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本編
2.家族の怒り
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「「はぁぁぁぁっ!?子供ができた、だと!!?」」
「浮気?相手を孕ませたの?」
「ふざけているのか!!」
「ライアン本人じゃなくて父親と浮気相手が別れを告げるってなに?」
「詫びの一つもないとは……いうに事欠いてノアを愛人にだと?誰が愛人になどするものか!馬鹿にするにも程がある!!」
「ノアに身を引けですって~~~!?ふざけるのもいい加減にしてよ!ライアンの方からアタックしてきたくせに!!しつこく言い寄ってきたのはあっちでしょう!」
家族に今日起こった事を話すと凄まじい剣幕でライアンを罵った。特に父と姉が。
「ノアには苦労をかけさせない、必ず幸せにすると私達に挨拶にきたから一緒に住むことを許したと言うのに!!あれは嘘か!!!」
あ、そんな約束をしてたんだ。今知ったよ。でも、なんだか納得。どうりで僕とライアンの同棲に反対しなかった訳だ。
「二度とあの馬鹿をうちのノアには近づけさせん!!」
まぁ、その反動が今きてるんだろうな。父さんと姉さんは商人だから約束事や契約には人一倍厳しい。
「だいたい何故、本人が来ないんだ!!自分の父親と浮気相手を代理人として差し向けるとは男の風上にも置けん!!!」
ライアンとは長い付き合いだ。
学生時代からだから、かれこれ十年になる。僕とライアンは同じ歳の二十七歳。魔術学院を卒業して就職が決まって共に暮らし始めた。ライアンが選んで決めた家で。五年の同棲生活。まさか別れる時が来るなんて夢にも思わなかった。なにより、「愛しているのはノアだけだ」とか「僕達の愛は永遠だ」とか「ずっと繋がっていたい」とか、聞いているだけでも赤面するようなセリフを何年にもわたって囁かれたら疑う方がおかしいだろう?なのに、どうして……。
僕の中で答えのない自問を繰り返していると、今まで静かに聞き役に徹していた母さんが突然話し始めた。
「これは契約違反だわ」
ん?契約違反?どういうことだろう。
「母さん?」
「だって、そうでしょう?ノアとライアン君は恋人同士。お付き合いをしている段階で浮気をするなんて契約不履行も甚だしいわ。ノアの純潔を奪っただけでなく、一生をかけて守るという約束さえ守れないなんて。人として終わっているもの。いいえ、もはや人じゃない。畜生ね」
あ、ヤバい。久しぶりに見たかも。母さんの黒い微笑み。こうなった時の母は誰にも止められないことを僕は知っている。
「それにライアン君の親御さんが代理とはいえ別れを告げにきたんでしょう?随分とご丁寧な挨拶をノアにしてくれたようだもの。こちらも相応の対応をしないといけないと思うのよ。そうじゃなければ相手側に失礼というものだわ。ねぇあなた?」
「そうだな。ノアを傷つけておきながら、知らぬ存ぜぬで通せるわけがない。よし、とりあえずノアは家に戻ってきなさい。ライアンと暮らしていた家から明日の朝一番に荷物を運びだすよう手配しておく」
こうして僕は強制的に我が家に連れ戻された。
この時、僕はまだ気付いていなかった。
家族の中で一番怒り狂っていたのが母だという事を――――
ライアンと付き合う事になった時、反対する父を説得したのは母だった。
『ノアとライアン君は“菊花の契り”を交わした仲なのね~~。そんな二人の仲を裂こうなんて無粋な真似はしないわよね、あなた』
と、それはもう素晴らしく良い笑顔で父を牽制した母さん。
いつもニコニコ笑顔で、おっとりとした母さんが実は父と姉さえも上回るやり手である事を僕は知らなかった。
地方の子爵令嬢であった母は、一身上の都合で大商人の父と結婚した。
結婚する前に、『婚前契約書』を百枚以上作った事は未だに親世代に語り継がれる伝説である。ただし、世間一般ではコレを作成したのは父という事になっているが、実は母が全て用意した事を知る者は殆どいなかった。
母が作成した自前の『婚前契約書』は、結婚後の夫婦の生活を始め、子供が生まれた後、生まれなかった場合の跡取りなど、想像できるありとあらゆる問題とその対処方法を取り決めたものだった。しかも、死別や離婚に関するさまざまな取り決めまで考慮されて作成された資料は両家の顧問弁護士が揃って太鼓判を押す出来であったという。
ある意味で細かい母を怒らせたらどうなるのか。
それを僕が知ったのは随分後になってからだった。
「浮気?相手を孕ませたの?」
「ふざけているのか!!」
「ライアン本人じゃなくて父親と浮気相手が別れを告げるってなに?」
「詫びの一つもないとは……いうに事欠いてノアを愛人にだと?誰が愛人になどするものか!馬鹿にするにも程がある!!」
「ノアに身を引けですって~~~!?ふざけるのもいい加減にしてよ!ライアンの方からアタックしてきたくせに!!しつこく言い寄ってきたのはあっちでしょう!」
家族に今日起こった事を話すと凄まじい剣幕でライアンを罵った。特に父と姉が。
「ノアには苦労をかけさせない、必ず幸せにすると私達に挨拶にきたから一緒に住むことを許したと言うのに!!あれは嘘か!!!」
あ、そんな約束をしてたんだ。今知ったよ。でも、なんだか納得。どうりで僕とライアンの同棲に反対しなかった訳だ。
「二度とあの馬鹿をうちのノアには近づけさせん!!」
まぁ、その反動が今きてるんだろうな。父さんと姉さんは商人だから約束事や契約には人一倍厳しい。
「だいたい何故、本人が来ないんだ!!自分の父親と浮気相手を代理人として差し向けるとは男の風上にも置けん!!!」
ライアンとは長い付き合いだ。
学生時代からだから、かれこれ十年になる。僕とライアンは同じ歳の二十七歳。魔術学院を卒業して就職が決まって共に暮らし始めた。ライアンが選んで決めた家で。五年の同棲生活。まさか別れる時が来るなんて夢にも思わなかった。なにより、「愛しているのはノアだけだ」とか「僕達の愛は永遠だ」とか「ずっと繋がっていたい」とか、聞いているだけでも赤面するようなセリフを何年にもわたって囁かれたら疑う方がおかしいだろう?なのに、どうして……。
僕の中で答えのない自問を繰り返していると、今まで静かに聞き役に徹していた母さんが突然話し始めた。
「これは契約違反だわ」
ん?契約違反?どういうことだろう。
「母さん?」
「だって、そうでしょう?ノアとライアン君は恋人同士。お付き合いをしている段階で浮気をするなんて契約不履行も甚だしいわ。ノアの純潔を奪っただけでなく、一生をかけて守るという約束さえ守れないなんて。人として終わっているもの。いいえ、もはや人じゃない。畜生ね」
あ、ヤバい。久しぶりに見たかも。母さんの黒い微笑み。こうなった時の母は誰にも止められないことを僕は知っている。
「それにライアン君の親御さんが代理とはいえ別れを告げにきたんでしょう?随分とご丁寧な挨拶をノアにしてくれたようだもの。こちらも相応の対応をしないといけないと思うのよ。そうじゃなければ相手側に失礼というものだわ。ねぇあなた?」
「そうだな。ノアを傷つけておきながら、知らぬ存ぜぬで通せるわけがない。よし、とりあえずノアは家に戻ってきなさい。ライアンと暮らしていた家から明日の朝一番に荷物を運びだすよう手配しておく」
こうして僕は強制的に我が家に連れ戻された。
この時、僕はまだ気付いていなかった。
家族の中で一番怒り狂っていたのが母だという事を――――
ライアンと付き合う事になった時、反対する父を説得したのは母だった。
『ノアとライアン君は“菊花の契り”を交わした仲なのね~~。そんな二人の仲を裂こうなんて無粋な真似はしないわよね、あなた』
と、それはもう素晴らしく良い笑顔で父を牽制した母さん。
いつもニコニコ笑顔で、おっとりとした母さんが実は父と姉さえも上回るやり手である事を僕は知らなかった。
地方の子爵令嬢であった母は、一身上の都合で大商人の父と結婚した。
結婚する前に、『婚前契約書』を百枚以上作った事は未だに親世代に語り継がれる伝説である。ただし、世間一般ではコレを作成したのは父という事になっているが、実は母が全て用意した事を知る者は殆どいなかった。
母が作成した自前の『婚前契約書』は、結婚後の夫婦の生活を始め、子供が生まれた後、生まれなかった場合の跡取りなど、想像できるありとあらゆる問題とその対処方法を取り決めたものだった。しかも、死別や離婚に関するさまざまな取り決めまで考慮されて作成された資料は両家の顧問弁護士が揃って太鼓判を押す出来であったという。
ある意味で細かい母を怒らせたらどうなるのか。
それを僕が知ったのは随分後になってからだった。
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