伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子

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43.とある医師side ~手紙の行方2~

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「あれ?でも先生、例の患者さんの手紙の宛先って、確か伯爵家でしたよね?」

 そらきた。
 目ざといのは何も患者だけじゃない。
 看護師もだ。

「先生、もしかして手紙って戻って来てるんじゃないですか?」

「……」

「でも、毎日書く手紙の宛先が伯爵家って……どう考えてもおかしいですよね?あの患者さんは貴族には見えませんよ?まあ、この間、頭を強く打ったのは聞いていますけど。でも、受け答えはちゃんとしているし、言動は……ちょっとおかしいですけど、そんな患者さんがここでは結構な数いますしね。重篤患者って訳でもないし……」

「あぁ……うん……そうだね」

 私は視線を泳がせて曖昧に相槌を打った。
 それはそうだ。ここの病院は精神的におかしくなった患者が多い。重篤患者と比べたら、多少言動がおかしくても大したことはない。それは事実だ。しかも看護師は重篤患者もたくさん見ている。今受け持っている患者も重篤者が多かった筈だ。だからだろうか。多少おかしな患者には慣れている。悲しいくらいに。

「先生の様子からして、戻って来てるんですね。あの手紙」

「あ……うん」

「やっぱり。で、どうするんですか?」

「どうするもこうするも……」

「先生、例の患者さんのご両親に渡してあげた方がいいんじゃないですか?間違って送られてくる手紙に伯爵家も困るでしょうし。こちらから現状を伝えて対策をお願いした方が良いんじゃないですか?変に伯爵様に目を付けられたら一般人なんてひとたまりもないですよ」

「うん……そうだね……」

 曖昧に返事をするしかなかった。
 そうしたいのは山々だが、できない理由もある。

 王都の精神科医からの依頼だ。

 患者の精神安定のためにも両親との交流は控えるように言われている。
 これは仕事の一環だ。
 患者の為なのだ。

 デスクの引き出しには数十通の未開封の手紙が溜まっている。
 宛先は全て王都のプライド伯爵家だ。
 当然というべきか配送不着扱いで戻って来ている。
 この数を見るだけで、患者の精神が安定しているようには思えない。だが暴れる回数は格段と減った。なので一定の成果は出ていると言える。

 看護師の「先生、こういうことは早めに対策取らないと後々大変になりますよ」という小言に頷きながら、私はどうしたものかと頭を抱えるのだった。

 今日もまた未開封の手紙が届く。
 溜息をつきながらデスクの引き出しを開ける。
 手紙の束は日に日に増えていく。

 例の患者は今日も手紙を書いている。
 誰にも読まれない手紙を……。

 その手紙の筆跡が少しずつ拙く、途切れがちになっていることに私はまだ気付いていなかった。


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