上 下
7 / 112

7.巻き戻り

しおりを挟む

 ぺーゼロット公爵家墓――

 ここに義姉上が眠っている。

「もっと早く来たかったのですが申し訳ありません」

 義姉に墓前で僕はこれまでの経緯を語って聞かせた。
 なにしろ、以前来たのは復讐を誓った時。成就するまで来ないと宣言したのだ。あれから数年が経った。国の立て直しに奔走した結果、領に戻ってくることが遅れたのだ。

「王家は辛うじて名前が残っているに過ぎません。もう何の権限を持たない名ばかりの存在になりました。我が子可愛さに目を曇らせた国王とその一派はもういません」

 議会の一致で国王は退位と共に幽閉された。
 新しい国王は別の公爵家から引き抜いた。
 罪人となった王太子は位を剥奪され世を乱す原因を作った罪で公開処刑された。処刑と言ってもギロチンではない。腐っても王族。血が流れるのは良くないという意見が多数を占めていた。規定通りに毒杯を賜るのが常識だが、それだけでは民衆も納得しない。騙されていたとはいえ、自分達も公爵令嬢を貶める発言をしていたのだ。罪悪感はあったのだろう。だが、それ以上に「騙された被害者」という意識もある。
 僕からしたら五十歩百歩だったが、彼らからしたら「それでも差はある」と言いたいらしい。
 平民代表で会議に出席した弁護士が語る言い訳につい鼻で嗤ってしまった。図々しい庶民の味方の弁護士も嗤った相手が僕被害者の身内だと知ると良く回る口は一文字に閉じた。彼らにも一応“恥”という概念はあるようだ。

 結果、魔術師達が処刑場に箱型の結界を施し、そこで元王太子に毒杯を飲んでもらうことで決着が付いた。要は、元王太子が毒を飲んで死ぬところを皆で見るといったものだ。悪趣味だと思うがそれが一番無難なのも確かだった。

 民衆は「元凶の元王太子が公爵令嬢と同じ毒で死ぬことによって罪悪感を薄めたい」、一方王家と貴族は「元王太子が公爵令嬢と同じように毒杯で潔く死ぬことで王族が反省している事を内外に知らしめたい」という両者の都合と想いが一致した結果とも言える。
 
 そういった利害の一致は大抵上手くいかない。

 元王太子が死を恐れて暴れまわり、毒杯を無理矢理飲ませる形を取るしかなかった。苦しみにのたうち回り痙攣をおこした元王太子は無様としか言いようがなかった。死の顔は恐怖に満ちており、観衆たちは真っ青な顔で歓声があがる事もなかった。
 
「刑を執行した連中はノイローゼになっているみたいですよ。メンタルが弱すぎると思いませんか?一般人か、って話ですよね」

 元王太子の死に際の姿を見た観衆たちは軒並み鬱状態でカウンセリングを受けているらしい。

「ようやく、終わりました。義姉上を疑った義父上は屋敷の地下牢に幽閉していますから御安心ください」

 実の娘ではなく元王太子達を信じた義父。
 彼は義姉の死と共に責任をとる形で宰相位を辞職している。王家の忠臣らしいが公爵領でそれが通じると思ったのが敗因だ。
 婿養子に過ぎない男が直系を見殺しにした。
 
「ふふっ。領民に滅多打ちにされて殺されるか、寿命が尽きるまで幽閉されるか。選んだのは義父上です。文句を言われる筋合いはありませんよね」

 義姉の墓に供えた青い薔薇。
 公爵領の特産品の一つ。
 生前、義姉上が好んでいた花だ。
 今思えば義姉上の好きな花すらあの元王太子は知らなかったのだろう。贈られる花束は何時も決まって“白い花”だった。

「僕はあのアホのようにはなりません。妻を大切にします。ああ!報告が遅くなりました。僕の婚約者が漸く決まりましたよ。相手は辺境伯爵家の御令嬢です。辺境伯爵家は義姉上の件にまったく関与していませんし、王家を毛嫌いしている傾向にあります。令嬢とはその点だけでも話が合いました。娘が生まれたら義姉上と同じ名前にしてもいいとまで言ってくれましたよ。きっと良き家庭を築けると思います」

 その瞬間、突風がおきた。
 ぐにゃり。
 周りが歪み一瞬にしてまだら模様になった。

 なっ?!
 一体何が起こった!!?


 訳が分からないまま世界が回転する。

 青いバラが舞い散っている。

 義姉上……。

 
 




 
「どうしたのです?」

 朦朧とする意識の中、心配そうな声が聞こえた。重い目を何とか開けると、覗き込むかのように懐かしい顔が目の前にあった。
 流れるプラチナブロンドにアメジストの目をした怜悧な美貌。

「あ、あね…うえ」

「無理に喋る必要はありません。喉にも炎症が起きているんですから」

 炎症?
 なんのことだ?
 口に出そうとするとカラカラの喉に気付いた。酷く痛い。喉だけじゃない何故か体が重い。どうやら僕は寝室のベッドに寝かされてるようだ。それも王都の部屋でなく公爵領の屋敷の寝室だ。

 天国は公爵領にあったのか。
 それとも義姉上が使者として迎えにきてくださったのか?

 ならば義姉は――

「てんし……?」

「なんの話ですの?まだ夢の中かしら?」

 夢?
 あれは全て夢だったのか?

「本当に大丈夫なのかしら?」

 死んだはずの義姉が困った顔で僕を見る。
 生前の美しい姿がそこにあった。手を伸ばしたくても体中が重く、指を動かすので精一杯だ。

「あなた、覚えてないのかしら?ここにきて直ぐに倒れたのよ?医師が言うには疲れから出た風邪らしいわ。だから安静にしていなさい、いいわね」

 はい、と言いたいのに声が出ない。仕方なく首を縦に振ると義姉は優しく頭を撫でてくれた。ぎこちない手つきだけど優しさは伝わってくる。僕は瞼を閉じた。これ以上は目を開けていられなかったせいだ。分かったのは、ここが天国ではないこと。僕は公爵家に引き取られた時点まで巻き戻ったという事だ。


 巻き戻し……どうしてそんな不可思議な事になったのかは分からない。
 でも、これはチャンスだ!
 義姉上をなんとしても助けたい。


 

しおりを挟む
感想 98

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

処理中です...