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~第三章~
62.アンハルト国王side
しおりを挟むガチガチと手の震えが止まらぬ。
宰相と娘のやり取りを聞きながらも、この状況に頭は全く働かない。
「な、なんだ……これは?」
宰相から出された『魔法契約書』の内容は、二度とサビオ・パッツィーニの件を蒸し返さないこと、王女を結婚式まで自室に軟禁しておくこと、そして結婚式の後は夫婦ともに領地に移動すること。尚、『魔法誓約書』は私・娘・宰相が各々保管すると書いてあった。
「陛下、早くしてもらえますか?」
ああ、また抑揚のない声だ。宰相とは長年の付き合いがあるが、彼のこんな声は始めて聞いた。感情が籠らない声だと現実逃避に考えていたのだがそれも許されないだろう。
震える手でペンを持ち、その紙にサインをした。すると、それは発光して紙から飛び出し空中に広がるとそのまま私を取り囲んでいった。
「これであなた方は『魔法契約書』『誓約魔法紙』にサインしましたので二度と取り消せません……ご安心ください、王女殿下に置かれましてもきちんと契約されております」
「ちょっと待ってくれ」
淡々と話す宰相の言葉を遮ったのは私の声だった。彼は一瞬不快そうな目を向けるがすぐに元の無表情に戻ると、何でしょうか?と聞いてくれた事に少しだけ安心することができた。
「な、何故その契約をしなければならないんだ?」
「……先程から言ってますよね」
「し、しかし……これは余りにも理不尽過ぎないか!?」
「理不尽?おかしなことを仰いますね、陛下。その理不尽を年端のいかない少年に課してきたのは誰でしょう?あなた方は王族ではありませんか?それをご自分達になると途端にそれを拒否なさる?そのような事が許されるはずがないでしょう」
これは駄目だ。完全に見限られている。そして軽蔑されているのだろうという事はよくわかった。だがこちらとて言い分はある!
「お前達も同じ穴のムジナではないか!?文官達が何をした!?他の大臣達はどうだ?皆が見て見ぬふりをしてきたのではないか!!」
「ええ、その通りです。ですから正さなければなりません」
「なに?」
私の怒りと抗議の声はあっさりと肯定された。いや、それどころか「正さなくてはいけなくなったのだ、お前らが元凶なくせに偉そうに言うな」とでも言われているかのように感じ取れてならなかった。
彼は怒っているのだろう……その無表情の奥に確かに怒気が孕まれているのが見える。
「それでは王女殿下はこれで、お戻りください。式の準備もあることですし。明日にはウエディングドレスの仮縫いもありますから」
「う、うそ……」
「当日は幸せな笑顔でお願いしますね。花嫁が仏頂面ではお話になりません。王女殿下が望んだ結婚なのですから、当然でしょう?」
娘は今にも倒れそうになっていた。だが、それは当然の反応だと思えるし仕方がないだろう。あの無表情を崩さぬ宰相に言い切られたんだ……この婚約の白紙が覆ることはない、それを嫌という程に解らせるには充分すぎた。
近衛兵に促されるも全く足が動かずにいるが、それも無理ない事だろう。私ですらこの有様なのだからな。
娘が部屋を出て行くと、宰相はこちらを見据えたままゆっくりと口を開く。それは死刑宣告のように感じられたのは私の錯覚だと思いたい。いや、きっとこの動悸も震えも恐怖が齎している事なのだろう……。
「あなた方はこの国には必要ありませんので早々に退場することをおすすめします」
それは死刑宣告と同じだった。そして宰相から発せられた言葉は、今までで一番強い殺気を含んでいた事に私は気付かなかった。
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