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宝永6年(1709)7月16日、五代将軍・徳川綱吉公が逝去した。
それに伴い、新将軍となった六代将軍・徳川家宣公による大赦が行われ、赤穂浪人の遺児たちは遠島赦免と還俗の許しが言い渡されたのであった。
赤穂浪人の生き残った男子で、士官したのは僅か数名のみ。
その殆どの遺児たちは僧侶としての人生を全うした。
御赦免になっても寺を出ることなく仏門のままであった遺児たちの想いを知る者は誰もいない。
ただ、仕官した者の中でも幸せな生涯を送れた者はいなかった。
赤穂浪人が切腹した直後の一人の男が大目付・仙石久尚の元に出頭している。
その男は、名を「寺坂信行」という。
『私も吉良邸に押し入った赤穂の浪人の仲間でございます』
自らが赤穂浪人の生き残りであると告げに来たのであった。
赤穂事件を担当した仙石久尚は寺坂信行が話す「赤穂浪人の討ち入り」の理由も目的も全てを静かに聞いた。聞き終わった仙石久尚は「全て終わったことだ」と一言いうと、寺坂信行を解放した。
寺坂信行としても死罪を覚悟で出頭したというのに逆に無罪放免にされてしまった。
その後、伊藤家に数年仕えた後に仏門へ入り、全国各地を周り仏の教えを説いてまわった。江戸に戻ってきたのは数年後のこと。既に赤穂事件から20年ほど時が経っていた。江戸の戻った寺坂信行は麻布の曹渓寺で寺男をし始めた。
曹渓寺で働き始めた寺坂信行であったが、ふとした縁で麻布山内家で士分として仕える事となり82歳で死去するまで忠義を尽くした。
赤穂浪人が切腹して五十年頃には人形浄瑠璃や歌舞伎の演目として「仮名手本忠臣蔵」が世代を超えた人気の劇となっていた。芝居のイメージ故か。吉良上野介は「悪役」として更に助長され、次代が上がるにつれて「天下一の悪役」として語り継がれた。
二十世紀に入り、映画やテレビでその「悪役」ぶりは一層磨きがかかる。
赤穂浪士の人気は時代ごとに人気を高め、十二月十四日の討ち入りを偲んで「四十七士の行列」を毎年行われるまでになった。
その一方で「悪役」とされた吉良上野介の国元・三河では、御家断絶になろうとも吉良家を敬愛し続けた。「忠臣蔵」は第二次世界大戦まで御法度とされるほどに。テレビジョンで『忠臣蔵』が放送されようとも頑として「一部地域での放送はされておりません」を貫き通した。
時折、歴史好きの都会の者が、訳知り顔で「悪人、吉良上野介」を語ることがある。三河の者は「うちの殿は名君でおます」と一言。しつこい者には、「東京さんはホンマの歴史を勉強しなはれ」と言い放つ。悪人を庇い立てする三河の者を言い負かそうと本格的に日本の歴史を勉強した者達は、何度も歴史書を読み返しては目を何度も擦り、肩を落とした。そして二度と三河の者に同じ事を言う愚か者はいなかった。因みに、本物の歴史好きや歴史家たちはそんなアホな事は言わない。現代においても「浅野内匠頭の御乱心」であることは間違いない真実なのである。
同じように、元赤穂藩に観光する者は多い。そこでも赤穂浪士の人気は高く評価されている。その反面、三河と違い浅野内匠頭を「名君」と評する者は少ない。
「悪役」となってもなお、自国の民から「名君」と呼ばれる吉良上野介。
「忠義者の主君」と褒め讃えられても、自国の民から「無視」される浅野内匠頭。
民衆というのは、良く観ている。
近年、吉良上野介の名誉回復運動が行われている。
それに伴い、新将軍となった六代将軍・徳川家宣公による大赦が行われ、赤穂浪人の遺児たちは遠島赦免と還俗の許しが言い渡されたのであった。
赤穂浪人の生き残った男子で、士官したのは僅か数名のみ。
その殆どの遺児たちは僧侶としての人生を全うした。
御赦免になっても寺を出ることなく仏門のままであった遺児たちの想いを知る者は誰もいない。
ただ、仕官した者の中でも幸せな生涯を送れた者はいなかった。
赤穂浪人が切腹した直後の一人の男が大目付・仙石久尚の元に出頭している。
その男は、名を「寺坂信行」という。
『私も吉良邸に押し入った赤穂の浪人の仲間でございます』
自らが赤穂浪人の生き残りであると告げに来たのであった。
赤穂事件を担当した仙石久尚は寺坂信行が話す「赤穂浪人の討ち入り」の理由も目的も全てを静かに聞いた。聞き終わった仙石久尚は「全て終わったことだ」と一言いうと、寺坂信行を解放した。
寺坂信行としても死罪を覚悟で出頭したというのに逆に無罪放免にされてしまった。
その後、伊藤家に数年仕えた後に仏門へ入り、全国各地を周り仏の教えを説いてまわった。江戸に戻ってきたのは数年後のこと。既に赤穂事件から20年ほど時が経っていた。江戸の戻った寺坂信行は麻布の曹渓寺で寺男をし始めた。
曹渓寺で働き始めた寺坂信行であったが、ふとした縁で麻布山内家で士分として仕える事となり82歳で死去するまで忠義を尽くした。
赤穂浪人が切腹して五十年頃には人形浄瑠璃や歌舞伎の演目として「仮名手本忠臣蔵」が世代を超えた人気の劇となっていた。芝居のイメージ故か。吉良上野介は「悪役」として更に助長され、次代が上がるにつれて「天下一の悪役」として語り継がれた。
二十世紀に入り、映画やテレビでその「悪役」ぶりは一層磨きがかかる。
赤穂浪士の人気は時代ごとに人気を高め、十二月十四日の討ち入りを偲んで「四十七士の行列」を毎年行われるまでになった。
その一方で「悪役」とされた吉良上野介の国元・三河では、御家断絶になろうとも吉良家を敬愛し続けた。「忠臣蔵」は第二次世界大戦まで御法度とされるほどに。テレビジョンで『忠臣蔵』が放送されようとも頑として「一部地域での放送はされておりません」を貫き通した。
時折、歴史好きの都会の者が、訳知り顔で「悪人、吉良上野介」を語ることがある。三河の者は「うちの殿は名君でおます」と一言。しつこい者には、「東京さんはホンマの歴史を勉強しなはれ」と言い放つ。悪人を庇い立てする三河の者を言い負かそうと本格的に日本の歴史を勉強した者達は、何度も歴史書を読み返しては目を何度も擦り、肩を落とした。そして二度と三河の者に同じ事を言う愚か者はいなかった。因みに、本物の歴史好きや歴史家たちはそんなアホな事は言わない。現代においても「浅野内匠頭の御乱心」であることは間違いない真実なのである。
同じように、元赤穂藩に観光する者は多い。そこでも赤穂浪士の人気は高く評価されている。その反面、三河と違い浅野内匠頭を「名君」と評する者は少ない。
「悪役」となってもなお、自国の民から「名君」と呼ばれる吉良上野介。
「忠義者の主君」と褒め讃えられても、自国の民から「無視」される浅野内匠頭。
民衆というのは、良く観ている。
近年、吉良上野介の名誉回復運動が行われている。
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