伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子

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47.精神科医side ~心の闇2~

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「弟なんか欲しくなかったの……」

「おやおや。弟は嫌かい?」

「うん」

「どうしてだい?」

「だって、お父さんもお母さんも生まれてくる子供のことばっかり」

「それは酷いね」

「うん。お姉ちゃんになるんだからって言われたの。だからね、我が儘を言ってお母さんを困らせたらダメだって」

「それは誰が言ったんだい?」

「お母さん」

 シュンとした表情の患者はどこまでも幼い。
 甘えたい盛りの子供が「お姉ちゃん」になることを親に強制される。それ自体よくあることだ。何も彼女だけが特別じゃない。親の愛情を独り占めにしたい。幼い子供が無意識に思うことだった。

「皆もね、お姉ちゃんになるんだねって」

「そう言われるのが嫌だったんだね」

「うん。だってエンビーは“エンビー”だよ?“お姉ちゃん”って名前じゃないもん」

「そうだね」

「先生はエンビーの味方?」

「勿論」

「エンビーのこと嫌いにならない?」

「勿論だとも」

「本当?」

「ああ。先生はね、エンビーちゃんが大好きだからね」

「弟よりも?」

「当たり前だよ。会ったこともない弟君よりもエンビーちゃんの方がずっとずっ~~と大好きだからね」

 これくらい大好きだと腕を大きく広げてアピールするアシヌス先生。
 それを見てやっと少女は笑った。
「そっか」と嬉しそうに、安心したように。

「エンビーもね、先生が大好き!」

 アシヌス先生の真似だろうか。
 少女は大きく両手を広げる。
「えへへっ」と笑っていた少女が急に真顔になってポツリと呟いた。

「ねえ、先生」

「なんだい?」

「エンビーの秘密を教えてあげる」

「秘密?」

「うん。誰にも言ったことのない秘密」

「おやおや、それを先生に教えてくれていいのかい?」

「うん。先生はエンビーの味方だから。でもね、誰にも内緒なの。だから先生も誰にも言わないって約束してくれる?」

「勿論だよ。エンビーちゃんと先生との約束だ」

 アシヌス先生は少女と小指を絡めた。
 少女は「指切りげんまん嘘ついたらハリセンボン飲~ます」と歌う。
 そして、少女は秘密を話した。

「あのね、エンビーはね……」

 マジックミラー越しに少女は秘密の話をアシヌス先生にする。
 自分と大好きな先生だけだから大丈夫、と思っているのだろう。他の誰かが同じ空間に居れば違っただろう。少女は決して秘密を口にしなかった筈だ。それを思えば短期間で少女の信頼を得たアシヌス先生は凄い。
 秘密を話し終えた少女はアシヌス先生に言う。

「エンビーちゃん。それはエンビーちゃんのせいじゃないよ」

 少女はきっと誰かにその言葉を言って欲しかったのだろう。
 ボロボロと大粒の涙を流して呻き声一つ上げずに泣いていた。

「エンビーちゃんは悪くない」

 アシヌス先生は少女の頭を優しく撫でる。
 少女は静かに泣き続けた。


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