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5.婚約者4
しおりを挟む『テオドールにはルーナ嬢のように賢い妻が必要なのだ』
『あの子を支えてあげてちょうだい』
『君だけが頼りなんだ』
『あの子を見捨てないで上げて』
在りし日のコーネル伯爵夫妻の言葉が蘇ってきます。
そもそも、私とテオドールの婚約はコーネル伯爵夫妻の立っての希望でした。
当時のテオドールは両親から甘やかされて育ったためか、我が強く自分の思い通りにならなければすぐに不機嫌になる子供でした。それというのも、テオドールは伯爵家に漸くできた一人息子だったのです。伯爵夫人は度重なる流産の末に誕生した息子をそれはもう目に入れても痛くないほど可愛がっていました。
勉強が出来なくても。
運動ができなくても。
悪戯をして他者を困らせても。
どんなことでも「テオドールは良い子」――――
屋敷の主人がこの調子なら、当然、使用人達も追従するというもの。「テオドール様は優秀で素晴らしい」と、彼を褒めそやしたのです。周囲の言葉を真に受けたテオドールは自分が「優秀である」と思い込んでいました。
自分は何でもできる、だから努力する必要はない。
甘やかされた結果、本気でそう思うようになったのですから笑えません。
叱られた経験のない子供は増長するという見本のようなものでした。
これに危機感を抱いたのは父親のコーネル伯爵です。曲がりなりにも伯爵家の当主。如何に息子が可愛くともコレでは跡取りに出来ない、と今更ながら気付いたのです。もっと早く気付くべきでした。だからと言って、今まで好き放題に育った息子の軌道修正は思うように進まず、当時から優秀だと評判だった私に白羽の矢が立ってしまった訳です。
要は、優秀な婚約者をあてがって息子が成長してくれる事を期待していたのです。何とも他力本願な願いだと当時でも呆れてしまいました。
コーネル伯爵は恥も外聞も捨て、祖父に土下座して頼み込んできたのです。それだけ切羽詰まっていたのでしょう。
あの祖父にして「伯爵夫妻の媚びっぷりはどこぞの悪徳政治家や悪辣商人よりも凄いぞ。軽蔑を通り越して逆に尊敬するレベルだ」と感心しておりました。
それにまぁ、この婚約はヴェリエ侯爵家にとっても旨味がありました。
なにしろ、コーネル伯爵家は領地持ち。それも王都からほど近い良い立地にあるのです。
領地を持たない宮廷貴族が領地持ちの貴族と姻戚関係になるのは珍しくありません。
そういう点では宮廷貴族のヴェリエ侯爵家は損をしない寸法です。
早くに両親を亡くした私を育ててくださったのは祖父です。おじい様としては自分に何かあった場合に後ろ盾となる大人を私に付けたかったのかもしれません。それと王都から近いという点でも何かあればすぐに駆け付けられるという爺バカを発揮したのかもしれません。
こうして、両家の利害関係が一致して婚約と相成ったのです。
今思えば、テオドールがまだ少年だったからこそ祖父も婚約を認めたようなものでした。
もっとも初体面は最悪の一言につきましたけどね。
私が婚約者であるテオドールと対面したのは今から十二年前のこと。
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