伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子

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45.精神科医side ~実に興味深い2~

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「私達は医者。それも精神科医よ。患者の心をケアしてナンボでしょう?」

「君の場合は、建前としては、だろう」

「いいじゃない。結果的に患者は幸せになったんだから」

「幸せ……ね」

「まだまだ問題はあるけど、こういうのは積み重ねよ。それにああいった事例がまた起こった時、対処が今までと格段と違ってくるものよ。認知度は大事。貴方が思っている以上にね」

「認知度か」

 確かに、彼女の言うことも一理ある。

「世の中はまだまだ精神を病んだ人達への偏見は多いんだから。それに、精神を病んだ人への差別もね」

「ああ……そうだな」

「でも、それは私達精神科医が変えていかなければならないことよ。そうでしょう?」

「確かに」

 相変わらず口が回る。
 彼女と話しているといつもこうだ。のらりくらりと躱され、いつの間にか彼女のペースに持って行かれる。だから苦手なんだよ。

「で?結局どうするの?貴方の患者さん。まあ、滅多に見ない症例だもの。このままってわけ……ないわよね。当然、論文にして発表するんでょう?」

「……」

「沈黙は肯定と取るわよ」

「……まだ、考え中だよ」

「言い訳は結構よ、私達の仲じゃない」

「どんな仲だ」

「ふふっ。まあ、そう怒らないでよ。一個人として、一人の精神科医として実にいいサンプルだとは思うわ。面白い。貴方がつい本音を洩らしたように『実に興味深い』わ」

 ニヤリと笑う彼女。
 幼児退行の症例はある。少ないが。エンビ―・ラースの場合は違う。ただの幼児退行ではなく、過去の出来事が混ざり合っている感じだ。実家で暮らしていた時と伯爵家での暮らし。その両方が混ざり合って彼女の中で一つになろうとしている。
 自分の感情をそのまま手紙に綴る。
 どこか幼さが残る文章。きっと自分の記憶の中で辻褄を合わせようとしているのだろう。

「現実逃避とはまた違う形での幼児退行だ」

「そうね」

「これはあくまで私の見解だが。例の患者にはまだ何かあるのかもしれない」

「以前、催眠療法で色々聞き出したんじゃないの?」

「ああ。随分素直に話してくれた。だがもしかすると何か見落としている部分があるのかもしれない」

「患者が離していないってこと?」

「いや、例の患者は素直に語ってくれたが……。どうもしっくりこないんだ」

「あら?貴方でも手を焼くのね」

「茶化すな」

「ごめんなさい。それじゃあ、貴方が質問をしていないものがあるんじゃない?だから患者も話さなかった。いいえ、この場合、聞かれなかったから話さなかった、と言うべきかしら」

「なるほど。確かに、それはあり得るかもしれないが……」

 一通りの話は聞き終わっている。
 質問していない事柄などないように思えるが……。

「私からしたら、もう少し情報が欲しいところだけど。例えば、この亡くなった弟のこととか」

 意外な言葉が彼女から飛び出してきた。
 死産した弟。
 患者に聞くことは無かったと記憶している。

「あら?意外そうな顔をするわね」

「いやぁ、死産しているから関係ないと思って聞かなかったが……」

「じゃあ、一度聞いてみた方がいいじゃない」

「は?だが……」

 幼児の時に死産した弟が関係しているとは思えない。
 彼女が殺した訳でもないし。

「意外と何かあるのかもよ?」

「死産した理由が患者にあると?」

「さぁ。それは聞いてみないとね。弟が死んだことは間違いなく患者のターニングポイントよ。そうでしょ?弟が死ななかったら母親は王家から乳母の打診なんてなかったでしょうし、あったとしても断わっていた可能性は高いわ。それに患者が伯爵家に行くこともなかったかもしれない。私としては死産した弟が大きく影響を与えているように思えるわ」

 確かに弟が死んだから現在の彼女があると言ってもいい。彼女の人格形成に影響を及ぼしているかどうかは分からないが。全く関係ないのかもしれないし、本当に影響を受けた可能性も否定できない。

「ま、聞くだけならタダよ。今なら催眠使わなくても答えてくれそうじゃない?」

「悪化したらどうするんだ」

「その時はその時でしょ。経過観察ってことで、患者に会いに行けばいいじゃない。何か分かるかもよ?」

「……分かった。聞いてみよう」

「素直でよろしい」

 茶化すなと言いつつ茶化してくる彼女。
 私は本当にコイツのこういうところが苦手なんだよ!!



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