ではない」
と即座に答えた。
その後、老人も風邪を拗らせて呆気なく亡くなった。
老人の死から数日後、親族らしき男性が老人の髪が入った骨壺を持って教会にやってきた。
公娼の墓に一緒に入れてやって欲しい、とのことだ。
紳士は見た目に反してトンデモナイことを言いやがる。
要は、墓を掘り返せ!という事だ。
だが、大金の入ったケースを見るとやるしかなかった。
生きていくためには金は必要だ。
老人のように思い出だけで生きていけるほど悟ってないんだ。
善は急げ、という。
その日の夜に『ローズ』という墓碑銘が刻まれた墓を掘り返した。
墓の中には公娼とは思えない宝石の数々がぎっしりと埋まっていた。
一瞬、王侯貴族の棺かと思う程だ。
いや、今のご時世、宝石で埋め尽くす王様はいない。
そんなのは古代王族がする事だ。
ただ、キラキラ輝く宝石に埋まる女性の白骨の上に、無造作に置かれた枯れた花がやけに目についた。
触ったら間違いなく崩れ落ちる枯れた花は、バラだった。
たぶん、赤いバラだったんだろう。
そして、それを棺に置いたのは老人だ。
俺は、老人の骨壺をバラの近くに置いた。
まるで、女性がバラと壺を抱きしめているように見えた。
どんな曰く付きの女か分からないが、この女は幸せだろう。
死んでまで愛してくれる男がいるんだ。女冥利に尽きるってもんだ。
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