偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子

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~第三章~

68.閑話

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 笑顔の宮部先生も心なしか口元が引きつっている。だけど、高田くんはさらに場を凍り付かせることを言う。

「どうせ一年しか一緒にいないんだから、特別言うことはありません」

 突き放すような言い方に教室がシンとなる。高田くんはなんのフォローもせず、席に座ってしまった。

「え、えーと、それでは、次の佐藤さとうさん。自己紹介をお願い」

 宮部先生はなんとか笑顔を保って、次をうながした。
 ここまで態度が悪いということは、高田くんは本当に他の子たちと仲良くするつもりがないのかもしれない。ほとんどの男子は気に入らなかったようで、「なんだ、あいつ」とひそひそ声で言っているのが聞こえてくる。
 ――本当、なんなんだ、だよ。
 わたしも憮然ぶぜんとしていた。だけど、他の女子は違った。
 ホームルームも終わって、今日はもう帰るだけになったときのことだ。

「ねえねえ、高田くん。どこから転校してきたの?」

 クラスでもかわいい顔立ちの女子たちが、高田くんの席に三人集まっている。たぶん、この三人でグループを作ったのだろう。みんな、学校で禁止されている色付きのリップをしていた。

「自己紹介のときは緊張していたんでしょ?」

 特に積極的に話しかけているのは古川ふるかわさん。一年生のときは同じクラスだった。その頃は大人しい女の子だったけれど、一年も経てばすっかり変わるものだ。

「どこからだっていいだろ」
「ふーん、秘密なんだ。じゃあ、サッカーに興味ある? わたし、サッカー部のマネージャーしているんだ」

 三年のこの時期に運動部に誘っても、なかなか部活に馴染なじめないんじゃないかな。それに高田くんがどれだけ運動ができるのかも分からない。
 高田くんはやっぱり無言で、鞄にプリントを入れて立ち上がった。

「あ。帰るの? わたしたちも一緒に」
「用があるから」

 ぶっきらぼうに断って、さっさと教室の前側のドアに向かった。

「どうする? 追いかける?」
「ううん。今日はやめておこう」

 おいおいと、わたしは心の中で呆れる。今日はということは、次は高田くんを追いかけていくつもりなのだろうか。

「沙織、帰ろう」

 席に座ったままやり取りを聞いていたわたしのところに陽菜がやってきた。わたしも立ち上がって、二人で教室を出る。
 廊下には午前中で帰れることに浮足立つ生徒たち。ざわついている廊下を歩きながら、わたしは小さくため息をこぼした。

「あーあ。早く席替えしないかなー」
「沙織、高田くんの隣の席でいいじゃない」

 陽菜は他人事のようにクスクスと笑う。うらやましいというより、ちょっと面白がっている感じだ。わたしは抗議の声を漏らした。

「えー? 返事も満足にしないくらい無愛想なのに?」
「あんな美少年、滅多にいないよ。眼福、眼福。新聞部の取材、受けてくれないかな」
「絶対無理だよ。どこから転校してきたかも言わないんだよ」

 あの人に取材しても絶対黙秘するだけだ。記事になるわけがない。
 スニーカーに履き替えて、隣にいる陽菜を振り返る。

「ところで、このあとどうする? わたしの家に来る?」
「行く! あ、でもお昼ご飯どうしようか。コンビニで買っていく?」

 午前で終わったので、給食は出ていない。
 だけど、わたしは首を横に振る。

「コンビニでお弁当を買うなんて、あっちゃんパパが許してくれないよ。今日は家にいるって言っていたから、たぶん簡単なものを作ってくれると思う」
「あっちゃんパパのご飯、いつも美味しいんだよね。楽しみ」

 陽菜は本当に嬉しそうだ。しょっちゅう遊びに来るので、うちの事情もよく知っている。わたしたちは校門を出て、自転車をぎ始めた。


 家に帰ると、あっちゃんパパはいなかった。

「どうしようか。材料があれば、簡単なものなら作れるけど」

 冷蔵庫を開けて中身を確認しようとしたときだ。

「ただいまー。あら、陽菜ちゃん来ているの?」

 あっちゃんパパの声が玄関からする。リビングに入ってきたあっちゃんパパは、買い物袋をたくさん抱えていた。それをテーブルの上に置くと、いつも下ろしている少し長めの髪をゴムで縛る。あっちゃんパパが料理を作るときにだけできる小さな尻尾だ。

「お腹空いたでしょ。すぐにご飯作るわね」

 慣れた手さばきで、あっという間にオムライスを作ってくれた。
 オムライスの周りには栄養のバランスを考えてか、人参やブロッコリーなどの野菜がいろどりよく添えられている。

「あっちゃんパパのオムライス、相変わらず美味しー」

 陽菜は満足げに頬張っている。テーブルの向かい側に座って頬杖をついているあっちゃんパパが、嬉しそうに微笑んだ。

「ふふふ、ありがとう、陽菜ちゃん。そういえば、商店街で丸花中の生徒がお買い物していたわよ」
「丸花中の生徒が? お昼ご飯でも買っていたのかな」

 商店街には丸花中の生徒御用達の惣菜屋がある。出来立てのほくほくコロッケが一番人気だ。

「それがね。お惣菜じゃなくて、お野菜とかお肉とかを買っていたのよ。見たことのない、すごく綺麗な顔をした男の子だったわ。しかも詰襟に三年の校章をつけていたわよ」

 三年生で、すごく綺麗な男の子。高田くんのことだろうか。
 わたしは陽菜と顔を見合わせる。

「高田くん、用事って本当にあったんだ」

 てっきり古川さんたちと離れるための方便だとばかり思っていた。しかも、商店街で食材の買い物とは、中学生男子としては珍しいのではないだろうか。

「高田くんっていうの?」

 あっちゃんパパは小首をかしげる。わたしは頷いて答える。

「同じクラスなんだ」
「しかも転校生で沙織の隣の席」
「ごほっ」

 陽菜の余計な言葉に、オムライスのご飯粒をのどに引っ掛けそうになる。そんなことを言ったら、あっちゃんパパがどんな反応をするか分かり切っている。
 あっちゃんパパは両手を合わせて、「まあっ」と大げさな声を上げる。

「きっとまだお友達がいなくて、寂しい思いをしているはずだわ。沙織ちゃん、お友達になってあげて」
「ああ、うん。そのうち友達にはなると思うよ」

 とりあえず適当な返事をしておく。あっちゃんパパは満面の笑みを浮かべた。

「お友達になったらうちに連れてくるのよ。美味しいお菓子を用意するわ」

 そんなの、あの高田くん相手に絶対無理。はははと乾いた笑いだけが漏れる。

「あっちゃんパパ、相変わらずだね。世話焼きっていうか、おせっかいっていうか」

 陽菜の言う通り、あっちゃんパパは一人で寂しそうにしている子を放っておけない性格なのだ。
 陽菜のときもそうだった。
 小学生のとき、わたしは、公園で一人ブランコをいでいる陽菜を見つけた。見かけたことのない子に、話しかけようか迷っていた。
 そんなわたしの背中を押したのが、あっちゃんパパだった。そのとき陽菜は引っ越してきたばかりで、友達が誰もいなかったのだ。
 あのとき勇気を出して本当によかったと思っている。なんでも相談できる親友ができて、あっちゃんパパにも感謝しかない。
 だけど、高田くんの場合は違う。もう中学生だから友達ぐらい自分で作った方がいい。大体、あの態度じゃ友達になろうとしても、なれるものじゃない。
 だから適当な返事をする。

「まあね。同じクラスだし、そのうち仲良くなるよ」

 あっちゃんパパと高田くんには一つも接点がない。だからわたしはその場しのぎの返事をしても大丈夫だろうと高をくくっていた。
 けれど、あっちゃんパパを甘く見ていたことを後に知ることになる。


 夜七時過ぎ、裕二お父さんが帰ってきた。

「それでね。あっちゃんパパが転入生の男子と仲良くしろって」

 あっちゃんパパはお風呂に入っている。大きな鼻歌が居間まで聞こえてきた。こぶしのかかった演歌だ。

「そうか。暁也にも困ったものだな。中学三年生なんて、男子とはしゃぐ年でもないだろうに」

 裕二お父さんは夕食のアジフライにかぶりついた。咀嚼そしゃくしながら眼鏡の真ん中のブリッジをくいっと上げる。
 向かい側のソファに体育座りしているわたしは、まだまだ愚痴が止まらない。

「だいたい、高田くんって近づくなオーラが丸出しなんだよね。目が合っても口を真一文字にしてなにも言わないの。そんな人、放っておくのが一番だよ。それに相手は男子なんだから男子が声をかけないと」

 古川さんたちはよく自ら近づこうとするものだ。

「沙織も、もう中学三年生。いや、来年には高校生か」

 裕二お父さんがしみじみと言う。
 若く見える裕二お父さんも、そんなことを言うと年相応に見えた。
 確か今年で三十八歳だ。商社マンで日々忙しく働いている。ちなみに、あっちゃんパパはイラストレーターとして自宅で仕事をしていた。
 裕二お父さんがそわそわとしながら、わたしの顔を見つめる。

「その、高田くんじゃなくても、気になる男子とかいないのか」
「ええ? 気になる男子?」

 いきなりなにを言うのかと驚いたけれど、ちょっとだけ想像してみる。
 高田くんは気になるというか、気にせざるを得なかっただけだし、クラスの男子はまだまだ子供っぽい。男子バスケ部のメンバーは気になるっていうより苦楽を共にした仲間って感じだ。先輩たちは頼りになって憧れもあったけれど、高校まで追いかけたいと思うほどではない。

「いないかな」
「そうか。ホッとしたような、心配のような妙な感じだな」

 モグモグと口を動かしながら、本当に複雑そうにお皿を見つめる裕二お父さん。
 もし、十年後ぐらいにわたしが誰かと結婚するってことになったら、どんな顔をするのだろう。もしかしたら行くなと、大泣きするかもしれない。
 想像するとおかしくて、つい口の端から笑みが漏れた。


 その週末の土曜日。
 朝食を食べて、あっちゃんパパと洗濯物を干したあとこの前買ったばかりの服に着替える。クリーム色のサロペットだ。
 階段を下りると、裕二お父さんとあっちゃんパパが玄関で待っていた。

「準備できたな。行こうか」

 目的の場所には三人並んで歩いていく。商店街の花屋に寄って花束を二つ買った。
 さらに十分ほど歩く。

「美織お母さん。久しぶり」

 やってきたのは、美織お母さんのお墓だ。
 美織お母さんが眠っているのは小高い丘の上にあるお墓で、視界にはわたしたちが住む町や遠くまで輝く海が広がっている。美織お母さんは海が好きだったから、この場所にお墓を建てることに決めたらしい。わたしもすごく好きな景色だ。
 昔は電車でここまで通ってきていたけれど、小学校の中学年のときにこの町に越してきた。以来、月命日には誰かが必ずお墓参りに来る。
 三人で来るのは、盆と正月と命日とわたしが進級や入学の報告をするときだ。
 お花を供えてお墓を掃除して、線香に火を点けるとわたしたちは手を合わせた。お線香の煙が細くたなびき、風に溶けていく。

「美織お母さん、わたし中学三年生になったよ」

 二人がなにを考えているかもよく分かる。二人とも、口に出して美織お母さんに話しかけるからだ。

「美織さん。沙織も、もうすぐ十五歳です。あれから十五年も経つなんて早いものですね」
「本当、あっという間よね」

 お墓に来ると、二人は毎回似たようなことを言っている。去年も、あれから十四年も経ったと言っていた。
 そのあとに続く言葉もだいたい同じだ。

「これまでなんとか三人でやってきたけれど、美織ちゃんがいなくて本当に大変だったわ。特に沙織ちゃんが赤ちゃんだったとき」
「ああ。なにもかもが初めてのことで、ミルク一つ作るのにも苦労したな」
「沙織ちゃんが、なかなかげっぷしてくれなくてね」
「ああ。吐いてしまったこともあった。病院に駆け込んだけれど、これぐらいのことよくあることだと笑われてしまったな」
「沙織ちゃん、寝つきはいいのだけれど、一度起きると夜泣きが酷くて」
「ああ。だけど、寝顔は本当に天使のようだった。美織さんに見せたかったな」

 二人がお墓に話しかけ続ける中、わたしはそっとその場を離れる。
 普段は仲の悪い裕二お父さんとあっちゃんパパだけれど、美織お母さんのお墓の前ではケンカする素振りを見せない。
 それよりも話したいことがたくさんあるのだろう。
 話はいつもわたしが赤ん坊のころから始まって、幼稚園や小学生、今の中学生のことまで続く。
 わたしは空を見上げた。
 そこには雲一つなく、まだ少し冷たい風が頬を撫でる。
 ここに来ると、考えても仕方ないことだけれど、もし美織お母さんが生きていたらどうなっていただろうと考えてしまう。
 あっちゃんパパのように料理を作ってくれただろうか。一緒にお菓子を作ったりしたのだろうか。でも、バリバリのキャリアウーマンだったらしいから、裕二お父さんのように仕事中心の生活をしていたかもしれない。
 わたしと美織お母さん、あっちゃんパパ、裕二お父さん。
 四人で暮らす生活を想像するけれど、肝心の美織お母さんの姿が思い浮かべられない。写真で姿を知るだけだし、声を聞いたこともないからかもしれない。
 でも、それ以上にあっちゃんパパと裕二お父さんが、あまり美織お母さんの話をしてくれないからだ。ほんの少し話すだけで、あとは毎回はぐらかされる。
 どうして話してくれないのだろうと、小学生のときは思っていた。
 今では美織お母さんの話をすると、二人自身が寂しくなるからだと思っている。好きな人に先立たれるなんて、まだ中学生のわたしにはとても想像できなかった。



   2


 三年生になって一週間。
 相変わらず、高田くんは誰に対しても素っ気ない。けれど、特別なにか問題を起こしているわけでもなかった。
 勉強はできるようだけれど、体育はあまりやる気がない。サッカーをしていても、試合中ほとんど走らないそうだ。
 かといって、パスをすると器用に操ってボールを返してくるらしい。
 本当、変な人。
 わたしはというと、バスケ部の活動で忙しくしている。部長の静夏しずかは一年生たちになめられないように、厳しくする方針らしい。
 体力作りをみっちりしますと最初に宣言して、実際にトレーニングメニューはボールを触らないものばかりにした。体育館の端から端までダッシュしたり、腹筋運動をしたり、柔軟体操を念入りにしたり。もちろん上級生のわたしたちも同じように走る。
 結局、仮入部期間が終わるころには十人いた入部希望者のうち、残ったのは四人だけになってしまった。

「ねえ、静夏。さすがに一年生が減りすぎじゃない?」

 部活の帰り道、静夏に尋ねる。

「そうかな。でも、そもそもバスケってスタメン五人しかいないじゃない。やる気がないなら入部しない方が一年のためだったりするよ。それに今年は絶対県大会の決勝に行くんだから。わたしたちも基礎錬をしっかりしないと」

 丸花中のバスケ部は県大会でベスト4が最高成績だ。去年も準決勝で敗れていた。今年こそと息巻く静夏の気持ちも分かる。
 今から張り切りすぎじゃないかと思いつつも、結局それ以上そのことには触れずに静夏と別れた。

「ただいまー。……ん?」


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