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1巻

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 納得はできない。
 それでも、無理やり納得するしかなかった。
 セーラは王太子妃になる代わりとして〝特別伯爵位〟を授与される。
 私の王太子領を領地にして――
 こうしてしばらくの間、社交界は王太子と侯爵令嬢の婚約解消が話題に……はならなかった。
 高位の貴族達はこうなることを予見していたかのように静かだったのだ。
 騒いだのは下位貴族だけ。
 高位貴族が幅を利かせている社交界で、セーラの話題は出ない。
 一方、下位貴族だけが集まる夜会やパーティー、茶会では、セーラに対する攻撃的なうわさが広められた。

『侯爵令嬢のくせに格下の男爵令嬢に負けた』
『優秀だということは認めるよ。でも女があんまり優秀だと男はえるよな』
『可哀想なセーラ様。あんなに美しいのに婚約者から捨てられるなんて』
『仕方ないわ。セーラ様よりもサリー嬢のほうが魅力的ですもの』
『ああ、確かに。サリー嬢の豊満な肢体は垂涎すいぜんまとだ』
『嫌だわ、お口の悪いこと』
『な~に。セーラ嬢が〝婚約者を寝取られた令嬢〟だってのは本当のことだろう。オルヴィス侯爵家だって否定できない真実さ』

 そんな下世話な会話が飛び交ったそうだ。
 子爵以下の貴族が侯爵令嬢を軽んじる。
 その実態を目にした時、私は愕然がくぜんとした。
 父上の言葉が脳裏をよぎる。
 彼らはまだ学生気分が抜けないのか? 学園を卒業した以上、自分達を守ってくれる者が誰もいないことを、分かっていない。
 高位貴族からにらまれれば、どんな家門でもその当事者を切り捨てる。今も牢に入れられている者すらいるんだ。
 彼らはここまでおろかだったのか?
 危機感がないにもほどがあった。
 学園の外なので、あの理念を持ち出すこともできない。
 まさか、私がいるからか? 私が自分達を守ると思っているのか? そんなバカな!
 元々、国内外で評判が高かったセーラは、今でも夜会や茶会に悠然として参加している。実家は王国有数の名門貴族で、資産家。父親は国の重鎮じゅうちんでもあるのだ。
 当然、彼女にはすぐに婚約者ができた。王国一の広大な土地を持つ公爵。
 彼の持つ豊かな領土は王国の貯蔵庫とも呼ばれ、貿易も盛んだ。彼は国内一の金持ちでもある。
 名門同士の婚約を高位貴族はこぞって祝福していた。
 そんな空気感の格差に私は茫然ぼうぜんとした。
 それでもまだ、この時まではよかったのだ。
 身分の差を超えた恋愛ということで、私達の結婚は国民と下位貴族の友人達には祝福された。
 そこが幸せの絶頂だったのかもしれない。
 この後は、問題しか起こらなかった。
 王家にとつぐには、サリーは何もかもが足りなかったのだ。
 家柄、血筋、礼儀作法、常識。
 下位貴族ならば問題にならないことでも、王族には必須である。
 彼女は食事一つ満足にこなせない。ナイフとフォークを持てば、ガチャガチャとうるさい音を出す。姿勢も悪く、すぐに猫背になる。
 立ち姿もなっていない。
 セーラなら立っているだけで絵になるというのに……
 王立学園は高位貴族より下位貴族のほうが圧倒的に多い。だから、サリーの欠点が見えにくかったのだろう。
 いや違う。
 欠点を逆に可愛らしいと感じていたのだ。
 学生時代はそれでいい。二人の間にあるのは、恋人同士という甘い関係だけなのだから。
 だが結婚すれば、おおやけの立場に見合ったものが求められる。
 当然、妃教育はもっとままならない。数人の教育係をつけたのに、全く身につかなかった。
 元々、勉強嫌いで成績が下位だったサリーは教育係達に反発した。
 ここにきて、私はようやく悟る。
 サリーに王妃は無理だ。
 王妃どころか、王太子妃としても落第点だった。
 だがすでに、サリーとの婚約は国内外に周知されている。なかったことにはできない。
 できることは――

『側妃を持とうと思う』

 もうそれ以外に方法がない。
 サリーは〝王妃〟という名の愛妾あいしょうにして、実質の王妃は〝側妃〟にになってもらう。側妃に王妃の権限を与え、公務の一切にサリーが口出しできないようにすればなんとかなるだろう。場合によっては、公式行事にも〝病気のため不参加〟でいけばいい。
 サリーが大勢の前で恥をかかなくて済むし、私も仕事を任せられる人間を横に置けて安心できる。
 サリーはすねるかもしれないが、彼女には世継ぎを産むという別の仕事を集中的に頑張ってもらえばいいのだ。
 私は一人っ子で、他に兄弟がいない。王家の今後を思えば、子供は五人から六人は欲しいところだ。
 私はそれを侍従に提案してみた。
 ところが――

『――マクシミリアン殿下、我が国は一夫一妻制です。王太子殿下といえども側妃を持つことは許されません』
『以前は側妃制度があったはずだ。もう一度、復活すればいいだけのことではないか!』

 何も問題ない。サリーの出来の悪さはすでに周知のこと。父も理解してくれる。

『殿下、国王陛下にそれをお伝えしたのですか?』
『いや、まだだが』
『王妃陛下にも、ですか?』
『母上は私の結婚後、体調が悪く別邸で療養なさっておいでだ。手紙でお知らせしようと思っている』
『……でしたら、お伝えしないほうがよろしいでしょう』
『なっ!? 何故なぜだ!』
『国王陛下よりも王妃陛下が反対なさるからです』
『だが、サリーに王妃は無理だ!』
『そのサリー妃を選んだのは殿下でございます』
『それはそうだが……』
『下位貴族出身の者を王太子妃にすることに、皆が反対でした。それを殿下がどうしてもとおっしゃって無理を通されたのです。今になって「サリー妃は王太子妃に相応ふさわしくない」とおっしゃられても困ります』

 幼い頃から仕えてくれた彼の言葉が痛い。
 だが他にどうしろというのだ。
 まさか、サリーがここまで何もできないとは思わなかったんだ。
 結局、側妃制度の復活は無理だった。
 それには私の両親が関係している。
 私の母は、隣国のチェスター王国の王女だ。王の末の子供であった彼女は、それはもう大切に育てられた。両親だけでなく兄弟からも愛され、とつさきは近場の周辺国を、と考えられていたほどに。
 ところが、その母が突然、父に恋をした。
 度重なる自然災害で困窮こんきゅうし支援を頼みにきたティレーヌ王国の使節団の中に、王太子であった父がいたのだ。

『ティレーヌ王国の王太子にとつぎたい』

 母はチェスター国王に懇願こんがんする。
 当時、チェスター王国の国力は絶大であった。彼らにしてみれば、溺愛できあいする王女が隣国の王妃になるのは喜ばしいことだ。
 そこで支援の条件として、末の王女との結婚を押し付ける。父には婚約者がいたのに、その婚約を解消させたと聞く。
 母は父を深く愛している。
 それは息子の私もよく知っていた。
 だが、まさか……夫を愛するあまり、側妃制度の永久廃止を議会で承認させていたとは思わなかった。しかも、強国、聖ミカエル帝国の力まで借りて。
 おかげで側妃制度を復活させるには、ティレーヌ王国とチェスター王国だけでなく、聖ミカエル帝国の承認まで必要となる。これはおそらく、チェスター王国の策謀だろう。
 聖ミカエル帝国は一夫一妻制。愛人の存在もタブーとする、婚姻関係に厳しい国だ。
 私が書簡を送れば、激怒して貿易の即時停止を要求するのは目に見えていた。そうなった場合、我が国はたちまち立ちゆかなくなるし、国際的に孤立する羽目はめおちいりかねない。
 結局、男爵令嬢としての教養しか身につけていないサリーに、早急に高度な教養をほどこす他に方法がなかった。
 私はりすぐりの教育係達にうながす。

『王太子妃の教育に全力で取り組んでほしい』
かしこまりました。全力であたらせていただきます。ですが、その前にこちらにサインを頂けますでしょうか?』

 目の前に差し出された一枚の紙――念書だ。

『なんだ、コレは?』
『念書でございます』
『それは見れば分かる。私が言いたいのは、何故なぜこのようなものが必要なのかということだ』 
『マクシミリアン殿下はおっしゃいました。「たとえ何年かかろうと構わない。王太子妃を見捨てないでやってほしい。だが君達にもそれぞれの家庭があり、事情も異なっている。病気や怪我で王宮に来られない場合もあるだろう。その時はすぐに報告してくれ。教育係から外そう。その場合、妃教育がどの程度のしんちょくであっても君達をとがめはしない」と』

 私自身が彼らに言った言葉だ。一言一句間違いない。

『確かに言ったな』
『殿下、我々は口約束ほど信用できないものはないと考えております』
『私が約束をたがえると? 君達を罰するとでも言うのか?』
『そのようには思っておりません。ですが、サリー妃の考えは違うかもしれませんよ』
『サリーが君達に何かするとでも言うのか?』

 バカバカしい。サリーが彼らに何をすると言うんだ? 

『殿下がサリー妃に信を置かれていらっしゃるなら、念書にサインをしても問題ないのではありませんか? それとも、やはりいやしい男爵家出身の妃は信用ならないのですか?』
『そんなわけないだろう』

 私に念書まで書かせるとは。この連中はあおるのがうまいな。何故なぜ、教育係などやっているのか、交渉人のほうが向いていそうだ。 
 こうして私は、妃教育をほどこす条件を受け入れた。
 だが、サリーの妃教育はやはり困難を極める。
 まず、何度注意をされても、彼女は音を立てずに食事ができない。

『サリー妃、食事中に音を立ててはなりません』
『音? なんのこと?』
先程さきほどから、騒がしく食器をぶつけながら食事をしていらっしゃいます』
『こんなのは音のうちに入らないわ』
『……サリー妃は王太子妃です。男爵令嬢であった頃ならまだしも〝妃殿下〟には高度なマナーを求められるのです。音を立てて食事をなさるなど、論外でございます』
『ワザとではないのにひどいわ』
『ならば、直す努力をなさいませ。この程度のこと、妃殿下でなくとも高位貴族の令嬢ならば誰しもが幼少期に修得しているものです』
『私は男爵家の娘よ。そんな高度なマナーを身につけているわけないでしょう!』
『ですから、それを今、身につけていただきたいのです』
『食事が楽しくないわ』
『楽しめるようになるまで、訓練を続けていただきます』

 隣室から聞こえてくるサリーと教育係の言葉の応酬に溜息ためいきが出る。
 教育係達に発破はっぱをかけた手前、サリーの味方をしてやれない。
 あの念書にサインして以降、サリーは別室で食事を取っていた。
 正しい食事のマナーが身につくまでは王族と同じ場所で食事をしてはならない、という契約内容だから致し方ない。
 その他にも――

『サリー妃、挨拶あいさつだけをすればいいというわけではありません』 
『でも帝国語なんてしゃべれないわ』
『今、勉強していますから、いずれは話せるようになります』
『それっていつになるの?』
『……サリー妃の頑張り次第です』

 集中力が散漫になるサリーのために、教育は完全マンツーマンで行われた。
 加えて、サリーの横には常に監視役の侍女がいる。
 それというのも、サリーはよく居眠りをするのだ。コクリコクリと首がふらつき、眠りそうになるのを注意するのに、教育係だけでは足りないらしい。

『――北方に位置する聖ミカエル帝国は、来年、建国千年という節目の年を迎えます』
『千年……長いのね。そんなに長い国、他にないんじゃない?』
『サリー妃、我が国も八百年の歴史を持っております』
『なっ!? で、でも二百年も差があるじゃない!』

 学園で習ったはずのことすら覚えていない彼女に、教育係はもはやあきれを通り越していた。そばにいる侍女も絶句している。
 サリーは自国の歴史にも詳しくない。

『我が国は四方を山に囲まれております。そのため国自体が難攻不落と言われ――』
『ねぇ』
『なんでしょう、サリー妃』
『山に囲まれているって何? うちの国には海があるでしょう。海から敵が来たらどうするのよ?』
『はっ!? 海?』
『そうよ! 東にあるでしょう、死海とか言ってたわ』
『……それは〝ヨル湖〟です。海ではなく〝湖〟です』
『そんなはずないわ! 地元の者達は「死海」と言っていたし、しょっぱかったもの! 海はしょっぱいものでしょう?』
『元海ですから、塩辛いのです』
『ほら! やっぱり海なんじゃない!』
『元は海でしたが、周囲の土地が隆起して湖となったのです』
『どっちでも一緒でしょう?』
『いいえ、違います』  

 そんなふうだったそうだ。
 この頃になると、王宮の者達が私と接する時は、必ず気まずそうな表情をするようになる。
 サリーの出来の悪さが王宮中に知れわたっていたのだ。
 彼女のいないところでは、皆がうわさした。

『男爵令嬢だったんだろう?』
『ああ。下位貴族としての教育は受けているはずだ』
『受けてあの程度か?』
『マナーは下位貴族ならあの程度だろう』
『問題はマナーよりも他のことだ』
『歴史もダメ。外国語もダメ。なら、何ができるんだ?』
『王立学園に通っていたんだろう? そこで学ばなかったのか?』
『王立学園の授業は選択制、入学前にすでに修了している科目は取らないのが基本だ』
『あの王太子妃は明らかに習得できていないだろう』
『苦手な分野をことごとく選択しなかったのだろうな。下位貴族には結構そういうのがいるぞ?』
『適当な地位の人間ならそれでもいいかもしれないが……王太子妃だぞ? あれじゃあ、国の恥だ』
『学園に通う前は男爵が家庭教師をつけていたと聞いたが……』
『怪しいな。サリー妃のレベルに合わせていたのか、もしくは学んだことにしていたか、だ』
『あの進み具合じゃあ、何年かかるんだ? 十年かけても終わらないだろう』
『教育係が気の毒すぎる。優秀なメンバーばかりなのに……』
『マクシミリアン殿下も酷なことをなさる』

 広まるうわさに、私は反論できなかった。
 王太子妃が妃教育を修了するのと教育係の血管が切れて倒れるのと、どちらが早いか賭ける者まで出る。
 だが、彼らの賭けは無効となった。
 それというのも、教育係達が解雇かいこされたからだ。
 その知らせを受け、私は開いた口がふさがらなかった。
 全員が『お世話になりました』と挨拶あいさつに来る。
『お世話になりました』が『世話をしてやった』と聞こえたのは、気のせいではなかっただろう。
 受け入れ難い事態に、どうしてそうなったのか、教育係達から理由を聞く。

『サリー妃から解雇かいこされました』

 全員がそう答える。
 待て。待ってくれ。何故なぜ、そこでサリーが出てくるんだ?

『サリーにそんな権限はない』
『お言葉ですがマクシミリアン殿下、念書に書かれております。無効にはできません』
『なんだと!?』
『サリー妃いわく、「生まれた身分によってできないことを責めるなんて、ひどい。高位貴族の令嬢だったなら先生達のようにマナーも勉強もできたけれど、私は男爵令嬢なのよ。できなくて当たり前でしょう。それを、さも私が悪いみたいに言われるのは我慢できない。貴方達のような教師はいらないわ」とのことです』

 どこから突っ込めばいいのか分からなかった。
 サリーが言ったという内容は、一言一句間違っていないのだろう。

『私達は全員が高位貴族というわけではありません』

 ある教育係が続ける。
 そうだな。教育者になる者の出自は幅広い。

『現に私の爵位は男爵にすぎません。努力して王族を始めとする高位貴族の教育を受け持つ立場になったのです。サリー妃の言葉は「下位貴族は高位貴族のレベルには決してなれない。努力するだけ無駄」とおっしゃっているも同然です。それは私だけでなく、数多あまたの者への侮辱ぶじょくです』
『すまない。サリーは君の身分を知らないのだ』
『はい。ですが、私はキチンと身分を明かしました。自分はサリー妃の父と同じ男爵だと。すると今度は「男爵ですって? 私は王太子妃なのよ。どうして王太子妃の家庭教師が男爵なの! あり得ないわ。貴方なんてクビよ。今すぐ出ていって」とのことでした』
『そ、それは……重ね重ね、すまない』
『サリー妃は家庭教師と教育係の区別もついていないご様子です』
『そうだな……』

 なんてことだろう。サリーがののしった彼の爵位は、確かに男爵だ。けれど、その家門の歴史は古い。建国当時からの貴族だった。
 由緒ある男爵家出身の彼を高位貴族は高く評価している。領地だって伯爵クラスの大きさを誇り、代々の当主は優秀だ。過去に何度も陞爵しょうしゃくを打診されたが、その度に『我が一族はこの土地を守ることが王国に対する忠義と心得ております』と言って断っている。
 彼はサリーの父親と〝同じ男爵〟と言ったが、同じわけがない。天と地ほどの差がある。……何故なぜ、彼女はそのことを知らないんだ?

『契約に従い、私どもは今日をもって辞めさせていただきます』

 彼らは物凄ものすごくいい笑顔で、さっさと王宮を去る。
 急いで念書を確認したところ、端に小さな文字で『王太子妃が解雇かいこを要求した場合はすみやかに応じる』とあった。

詐欺さぎだろ……』 



   〈侍女長の話〉

 最近、頭痛がひどくなる一方だ。
 王宮の侍女長を務めて早数年。まさかこんな事態になるなど、誰が予想できたのか。
 頭痛の原因は一つ。
 王太子妃の存在だった。
 あの王太子妃は侍女をなんだと思っているのだ? 都合よく扱える奴隷だとでも?
 教育係から出された宿題を侍女にやらせるのは、やめてください。
 何故なぜ、王太子妃の代わりに侍女が刺繍ししゅうをしなければならないのか。それは侍女の仕事ではない。
 なのに何度、いさめても、彼女は理解しようとしなかった。

『私は王太子妃よ。私の侍女なんだから私の命令を聞くのは当然じゃない』

 などと言う。
 それは、当然のことではない。そもそも、王太子妃の専属侍女は実家から連れてくるのが習わし。それを――

『男爵家の使用人なんて王宮に連れてこれないわ。だって平民よ? 平民が王太子妃の侍女になんてなれるわけないでしょう』

 王太子妃は、そんなとんでもない理由で王宮に勤めていた者の中から侍女を選んだ。
 王宮に勤める侍女のほとんどが平民だ。かくいう私も、王太子妃がバカにする平民出身。
 王太子妃は王宮に勤める者は全員が貴族だと思っているらしい。けれど、誰もあえて訂正はしなかった。
 侍女を貴族だと思っていても態度なのだ。これで平民だと知ったら、何をしでかすか分かったものではない。
 私は王太子妃に自分達が平民であることを決して悟らせないように、と、侍女達に注意した。
 こんな注意をしなきゃならないなど、世も末だ。

「セーラ様ならこのようなことはなかったでしょうに……」

 目を閉じると、ありし日のセーラ様の姿が浮かんできた。
 プラチナブロンドに青い目をした美しい侯爵令嬢。その高貴な美貌びぼうは一見冷たい印象を受けるが、彼女は気配り上手な方だ。どこかの王太子妃のようにムチャクチャな命令を出すことはない。王族は使用人をこき使うものという、おかしな認識も持っていなかった。
 新人が失敗しても、『大丈夫よ。失敗は成功のもとと言いますもの。今の失敗を次に生かせれば、それでいいのよ』と笑って許すふところの深さ。
 王宮の侍女に相応ふさわしからぬ振る舞いをする者には自ら注意をし、どう対処すればいいのかを教えさとすことすらしていた。

「はぁぁぁぁ……本当ならセーラ様を王太子妃としてあがめていたはずでしたのに」

 一日に何度も溜息ためいきをつく日々。
 こんな日がずっと続くと思うと憂鬱ゆううつになる。
 マクシミリアン殿下にしても――


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