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24.エピローグ
しおりを挟むその日、新しい国に、新しい王が誕生した。
元は歴史ある王国であったが、数十年の間に、治世が乱れ、他国の信頼も地に落ちてしまっていた。
普通ならば、他国からの圧力や侵略などが起きていてもおかしくはなかったし、その前に、国内でクーデターが起こっていても不思議ではなかった。
それが起きなかったのは、偏に、帝国の存在が指摘されるだろう。
他国から『異常な国』として白い眼を向けられ、外交をもってしても信頼回復が出来ず、国同士の交流さえまともに出来ずにいた王国の後ろ盾になっていたからだ。
帝国は大陸の中でも指折りの大国であった。
歴史も古く、豊かな帝国はなによりも『武』に秀でていた。
力ある者の責務として、弱く儚い者を庇護する精神が、帝国の皇族にはあった。
なにより、王国には帝国の姫君が嫁いでもいたのである。
既に姫君は亡くなっていたものの、直系の姫君がいた。
帝国と王国の血を併せ持つ高貴な姫君は、容貌だけでなく、才能豊かで、心映えも素晴らしく、いずれは王国の王妃になられる方だと、世間では疑いなく信じていた。
姫君の夫になられる方は、王国の王太子殿下であった。
身分としては申し分なかったが、姫君に比べると、血筋も才も今一つパッとしない人物であったが、姫君が王太子を幼少から補佐していた事もあり、いずれは似合いの夫婦になるであろうと、考えられていたのである。
しかし、そうはならなかった。
王太子は一方的に姫君との婚約を破棄するお触れをだし、姫君を『罪人』として捕えようとしたのである。
逃げられない事を悟っていた姫君は、自らの潔白を証明するために毒を呷られた。
幸いにも、一命を止めることができたのは奇跡といえよう。
何故、王太子がそのような愚かな事をしたのか。
理由は、一人の女の存在であった。
王太子は、身分卑しい悪女に騙されてしまった事が原因だったのだ。
その悪女に騙されたのは王太子だけではなかった。
王国の重鎮である貴族子弟の殆どが、悪女の誘惑に嵌っていた。
悪女は実に巧妙である。
子弟たちのコンプレックスを刺激し、初心な男心をいいように操ったのだから。
しかも狙い処は確かである。
悪女が誘惑したのは、未来ある貴族たちばかりなのだ。
まさに稀代の悪女である。
姫君の命を賭けた行動がなければ、悪女とその仲間たちが王国を乗っ取っていたのだ。
これほど恐ろしい事は無い。
悪女の背後関係は今をもってしても詳しく分かっていないが、悪女の実家は黒い噂が絶えない貴族であったそうだ。
当然、その貴族は取り潰されたが、話はそれだけで終わらなかった。貴族は他国との交流が盛んであった。真の黒幕がどこかの国の誰か、ということも十分考えられる。
本来なら、関係者全員が公開処刑されているはずであったが、最大の被害者である姫君が、彼らの命を惜しんだ。
「命は一つだけです。
それ故に大切にしなければなりません。
私は彼らを憎んではおりません。彼女も、彼女に導かれた者達も、まだ若いのです。たった一度の過ちで命を落とされる必要性を私は感じません。私に対する罰だと仰るのなら、どうか、彼らの命をお取りにならないでください。
私はそのような事は望んでいないのです。
どうしても贖罪が必要だと仰るのなら、私と彼らが二度と会うことなく、彼らの能力に見合った場所で活躍していただけることを望みますわ」
心清らかな姫君は、自身を罠に嵌め殺そうとした者たちを許した。
姫君は後に、帝国から婿を迎え、実家を盛り立ててゆく。
その姫君の息子が、新たな国の、新たな王になった。
人々は、そのことに喜び勇んで祝福したという。
新たな国の名前は『ヘッセン公国』。
その首都の名前は、姫君の名前にちなんで『アレクサンドラ』と呼ばれる事になった。
それが教科書にも載る真実である。
ただ、『ヘッセン公国』になった数年後に、何故か元王国貴族の名前が貴族名簿から大量に消えた。
実力主義の帝国式である『ヘッセン公国』の政治方式についていけなかったとも、時世を読むことができなかったからとも言われているが、真偽は不明である。
何時の時代も、歴史は勝者が決めるもの。
そこに幾つもの事実はあれど『真実』としての光は当たらない。
歴史の闇に飲み込まれたものに光が当たるのは何時になることか。
少なくとも、百年の時は必要である。
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