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13.ランカー男爵家の母娘1
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何の変哲もない田舎町で起こった悲劇。
その犯人がまさか年端もいかない少女だと知った時の衝撃。
『悪い奴らをやっつけたのよ!』
純粋な目で言い放った言葉が全てを物語っていた。
アリス・ランカー男爵令嬢の不幸はその誕生から始まった。
正確には、母親の起こした悲劇とでもいうべきか。
フィリア・ランカー男爵未亡人は、没落した子爵家の娘で、金のために歳の離れたランカー男爵の後妻となった女性だ。まぁ、こういう話は貴族社会ではよくある。なにも、彼女だけが不幸という訳ではない。身売り同然に嫁ぐ貴族令嬢など珍しくもなかった。寧ろ、持参金のない状態で「妾」ではなく「妻」として迎え入れられただけマシというものだ。
ただ、彼女には当時、将来を約束していた恋人がいた。それ自体もよくある話だ。大概は関係を清算するが、彼女の場合は逆だった。あろうことか、結婚後も関係を続けていた。これが家同士の利害関係のみの結婚なら兎も角、彼女は借金のカタ同然の立場だ。対等ではない。完全に彼女は「下」の立場の人間だった。しかも、恋人の子供を妊娠して男爵家の娘として育てるという暴挙にまででた。
これだけ聞くと悪女以外の何物でもない。
よほど計算高く図太い女だと思うだろう。だが、実際のところ、彼女は何も考えていなかった。恋に狂っていたと言う訳でもない。ただ、その場の雰囲気に流されているだけだった。恋人との不貞も相手の男が別れを渋ったからだし、関係を持ち続けたのも流されただけというオチだった。
「……テレサは知っていたのだろうか」
「アリスの事か?」
「ああ……」
「義理とはいえ、息子が公爵令嬢を差し置いて結婚したいと連れてきた娘だ。キャサリンの義妹という事もある。当然、調べただろう。どこまで把握しているのかは分からんが、大体のことは知っていると思うぞ。アリスが男爵家の血は一滴も引いていない事も、書類上は異母兄にあたる男爵子息よる性的虐待。その他の男たちによる売春まがいの事も含めてな」
「男達の欲望のせいでアリス嬢が多重人格になっていた事もか?」
「それは……どうだろうな。私やお前を含めて極少数しか知らない事実だ。テレサ様がそこまで御存知だったかは分からん。と言うか、本人に聞けばいいのではないか?」
「……そんなこと聞けるか」
「何故だ?夫婦の共通の話題ではないか。話に花が咲いて、お前との関係改善に繋がるかもしれないぞ?」
……間違いなく拗れる。
そんな会話で話が弾むのは根っからの研究者である公爵だけだろう。それとも、人間観察が趣味の人間か。話の内容が重すぎる。
アリス嬢の不幸は美しく生まれたせいだ。
こう言うと、目の前の男は否定するだろう。
『不幸なのは幼児愛好家と兄と、生活のために彼女に売春まがいの事をさせていた母親を持った事だ。まぁ、その母親も男に捨てられておかしくなってはいたがな。実に興味深い母娘だ』
事件の真相を知った公爵の喜々とした声。
娘が己の子ではないと感付き始めたランカー男爵を間男と共に事故にみせかけて殺した男爵夫人は、きっとその日から壊れ始めていたんだろう。義理の息子で新たに男爵になったトーマス・ランカー。彼は一見真面目だが歪んでいた。当主になると真っ先に行ったのが、継母と異母妹の監禁だった。アリス嬢を溺愛して貢ぎまくったせいで男爵家の資産が傾いたのは笑える話だ。表向きはトーマス・ランカー男爵は性病で死んだことになってはいるが……。
その犯人がまさか年端もいかない少女だと知った時の衝撃。
『悪い奴らをやっつけたのよ!』
純粋な目で言い放った言葉が全てを物語っていた。
アリス・ランカー男爵令嬢の不幸はその誕生から始まった。
正確には、母親の起こした悲劇とでもいうべきか。
フィリア・ランカー男爵未亡人は、没落した子爵家の娘で、金のために歳の離れたランカー男爵の後妻となった女性だ。まぁ、こういう話は貴族社会ではよくある。なにも、彼女だけが不幸という訳ではない。身売り同然に嫁ぐ貴族令嬢など珍しくもなかった。寧ろ、持参金のない状態で「妾」ではなく「妻」として迎え入れられただけマシというものだ。
ただ、彼女には当時、将来を約束していた恋人がいた。それ自体もよくある話だ。大概は関係を清算するが、彼女の場合は逆だった。あろうことか、結婚後も関係を続けていた。これが家同士の利害関係のみの結婚なら兎も角、彼女は借金のカタ同然の立場だ。対等ではない。完全に彼女は「下」の立場の人間だった。しかも、恋人の子供を妊娠して男爵家の娘として育てるという暴挙にまででた。
これだけ聞くと悪女以外の何物でもない。
よほど計算高く図太い女だと思うだろう。だが、実際のところ、彼女は何も考えていなかった。恋に狂っていたと言う訳でもない。ただ、その場の雰囲気に流されているだけだった。恋人との不貞も相手の男が別れを渋ったからだし、関係を持ち続けたのも流されただけというオチだった。
「……テレサは知っていたのだろうか」
「アリスの事か?」
「ああ……」
「義理とはいえ、息子が公爵令嬢を差し置いて結婚したいと連れてきた娘だ。キャサリンの義妹という事もある。当然、調べただろう。どこまで把握しているのかは分からんが、大体のことは知っていると思うぞ。アリスが男爵家の血は一滴も引いていない事も、書類上は異母兄にあたる男爵子息よる性的虐待。その他の男たちによる売春まがいの事も含めてな」
「男達の欲望のせいでアリス嬢が多重人格になっていた事もか?」
「それは……どうだろうな。私やお前を含めて極少数しか知らない事実だ。テレサ様がそこまで御存知だったかは分からん。と言うか、本人に聞けばいいのではないか?」
「……そんなこと聞けるか」
「何故だ?夫婦の共通の話題ではないか。話に花が咲いて、お前との関係改善に繋がるかもしれないぞ?」
……間違いなく拗れる。
そんな会話で話が弾むのは根っからの研究者である公爵だけだろう。それとも、人間観察が趣味の人間か。話の内容が重すぎる。
アリス嬢の不幸は美しく生まれたせいだ。
こう言うと、目の前の男は否定するだろう。
『不幸なのは幼児愛好家と兄と、生活のために彼女に売春まがいの事をさせていた母親を持った事だ。まぁ、その母親も男に捨てられておかしくなってはいたがな。実に興味深い母娘だ』
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娘が己の子ではないと感付き始めたランカー男爵を間男と共に事故にみせかけて殺した男爵夫人は、きっとその日から壊れ始めていたんだろう。義理の息子で新たに男爵になったトーマス・ランカー。彼は一見真面目だが歪んでいた。当主になると真っ先に行ったのが、継母と異母妹の監禁だった。アリス嬢を溺愛して貢ぎまくったせいで男爵家の資産が傾いたのは笑える話だ。表向きはトーマス・ランカー男爵は性病で死んだことになってはいるが……。
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