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1巻

1-3

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『サリーは王宮に慣れていない。温かく見守ってほしい』

 これですもの。
 もう後進を育てて早期退職すべきかもしれない。
 私は悩みが尽きなかった。


「――マックスに言いつけるわよ!」

 その日も王太子妃は王太子殿下の名前を出した。
 それにしても、王太子殿下を「マックス」などと……
 殿下を愛称で呼ぶ者は、母親である王妃様以外にいない。元婚約者のセーラ様でさえ愛称呼びはしなかった。

「私は元々男爵令嬢なのよ! できないのは当り前でしょ!」

 その上、二言目にはコレを言い放つからたまらない。
 おかげで、王太子妃付きの侍女の配置替えが頻繁ひんぱんに起こっている。そのスパンが徐々に短くなってきているのも気のせいではない。
 当然だ。王太子妃付きなんてやってられないもの。
 ベテランの侍女までさじを投げるほどなんだから相当だ。
 本当になんでこんなのが王太子妃なのだろう? 王太子殿下はこの女のどこがよくて結婚したのかしら? 謎でしかない。
 やっぱり顔? 好みの顔だったから?
 セーラ様とは違ったタイプの美少女なのは確かだ。それに、セーラ様にはない豊満な胸は男にとっては魅力的なのかも……
 それともセーラ様を見すぎて、真逆の女を好きになったとか?
 まぁ、貴族にとっては珍しいタイプであることは間違いない。周囲が洗練された女性ばかりだから、毛色の違う女がお気に召したのだろう。
 私には理解できないけど。
 王太子妃は平民からは人気だというが、それは本人をよく知らないからこそだ。身分を超えた愛のある結婚――そのフレーズに熱狂しているだけ。
 王太子妃の本性を知ったらその熱も冷めるだろう。
 教育係達が王宮を去った後、あの王太子妃は寝室に引きこもった。

「教師達が辞めていったのは私のせいじゃないわ!」

 そうわめいている。
 この王太子妃は何を言っているの? 彼らを自分からクビにしておいて。
 ちくりと嫌味を言うと、彼女は更に反論した。

「私に合わせない教師達が悪いんだわ!」

 あんたに合わせていたら妃教育は死ぬまで終わらないでしょうよ!
 そう思ったが、今度は口にしない。
 心で王太子妃に毒づきながら、私は職務を全うし続けた。



   〈大臣達の話〉

「どういうことだ?」

 ある日。財務大臣である私を訪ねてきた王太子殿下は、開口一番にそう言った。
 殿下の手にあるのは、今年一年の王太子の経費報告書だ。
 どういうことも何も、見たままなのだが。

何故なぜ、こんなにも支出額が多いんだ」
「それは当然です」
「なんだと!? そんなはずはない! 私が無駄金を使っているとでも言うのか!?」

 確かに、ある意味で無駄金だな。

「そうではありません。これは王太子夫妻、合わせての支出額なので、独身時代より数字が大きいのは当然だと言っているんです」
「はっ!? 私達夫婦の支出だ……と?」
「そうです」
「そんなバカな。妃と経費を共用するなど聞いたことがない。父上と母上も別々ではないか。何故なぜ、私達だけ一緒になるんだ。いや、一緒でもいいが、それなら何故なぜ、予算額が独身時代と同じなんだ? 二人分なんだぞ? 倍の予算になるはずではないか!?」
「倍にするのは無理です」
何故なぜだ!?」

 こっちが何故なぜかと聞きたい。

何故なぜと申されましても、王太子妃の持参金の問題です」
「どういうことだ?」
「サリー妃は歴代王太子妃の最低額の持参金で王家に参りました。あの程度の額では一ヶ月ともちません」
「だからなんだというんだ。金銭の問題ではないだろう?」
「金銭の問題です」

 王太子殿下は何を言い出すんだ。まさか頭までイカレたか?

「そもそも王族の日常生活は基本、個人資産でまかなわれています。公務や行事に関係する場合は国庫から予算が出ますが、それも必要経費以外の支出は禁じられています。マクシミリアン殿下の場合は、王太子領をオルヴィス侯爵令嬢の慰謝料にてられました。そのため、個人収益を失っています。それを、王妃様がご自分の土地の一部を殿下へ譲渡なさって、現在、その土地収入で殿下の生活費をまかなっているんです」
「そ、そうだったのか……母上が。だが……そのような話は聞いていない……」
「王妃様が殿下にも男の面子メンツがあるだろうとおっしゃいまして。内密に話を進ませていただきました」

 王妃様としても自分の息子が甲斐かいしょうなしと思われるのは恥辱だったに違いない。
 もっとも、譲渡された土地収入だけで、いつまでもつかが問題だ。

「更に言いますと、本来なら王太子妃からの持参金が入り、それが王太子妃の生活のための費用になるのです。しかし生憎あいにく、サリー妃の持参金は微々たるもの。ましてや衣装や宝石類などは収益を生みません。歴代の妃方は実家から割譲された土地や家屋の収益を持参金としますが、それでまかなえなかった場合は『化粧料』という名目で、実家から援助金をもらっていましたよ」
「すまない。知らなかった」
贅沢ぜいたくを好む妃ならば、実家が毎年『化粧料』を納めていたようです」
「そうだったのか……」
「まあ、このようなことはおおやけにはしませんから、殿下がご存じないのは仕方ありません」

 とはいえ、大々的に公表していないだけで隠しているわけではない。ちょっと事情を知っている者からしたら、「この王太子、金どうすんだ?」と思って当然なのだ。
 実際、高位貴族は即座に警戒をあらわにしていた。

「若い王族のためだけに税金を上げるような真似をすれば、民からの信頼は失墜しっついいたします。ですが、我々貴族も領内の税を上げる予定はありません」

 そんなふうに牽制けんせいしてくる。
 要は、「アホな王太子夫妻にやる金はない」ということだ。
 国王陛下もおっしゃっていた。

『王太子夫妻のための予算を増やす必要はない。全て自分達が好き勝手に動いた結果だ。責任は本人達に取らせよ』

 陛下は情愛深い方だが、シビアな面もお持ちだ。その点、親バカな王妃様とは正反対だった。
 マクシミリアン殿下は陛下のたった一人の御子、可愛くないはずはないだろう。特に、これまではなんの問題もない、優秀な王太子だったのだ。
 あんなに真面目な方だったというのに。恋をすると人はおろかになるというのは、本当のことなのだな。


「――マクシミリアン殿下、それは無理でございます」

 来月の予定に関する会議をしている場での王太子殿下の発言に、外務大臣である私は即座に反対した。

何故なぜだ? 外交に夫婦で出かけるのは常識だろう」

 常識のない妃をめとったせいです。
 そう言いたいのを、心の中に収める。
 あの王太子妃に外交などさせられるものか!

「サリー妃は何ヶ国の言語を習得していらっしゃいますか?」
「ま……まだ一つ目を習得中だが……」
「その一つ目とは帝国語ですか?」
「そうだ」
「他の言語はいかがですか?」
「そ、それはこれから……」

 それでは遅い。通訳を介するとしても、外交にはある程度の語学力が必要なのだ。

「サリー妃は周辺諸国の歴史や文化をどこまでご存じですか? 政治事情は把握できていますか?」
「あ……」

 私の言葉に、殿下は黙り込んだ。
 王太子妃の出来の悪さは有名だった。何しろ、超一流の教育係達をあっという間に解雇かいこしてしまうほどの頭の悪さだ。

「隣国の王との謁見の場で、王太子妃が粗相そそうをしないという保証はありません。会見でトラブルを起こさないとも限りません」
「大臣! それは王太子妃に対して無礼ではないか!」
「無礼は承知の上です」
「な……に……」
「我が国は六つの国と隣接しています。その内の二ヶ国は我が国と同一言語ですが、他の四ヶ国の言葉は全く系統が異なりますよね。その一つが帝国語、もう三つはまた独自の言語体系を持っているものです。幸い、大陸の覇者はしゃたる『聖ミカエル帝国』の言語が共通語ですから、王太子妃は帝国語を習得していればとりあえずは及第点となります。そうでなければ要人達との会話に支障をきたします」

 王太子殿下からは返事がない。
 だんまりを決め込む気だろうか?

「ご理解いただけましたか? 国益を害する可能性がある以上、外遊先への王太子妃の同行を認めるわけには参りません。ちなみに、帝国語は高位貴族の子女の誰もが幼少期に習得するものです。それどころか、日常会話程度ならば三ヶ国語は難なく話せる令嬢ばかりです」

 外国の要人と接する機会の多い高位貴族は、家で教育がほどこされる。その点で、下位貴族との差が出るのは仕方がない。それでも必死に勉強すれば、学園にいる間に身につけられる。要は本人の努力次第だ。
 何よりも――

「諸外国はセーラ様をとてもよく知っておりますからね。そのセーラ様を押しのけて王太子妃になった女性の程度を知れば、外交関係にヒビが入りかねません」
「サリーはサリーだ! セーラと比べるとはひどいではないか!」

 それまで黙っていた殿下が急に食ってかかってきた。
 愛する妻を悪く言われたと思ってのことだろうが、あの王太子妃の出来の悪さは国外でも話題になり始めている。セーラ様と比べること自体が烏滸おこがましいというものだ。

「ご安心ください。比べるまでもなくセーラ様がすぐれていることは、皆が存じ上げております」
「なっ!?」

 何をそんなに驚かれるのか。セーラ様は「王妃になるべくして生まれた女性」とまで言われた人だ。彼女が王太子妃ならば、我が国は諸外国と深い信頼関係を結べただろう。
 殿下、逃がした魚は大きいですよ。

「若く美しい女性は世の中に数多くいます。美しさだけで生きていけるのは娼婦だけですよ」
「大臣! 不敬罪だ!」
「おや? 何故なぜです?」
「今、サリーを侮辱ぶじょくしただろう!」
「私は世間話をしただけです。決して『サリー妃が娼婦のようだ』とは申しておりません」
「~~~っ……」

 私の嫌味に、殿下は顔を真っ赤にした。
 まだまだ若い。
 いや、青いのか?
 実際、殿下自身も無意識に同じようなことを思っていたのだろう。だから、怒った。
 素直に認められないのは王太子妃に対する愛情か、それとも別の何か、か。
 自分の苛立いらだちを殿下に多少返してみたものの、我が国のこの先を思うと、私の心は決して晴れなかった。



  〈孤児院の院長の話〉

 今代の王太子妃は男爵令嬢で、王太子殿下とは身分を超えて結ばれたと、私達庶民の間では人気だった。
 その頃の王太子妃の評判は、「庶民的な王太子妃」だったのだが……
 あんなことになるのなら、彼女の視察を断ればよかったと、私は後悔していた。
 王家の女性は定期的にこの孤児院に視察に来る。
 それというのも、ここが王家の支援する施設の一つだからだ。
 適切に運営されているか、自分達のほどこしが不正に利用されていないか、きちんと調査すると共に、王家が常に民に寄り添っていることを示す。
 ところが、ここを訪れた王太子妃の第一声は――

『可哀想に。親に捨てられた子供達なのね』

 だった。
 この王太子妃は本気で言っているのか?
 その言葉を聞いた時、私は聞き間違いだと思った。この孤児院のことを調べているなら決して出てくる言葉ではない。
 誰が〝捨てられた子供〟なのか!
 確かに、親に捨てられた子供も中にはいる。けれど多くは、病気や事故で親を亡くした子供だ。
 それを知らないことも衝撃だったが、次の一言よりはマシだった。

『愛情を知らない子供……哀れだわ。愛を知らない子供は犯罪におちいりやすい、と聞いたことがあるの』

 なっ! この子達が犯罪者になるとでも言うのか!
 その言葉に、カッと頭に血が上った。失礼にもほどがある。

『子供達が誤った道にちないためにも、寄付金を増やしてもらえるようにマックスにお願いしてあげるわ』

 王太子妃は傲慢ごうまんにもそう言い放った。
 だが、そのお金は彼女のものではない。国民の血税だ! それを『してあげる』とは!
 子供というのは大人が思っている以上に、その人の為人ひととなりに敏感だ。
 明らかに自分達をさげすんでいる人間を好きになるはずもなく、特に年長組はすぐに王太子妃を〝敵〟とした。

「王太子殿下の女性の好みは最悪だわ」

 つい、気持ちが口に出る。
 前の婚約者であったセーラ・オルヴィス様があんなひどい態度を取ったことはない。大貴族のお姫様だというのにおごったところが全くない方だったのだ。
 比べてはいけないのに、比べてしまう。
 王太子妃と違い、セーラ様は子供達との触れ合いを「ドレスが汚れるから無理だわ」と嫌がりはしなかった。
 子供達に絵本を読んでくれたり、勉強を教えてくれたり……バザーに参加してくださった時もあった。友人や知り合いにも声かけをしてくださって……

「セーラ様には子供達もなついていたわね……」

 悪戯いたずらばかりのジョンやお転婆てんばなララ、警戒心が人一倍強いアイ、人の悪意に敏感なロイ。一癖も二癖もある子供にも信頼されていた。
 それだけではない。セーラ様は孤児院の子供達全員の名前を覚えていた。

「あの王太子妃は子供達の名前も顔も覚えてないんでしょうね」 

 王太子妃が帰った後の院内の雰囲気は最悪だった。これから先も彼女が来ると思うと溜息ためいきが止まらない。
 私は失礼を承知で王宮に手紙を送った。



  〈宰相の話〉

 孤児院の院長から苦情が届いた。
 例の王太子妃絡みだ。
 子供達の教育に悪いから二度と寄越すな、という内容。
 かなりオブラートに包み込んではいたが、まとめるとそうなる。
 外務大臣から「外交に興味を抱かせないように、国内の公務から彼女でもやれそうなものを探してほしい」という依頼があったため、たりさわりのないものとして孤児院の視察を提案したのだが……
 どうしたらここまでひどい評価を受けるんだ?
 孤児院は王家が支援している施設だ。当然、大切な客として、王太子妃をもてなす。それがどうして……
 こんなことになるなんて、数年前は想像もしていなかった。
 なんせ、王太子であるマクシミリアン殿下は優秀だった。
 文武両道の自慢の王子。帝王学を学び、立派に成長していた……はずだったのだ。
 それが、恋におぼれるとは。
 いや、王太子に恋人がいることは知っていた。
 だが所詮は〝若気の至り〟、〝学生の時だけの恋人〟、〝青春時代の思い出〟と甘く見て、目をつぶってしまった。
 まさか、婚姻を考えていたとは。
 下位貴族の出身で成績もかんばしくない女性。
 それでも、あの王太子殿下が夢中になった人だ。何かしらの才能はあるだろうと期待していたのだが。
 今思うと、そう信じたかったのだろう。
「賢王」になるに違いないとうたわれた王太子殿下が選んだ相手が、顔と豊満な肢体だけが取り柄の女だとは考えたくなかったのだ。
 王太子妃の妃教育の成果は最悪だった。
 王太子妃付きの侍女が決まらないのは、そのせいだろう。今も侍女長のもとに苦情と退職願が山のように届けられている。
 財務大臣は「仕事をしない王族の予算は減らそうと思っているんですけど、いいですよね?」と素晴らしい笑みで言っていた。
 外務大臣も「王太子殿下は外交に必要ないです」とひたいに青筋を立てている。
 あれだな、セーラ様が結んだ我が国に有利な条約を王太子殿下がダメにしたせいだ。気持ちは分かる。だが、もう少しオブラートに包んだ発言をしてくれ!
 コツコツと地道に実績と評価を上げてきた王太子殿下が、まさか女でつまずくとは。殿下の今までの功績は、王太子妃のせいでマイナスだ。
 これ以上は無理だ。大臣達の我慢は限界で、私も王太子殿下をかばえない。
 もう殿下自身があやまちに気付いて、目を覚ましてくれるのを願うばかりだ。
 それが遅ければ遅いほど、取り返しがつかなくなる。
 そう分かっているのに強く進言しない私は、心のどこかで殿下を見限っているのだろう。
 私は淡々と王太子の国外公務禁止と王太子妃の公務禁止についての手続きを始めた。


    □ □ □


 サリーと結婚して間もなく、私の公務が制限された。
 国外での公務の全ての権限を剥奪はくだつされる。
 理由は、重要な条約をことごとくダメにしたせいだ。
 貴族が集まって行われる会議で、全員一致で賛成し、決まったらしい。
 けれど、それはないだろう?
 あの条約の全てはセーラが結んできたものだ。私には内容が分からないものばかりだった。
 セーラは特に外交に力を注いでいた。だから、というわけではないだろうが、単に契約するだけでなく、季節の挨拶あいさつなども欠かさなかったそうだ。
 おかげで彼女の評判は高く、セーラが次期王妃ならば、と我が国に有利な条件で結ばれた条約が数多くあった。
 そんな彼女がいきなり王太子と婚約解消したのだ。そのニュースは一気に大陸中に広がっていた。
 セーラの存在で担保されていたことを、私が保障することはできない。私がどうであれ、あれらの条約はいずれ解消となっただろう。
 問題は、条約がダメになったことでこうむる不利益を補える〝何か〟を、私が一向に生み出せないことにあった。
 セーラやその後ろにいるオルヴィス侯爵をあなどり、自身を優秀だとおごっていた気持ちに陰りができた私は、今更ながらあせはじめる。
 侯爵が外交官として優秀であることは知っていた。だが、まさか世界中に友人や知己ちきがいるとは知らなかったのだ。
 そのやり方を、セーラが学んでいたことも。
 野心のある男にとって、セーラは砂糖菓子のような存在だったのだ。彼女を手にしたら自動的に爵位と財産、そして世界中に散らばる人脈が手に入る。
 それを手にしたのが、フェリックス・コードウェル公爵だった。
 私との婚約解消後、セーラはすぐにコードウェル公爵と結婚し、子供にも恵まれた。今では二児の母だ。
 そのことがサリーにプレッシャーを与えた。
 だが、こればかりは天の采配さいはい。どうにもならない。
 そう思っていた矢先、サリーが懐妊かいにんした。 
 私は歓喜した。
 これで世継ぎが生まれれば、サリーへの風当たりも少しは弱まる。
 生まれてくる子供は男児でなければならない。
 女性の爵位継承が法律で認められても、王位継承はまだ認められていないので、サリーにはなんとしても男の子を産んでもらわないといけなかった。
 ところが数ヶ月後、生まれたのは女児。王女が誕生した。



   第二章 愛がもたらすわざわ


「――マックス! 聞いているの!?」

 娘が生まれる前のことを思い出していた私は、キンキンと頭に響く妻の声で我に返った。
 いけない……感傷にひたっていた。
 妻はまだお茶会で恥をかかされたと文句を言い続けている。

「ああ、聞いている」
「なら、なんとかしてちょうだい!」
「なんとかと言われても……」
「高位貴族に茶会に出席するように命令して!」
「国王でもないのにそんな理不尽なことはできない」
「なんで!?」
「茶会は自由参加だ。出席者が少ないからといって強制はできない。サリーも自分が茶会に参加する時はそうしていただろう?」
「嫌味? 貧乏男爵家にお茶会なんてお金がかかること、できるわけないでしょう? お茶会なんか開けなかったわよ!」
「茶会に招待されたことくらいはあるだろう?」
「ほんと、マックスは王子様なのね。貧乏な男爵家の娘を茶会に誘う令嬢なんかいないわ」
「……私に色んな茶会に出たことがあると言っていたのは、嘘だったのか?」
「嘘じゃないわ。令嬢主催の茶会に出ていないだけよ!」

 どういう意味だ? 茶会は令嬢が行うものだ。夫人会に参加していたとでも言うのか?

「もういいわよ!」

 疑問に思って黙っていると、サリーは扉を勢いよく開けて部屋を出ていった。
 彼女の言っている意味が分からない。
 おのれの妻が飛び出していった扉を見つめている内に、何故なぜかかつての側近の言葉を思い出した。
 私のもとから去っていった側近達。


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