伯爵夫人のお気に入り

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
18 / 54

18.怖い人

しおりを挟む
「すまないね。ユースティティア。お前にも苦労をかけてしまって」

「いいえ。躾のなっていない愛玩犬はあんなものです」

「そうだな。一応、躾けるように言ってはいたんだが。がいけなかったのかもしれないな」

「あら?を借りたのではなかったのですか?」

 両親が揃っている以上、野良という表現はおかしい。
 もっとも、彼女を“犬”で例えている私もお父様のことは言えませんね。父娘揃って大概酷いことを言っている自覚はあります。ええ、貴族らしく皮肉とユーモアを効かせた会話。

「お前の言う通りだよ、ユースティティア。残念なことに室内犬ではなかったらしい。だが、一応、飼い犬と聞いていたものだからね。てっきり室内犬だとばかり思っていたんだ。まさかだったとは。まったく。困ったものだよ。まあ、勘違いした私もいけないんだけどね」

 飼い犬でも殆ど放置されていたと。
 一応、首輪はされていたので、飼い犬の部類には入っていた……と。

「ここまで、主人の言うことを聞かないとは思わなかった」

「ふふっ。主人は、お父様ではなくお母様ですもの。仕方ありません」

「はっはっは。それも、そうか」

「はい」

 随分ご機嫌な様子。
 やっぱり、お父様にしても彼女の存在はストレスだったのかしら。

「あの様子だと、これから先も大変そうだ」

「はい」

 放し飼いの犬というのは野良犬孤児を躾けるよりも、きっと手間と時間がかかる。
 正真正銘の野良犬ならば、拾ってもらった恩義を忘れない。
 しかし、中途半端に飼われていた犬は恩義など忘れてしまう。
 どこまでも、中途半端なまま。
 それを覆うためにも、徹底的に躾け直さなければいけなかったのに。
 甘やかしてしまったのが運のツキ。
 もっとも、レンタル犬である以上、恩義など最初から存在していないのかもしれないけれど。

「どうした?浮かない顔をして」

「いえ……ところで、お父様。後は騎士団に任せてしまうのですか?」

「ああ、彼らの監督不行き届きだ。当然、彼らに責任を持ってもらう」

「はい。それがよろしいかと」

「しかし、ユースティティア。お前は本当に賢い子だね。あの犬がどういう存在か、ちゃんと理解しているのだから」

「いえ。これくらい、プライド伯爵家の娘として当然です」

 本当に。
 それくらいは理解していなければ、お父様の娘などやっていられません。
 お母様には甘い顔しか見せないけれど、怖い人です。

「では、私は部屋に戻るとしよう。ああ、そうだ。ユースティティア」

「はい」

「安全を考慮して、暫くお祖父様達のところにいなさい」

「かしこまりました」

 安全。
 彼女が再び突撃してきたところで痛くも痒くもないでしょうに。
 これは何かの比喩かしら。
 それとも何かを画策しているのかしら。

「それでは、お父様。失礼いたします」

「ああ」

 一礼し、父の部屋から退室する。
 退室すると、すぐさまフィデが姿を見せた。
 ドアの前で待っていたのね。
 フィデだって暇ではないだろうに、きっと心配しているのね。

「お嬢様、大丈夫ですか」

「ええ、私は大丈夫よ」

「しかし……」

「本当よ。それよりも」

「はい?」

「お父様からの命令で、明日から暫くお祖父様達のところへ行くことになったわ。フィデはどうする?」

「私も参ります」

「ふふっ。ありがとう」

 暫く、とは言っていたものの。
 きっと、お父様は私を公爵邸で暮らさせるつもりでしょう。

「では、明日に備えて早く寝ましょうか」

「はい、お嬢様」

 いつ行くのかは命じられていないけれど、早ければ早いほどいいでしょう。何事も早ければ多少のことでも動じずにいられるというものだわ。
 翌朝、私とフィデは父と使用人達に見送られて、公爵邸へと向かった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】嫌われている...母様の命を奪った私を

紫宛
ファンタジー
※素人作品です。ご都合主義。R15は保険です※ 3話構成、ネリス視点、父・兄視点、未亡人視点。 2話、おまけを追加します(ᴗ͈ˬᴗ͈⸝⸝) いつも無言で、私に一切の興味が無いお父様。 いつも無言で、私に一切の興味が無いお兄様。 いつも暴言と暴力で、私を嫌っているお義母様 いつも暴言と暴力で、私の物を奪っていく義妹。 私は、血の繋がった父と兄に嫌われている……そう思っていたのに、違ったの?

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

何かと「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢は

だましだまし
ファンタジー
何でもかんでも「ひどいわ」とうるさい伯爵令嬢にその取り巻きの侯爵令息。 私、男爵令嬢ライラの従妹で親友の子爵令嬢ルフィナはそんな二人にしょうちゅう絡まれ楽しい学園生活は段々とつまらなくなっていった。 そのまま卒業と思いきや…? 「ひどいわ」ばっかり言ってるからよ(笑) 全10話+エピローグとなります。

悪役令嬢は蚊帳の外です。

豆狸
ファンタジー
「グローリア。ここにいるシャンデは隣国ツヴァイリングの王女だ。隣国国王の愛妾殿の娘として生まれたが、王妃によって攫われ我がシュティーア王国の貧民街に捨てられた。侯爵令嬢でなくなった貴様には、これまでのシャンデに対する暴言への不敬罪が……」 「いえ、違います」

死んだ妹そっくりの平民の所為で婚約破棄と勘当を言い渡されたけど片腹痛いわ!

サイコちゃん
恋愛
突然、死んだ妹マリアにそっくりな少女が男爵家を訪れた。男爵夫妻も、姉アメリアの婚約者ロイドも、その少女に惑わされる。しかしアメリアだけが、詐欺師だと見抜いていた。やがて詐欺師はアメリアを陥れ、婚約破棄と勘当へ導く。これでアメリアは後ろ盾もなく平民へ落ちるはずだった。しかし彼女は圧倒的な切り札を持っていたのだ――

処理中です...