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カムフラージュ

1. 右か、左か

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広いオフィスの向こう側から、
無垢な少女のようにニコニコ微笑んで、
エリーが 社長デスクに向かい、
ヒールを鳴らし 歩いてきた。

スタッフと社長室の間に、
扉の仕切りは無い。

全て見渡したい、という

スタッフとの間に壁を造りたがらない、
紫空の希望で生まれたオフィスだ。

広いオフィスの上座。

パキラの植物が置かれた角にある、
全面ガラス張りの窓を背に、座る紫空。
そこが、社長としての唯一の特等席。

デスクに置かれたパソコン画面には、

『 私達、結婚して一周年経ちました! 
皆様のおかげです。
素敵な出逢いを提供してくださり、
ありがとうございました。』

と、幸せに旅立っていった顧客からの、
お礼のメールがきていた。

微笑ましい気持ちで、
そのメールを目で追いながら読む紫空を、

微笑ましい気持ちで、
エリーは目の前に立ち、見つめていた。


「 なぁーにー? 何か用? 」

メールを読みながら、
目線は パソコン画面そのままに、
紫空の方から エリーに話しかけた。


「 社長~ 」

毎回、エリーにそう呼ばれる度に、

彼女の この声と柔らかな甘え方に、
男達は
翻弄ほんろうされるんだろうな、

つくずく実感させられる。


「 なぁにー?」

紫空は パソコン画面から目線を外し、
いつ見ても可愛らしく、
そして
綺麗で女性らしい彼女の顔立ちを、
しっかりと見つめた。


「 ちょっと、困ってるんです 」

エリーにそう言われると、
何でも叶えてあげたくなる。不思議。
私も若干、翻弄されかけていた。

紫空は、
首を ゆっくりと一回転させて、
パソコン疲れを抜いてから、
彼女の次の言葉を待った。

彼女に翻弄されかけていたものも、
同時に 抜ける。


「 私の男性顧客なんですけど… 、

ちょっと厄介なタイプで。」

眉を下げながら、
エリーは深く溜め息をついた。

「 えぇーっ! めずらしい!

男落としのプロが! 」

からかいながら笑う紫空に、
エリーは頬を小さく膨らませる。

「 もぉー、やめてくださいよー、

そんな呼び方 」

怒ったふりも、また可愛い。
彼女の表情や、細かなしぐさは、
エリーにしか持ち得ない特権で、

そんな彼女もまた、
計算高く わざとやっている訳ではない。

彼女は彼女なりに、生きてきた過程で、
自然と身につけてきた、
アクセサリーよりも意味のある、
美しく 華やかな持ち味なのだ。



「 社長の出番かも、しれません 」




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