上 下
28 / 66

28.エリカside

しおりを挟む
 
 案内されて入った部屋でラシードの罪を聞かされた。

「以前から違法売春や違法薬物の取引が疑われていた店を摘発して、その中の一人に旦那さんがいまして。売春斡旋や薬物売買はしていなかったのですが――――」

 警察の話ではラシードは被害者だという。
 営業の仕事だと言われて連れていかれた先が、貴族の屋敷でそこの奥方と関係を結ぶよう強制されたらしい。断れば殺されるか、妻である私を娼館に売り飛ばすと脅されて、断る事が出来なかったみたいだった。
 私は愕然とした。

 どうして彼を問い詰めなかったのかと!

 あの時もっと詳しく話を聞くべきだった。

「それと、旦那さんは薬物は接取していませんが、媚薬を飲まされていた形跡があります」

 そんな……。
 そんな酷い事されていたなんて……。

「最後に使用された媚薬が非合法の物だったらしく、記憶が混濁している状態です」

「記憶が?」

「はい。最近の事は覚えていないようで……」

「覚えていない?それは記憶喪失という事ですか!?」

「そうですね。ただ記憶を失っているのはここ5年間の記憶です。それ以前の事は鮮明に覚えているのですが」

 5年……?
 なら私の事も覚えていないんじゃ……。

「あの、治る見込みはあるんでしょうか?」

「それは何とも……。医者の話では部分的な記憶がないだけなので、もしかすると直ぐに思い出せるかもしれないと。ただ、このまま思い出さない可能もあると」

「そんな……」

 おぼつか無い足どりでラシードに会いに行くと、そこに居たのは私の知っているラシードじゃなかった。
 5年間の記憶を失った別人。
 侯爵家の養子だった彼がいた。



「君は誰だい?」

 その言葉が胸に突き刺さった。
 誰だい?って……。私はエリカよ?ラシードの恋人、貴男の妻なのよ?お願い……分かってよ、ラシード!

「私の事……分からないの?」

 すがるような思いでそう聞いた。

「すまない……」

 申し訳なさそうに言う彼の表情から本当に忘れられたのだと実感した。

「ところで、僕は何時までここにいればいいのかな?家族が心配している筈だ。せめて連絡だけでも取って貰えないか?」

 連絡……。
 貴男の家族はもう私だけ。
 そう言ってもきっと信じないでしょうね。
 侯爵家に連絡して欲しいという彼に私は曖昧に笑うことしかできなかった。

 だって、貴男はもう侯爵家の人間じゃない。
 伯爵家だって捨てたんだもの。

 そう言えたらどんなに良かったか。
 結局、私は真実を言う勇気はなかった。

 数日後、伯爵家の迎えがやって来た。


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

義母様から「あなたは婚約相手として相応しくない」と言われたので、家出してあげました。

新野乃花(大舟)
恋愛
婚約関係にあったカーテル伯爵とアリスは、相思相愛の理想的な関係にあった。しかし、それを快く思わない伯爵の母が、アリスの事を執拗に口で攻撃する…。その行いがしばらく繰り返されたのち、アリスは自らその姿を消してしまうこととなる。それを知った伯爵は自らの母に対して怒りをあらわにし…。

【完結】唯一の味方だと思っていた婚約者に裏切られました

紫崎 藍華
恋愛
両親に愛されないサンドラは婚約者ができたことで救われた。 ところが妹のリザが婚約者を譲るよう言ってきたのだ。 困ったサンドラは両親に相談するが、両親はリザの味方だった。 頼れる人は婚約者しかいない。 しかし婚約者は意外な提案をしてきた。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

両親から謝ることもできない娘と思われ、妹の邪魔する存在と決めつけられて養子となりましたが、必要のないもの全てを捨てて幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたユルシュル・バシュラールは、妹の言うことばかりを信じる両親と妹のしていることで、最低最悪な婚約者と解消や破棄ができたと言われる日々を送っていた。 一見良いことのように思えることだが、実際は妹がしていることは褒められることではなかった。 更には自己中な幼なじみやその異母妹や王妃や側妃たちによって、ユルシュルは心労の尽きない日々を送っているというのにそれに気づいてくれる人は周りにいなかったことで、ユルシュルはいつ倒れてもおかしくない状態が続いていたのだが……。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

【完結】旦那様、お飾りですか?

紫崎 藍華
恋愛
結婚し新たな生活に期待を抱いていた妻のコリーナに夫のレックスは告げた。 社交の場では立派な妻であるように、と。 そして家庭では大切にするつもりはないことも。 幸せな家庭を夢見ていたコリーナの希望は打ち砕かれた。 そしてお飾りの妻として立派に振る舞う生活が始まった。

処理中です...