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12.初恋と婚約4

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 貴族令嬢のデビュタントというのは通常16歳から18歳の間で行われます。
 13歳で社交界デビューした私は例外として、毎年デビュタントする令嬢のエスコートは家族や親せきが務めるのが普通です。そうでない場合は、婚約者または婚約者候補が務めるのが習わしです。暗黙の了解ともいいます。

 それなのに……。
 これは一体どういう事でしょう。


「お父様……」

「ミネルヴァ、何も言うな」

「ですが……」

「まだ殿下の婚約候補の発表は行われていない」

「それはそうですが……」

「今、殿下が誰と踊ろうとそれは本人の自由だ」

「公式発表されてもそう言えるのですか?」

「……殿下は賢い方だ。不利になる行動は避けるだろう」


 お父様の言う通りなのかもしれませんが、それは逆に考えると不利益を被らなければ問題ないと判断されると言う事では?
 私は溜息をグッとこらえ、中央で踊り続けるカップルへと視線を向けました。
 ダンスフロアで踊る二人は、まるで絵本の中から飛び出してきたかのように美しい男女。
 この国の第二王子殿下と、彼の恋人である伯爵令嬢です。

 どうやら今日の夜会に伯爵令嬢はデビュタントとして訪れていたようです。
 エスコート役の男性は壁際にいらっしゃいます。恐らく親戚の誰かでしょう。

 伯爵令嬢とエスコート役の男性がダンスを踊ろうとした時に、殿下が伯爵令嬢の手を取ってフロアの中心へと歩いて行ったのです。
 その光景はあまりにも唐突過ぎて、止める暇もありませんでした。まぁ、殿下を止められる者など限られていますものね。

 当たり前のようにファーストダンスを踊り始めたお二人は、周囲の好奇な視線や思惑をまったく意に介さず踊り続けています。

 三曲目に入っても踊り続ける二人に対して、周りの視線も段々厳しいものになってきました。


「これは牽制だな」

「婚約者候補達にですか?」

「候補の令嬢達に、というよりもその親である貴族達にだろう」

「何のためにでしょう?」

「殿下の宣戦布告といったところだろう。かの伯爵令嬢以外に結婚はしないという意思表示だ」

「一つお伺いしても宜しいですか?」

「なんだ」

「殿下の婚約者候補は私を入れて何人ですか?」

「今のところ五人だ」

「その中で最有力候補は?」

「……ミネルヴァ、お前と辺境伯令嬢の二人だな。そもそも後の3人はデビュタントもまだ先の子供だ。家柄、年齢を考えると致し方ないが」

「つまり私と辺境伯令嬢が矢面に立たされるという事ですね」

「そうなる」

「王家からの見返りはございますの?」

「可能な限り便宜を図るよう言われているが……。ミネルヴァ、すまない」

「お父様、それは言わないお約束です」

「そうだな、すまない」

「殿下のあの様子ですと一筋縄ではいかないでしょう。辺境伯令嬢とは少しでも早く面識を持つ必要がありますわ」

「辺境伯令嬢はミネルヴァと同じ歳だ。殿下の婚約候補になった事で王立学園に入学する事が急遽決まった」

「それでは入学前に一度ご挨拶しなければなりませんね。噂では大変な才女だとか」

「ああ、殿下の婚約者候補に選ばれなければ、隣国との交換留学も視野に入れていたらしい」

「それはまた。噂通りの才女のようですね。是非、交流を深めたいですわ。これからになりそうですもの」

「苦労を掛けるな……。ミネルヴァ、すまない」

「お父様、今夜はそればかりですね」

 私とお父様は視線だけで会話を交わして小さく笑い合いました。


 数日後、第二王子殿下の婚約者候補の公式発表が行われ、私の周りも俄かに慌ただしくなりました。



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