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26.エリカside

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「それじゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 仕事に向かうラシードを見送った。
 私達が駆け落ちして数ヶ月が経つ。

 王都から遠く離れた港町にたどり着き、手持ちのお金で小さいけれどオシャレな家を購入した。

『家の連中はきっと僕たちを血眼で捜してる筈だ。見つかればまた引き離される。だから、籍を入れるのは、ほとぼりが冷めてからにしよう』

 ラシードの言葉は正しい。
 私達は事実婚という関係だけど、そんな事は他人は知らない。外では夫婦と言えば問題なかった。
 ただ、ラシードに仕事が見つからないのが不安だった。幾つか仕事を探して回ったけど、どうも彼に合う仕事がなかったみたい。

『まあ、そのうち見つかるさ』

 暢気なラシードに少し不安を感じた。
 確かに慌てて仕事を探す必要はない。
 ラシードの手持ちのお金で数年は何もしなくても良いくらい。だけど、もし子供が出来たら?そうなれば更にお金はかかる。ここは私も仕事を探すべきかもしれない。そう思って職業
 案内所で求人を探した。
 私にも出来る仕事はある。

 事務、経理、飲食業、針子。

 私は針子の仕事を選んだ。
 決め手は、時間の融通が利きそうな事だった。それに縫物をするのは実は得意だったりする。母が生きていた頃は家計を助けるために縫物をしていたから。

 母が死んで父は変わった。
 継母と結婚して更に変わってしまった。

 あの家に私の居場所はなかった。だから、ラシードの居る家は絶対に守りたい。

 仕事は順調だった。
 オーナーに気に入られて、私が縫った小物をお店に置くことを許してくれた。
 ここで働く人達も優しい人ばかり。
 二人暮らしだと話すと、「夫婦円満のコツ」や「倹約のコツ」を教えてくれた。「実家が農家で沢山取れたから」と言って野菜のお裾分けをくれた。
 本当に温かい職場だった。

 ただ、ラシードの仕事がまだ決まらなかった。

 不安と焦りはもうない。
 いざとなったら私が二人分働けば良いだけだもの。

 そう思っていた矢先だった。
 ラシードが仕事を見つけて帰って来たのは。

『エリカ、仕事が決まったよ』

『本当?』

『ああ。明日が初出勤だ』

『良かったわね』

『ああ……』

 何だか浮かない顔。
 笑っているのに笑っていない、そんな笑顔。

 一抹の不安が過った。
 この時、どんな仕事をするのかもっと詳しく聞いておくべきだった。商会で働くと聞いていたから。事務仕事か営業だとばかり思っていた。


 翌日、ラシードは仕事に行った。
 最初は夕方になれば帰って来ていたのに、段々と帰ってくる時間が遅くなる。
 朝方になって帰って来る時もあった。



「ねぇ、働き過ぎじゃない?」

「そうか?」

「ええ。だって夜遅くに帰ってくる時もあるし……」

「大丈夫さ。最近、新しい仕事を任されてね。そのせいで忙しいだけだよ」

 ラシードは私を安心させるように笑った。
 でも、その笑顔が怖かった。
 だって、ラシードが無理して仕事しているのは知っていたから。溜息が増えたし、何より笑顔がおかしくなってた。

 私を心配させない為に無理に笑ってる。そんなのすぐに分かった。
 でも、ラシードの働く商会はこの国でもかなり名の通った商会だもの。そこで働いているのなら、高待遇で無理のない仕事を割り振って貰えるはず。そう信じていたのに……違ったの?

 一週間経ってもラシードの帰宅時間は変わらなかった。
 どんどん帰宅時間が遅くなっていく。

 

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