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52.第三王子side ~優秀な二人の兄2~
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「チャスティー」
ふいに名前を呼ばれて、慌てて顔をあげる。
「あ、兄上……」
いつの間にいらしたのか。二番目の兄、ペイシェンス第二王子が立たれていた。
慌てて席を立って礼を取ろうとする僕を、兄は手で制した。
「いい、そのままでいい」
「ですが……」
「いいと言っている。それより、少し話をしないか?」
兄はそう言って、僕に椅子を勧めた。
「話……ですか?」
「ああ」
兄から話を持ちかけられるのは珍しいことではない。ペイシェンス兄上は何かと僕を気にかけてくださる。
「お茶の用意を」
側に控えていたメイドに命じると、ペイシェンス兄上は僕の対面の椅子に腰を掛けた。
「そう、難しく考えるな」
「ペイシェンス兄上……?」
「チャスティーは他者に気を使い過ぎるからな。余計な事まで考えているのだろう」
「それは……」
この兄には敵わない。
僕の胸の内などお見通しなのだろう。それは王太子である兄上も同じだ。
「お前が思っているよりもグリード公爵家は話しが分かる。お前ももう分かっているだろうが、あの家は他の貴族派とは違う。貴族派のトップだが、貴族派の中では異分子に近い」
「はい……」
それは感じていた。
グリード公爵家は、貴族派の筆頭でありながら、他の貴族派とは少し違っている。筆頭にいるからなのか、とも思っていたが……。一線を引いているかのようで強力なリーダーシップを発揮する場面もある。だからこそ不気味に感じてしまうかもしれない。
「チャスティーの苦手なタイプだろうが、グリード公爵家は信頼できる」
「貴族派ですが……」
「だからこそだ」
「?」
「もしグリード家が貴族派のトップでなかったら、今頃、王国は二つに割れていただろう」
「言い過ぎでは……」
「いや、そうとも限らない。だから、私や兄上はグリード家を王家の味方につけたいと思っているし、そうするべきだと考えている」
「兄上……」
グリード公爵家は王家に忠誠を誓っている訳ではない。
だからと言って、王家に敵対することもない。
「三ヶ月後、私は辺境に行く。辺境伯家に婿入りするためにな。正式に婚姻するのは半年後になる。これから先、そう簡単には王都には来られないだろうし、チャスティーとゆっくり話せるのも今しかない」
「兄上……、それでは……」
「ああ、チャスティー。私は王族ではなくなる。だからこそ言う。チャスティー、気を抜くな。私は王族としてお前に期待しているんだ。この先、お前が歩む道は私よりもずっと険しいだろう。お前の婚約者であるユースティティア嬢は神童として名高い。だからこそ、その横に立つお前は常にユースティティア嬢と比べられることになる。それは学園でも同じことだ。……王族として初めて王立学園に通っているお前が陰で色々言われているのは知っている。すまない。だが、これからの王族としては必要なことだった」
「分かっています」
「そうか」
兄は安心したように笑った。
「ユースティティア嬢と仲良くな。彼女はお前にとっての救いになるはずだ」
「はい……」
「チャスティー、お前は私の弟だ。それはずっと変わらない。忘れるな」
そう言って笑う兄上は、少し寂しそうでもあった。
「はい。兄上」
ペイシェンス兄上の言葉。
それに隠された本当の意味を僕が知るのは、もう少し先のことになる。
微妙な国際状況は僕が思っていた以上に深刻で、別妙なバランスで成り立っている。
王宮内でも同じで、ペイシェンス兄上がいる事によっ保たれていた兄弟仲。僕も兄上達も、そして弟も、互いの置かれた立場を理解し、尊重していた。だが、それは何時崩れるか分からない均衡で成り立っていた。
それに気付い時には遅かった。
己の無知と無力さに打ちひしがれるだけ。
状況を変えるのは、いつだって行動を起こした者だけだ。
この時、まだ僕は何も知らなかった。
何故、兄があんな言葉を残したのかも。この先に待ち受ける未来も……。
「おじいさま、少し宜しいでしょうか」
「どうした、ユースティティア」
「チャスティー殿下が、猫を拾って飼っているみたいですわ」
ふいに名前を呼ばれて、慌てて顔をあげる。
「あ、兄上……」
いつの間にいらしたのか。二番目の兄、ペイシェンス第二王子が立たれていた。
慌てて席を立って礼を取ろうとする僕を、兄は手で制した。
「いい、そのままでいい」
「ですが……」
「いいと言っている。それより、少し話をしないか?」
兄はそう言って、僕に椅子を勧めた。
「話……ですか?」
「ああ」
兄から話を持ちかけられるのは珍しいことではない。ペイシェンス兄上は何かと僕を気にかけてくださる。
「お茶の用意を」
側に控えていたメイドに命じると、ペイシェンス兄上は僕の対面の椅子に腰を掛けた。
「そう、難しく考えるな」
「ペイシェンス兄上……?」
「チャスティーは他者に気を使い過ぎるからな。余計な事まで考えているのだろう」
「それは……」
この兄には敵わない。
僕の胸の内などお見通しなのだろう。それは王太子である兄上も同じだ。
「お前が思っているよりもグリード公爵家は話しが分かる。お前ももう分かっているだろうが、あの家は他の貴族派とは違う。貴族派のトップだが、貴族派の中では異分子に近い」
「はい……」
それは感じていた。
グリード公爵家は、貴族派の筆頭でありながら、他の貴族派とは少し違っている。筆頭にいるからなのか、とも思っていたが……。一線を引いているかのようで強力なリーダーシップを発揮する場面もある。だからこそ不気味に感じてしまうかもしれない。
「チャスティーの苦手なタイプだろうが、グリード公爵家は信頼できる」
「貴族派ですが……」
「だからこそだ」
「?」
「もしグリード家が貴族派のトップでなかったら、今頃、王国は二つに割れていただろう」
「言い過ぎでは……」
「いや、そうとも限らない。だから、私や兄上はグリード家を王家の味方につけたいと思っているし、そうするべきだと考えている」
「兄上……」
グリード公爵家は王家に忠誠を誓っている訳ではない。
だからと言って、王家に敵対することもない。
「三ヶ月後、私は辺境に行く。辺境伯家に婿入りするためにな。正式に婚姻するのは半年後になる。これから先、そう簡単には王都には来られないだろうし、チャスティーとゆっくり話せるのも今しかない」
「兄上……、それでは……」
「ああ、チャスティー。私は王族ではなくなる。だからこそ言う。チャスティー、気を抜くな。私は王族としてお前に期待しているんだ。この先、お前が歩む道は私よりもずっと険しいだろう。お前の婚約者であるユースティティア嬢は神童として名高い。だからこそ、その横に立つお前は常にユースティティア嬢と比べられることになる。それは学園でも同じことだ。……王族として初めて王立学園に通っているお前が陰で色々言われているのは知っている。すまない。だが、これからの王族としては必要なことだった」
「分かっています」
「そうか」
兄は安心したように笑った。
「ユースティティア嬢と仲良くな。彼女はお前にとっての救いになるはずだ」
「はい……」
「チャスティー、お前は私の弟だ。それはずっと変わらない。忘れるな」
そう言って笑う兄上は、少し寂しそうでもあった。
「はい。兄上」
ペイシェンス兄上の言葉。
それに隠された本当の意味を僕が知るのは、もう少し先のことになる。
微妙な国際状況は僕が思っていた以上に深刻で、別妙なバランスで成り立っている。
王宮内でも同じで、ペイシェンス兄上がいる事によっ保たれていた兄弟仲。僕も兄上達も、そして弟も、互いの置かれた立場を理解し、尊重していた。だが、それは何時崩れるか分からない均衡で成り立っていた。
それに気付い時には遅かった。
己の無知と無力さに打ちひしがれるだけ。
状況を変えるのは、いつだって行動を起こした者だけだ。
この時、まだ僕は何も知らなかった。
何故、兄があんな言葉を残したのかも。この先に待ち受ける未来も……。
「おじいさま、少し宜しいでしょうか」
「どうした、ユースティティア」
「チャスティー殿下が、猫を拾って飼っているみたいですわ」
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