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番外編
29.公王陛下5
しおりを挟むその後、母上の希望で私の結婚相手が決まった。
相手はまさかの王家。
王妃腹の王女殿下だった。
「一体どういう心境の変化ですか? 王女殿下との婚約など…私が王配になる事を反対なさっていたのに。王女殿下と婚姻してよろしいのですか?」
「王配にさせることは今も反対です。ですが、王女と婚姻する事には賛成ですよ。この結婚にはメリットがありますからね」
「私が王女殿下と結婚した暁には、帝国から王国の主権が回復する、といった内容が社交界で囁かれていますよ」
「あらあら。ヘッセン公爵家はそのようなこと一度も言っていませんけど、王国貴族は相変わらず楽観的なのですね。それとも、帝国とヘッセン公爵家を甘く見ているのかしら? まぁ、好きに言わせておくといいわ」
母上はなにやら画策している。
恐らく、帝国と連携している事は間違いないな。
「一体何をするおつもりですか?」
「まるで、なにかを企んでいるかのような言いよう…息子が母に言うセリフかしら。酷いわね」
「私や弟たちに隠れて父上と共になにかをしている事は明白です。いいのですか『慈愛の姫君』ともあろうお方が」
「随分と昔の話を持ち出してきたわね。もう、『姫』と呼ばれる歳ではありませんよ。ふふふっ」
コロコロ笑う母上だが、今もその名は健在だ。
自分を陥れ殺そうとした者すら許し、その命を惜しんだ。
「母上は今でも若々しくお美しいですよ。あの悲劇以降は、凛とした気高い美しさから、儚さまで漂うようになって、より魅力が増したと評判になったとか」
「貴男にそんなことを聞かせるのは誰かしら?」
「勿論、父上ですよ」
「まったく、息子相手に惚気話を聞かせるなんて」
「あの悲劇のお陰で母上と婚姻する事が出来た、と常々言ってますからね。愚かな王太子に感謝しているとも語っていましたよ。そうでなければ自分と母上は絶対に婚姻出来なかったからとも言ってましたが…身分違いという程でもないと思うのですが。父上の実家は、帝国の名門軍閥の出身であり、爵位は侯爵。父上自身が四男で、後を継げる爵位が無かった事からですか? 陸軍に入って直ぐに頭角を現したとも聞き及んでいますが…王国での駐留任務が無ければ帝国で爵位を得ていたほどの実力者とも聞いていますし……」
「そうねぇ。彼自身は問題は無かったわ。問題だったのは、彼の祖父世代かしらね」
「なにかあったのですか?」
「彼、貴男のお父様の祖父は元皇族。しかも第一皇子だったの。でも侯爵家に婿入りした」
「お家騒動ですか……」
「帝国では珍しくないわ。当時、嫡出の第三皇子と側妃腹の第一皇子との皇位継承争い。勝ったのは第三皇子だったけれど、第一皇子の優秀さを惜しむ声は大きかったそうよ。苦肉の策で、第三皇子派閥にいた侯爵家が第一皇子を引き取ったといったところね」
「よく、帝国がその程度で許しましたね」
「皇帝となった第三皇子と第一皇子は元々仲が良かったそうだし、第一皇子自身も帝位は望んでいなかったことも大きいわ。野心を持った母親とその親族を切り捨てられなかった甘さは有りますけどね。でも、第三皇子に情報を流していたのも第一皇子だという噂もある訳だから真実は分からないわ」
「私は帝位を争い敗北した曾祖父を持ってるんですね」
「えぇ。私の祖母である帝国皇女は皇帝になった第三皇子の唯一の同母妹。世が世なら、お父様とお母様は敵同士という訳ね」
「父上はそんな昔の事を未だに気にしているんですね」
「私達にとっては大した事でない事も、人によっては大した事になるものよ。未だに煩く言う人達もいるそうだから」
「そうですね………」
「貴男の婚姻も同じことよ。次期ヘッセン公爵が王女を娶る。これをヘッセン公爵家と王家の雪解けだと考える者は多いでしょうね。王家によって陥れられ自死を選ばざるを得なかった被害者の息子が、加害者側の王女を妻に迎えて大切に扱えば世間の評判は増すものだわ。その渦中で些細な事が起こったとしても『致し方なし』と思えるほどにね。」
なるほど。
母上はこの婚姻に価値を見出している訳か。
他にもなにかありそうだが、今聞いても教えてはもらえないだろう。
だが確実に王国人が逆らえないように画策している。
ただ、王国が帝国から自由になるなど夢でしかない。
母上の言った通り、この婚約で、王家を始めとした王国貴族は、ヘッセン公爵家と帝国が王家と王国を許したと思うだろう。
そんな訳がないのに。
恐らく、これは王国の終焉の始まりだ。
私の読み通り、王国は地上から消滅した。
消滅と言っても滅ぼされた訳ではない。
王家がヘッセン公爵家に譲位したからだ。
裏で色々あった事は間違いないが、表向き平和な解決策である。
今日を以て王国の名前は消える。
この国は『ヘッセン公国』として生まれ変わるのだ。
私は『公王』となった。
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