上 下
56 / 66
番外編~ダフネス男爵家の崩壊~

55.ダフネス男爵side

しおりを挟む
「何も見なかった。いいな?」

「旦那様?」

「私は。お前も今見た事を口外してはならない」

「……それは、アシア様にもでしょうか」

「当然だ。彼女と下の兄妹には絶対に知らせてはならない」

「……畏まりました」

 私と家令は、手に手を取って走り去る男女を見送った。

「昔を思い出しますね」

 家令の言葉に頷いた。

「まさか自分の娘まで同じような行動をするとは思いもしなかったよ」

「エリカお嬢様は奥様リンスレットとよく似ていらっしゃいますから。仕方ありません」

「相手は侯爵家の元養子の伯爵子息だ。貧乏な男爵家の息子とは訳が違う」

「そのような事はございません。旦那様も伯爵家の次男クズ野郎から奥様リンスレットを奪う形でお守りしたではございませんか」

「若かったからな。後先考えずに動けたんだ」

「後悔されていらっしゃるので?」

「後悔はしていない。が、周囲には沢山面倒をかけた。内情を知らない者からしたら、悪いのは私達だからな。どんな理由があれ、婚約者持ちの令嬢に手を出して名家同士の婚姻を破談にしたんだ」

「旦那様……」

「あの男は婚約者のリンスレットを蔑ろにしていた。だが奴の外面の良さと地位で、訴えても誰も信じなかった。証拠となる物も無かったからな……。逃げる以外の方法が分からなかった。まあ、逃げた先が実家というのも情けないがな……」

「それで良かったんです。平民の身分で逃げたところで連れ戻されていただけです」

「そうだな。お前にもさんざん迷惑をかけた。悪かったな」

「いいえ、私は旦那様のお役に立てる事が何よりの喜びです」

「最後まで付き合ってくれるか?」

「勿論です」

「ありがとう」

 私達は歩き出した。
 若い二人の未来が良いものになるよう祈りながら。






 人生とはままならないものだ。

 娘は出て行った。
 無理もない。後妻の選んだ結婚相手は酷すぎた。かといってこのまま男爵家にいさせれば針の筵だろう。
 恋人と駆け落ちしたのだ。
 自由にさせてやりたい気持ちはある。だが、後妻は黙っていないだろう。後妻が勝手に決めた結婚相手もそうだ。探さない事がエリカの幸せに繋がる。後妻と高利貸しは子供達が貴族であることに拘っている。ならそれを餌にしよう。

 奴らが望んだことだ。
 どれだけ苦労しようと本望だろう。



 エリカが駆け落ちした日。
 私は家令と共に秘かに祝杯をあげた。

 今、男爵家に居る使用人は家令以外は全て後妻アシアの手の者達だ。信用はできない。重要な手紙は家令を通してやり取りをしている。私はペンを取り、フィールド女伯爵様宛に手紙を書いた。

 内容は娘が出奔したこと。
 後妻とその父親の企みを。

 リンスレットが死んでから私はずっと傍観者だった。
 傍観者でいる事がエリカを守るために必要な事だった。


 エリカをあからさまに可愛がっていたら、後妻アシアは間違いなくエリカを虐げただろう。
 高利貸しも自分の娘と孫可愛さにエリカに危害を加えて貶めたに違いない。


 だから、私は女伯爵にこの家の内情を打ち明けることにした。
 他力本願なのは分かっている。
 だが、女伯爵にしか頼れる相手がいないのも事実だった。

 後日、娘が隣国で結婚した事を知った。

 女伯爵が助けてくれたのだろう。

 エリカが無事ならそれでいい。
 エリカが幸せならそれでいい。

 邪魔なモノは捨ててしまおう。

 転機は数年後にやってきた。

 後妻との間に生まれた次女がのだ。



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

【完結】愛することはないと告げられ、最悪の新婚生活が始まりました

紫崎 藍華
恋愛
結婚式で誓われた愛は嘘だった。 初夜を迎える前に夫は別の女性の事が好きだと打ち明けた。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

処理中です...