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38.放火事件1

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 ヨハン・フィーデス。
 彼もまた前回は王太子の側近だった男だ。

 そして義姉上を嵌めた連中の一人。

 神官長の息子で、だった男が再び彼女に入れ込むのは何も不思議とは思わなかった。

 そう、この報告書を読むまでは――


「こ、これは……」

「ある意味で、カストロ侯爵子息よりも悪質だわ」

「義姉上はヨハン・フィーデスの件にも大公女が関わっていると考えているのですか?」

「ええ。正確には大公家が関わっていると思っているわ。だって、大公家にとって都合の良い展開ですもの」
 
 深夜の神殿が放火されるなど中々ない。
 それも郊外の小さな神殿だ。新聞の端に情報が載ったくらいだろう。噂にもならなかったに違いない。けれど、当事者たちは違う。何故か、その日その場所にヨハンの妹が滞在していた。数名の供の者と一緒に。そこで起こった火事のせいで彼女は失明し、喉を傷めて美しかった声を失ったらしい。義姉上の言う通り偶然にしては出来すぎている。火事に気付くのに遅れたというのも作為的なものを感じる。報告書を読む限り彼女以外は軽傷で済んでいるのも妙な話だ。彼女を助け出す事さえしていない。まあ、突然の火事で判断能力を失っていたとも言えるだろうが……。それにしては随分と杜撰すぎるのではないか? まるで彼女が重症になって欲しいと言わんばかりだ。考え過ぎと言えばそれまでだろうけど。次のページでヨハンの妹は回復魔法を施されたものの火事のショックで目が見えないままらしい。

「憐れに思った大公女が彼女に慈悲を与えたとあるわ。目が見えないのは心の病の所為だと。彼女に最新の精神魔法を施す事で、彼女の目は見えるようになる。でもその対価として声を失うという誓約がなされたみたいだわ」

「義姉上……それは……」

「ミゲルの考えている通りよ。つまりフィーデス家は彼女から声を奪う代わりに光を取り戻したということね」

「ですが、精神魔法が新しい魔術である以上その誓約がどう反応するのかまだ未知数だと聞いています。場合によっては両方失うことになるとも……」
 
「そうなるかもしれないわね。でも、ならないかもしれない。こればかりは本当に分からないわ。彼女の兄や家族は何時治るか分からない心の病よりも確実性を取ったと言う話よ。話せないリスクよりも目が見えないリスクの方が大きいと判断したのでしょう。目が見れるようになれば話せなくとも筆談や手話で会話できるのだから」

「確かに一理あります。それでも思い切った事をしたものです」

「大公家が責任をもって直すと言い切ったらしいわ」

「それはそれは」

「なんでも、大公女は妹君と親しい間柄だったようで、娘の願いを叶えたいと大公からの申し出のようだわ」

 親しいね。
 前の時は友人だった。
 神官長の娘と聖女という立場は親しくなれる環境でもあった。でも、今回は?

 ルーチェ・サンタは平民の聖女ではない。
 大公家の令嬢だ。

 嘗ては神殿に保護された孤児から聖女になった。
 だからこそ、自分を聖女に推挙した神官長の娘と親しくなる機会があったとも言える。

 だが、今は違う。
 親しくなったのは偶然とは思えない。何からの意図を感じざるを得ない。



 
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