政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子

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1巻

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   プロローグ 愛を選んだ王太子


 貴族の義務である王立学園を卒業してすぐ、私はそれまでの政略による婚約を解消した。
 話を終えた後、元婚約者となったその令嬢は「承知いたしました」と、静かに答える。
 そこに、怒りも憎しみもない。
 始終、アルカイックスマイルであった。
 彼女は静かに立ち上がり「王家の今後のご活躍をお祈りいたしております」と言う。更に、「マクシミリアン王太子殿下、どうぞ愛する方と末永くお幸せに」と見事なカーテシーを披露した。


 そして、一度も振り返らず静かに退場する。
 その姿に、私は思わず見惚みとれてしまった。
 最後のあの微笑ほほえみは、どこまでも美しかった。
 私の婚約者であった、セーラ・オルヴィス侯爵令嬢。
 彼女から言われたその言葉が何年も自分の心に影を落とすようになるとは、その時は思いもしなかった。
 ――未来の国王としての活躍。
 ――愛する女性との幸せ。
 幸せになれる、と考えていた。
 それが、「幸せになれるのだろうか?」と疑問に変わるのに、時間は掛からなかった。
 おのれの幸せよりも国と民の幸せを優先するのが王族だ。
 更に王として即位したならば、国を第一に考えなければならない。
 なのに、恋人を愛し、彼女と生涯を共にしたいと願った。
 あらゆる障害を乗り越えて結婚した愛しい妻。
 彼女と支え合い、困難を乗り越えていこう、と。
 愛が全てを凌駕りょうがする。 
 私は本気でそう信じていた。



   第一章 愛の代償


 国のために選ばれた最良の女性、セーラ・オルヴィスとの婚約を私――ティレーヌ王国の王太子マクシミリアン・ティレーヌが解消し、恋人と結婚してからさほど経たない内に、王太子の妻の妃教育が問題になった。
 今まで受けたことのない厳しい教育に涙する妻、サリー。
 彼女は元々、男爵令嬢であった。そのため、王太子妃に相応ふさわしい教養はほとんど身につけていなかったのだ。
 一向に先に進まない妃教育。
 まずそれをどうにかしろと、学生時代から行っていた、私の外交公務がなくなる。
 公務は国内のみ。
 加えて「妻の公務禁止令」が出される。
 これには流石さすがに不安になり、抗議をした。
 ところが、妃教育はおろか、基本的なマナーがなっていない妃を表に出すわけにはいかないと言われ、何も言い返せなくなる。
 サリーは高位貴族から毛嫌いされている王太子妃。
 そして、私は高位貴族からの信頼が失墜しっついしている王太子だ。
 ――政略を理解していない王太子夫妻。
 そんな周囲の評判に、妻は泣く。
 毎晩、泣きつかれた私はうんざりしてきた。
 だがもっと悪いことに、泣いてもどうにもならないと分かると、サリーは癇癪かんしゃくを起こすようになる。
 おかげで、情緒不安定な妃を隔離すべきだという声が上がった。
 その状況での懐妊かいにん
 精神が安定し始めた妻に、私は安堵あんどした。
 世継ぎを産めば、妻に対する周りの目も少しは柔らかくなるだろう。
 そう思ったのに……


 妻が子供を産んだ。
 可愛らしい女児――王女だ。
 王位継承権は持たないが、とにかく王太子の子だった。
 私は娘にリリアナと名付ける。
 リリアナはサリーに似ていて、成長するにつれて愛らしさが際立つようになった。
 サリーは娘を溺愛できあいした。王太子妃としての全ての義務を放棄し、夫と娘だけを愛するようになる。
 彼女は王太子妃の責務を理解できないのだ。 
 これが元婚約者のセーラであったならば、王太子妃としての仕事も、王族の妻としての役割も、王女の母としての務めも、全てを立派にこなしていただろう。
 そう考えてしまう自分に嫌気いやけがさす。
 ――あれから十年。
 セーラは公爵夫人となり、「賢母良妻」として国内外で評判が高い。
 子供も二人、産んだ。
 彼女と結婚していたら、今頃、私の生活はどうなっていたのだろう。
 そんなせんないことを考えるのは、失ったものが大きすぎるからだろうか。
 愛は全てを救う。
 だが、愛だけではどうにもならないことがある。
 政略結婚よりも愛を選んだ、その結果……?



   〈侍女長の話〉

「これは一体……どういうことなの!?」

 王太子妃の王族らしからぬ下品極まりない大声が、庭に響き渡った。
 王家が誇る庭園に相応ふさわしくない雑音を発するのは、見た目は可憐かれんな王太子妃、サリー殿下。彼女は男爵令嬢から王太子妃に成り上がった人だ。
 究極の下剋上げこくじょうをしたこの女性は、自分にそっくりな王女の手を宝物を扱うように優しく引き、期待にあふれた顔でお茶会に姿を見せた。
 その直後に、先程さきほどの絶叫。
 途端に会場の空気が悪くなる。

何故なぜ!? どうして高位貴族の子息が誰も参加していないの!!」

 王太子妃が困惑するのは無理もない。王女のお披露目ひろめと言ってもいい、初のお茶会にミソをつけられたのだ。
 彼女は高位貴族から下位貴族にまで、幅広く今日のお茶会の招待状を送りつけていた。特に王女と年の近い子息がいる高位貴族の家には、王太子妃自ら筆を取って。
 つまり、これはお見合いなのだ。招待客に貴族令嬢が少ないのはそれが理由。
 となれば、会場では子息達とその母親、そして引き立て役となる、少数の貴族令嬢とその母親がおしゃべりに花を咲かせているはず……
 ところが実際は、王太子妃が思っていたものとは大きく違う。参加者の人数こそ多いものの、いるのは下位貴族のみ。

「王太子妃様、お尋ねの方々からは欠席のご連絡を頂いております」
「なんですって! いつ!?」
「五日前にはどの方からも、丁寧な謝罪の手紙が届いていました」
「そんなこと、知らないわよ!?」
「王女様主催のお茶会ですから、リリアナ殿下宛てに届いておりましたでしょう」
「どうしてリリアナに送るの!? 普通は親である私に送るものでしょう!」
「いえ、王家主催ではなく王女様主催となさっているので、リリアナ殿下に返事を出すのがマナーでございます」
「そ、それでも普通は母親が確認するものよ!」
「はい。確かに、ご令嬢がその都度、母君に報告をし、確認してもらうのが普通でございます」
「なっ!? 侍女の分際で私に意見するのね!」
「意見ではなく、常識をお知らせしたまででございます」
「もういいわ!」

 怒った王太子妃はきびすを返し、会場から立ち去った。勿論もちろん、手を繋いでいた王女も一緒に……
 主役のいないお茶会。
 王太子妃と王女を待っていた子供とその母親達が、どうすればいいのか分からずにざわめき始める。
 前代未聞ぜんだいみもんの事態だ。茶会を始めようにも始められない。
 かといって勝手に帰ることもできないのだ。
 これが我が国の王太子妃の振る舞いとは、なげかわしい。
 侍従から詳細を聞きつけた王太子が現れるまでの数分間、会場に集められた下位貴族達は失笑こそ我慢しつつも、内心ではあきてているのを隠しもしていなかった。


    □ □ □


 自ら開いたお茶会をサリーが放置したと侍従から報告を受けた私は、その場を急いで収めた。その後、彼女を捜す。

「サリー! いい加減にしてくれ! 茶会をもよおしたいと言ったのは君だ。なのに客を放り出してどうするんだ!」
「だって……こんな……ひどいじゃない。招待したのに来てくれないなんて……」
「茶会に出席する、しないは、各家が決めることだ。欠席理由もちゃんと返事に書いてあったんだろう?」
「ええ、さっき確認したわ! どれもこれもたりさわりのない理由! あんなので納得するわけがないでしょう!」
「何が不満なんだ? どれも正当な理由だったんじゃないのか?」
「正当!? 領地に行くからとか、その日は誕生パーティーだとか、家の祝いの日だとか、なんなの? こんなに重なるのはおかしいじゃない。陰で公爵夫人と示し合わせたんだわ。皆で茶会に出ないようにしたのよ。私とリリアナをバカにして笑っているんだわ!」
「セーラはしないさ……そんなおろかなことは」
「どうしてあの女をかばうの! まるで私だから、そういうおろかな真似をしたとでも言いたそうね!」
「そうじゃない!!」
「じゃあ何!? なんだというの!」
「『ティレーヌ王国の薔薇ばら』とたたえられるセーラ・コードウェル公爵夫人をしたう女性は多い、ということだ。彼女にあこがれている令嬢は数多あまたいる」
「だから何!?」
「そんな彼女を侮辱ぶじょくした私達を、ほとんどの高位貴族は嫌悪しているんだ」
「~~~~~~っ……」

 妻のサリーは目に涙をためてにらみつけてくる。まるで子供のような態度に溜息ためいきが出た。
 ――私と妻、そしてセーラ・コードウェル公爵夫人の確執かくしつは学生時代から始まっている。
 いや、確執かくしつというのは少し違うな。妻のサリーがセーラに対して一方的にライバル心を抱いているにすぎない。
 わめつづける妻の存在を無視するように、私はこうなってしまった経緯を思い返した。


 私達三人は同じ年齢で、同時期に王立学園に通っていた。
 現在、コードウェル公爵の妻になっているセーラは元々、私の婚約者だ。
 彼女は侯爵家の令嬢なので、それは幼い頃からの契約だった。高名な外交官である侯爵夫妻の幅広い人脈を取り込みたいという、王家の狙いがあったらしい。
 私とセーラの相性は決して悪くなかった。お互いに読書好きでクラシックな音楽を好み、諸外国の文化に興味を持っていたため、話が合ったのだ。
 しかし、私は王立学園で一人の少女と恋に落ちる。
 サリー・ビット男爵令嬢――つまり、今の妻と恋仲になり、私はセーラとの婚約を解消した。
 その流れは、こうだ。

『――父上、結婚したい女性がいます。学園で出会ったサリーという名の男爵令嬢です。彼女を私の妻にして、セーラとの婚約を解消したいと考えています。けれど、男爵家出身の女性を妃にはできません。サリーをどこかの侯爵家の養女にしなければならないでしょう。いい家はありませんか?』

 恋に浮かれ切っていた当時の私は、父が怒りを抑えているとも知らずに、自分の正直な気持ちに従って行動していた。
 おごっていたのだろう。
 王家のただ一人の子供であり、王太子であることに。
 両親、特に王妃である母に溺愛できあいされていた私は、この国で自分の思い通りにならないことなどありはしないと……本気でそう考えていたのだ。
 だから、父の忠告の意味に気付かなかった。

『マクシミリアン、そなたは以前、言っていたな。将来、賢王として名をせたい、国民が自慢できる君主になりたい、と。いい君主というのは、自身をコントロールしてむやみに本心をさらしはせん。怒りも悲しみも全ておのれの心一つに呑み込んで、国と民に奉仕するものだ。そこに個人の気持ちは必要ない。そなたが本当に国王として即位したいのなら、この先に起こることをしっかりと見すえることだ。そして、その対応をおのれで考えるといい。どうしてそうなったのか。これからどう行動すればよいのか。じっくりと検討しなければならない。もっとも、考えた末に出したその結論が最善とは限らんがな』

 そんな父の不吉な言葉は、今や現実となり始めている。
 簡単に進むだろうと考えていたことが、全てうまくいかない。
 まず、サリーの養子先がなかった。

何故なぜだ? 王太子妃の実家になれるのだ、王妃の一族として力を持つチャンスではないか?」

 元々、力のあった三大公爵家だけならともかく、権力を欲しているであろう侯爵家全てからも断られる。
 仕方なく伯爵家に声をかけたが――

『王妃になれる資格を有するのは、侯爵家以上の家柄の令嬢と王室規定に記載されております。先代の時代までなら「側妃制度」がございましたので、側妃として娘を後宮入りさせる下位貴族もいましたが、今は時代が違いますからな。まことに残念です』

 この時、私は気付くべきだったのだ。
 高位貴族の私達を見る目の冷めたさを。
 そして、これ以上ないほど、セーラの実家であるオルヴィス侯爵家を怒らせていることを。
 オルヴィス侯爵家は私の不貞を原因とする婚約解消の対価として、慰謝料を請求した。浮気相手として、サリーにも。
 当時のおごっていた私は、その行動を不敬だと感じた。そんなものは突っぱねてしまえばいい……
 だが、そうはいかなかった。
 国王である父がその請求に応じたのだ。

『婚約を解消する前に、浮気相手との結婚を前に進めようと、そなたはあからさまに動いていたんだ。今更、「違います」とは言えん。裏工作しようにも、そなたも相手も隠しもせずに堂々としていたからな、侯爵家は証拠を山のように持っているだろう』

 そんな父の言葉通り、オルヴィス侯爵家は王家相手に一歩も引かなかった。

『王族に対して不敬すぎます! 不敬罪で捕えましょう!』
『そなたが婚約者に筋を通していれば、なんの問題もなかったことだ。大体、不敬罪というのなら、そなたの相手と取り巻き連中こそ侮辱ぶじょくざいで牢屋行きだ。侯爵令嬢相手に随分ずいぶんな言動を繰り返していたそうじゃないか』
『学園でのことです!』
『ほぉ?』
『平等と自主性を重んじる学園内での発言は「侮辱ぶじょく」にはなりません!』

 私達が通っていた王立学園は、自主・自立・平等を理念としてうたっている。つまり、身分による扱いの差はない。
 だが、それが誰かを侮辱ぶじょくしていいということではないのは、当然だ。今ならそれが分かるのに。
 本当におろかとしか言いようがない。
 学園の素晴らしい校風を台なしにしたのは私達だ。

『学園内においては、身分のへだたりなく、全ての学生が平等であるという理念で、皆、生活をしています。その理念をないがしろにする行為こそ恥ずべきものです』

 当時の王立学園では、貴賤きせんを問わずどんな出自の生徒も机を並べて学業にはげんでいた。国内のみならず、国外からも生徒を集め、広く門戸を開いていたのだ。
 多様な国籍、あらゆる階級の子供達が集まって切磋琢磨せっさたくまする。学問だけではない。一芸に秀でた者達も多くいた。スポーツが得意な生徒、音楽の才能がある生徒、武術にけた生徒。
 それが王立学園の基本的理念であったから。
 その中で、私も多くの友人に恵まれた。
 王妃である母は私がそんな学園に通うのを最後まで反対していたが、それを押し切って入学した甲斐かいはあったというものだ。
 思えば、王宮では得られなかった新鮮な日々に、私は浮かれすぎていたのかもしれない。
 そのせいで、セーラの態度を、学園の理念をないがしろにして身分を笠に着た、罰するべきものなのだと断じてしまう。

『マクシミリアン、何か勘違いしておらぬか?』

 父は私の言葉にあきれていた。

『勘違いなど、しておりません!』
『では何故なぜ、そのようなおろかなことを言うのだ? 確かに王立学園では「学生同士は平等」だ。身分で人を差別する行為は、学園の規則でも厳罰に処すとある』
『なら!』
『しかし、それは身分の低い者が身分の高い者を寄ってたかってはずかしめていいというものではない。そなたと友人達は、侯爵令嬢であるという一点だけでセーラ嬢を責め立てていたそうではないか』
『それは――』
『ああ、そなた達の独善的な正義感の話はどうでもいい。セーラ嬢もオルヴィス侯爵家も、学生間での出来事だからと、広い心で不問にしてくれていた。それをいいことに、学園の理念をはき違えた者達がここまで学園の理想をゆがめるとはな……』
『は……はき違えた……?』
『まぁ、セーラ嬢はおん便びんに済ませようとしていたが、学園がそうは考えなかったようだ。卒業を待って、各家に処分勧告を通達している』
『なっ!?』
『何を驚くことがある。高位貴族を中傷した者は貴族社会では生きていけない。もう王太子の後ろ盾がある状態でもないしな。子の行動は家に返るのが世の常だ。学園におかしな逆恨みをするでないぞ。卒業生の今後を思いやってのことなのだから。勧告文を受け取った家の中には、該当者を跡取りから外したところもある。領地に蟄居閉門ちっきょへいもんした家もあれば、家督相続を永久放棄させた家もあるそうだ』
『え……?』
『格上の家から正式に訴えられる前に処罰したのだろう。そのほうが傷が浅く済む。彼らが中傷していたのはセーラ嬢だけではないからな。運悪く、高位貴族から侮辱ぶじょく的な態度を訴えられた家はどうなったと思う? 一族もろとも、牢屋に入れられたと聞くぞ。その中に、ソル男爵の子息がいるが、彼は「自分は王太子殿下の親友だ。こんなことをしてタダで済むと思っているのか」と言っていたそうだ。心当たりはあるか?』
『……学園では幅広い人間と交流していましたから……』
『記憶にないか?』
『……はい』
とらを借りるきつねといったやからだろう。そういう人間がいるので注意するように教えていたはずが……無駄だったか』
『申し訳ありません』
『今回の件を見逃してもらい借りができた家門は、相手の高位貴族に頭が上がらなくなっている』

 父に返す言葉が見つからない。
 後から知ったことだが、私が友人だときちんと認識していた何人かも牢屋に入れられていた。多額の賠償ばいしょうと謝罪により、どうにか処分をまぬがれたようだが。
 私はそんなことも知らなかった。サリーとの結婚に頭がいっぱいで、彼らがどうしているかなど、気にかけたこともなかったのだ。

『ショックを受けているようだが、そなたも他人事ではないぞ』
『はっ!?』
『オルヴィス侯爵家から慰謝料を請求されているだろう』

 そうだった。

『なしにはできんぞ』
何故なぜです!?』
『当たり前だろう。セーラ嬢にはなんの落ち度もない。そなたの勝手極まりない理由で婚約が解消されるのだ』

 確かに、私への請求は仕方ない。
 だがせめて、サリーの慰謝料だけは免除してもらうために話し合いの場を持とうとしたが、こちらも父から待ったがかかる。

『恥の上塗りをするな』

 そう強い口調で言われた。
 後日――
 多額の慰謝料は王太子領を手放して払うことで話がまとまる。
 サリーの慰謝料も私が肩代わりした。『貧乏な男爵家では支払えません』と恋人に泣きつかれたのだから、仕方がない。
 その上、〝爵位〟に関する決まりの変更まで要求された。
 我が国では、女性は爵位を継承できない。だが、セーラに渡す慰謝料の中に爵位が含まれていた。法律を変えてでも〝爵位の授与〟を要求されたのだ。

何故なぜそこまでするのですか? 過剰です』

 たかが婚約解消の慰謝料に、法律の改正が必要だろうか? 
 その説明は父から受けた。

『そなたのことだから、たかが婚約解消に大袈裟おおげさだと思っているんだろう。だがな、セーラ嬢は妃教育を早々に修了して公務にも参加していた。半年前に結納式も終えている。……ああ、何も言うな。そなたは急な用事とやらで参加していなかったからな、覚えていないのも無理はない。なんにせよ、結納と婚姻契約の最終確認が済んでいるのだ。通常の婚約解消とはわけが違う。準婚姻――実質的な夫婦として神殿に認められている。それを取りやめたのは、離縁同然の行為だ』
『それは……』
『マクシミリアン、そなたは過剰と言うが、八年間、セーラ嬢は王太子の婚約者であった。諸外国にも彼女が次の王妃だと知れわたっている。歴代の中で最も優秀な王妃になるだろうと評判だったのだ。彼女が将来の王妃になるのであればと、条約の締結に応じた国もあるくらいだ。その彼女を廃して別の女性を妃にするというのは、その信頼にも傷がつくということだろう。王家だけならまだしも、国そのものが信頼されなくなるんだ。彼女と彼女の家との関係を王家がないがしろにしていないことを、国内外に示さねばならない』


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