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37.精神科医side ~問題の患者1~
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疲れた。
もう正気じゃない。いや、正気……なのか?気狂いというわけではない。
何と言っていいのか。
あの子にはあの子なりの理屈がある。常人には理解し辛いが。しかし恐らく正鵠を射ている筈だ。
狂気に侵されているわけでもなく、理性を失っているわけでもない。
だが……常人の理屈ですらないのは確かだろう。
親御さんから事前に話しは聞いていたが、まさかここまでとは。
はぁ、と長い溜息をつき、助手にカルテを渡す。
心得たとばかりに、カルテを受け取り苦笑する助手。
「よくある例ではありますね」
「ああ、親になりきれない大人。親なのにどこか他人事。子供の情緒が成長しないという点に関しては、予想通りだが……」
別の意味ではあまり見ない。というか例があまりない。
両親が揃っていても何かしらの理由で親戚や祖父母に育てられるケースはある。
まあ、これらの場合は子供の方が環境に慣れるために大人になるしかない。気を使っての生活だ。親元に帰って爆発するケースだってある。が、あの子の場合は違う。
「親戚に貴族がいた弊害でしょうか?」
「いや、ラース副団長は元々貴族の出身だ。貴族の家では親族から養子を貰うケースだってあるが、今回のケースは養子云々の話じゃないからな」
「名目上は“メイド見習い”でしたね」
「そうだ。蓋を開けたら全く違っているが、雇用契約に違反していない。寧ろ、それを出したら患者の少女の方が訴えられる案件だよ」
「伯爵家はこの事を知らないのでしょうか?」
「さぁ?知っていたところで関係ないしな」
「親戚ですよね?」
「奥方の方の、な。伯爵様からしたら他所の子供だ。患者の子も言っていただろ?夫人には可愛がられていたって。伯爵様とは挨拶程度しか言葉を交わしていないってな。つまりそういうことだ」
子供に理屈は通用しない、とはいう。
全くその通りだ。
幼児は理屈で行動しない。
本能で行動する。
だが、年齢的に患者は道理を知っていてもおかしくない。にも拘らず患者は年のわりに幼い。感情に流され過ぎる。自制心が効かない。
「悪いことをした自覚が全くありませんでしたね」
助手の言葉に頷く。
「彼女は何が悪かったのか理解していない。先に手を出してきた相手が悪い。そんな考え方だ。相手が階段から落ちたのも、相手の不注意だと言い張る始末だ」
「そうですね。そこに階段があるのが悪い、と言い張るタイプですね」
「あれでは、学校だけでなく騎士団の子供達の間でも浮く存在だろう。父親が手に余ると言うのも分かるんだが……」
あれ治るの?と問われると、う~んと唸るしかない。
「まあ、気長にやるしかないだろう」
「そうですね」
カルテをしまいながら助手は苦笑する。
父親は娘の奇行に悩んでいる。
病んでるのか?とまで聞かれた。
まあ、病んでいると言えば、それまでだが。少し違うんだよ。始まったばかりだ。じっくりと腰を据えて取り組まなければ。
「それはいけないことだよ」
「だって、仕方ないの。私が欲しいって言ってもくれなかったんだもの」
「でも、それは君の物じゃないだろう?」
「? ちょうだい、って言ったわ。なのにダメだったの」
「それで盗んだんだね」
「うん」
「でもね、それはいけないことだ」
「どうして?」
「他人の物だからだよ」
手癖が悪いということは知っていた。だが、ここまで窃盗癖があったとは……。
盗んでストレスを解消するとかではない。ただ盗んだだけだ。それが自分の欲しかった物だったから。ただそれだけ。
「お父さんと一緒に暮らし始めてからダメばかり。あれもダメこれもダメ。好きな物も高くて買えないって言われたの。だから伯爵家に帰してってお願いしたのにダメだって。私の家はここだからって。おかしいよね?だって私はずっと伯爵家で暮らしてたのに。ロディおねえちゃまがずっと傍にいてくれた。ねえ?お医者さん」
「なんだい?」
「ロディおねえちゃまは、何時、迎えにきてくれるの?」
もう正気じゃない。いや、正気……なのか?気狂いというわけではない。
何と言っていいのか。
あの子にはあの子なりの理屈がある。常人には理解し辛いが。しかし恐らく正鵠を射ている筈だ。
狂気に侵されているわけでもなく、理性を失っているわけでもない。
だが……常人の理屈ですらないのは確かだろう。
親御さんから事前に話しは聞いていたが、まさかここまでとは。
はぁ、と長い溜息をつき、助手にカルテを渡す。
心得たとばかりに、カルテを受け取り苦笑する助手。
「よくある例ではありますね」
「ああ、親になりきれない大人。親なのにどこか他人事。子供の情緒が成長しないという点に関しては、予想通りだが……」
別の意味ではあまり見ない。というか例があまりない。
両親が揃っていても何かしらの理由で親戚や祖父母に育てられるケースはある。
まあ、これらの場合は子供の方が環境に慣れるために大人になるしかない。気を使っての生活だ。親元に帰って爆発するケースだってある。が、あの子の場合は違う。
「親戚に貴族がいた弊害でしょうか?」
「いや、ラース副団長は元々貴族の出身だ。貴族の家では親族から養子を貰うケースだってあるが、今回のケースは養子云々の話じゃないからな」
「名目上は“メイド見習い”でしたね」
「そうだ。蓋を開けたら全く違っているが、雇用契約に違反していない。寧ろ、それを出したら患者の少女の方が訴えられる案件だよ」
「伯爵家はこの事を知らないのでしょうか?」
「さぁ?知っていたところで関係ないしな」
「親戚ですよね?」
「奥方の方の、な。伯爵様からしたら他所の子供だ。患者の子も言っていただろ?夫人には可愛がられていたって。伯爵様とは挨拶程度しか言葉を交わしていないってな。つまりそういうことだ」
子供に理屈は通用しない、とはいう。
全くその通りだ。
幼児は理屈で行動しない。
本能で行動する。
だが、年齢的に患者は道理を知っていてもおかしくない。にも拘らず患者は年のわりに幼い。感情に流され過ぎる。自制心が効かない。
「悪いことをした自覚が全くありませんでしたね」
助手の言葉に頷く。
「彼女は何が悪かったのか理解していない。先に手を出してきた相手が悪い。そんな考え方だ。相手が階段から落ちたのも、相手の不注意だと言い張る始末だ」
「そうですね。そこに階段があるのが悪い、と言い張るタイプですね」
「あれでは、学校だけでなく騎士団の子供達の間でも浮く存在だろう。父親が手に余ると言うのも分かるんだが……」
あれ治るの?と問われると、う~んと唸るしかない。
「まあ、気長にやるしかないだろう」
「そうですね」
カルテをしまいながら助手は苦笑する。
父親は娘の奇行に悩んでいる。
病んでるのか?とまで聞かれた。
まあ、病んでいると言えば、それまでだが。少し違うんだよ。始まったばかりだ。じっくりと腰を据えて取り組まなければ。
「それはいけないことだよ」
「だって、仕方ないの。私が欲しいって言ってもくれなかったんだもの」
「でも、それは君の物じゃないだろう?」
「? ちょうだい、って言ったわ。なのにダメだったの」
「それで盗んだんだね」
「うん」
「でもね、それはいけないことだ」
「どうして?」
「他人の物だからだよ」
手癖が悪いということは知っていた。だが、ここまで窃盗癖があったとは……。
盗んでストレスを解消するとかではない。ただ盗んだだけだ。それが自分の欲しかった物だったから。ただそれだけ。
「お父さんと一緒に暮らし始めてからダメばかり。あれもダメこれもダメ。好きな物も高くて買えないって言われたの。だから伯爵家に帰してってお願いしたのにダメだって。私の家はここだからって。おかしいよね?だって私はずっと伯爵家で暮らしてたのに。ロディおねえちゃまがずっと傍にいてくれた。ねえ?お医者さん」
「なんだい?」
「ロディおねえちゃまは、何時、迎えにきてくれるの?」
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