【完結】吉良上野介~名君は如何にして稀代の悪役になったのか~

つくも茄子

文字の大きさ
上 下
14 / 19

側用人・木下義郎8

しおりを挟む
 御公儀の吉良殿に対する仕打ちはあまりにも惨い。
 実の孫であり吉良家の跡取りにすべく上杉家から養子に迎えた義周殿は、義父であり実の祖父を討たれた上に領地まで奪われた!
 

 「浪人の身である赤穂浪士たちに江戸屋敷の侵入を許した挙句、御当主の吉良上野介を討ち取らせてしまうとは武士として情けないかぎりである。そのような不届き者に吉良家を継ぐ資格なし。罰として領地没収といたす!」

 
 領地を没収された義周殿は、公儀の命を受けて信濃高島藩主・諏訪忠虎にお預けとされた。随行できる家臣は僅か二人のみという少なさ。
 これでは罪人扱いではないか!

 御公儀は民衆の不満のはけ口として吉良家を利用したのだ!
 落ちた人気回復と権威を高めるためだけに民衆が声高に訴えるまま吉良家を悪役に仕立て上げたのだ!
 そうに違いない!
 若輩で新参者の私の訴えなど通るはずもなく……吉良家は没落した。


 
 「木下殿、それがしはまだ諦めてはおりません。いつの日か吉良家を再興してみせます。国元の民も帰りを何時までも待っていると言ってくれましたから」
 
 江戸を離れる祭、義周殿は私に向かって穏やかに宣言なさった。
 文武両道の義周殿なら立派な吉良家の当主になると皆が楽しみにしていた若者である。
 それなのに……。

 義周殿との江戸での別れがまさか今生の別れになるなどこの時は想像もしていなかった。
 三年後、義周殿は21歳の若さで命を落とす。
 彼の死によって吉良家は断絶となってしまうのである。
 


 後味悪く終わった事件だ。
 もっとも、江戸城下では赤穂浪人を題材にした演目が日夜上演されている。
 その中の彼らはまるで英雄だ。

 何が忠義の武士だ!
 何も知らぬ者達が!

 こちらは嫌でも耳に入って来た。
 切腹を申し渡された赤穂浪人たちの混乱ぶりを。
 奴らは初めから死ぬつもりなどなかったのだ!
 落ち着いていたのは筆頭家老の大石内蔵助や数名の者だけだったらしい。
 死ぬ覚悟もなくあのような大それた事をしでかしたのか!と怒りに震えそうになったものだ。


 彼らの遺児たちにしてもそうだ。
 男子19人の遠島行きが決定したが、15歳までは親元で暮らしが許された。既に15歳を過ぎていた4人が遠島行きになったが他の15人は親類御預けの身。それだけでも十分過ぎる恩赦だ。刑罰に処するには年齢が足りなかっただけでいずれ遠島での刑に処される憐れな身の上だと同情する輩が後を絶たないが、そんなもの出家してしまえば無効になるではないか!
 
 武家とはえ一人の親。誰が好き好んで父親の罪を子供に償わせたいと思うものか!
 
 私の考えは的中した。
 残された遺児たちの母親を始めとした親族縁者は子供達を次々と出家させた。僧侶になってしまえば遠島行きを免れるのである。迷う者は一人もいなかった。遠島行きは最初の4名だけ。以後、誰一人として遠島に赴くことはなかった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

崇神朝そしてヤマトタケルの謎

桜小径
エッセイ・ノンフィクション
崇神天皇から景行天皇そしてヤマトタケルまでの歴史を再構築する。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

愛姫と伊達政宗

だぶんやぶんこ
歴史・時代
長い歴史がある伊達家だが圧倒的存在感があり高名なのが、戦国の世を生き抜いた政宗。 そこには、政宗を大成させる女人の姿がある。 伊達家のために、実家のために、自分のために、大きな花を咲かせ、思う存分に生きた女人たちだ。 愛姫を中心に喜多・山戸氏おたけの方ら、楽しく、面白く、充実した日々を送った生き様を綴る。

処理中です...