上 下
2 / 66

2.元義兄side

しおりを挟む
 ぐしゃり。
 ミネルヴァからの手紙を握りつぶした。

「くそ……」

 ぎり、と奥歯を噛みしめる。
 何故だ。何故こうなった。
 僕はただ愛する人と結ばれたかっただけなのに!

 第二王子殿下のように!

 どうして! どうしてこうなった!!

 ミネルヴァと別れなければ良かったのか!?
 そうすれば今も侯爵子息として前途洋々な生活を送れていたのか!?

 くそっ!! くそっ!!

「どうしてだ……」

 あの日の事が蘇る。



 一年前、僕は婚約者だったミネルヴァに別れを告げた。

 何時も穏やかに微笑んでいるミネルヴァ義妹だったけれど、あの日は違った。
 何かに耐えるように、苦しそうに眉を寄せていた。

 今思えば僕の言葉に驚きとショックを与えていたのだろう。

 婚約と言っても正式に交わしたものではない。
 僕はミネルヴァの婚約者候補。
 それでも僕達の婚約は半ば決まったも同然だった。

 ミネルヴァは申し分ない令嬢だ。

 美しく、聡明で、気配り上手。
 勿論、他の令嬢に比べて突出した部分はないかもしれないけれど、それでも王子妃になってもなんら問題ない令嬢だった。

 ミネルヴァが僕を慕っていた事は知っていた。
 子供の頃からの付き合いだ。だが、子供の頃から知っているせいか、僕はミネルヴァに異性としての好意を持つことが出来なかった。
 ミネルヴァは可愛いけれど、女性として意識できない。
 僕がミネルヴァに向ける感情は、兄妹愛だった。

 家族のような。
 妹のような。

 そんな感じだった。

 僕はミネルヴァを愛しているけれど、それは家族として愛しているのであって、異性に向けるような感情ではない。
 妹のような存在――――そう思っていたとしてもミネルヴァは僕の未来の妻。第二王子殿下の婚約者候補になってしまったとしてもそれは変わらなかった。漠然とした思いと共に、いずれミネルヴァと結婚するのだろう。そう思っていた。

 燃え上がるような恋情は抱けなくても、穏やかで静かな夫婦関係を築いていけると思っていた。

 ……――あの日までは。


 僕は出会ってしまった。
 運命の人と。

 エリカと出会って、僕の世界は変わった。

 彼女の眼差し。
 彼女の言葉。
 彼女の笑顔。

 その全てに恋をした。

 淑女として完璧なミネルヴァと違って、エリカは感情をすぐ表に出す。
 感情表現が豊かなんだ。
 それでいて感情的すぎるというわけでもない。立ち居振る舞いは下位貴族というよりも高位貴族に近いものがあった。ちょっとした仕草の違いだ。特に食事のマナーが綺麗だった。下位貴族令嬢だとそこら辺が高位貴族よりも雑に感じて不快になるが、彼女にはそういった不快さは微塵もわかなかった。
 
 自分と近いのに遠い。
 同じに見えて全然違う。
 
 無邪気で、明るくて、一生懸命で……誰よりもまっすぐで純粋なエリカに僕は夢中になった。

 こんなにも人を愛おしいと思った事はない。
 こんなに手放したくないと思った事もない。

 僕はどんどん彼女にのめり込んでいった。

 素直なエリカはくるくる表情を変え、その愛らしさに僕はどんどん惹かれていった。
 婚約者の存在も忘れて恋に夢中になるなどあってはならない事だった。
 だけど、止められなかった。

 僕はエリカを何よりも誰よりも愛した。

 いけない事だった。
 僕はいずれミネルヴァと結婚する。
 ミネルヴァを妻にして二人で侯爵家を盛り立てていかなければならない。

 分かっていたのに。
 それなのに……。
 彼女を求めずにはいられなかった。
 この恋心を捨てる事も、蓋をする事も、僕には出来なかった。



しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【完結】唯一の味方だと思っていた婚約者に裏切られました

紫崎 藍華
恋愛
両親に愛されないサンドラは婚約者ができたことで救われた。 ところが妹のリザが婚約者を譲るよう言ってきたのだ。 困ったサンドラは両親に相談するが、両親はリザの味方だった。 頼れる人は婚約者しかいない。 しかし婚約者は意外な提案をしてきた。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

愛せないですか。それなら別れましょう

黒木 楓
恋愛
「俺はお前を愛せないが、王妃にはしてやろう」  婚約者バラド王子の発言に、 侯爵令嬢フロンは唖然としてしまう。  バラド王子は、フロンよりも平民のラミカを愛している。  そしてフロンはこれから王妃となり、側妃となるラミカに従わなければならない。  王子の命令を聞き、フロンは我慢の限界がきた。 「愛せないですか。それなら別れましょう」  この時バラド王子は、ラミカの本性を知らなかった。

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

両親から謝ることもできない娘と思われ、妹の邪魔する存在と決めつけられて養子となりましたが、必要のないもの全てを捨てて幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたユルシュル・バシュラールは、妹の言うことばかりを信じる両親と妹のしていることで、最低最悪な婚約者と解消や破棄ができたと言われる日々を送っていた。 一見良いことのように思えることだが、実際は妹がしていることは褒められることではなかった。 更には自己中な幼なじみやその異母妹や王妃や側妃たちによって、ユルシュルは心労の尽きない日々を送っているというのにそれに気づいてくれる人は周りにいなかったことで、ユルシュルはいつ倒れてもおかしくない状態が続いていたのだが……。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

【完結】旦那様、お飾りですか?

紫崎 藍華
恋愛
結婚し新たな生活に期待を抱いていた妻のコリーナに夫のレックスは告げた。 社交の場では立派な妻であるように、と。 そして家庭では大切にするつもりはないことも。 幸せな家庭を夢見ていたコリーナの希望は打ち砕かれた。 そしてお飾りの妻として立派に振る舞う生活が始まった。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

処理中です...