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ダーヴィッツ

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3章『革命』

樫の木

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僕は重たい身体を無理に引きずり、再び西ゲートに足を運ぶ。そこは人造機械(ゴーレム)との衝突で血と何かが焦げる臭いで辺りに充満していた。噎せ返るような鼻を突く臭い。人造機械(ゴーレム)の残骸がサウザンドオークス領に転がっていた。傍らにはサウザンドオークス軍兵の死体があった。人間と人造機械(ゴーレム)との戦力差からすれば当然だ。普段、兵士は訓練しているとはいえ、人造機械(ゴーレム)が相手ならばそうはいかない。普段は生活を護る機械が暴走すると、まさに兵器。

英雄イヴやベテルイーゼ大王を排出して以降、サウザンドオークスには英雄は誕生しなかった。元素を発現する者がその後一切現れなかったのだ。世界のバランスを保つ為なのか、はたまた呪いなのか。だから、この国は人造機械(ゴーレム)に依存した。そして、ベテルイーゼ大王の一辺倒となった。今回の人造機械(ゴーレム)の暴走が無ければ、サウザンドオークスはその危険性に気付かなかったかもしれない。ベテルイーゼ大王の力は巨大過ぎる。国民を庇いながら闘うという器用な戦闘は出来なかったはず。間違いなくサウザンドオークス軍は滅びていた。その西ゲートを最終ラインとして戦線を死守していたのが、彼等、サウザンドオークス軍『第二特殊部隊ーー樫の木(オークス)』。

第二特殊部隊『樫の木(オークス)』ーー伊藤龍之介隊長
同じくーー式守楓軍曹。

僕はあの時、この2人に助けられた。いや、僕だけじゃない。この部隊がいなければサウザンドオークスの被害は更に広がっていただろう。和名は鎖国国家『大和』出身である証。2人はサウザンドオークスにおいて、ベテルイーゼ大王を除いた数少ない人造機械(ゴーレム)無しで闘える戦闘員らしい。万が一のために備えられていた少数精鋭部隊。普段は人造機械(ゴーレム)によってサウザンドオークス軍事作戦は実行されていたため、『お荷物部隊』と揶揄されることもあったようだ。だが、実際はサウザンドオークス軍兵士は人造機械(ゴーレム)無しには何も出来ず、その尻拭いをしたのがまさに彼等だった。その2人以外は数百名程度の兵士が銃火器を携帯して人造機械(ゴーレム)の掃討にあたっていた。それでも、やはり人間対機械。『樫の木(オークス)』にも少なからず死傷者が出ていた。

「大儀である!!」

西ゲートでサウザンドオークス軍が駐屯地としている場所にテントが建てられ兵舎とされた。そこで兵士達が戦場で受けた傷を治療していた。その中の少し大きめのテントで、サウザンドオークス軍による会議がベテルイーゼ大王中心に行なわれていた。

「そして胸を張れ!そなた達が護ったのはサウザンドオークスそのものだ!儂が来るまで、よくぞもちこたえた!」

ベテルイーゼ大王が兵士を労う。王の言葉に涙腺を緩める者もいた。暫く人造機械(ゴーレム)の侵攻を防いだのは間違いなく彼等の功績だ。だが、それは苛烈なものだった。向こうは機械、対するこちらは生身の人間。失う者は多かった。ベテルイーゼ大王は兵士達の胸中を理解している。こういう局面であの御方のように普段熱い人間性は現場の士気を上げるのだ。そして、逆境をおひとりで打開し、民を正しい道へ導いてきた。それが我等の王。サウザンドオークス主君、ベテルイーゼ大王だ。

「あとは儂に任せよ」

ベテルイーゼ大王が踵を返し兵舎から退出すると、王の言葉に感銘を受けた兵士達の歓声が響いた。それを見送ると、隊列に並んでいた伊藤隊長と楓さんが端にいた僕の所まで来てくれた。

「よう、怪我は大丈夫か。えーと……」
「……さ、サウザンドオークス後方支援隊所属事務係兼整備士のニコル・アドラ五等兵ですっ」
「長ぇ」
「も、申し訳ありません!」

伊藤隊長は眉間にシワを寄せる。ひぃっ。怖い。30代くらいだろうか、黒髪に肌が色白で、綺麗な顔立ちなのに切れ目のせいか強面に見える。サウザンドオークス軍の軍服に身を包み、デザートイーグルと大和刀を帯刀していた。

「その節は、助けていただき、誠にありがとうございました!あっ……痛てて」
「ニコラ君。まだ無理しないでください。君、全治数週間なんですから。お腹に風穴空けられたんですよ?」

楓さんが伊藤隊長の横から僕に駆け寄り、僕の脇腹を撫でる。優しい女性だ。恐らく、僕より若い気がする。だとしたら10代で既に戦場に立っているということか。しかも、この若さで既に軍曹。

「も、申し訳ありません。怪我人が戦場に戻ってくるなんて……。僕、お邪魔ですよね。……失礼します」
「待て」

何だか居心地が悪くなり、僕は2人に頭を下げると軍本部を後にしようとした。だが、伊藤隊長に呼び止められる。

「お前、ウチの部隊に来い」

頭が一時停止する。この人、僕に言っているのか。
僕が?『樫の木(オークス)』に?
本気で?

「……ご、ご冗談でしょう」
「ニコラ君、伊藤さんは本気ですよー」
「む、無理です!僕は事務係で、人造機械(ゴーレム)での遠隔戦闘はおろか、実践戦闘など皆無です!それに……」
「臆病者(チキン)、……か?」
「……」

僕は目線を逸らす。報告書が既に出来上がっている筈だ。僕は逃げた。戦わずに逃げたのだ。軍法会議にかけられてもおかしくない。軍人としてあるまじき行為だ。臆病者。

「それの何が悪い」
「え……」

伊藤隊長と再び視線が合うと目が離せなくなる。

「今回の暴走でサウザンドオークスが人造機械(ゴーレム)に依存していたことが露呈した。人造機械(ゴーレム)の闘い方しか知らない他の兵士達も為す術もなく逃げたさ。お前と一緒だ」
「!」
「闘って死ねば英雄か?勝った奴が正義か?違うな。生き残った奴だけがそれを語る権利がある。なら、お前は後者だ」
「……それが臆病者(チキン)だとしてもですか?」
「関係無いな。正しいか誤っているかなんて、その論点の軸にはならねぇ。逃げた結果、今のお前が生き残ったなら生物として正解だ。軍人として考えるならそれは意義や使命とかまた別次元の話だけどな」

僕は伊藤隊長の言葉を固唾を呑んで傾聴する。

「お前があの時に、逃げずに闘うという選択肢が欲しかったなら、ウチに来い。闘い方を教えてやる」

伊藤隊長は僕に背を向ける。

「お前は最期に諦めることを諦めた。俺はそこを評価している」





伊藤隊長と楓さんに頭を下げると、僕は軍本部を後にする。それと同時にベテルイーゼ大王が兵士達を引き連れて軍本部から出てくる。その傍らにはサウザンドオークス人ではない外国人が2人いる。あの黒色のコートの青年。彼がジンさんか。思っていたより若い。楓さんといい、僕より若い世代が僕より先に、僕より前で闘っているんだ。きっと、ああいう人達が英雄になるんだ。

僕も、強くなれるのかな。

ジンさんはベテルイーゼ大王やアレックス軍師とそのまま同行していった。僕は脇腹の鈍い痛みを思い出し、その場を後にする。病院を目指して歩きながら、これまでの僕の人生を振り返る。サウザンドオークス軍に入隊したのも、単に手当てが良かっただけだ。最終戦争以来、目立った争いは世界からなくなった。束の間の平和だ。好機だと思った。国内でも人造機械(ゴーレム)が整備され、凶悪な事件も減少傾向になった。僕も人造機械(ゴーレム)の整備こそはするが、それにどれだけの意義があったのかどうか分からない。

戦闘とはかけ離れた緊張感の無い毎日は僕を生かし続けた。正直に言う。ほっとした。何より楽だった。楽な人生だと思った。最低限の事をこなせば当たり障りのない道を歩める。イージーモードだ。そう思っていた。

実際は違った。人は死ぬ。乾いた枯れ葉をパリパリと踏み潰すように。なんの理由も必要とせずに。僕はそれが怖かった。地球が自転するように、鳥が空を飛べるように、僕達の命は前触れも無く突然に無くなる。僕は自分の命が大事だった。だから、本能的に脅威から離れたかった。逃げて。逃げて。逃げて。逃げたかった。死にたくなかった。臆病者だ。

伊藤隊長はそれで良いと言う。生き残るのが生物の本能だと。だが、軍人としての在り方は違う。僕は逃げる前提で軍人になっている。逃げるという選択肢しか無かったためだ。

そこに『闘う』という選択肢が増えるのだろうか。
僕は、逃げずに闘えるのだろうか。

病院に着くと、そのまま病室に直行する。隊服に着替えると少ない自分の荷物をまとめて身支度をする。そのまま会計を済まし、看護師に退院をまだ認めることは出来ないとか何とか言われた気がしたけど、点滴針を抜いてそれからも逃げてきた。道中にはまだ負傷者が並んでいた。恐らく、まだまだここに担ぎ込まれるだろう。

ロビーを後にすると、そこには楓さんが既に待っていた。僕の顔を見ると、先に歩いて行ってしまう。まるで僕が来るのを分かっていたように。身体はまだ重たい。それでも、今度は後ろに下がるのでは無く、僕は彼女に追いつけるように前に歩み出す。

脚を前に出すことがこんなに難しかったなんて、僕は知らなかった。



なんて。それっぽい心理描写とカッコイイことを並べて、あたかも人間の成長?というか、これから生き方を変えますよーって雰囲気だったところ申し訳ない。あれはたまたま巻き込まれた悲劇を美化して、さらに愚行を正当化して自分を大きく見せてみただけで、結局のところ、僕の打算的な人生観は変わらない。臆病は治らない病気とも言われている。これは僕の哲学的なアレだ。生物は強い者に媚を売る。自分を大きく見せる。どうしようも無くなったらひたすらに逃げる。これからサウザンドオークス軍の人造機械(ゴーレム)部隊は大きく見直されるだろう。そうしたら下部組織のうちの部隊の収入はさらに減るかもしれない。悪ければ僕みたいな足でまといはクビ……。そうなる前に移り気をしたまで。『樫の木(オークス)』はこれから必要な部隊となる筈。だとしたらこっちにいた方が安心だ。

『この『匣(キューブ)』を邂逅するのがお前の最初の業務だ。これは大和が開発した『三大発展文明』の1つ、『天衣無縫(スーパーアーマー)』だ』
『は、はぁ……』
『神器であるヴィンセントを人工的に造った『大和刀』同様、神に近い能力が搭載されている。システムはよく分からねぇが、過去の名将や英雄の全盛期の記憶を纏えるらしい。文字通り『そいつら』に成るんだ』

僕は『樫の木(オークス)』の宿舎の伊藤隊長の隊長室に楓さんに連れられて、辞令交付も無しに今後の事を矢継ぎ早に伝えられる。そもそも、僕の人事異動ってどんな取り扱いなのかな。ま、ままぁ、確かに自己申請による異動希望だったけど、公式な書類とか貰ってないし……。これは左遷なのでは?前の部署はお荷物扱いされていた僕をお払い箱に出来る。『樫の木(オークス)』は人造機械(ゴーレム)を使用しない直接型の戦闘訓練をすると聞く。もしかして、単に少ない頭数を増やす為に伊藤隊長が人事部と非公式に掛け合っていた……とか?嫌なイメージがどんどん膨らんでいく。

『ニコラ君、聞いてます?』
『続けるぞ』
『あ、はい……どうぞ』
『俺と楓は元素を操れる『発現者』であり、多属性を使役出来る『覚醒者』だ。ベテルイーゼ大王、ヴァムラウート皇帝、アレックス軍師殿を含めて、サウザンドオークスには彼等以来一切『発現者』は現れていない。だから、ヴァムラウート皇帝は戦力補強のために人造機械(ゴーレム)を開発した』
『周りの列強は勢力を拡大する一方で、この国で強いのはベテルイーゼ大王だけですもんね~』
『だから、サウザンドオークスは戦力をアウトソーシングせざるを得なかった。俺達のようにな』

あぁ。そういう……。どうして外国人の伊藤隊長と楓さんがサウザンドオークスの一師団を任されているのかが疑問だった。確かに、今回の暴走した人造機械(ゴーレム)の軍団は、結局のところベテルイーゼ大王によって完全に殲滅された。そして奪われた星の守護者(ガーディアン)ケッツァクアトルはダイダロス新大国の『十一枚片翼(イレヴンバック)』から派遣されたジンさんとシャインさんが奪回してくださった。サンダーストームの救援だけではなく、こちらの内情を察して内部支援までしてくれた彼等はまさに大恩人だ。逆に言えば、サウザンドオークスには人造機械(ゴーレム)や星の守護者(ガーディアン)に取って代わる存在がベテルイーゼ大王しかいないということだ。

サウザンドオークスとダイダロス新大国はその日の内に両国王がワイマール同盟に合意したことによって友好国となる。ダイダロス新大国も戴冠式の際にコキュートスに襲撃をされたそうだ。なんともタイミングが良すぎる。人造機械(ゴーレム)を開発したのはオストリアのヴァムラウート皇帝で、実際に人造機械(ゴーレム)はサウザンドオークス国内を警備していたものが暴走したものに加えて、オストリア方面からも更に襲来していた。ならば、ヴァムラウート皇帝を疑うべきだろう。そして、同時に各国の首脳陣が集結しているダイダロス新大国でのコキュートスの襲来。オストリアとコキュートスは結託しているかもしれない……?

事態を重く見た上層部は、オストリアを調査するべくダイダロス新大国と共同作戦を実行することとなった。ありがたいことに『十一枚片翼(イレヴンバック)』からも隊員が派遣された。シュウ医療部隊隊長やシキ防衛部隊長がサウザンドオークスの警備にあたってくださっている。正直、現状で人造機械(ゴーレム)を運用することは出来ない。ベテルイーゼ大王はダイダロス新大国に出国されているし、『樫の木(オークス)』も王不在のサウザンドオークスを守護しなければならない。

『サウザンドオークスで兵士を育てるには時間を要する。ならば、既に完成している傭兵を雇う方が効率的だ。有難い事に今はダイダロス新大国から戦力を補強して貰っている。だが、あくまでその場しのぎだ。本質的な解決にはならない』
『……』
『そこで『天衣無縫(スーパーアーマー)』だ』

僕は手渡された黒い立方体を見る。かつての名将の記憶を纏う……。そんなにスゴいものなのか、コレ。まじまじと見るが、何処にでもありそうな有り触れた匣だ。

『過去の強者を呼び起こすことで一兵卒でも英雄になれる』
『す、凄いですね……』
『だが、大和でも試作品の段階でな。正直使い方が分からん。俺らも開けられなかった』
『え』
『加えて、大和の国家予算を注ぎ込まれている稀少な開発物だ。壊したり紛失したらお前の人生じゃ償え切れないな』
『ちょ』
『期限は3日。これから楓と鬼ごっこだ。楓には3日後にお前を殺すように指令を出している。それまでにそれを開けなかったら地の果てまで追ってお前を殺す。以上。よーいドン』
『……はぁっ?!』

ようやく出た言葉がコレだった。
反射的に楓さんの顔をバッと見る。

『早く開けないと殺しますよー』

かくして、僕は入隊初日に『樫の木(オークス)』から逃げ出した。いや、今思えば割と正当な理由じゃないか、コレ。上司に殺されようとしてるんだよね、僕。何度か軍上層部にこの件を報告しようとした。だが、その往く先々に楓さんがニッコニコの笑顔で現れる。か、監視されている!軍本部でも、街でも、職務中でも、トイレでも!

「だからぁ!ここ紳士用だって言ってるでしょ!」
「えー。私気にしてませんよー」
「こっちが!気になるんです!!」

まずい。結局、軍本部への報告は楓さんにより完全に妨害されてしまい、一日が無駄になってしまった。1度だけ腹を決めて、このよく分からない匣と真剣に向き合った。だが、念じようが、銃で撃とうが、鍋で煮込もうが、トイレに流そうが、一切開かずにしかも無傷で必ず僕の近くに戻ってくる。ある時は西ゲートの向こう側に投げ捨てた(不法投棄)が、家に帰ると玄関先にそれは戻ってきていた。の、呪われているのでは……?

1日目の夜。疲労感でベットに倒れ込む。あと2日であの匣を開けなければ殺される……。流石に理不尽過ぎる。こうなったら亡命すればいいのでは?そういえば軍報告でオストリアは昨日からサウザンドオークスとダイダロス新大国とで大きな戦闘が始まったそうだ。もしかしたらこのまま戦争になるかもしれない。危険……いや、逆にそういった戦地で紛れられたら楓さんも追って来れないのでは……。

「コレだァ!」

僕はいつか必要になると予め用意しておいた亡命用のスーツケースを引っ張り出して、匣をガムテープでテーブルに固定すると家から飛び出して西ゲートを目指す。西ゲートに着くと夜間でも厳戒態勢夜間だった。僕は馬鹿か。勢いで出て来てしまったが、オストリアとの戦時中に西ゲートを抜けることなど不可能だ。ましてや亡命することがバレたら反逆罪に問われかねない。仕方無い。他の方法を考えなければ。怪しまれないようにその場を離れようとした時。

「何者だ!」

思わず飛び上がってしまった。もう駄目だ!見つかってしまった!僕は観念すると両手を上げて後ろを振り向く。あぁ、僕の人生ここまでか。

「あれ……?」

振り向くとそこには誰もいなかった。というか、よく見ると声を上げた兵士は西ゲートの外の誰かに向かって呼びかけている。な、なんだ。僕じゃなかったのか。ひとまず安堵する。そのまま様子を窺っていると西ゲートの向う側にバイクに跨った仮面フードの露骨に怪しい人が銃を構えた西ゲートの警備兵に呼び止められていた。

『あー、……アレックスさんいらっしゃいますか?』

さっき僕が独りでやったように、その人はバイクに跨ったまま戦意の有無を示すために両手を空に掲げる。警備兵が数人銃を構えた状態であっという間にその人は取り囲まれた。

「全員、武器を降ろしなさい」

緊張感が張り詰める中、どこからともなくアレックス軍師が現れて、その場を仲裁する。アレックス軍師が命令すると警備兵達は構えていた銃口を標的から外した。

「アドラ様より伺っております。部下の非礼をお許しください」
『いえいえ、この人達は自分達のお仕事をした迄ですよ。気にしてませんから気にしないでください。それより、不躾で申し訳ないですが、シャワーをお借りしてもよろしいでしょうか』
「かしこまりました。来賓用の個室を御用意させましょう。そこに隠れてるニコラ五等兵」
「は、はい!」

あ、しまった。思わず返事をしてしまった。な、何でバレたんだろう。僕は背筋を正して急いでアレックス軍師の元へ駆け寄る。

「ニコラ五等兵。こちらの方を来賓用の個室へご案内しなさい。残ったお前達はバイクを軍庫に運びなさい。蝶を扱う様に丁重に」
「はっ」

どういうことだろう。仮面フードで素性を隠し、武器も携帯している。明らかに不審人物なのに来賓扱い……?不審に思っていると、混乱する僕の耳元でアレックス軍師が耳打ちをする。

「詮索しなければ亡命の件は不問にします」

鼓動が跳ね上がる。心臓を握り締められた気分だ。そういえば聞いたことがある。アレックス軍師は『読心術(リーディング)』に長けていると。ま、まさか、僕の心も読まれて……?

「り、了解です……。こ、こちらへ」

『樫の木(オークス)』から逃げ出し、オストリアに亡命するつもりが、いつの間にか身元不明の不審人物を来賓用の個室に案内する羽目になってしまった。なんてことだ。楓さんの次はアレックス軍師か。

『すみません。お世話になります』

バイクから降りると、仮面フードの人は僕の後をついてきた。僕達はアレックス軍師に見送られサウザンドオークス城に向かう。
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