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足利義満の場合
しおりを挟む「ほぉ~~~これが、かの国が誇る名宝か」
「姿形といい艶といい、素晴らしい茶入れですな」
「はははははは!高い金を出して買い取ったからな!」
私の新しい主は随分と俗っぽい方のようだ。
何でも『将軍様』で、この国で三番目位に偉いようだ。三番目といっても実質この国を動かしている。宰相か何かだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。軍のトップの役職のようだ。政権を奪ったのかと思い一時は冷ややかな眼差しで見つめてしまった。
この国の帝はちゃんと存在していて、帝の任命を受けて役職を全うしている事を知った時は心底驚いた。政治体制が二つある事を意味するのだから驚かない訳がない!異様な政治体制である。こんな不思議な事をしている国は世界中を探してもこの国だけだろう。感性が独特過ぎる……。
「もっとも、私にはこの茶入れよりも極上の名宝を持っているがな!」
聞き捨てならない発言です。
私以上とはなんですか!
そんな物はこの世に存在しません!
訂正なさい!
「藤若のことですか?」
「そうよ!あれこそ生きた名宝よ!」
「やれやれ、公方様は藤若に夢中でございますな」
「細川の爺、あれは必ず大成するぞ。藤の花のように美しい姿にも拘わらず、一旦、舞台に出れば鬼にも大蛇にもなりおる!まぁ、見事なのは舞台の上だけではないぞ。藤の花は閨でも美しく咲き誇っているぞ!ははははははは!!!」
役者でしょうか?
それとも愛人?
「はぁ~~~~~~~」
「なんだ爺、どうしたのだ?」
「藤若の苦労が偲ばれます」
「どういう意味だ」
「公方様は藤若が“猿楽者風情が御所に参るなど不浄である”と言われて蔑まれ酷い嫌がらせを受けているのを承知の上で放置なさっているからです」
なんと!
寵愛する者の危機に知らん顔とは……そこは守ってやるべきではないか。
「クックックックッ。そんなことか」
「笑い事ではございませんぞ」
「情報が遅いぞ、爺。藤若は今では御所の中でも一番の芸の達人よ。蹴鞠に和歌、茶道、どれをとっても藤若に敵う者はいない。嫌がらせも誹りも藤若が優れている証拠だ。ククッ。御所にいる連中らは気が気ではないのだろう。自分達の専売特許を藤若に取られておるからな」
「……それもあるでしょうが…助けにいかないのですか」
「必要があるか?」
最悪だ!
そこは助けろ!
見て見ろ!
細川の爺様は呆れ顔でいるぞ!
「爺、あれは強かだぞ。見た目で判断してはこちらが噛みつかれる」
「見た目通りに礼儀正しく常識的ですが?」
「はははははは!確かにそうだが、舞台に関しては一切の妥協はせん!知っているか?あれはな、この御所で起きた出来事すらも芝居にしているぞ!今、自分の身に起きている事も全て舞台の糧をしておる!そうとは知らずに藤若を侮り続ける奴らは、世間に己たちの恥を曝しているようなものよ!愉快愉快!」
どうやら一癖ありそうな御仁のようだ。
ある意味では素晴らしい役者魂といったところ。
「よし!この渡来の名宝に、私の生きた名宝を見せてやろう!行くぞ!!!」
俗物の塊のような主は、天下一の目利きでありました。
藤若と名乗る美し過ぎる舞台役者は、そののち『世阿弥』と名を変え、伝統芸能を花開かせたのであります。
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