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ある皇孫の願い
しおりを挟むあぁぁぁぁぁぁぁ!ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「お父様……」
あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
「姫様、なりません。こちらにいらしては」
「でも……お父様が」
「大丈夫です。いつもの発作でございます。母君様が付いておられますので、ご安心ください」
宝寿叔父様が亡くなってから、父は心を病んでしまわれた。
祖父である皇帝は、自身の後継者を選ぶのにあたって大変迷っていたと聴いたことがある。
父という皇太子がいたにも拘わらず。
温厚な父よりも、文武両道に秀でた叔父の宝寿皇子の方が人望を集めていたからだ。それでも祖父は父の地位を剥奪することはなかった。苦楽を共にした祖母に対する配慮だろうと人々は噂し合った。
祖母は、その頭脳と行動力で、祖父を支え、皇后という身分以上の権力を手にしていたため、祖父も強く出られない処があった。
神の如く崇められた曾祖父。
祖母は曾祖父に似ていた事も並々ならぬ権力を維持できた理由なのかもしれない。
それは皇帝であっても退ける事が不可能なほどに。子供の目から見ても、祖父は何かと祖母に遠慮していたのが分かった。
優しく穏やかお父様。
私と弟は、そんな父が大好きだった。
皇太子という高い身分でありながら、下々の者達に対しても親切で奢り高ぶる事などない人だった。祖父が、この心優しい父に対して不満を抱いていた理由が今も分からない。
祖父が病でこの世を去り、時をおかずに、皇后と皇太子一家の暗殺を目論んだ罪により宝寿叔父様は死を賜った。処罰の判断を下したのは祖母の皇后であり、その苛烈な処罰に人々は恐れをなした。
この騒動が落ち着いてきた頃に、父の異変が起こり、人々は宝寿叔父様の祟りだと囁いている。
「お母様…」
「加羅、お父様の部屋に来てはいけないといっておいたのに。困った子ね。いいわ。いらっしゃい」
ベッドで眠る父はとても静かだった。
まるで人形のように眠り続けるお父様は、このまま眠り続けてしまいそうな危うさがあり怖かった。
「お父様はとても疲れてしまっているのよ。異母弟の宝寿皇子を助けてあげられなかった事を悔やんで、御自身を責めていらっしゃるの」
「お父様にせいじゃないわ!!!」
謀反を企てた叔父が悪いのよ!
何故、お父様が責められるの!
私は知っている。
表向き誰も父を責め立てなかったけど、影では「弟を見殺しにした冷酷な皇太子」と言われていたことを。そのせいで父は病んでしまわれたのよ!
「お父様はとても優しい方だから救えなかったことを後悔していらっしゃるのよ。夢の中で、おじい様が怒って自分を責めるのだと仰って……昼夜魘されているの」
「お母様!私がお父様を守るわ!」
「加羅…。そうね、私たち家族でお父様を守ってさしあげましょう」
「はい!」
心を深く病んでしまった父は、それからも床から離れる事が出来なかった。
病状の皇太子を皇帝にする訳にもいかず、即位は見送られ、祖母が『摂政皇后』と称し、政治の全てを取り仕切った。
床から起き上がれるようになった父は、よく月を見上げるようになった。月の光に照らされた父は、そのまま月に吸い込まれてしまうかのような儚い美しさがあった。
「お父様…」
「どうしたんだい?加羅」
私は必死で父に抱きついた。
「なんだか、お父様が消えてしまいそうで…。私たちを置いて遠くに行ってしまうような気がするの」
「おかしなことをいう加羅だね。お父様はここにいるよ」
「ほんとう?どこにもいかない?」
「勿論、ずっとここにいるよ」
父に抱きしめられながらも、その背後に存在する月が恐ろしかった。物語の姫君にのように、月が父を奪っていきそうで。
その後、父は徐々に健康を取り戻していった。祖母は大層喜び、周囲の者達も安堵の息を吐いた。
けれど、私は不安だった。
以前にもまして浮世離れした父は、まるでこの世の人では無いかのように感じたのだ。まるで魂の半分を月に取られたような虚ろな目。
恐らく、母も私と同じような不安を感じていたのだろう。父の傍を片時も離れないのがその証拠であった。
時折、月を見上げる父は、月に魅入られているかのようだ。
父が外出できる程に回復すると、祖母は父の即位式の準備を始められた。多忙のなか、父のために奔走する祖母を、父は困ったような顔で微笑んでいた。
その日は離宮が騒然とした。
「皇后様!皇太子妃様!大変でございます!皇太子様が!!!」
「皇太子様が池に落ちられてお亡くなりになりました!」
父は三十歳の若さで亡くなった。
侍従の話では足を滑らせて池に落ちたそうだ。助け出された時には既にこと切れていたと。
祖母の嘆きが響き渡った。
半狂乱になって父の亡骸に縋りつく祖母は、一人の母親だった。
皇位継承争いが起こらせないための緊急処置として、祖母が皇位に就くことになった。
我が国、初の女帝の誕生である。
女帝となった祖母は、父の異父兄である公爵を宰相に任命し、政権の安定化に勤めた。
月日と共に、私たち家族は少しずつ父を亡くした悲しみから立ち直り、女帝の庇護の元、穏やかな日々を送ることが出来た。
父の死から三年。
十三歳になった私は今日嫁ぐ。
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