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3章『革命』
命を運ぶ大きな流れは
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数ヶ月後ーー。
それからしばらく私は自分の出来ることを努めてきた。お母さんから貰ったバイクを移動手段に世界中で奴隷解放運動だ。『国崩し』以降、コキュートスは台頭し始め、ガルサルム大国からも独立すると、これまで以上に階級超重視社会と化した。奴隷という最下級の存在を創設されたことで、コキュートスは人身売買を国の公式な生業とする。どのようにしてその奴隷足り得るか。簡単な事だ。弱者が淘汰され、その権利が簒奪される。人の歴史はこれを繰り返してきた。彼等は労働力、生贄、商品として外国間で取り引きされた。母国ドン・クラインをはじめ、大和、オストリアはこの手のビジネスに食らいつくだろう。
『核(フレア)』の扱いにもある程度慣れてきた。まだ、完全に制御出来る訳ではないけど、ガス抜きの仕方が分かってきた。これには一定の発散期が存在する。湯水のように沸いてくるエネルギーは恐らく無限。それを循環させるためには、そのエネルギーを一定量放出しなければならない。放出さえ出来れば、別に無理に『存在否定(カオス)』を使用する必要はないことも分かった。最近は『一閃(スライス)』と『剛打(ブレイク)』を一定時間発動させておくことで解消している。一気に放出が出来ないため効率は悪いが、誰の存在も否定しないから、今はこれでいい。
今の私に出来ることは、そんな不条理に扱われる人達を解放してあげること。これから歴史が繰り返されるのなら、間も無くサウザンドオークスはオストリアに攻撃される。コキュートスから奴隷を素材とした人造人間(ホムンクルス)を買い取り、兵器としてサウザンドオークスへの進行を始める。星の守護者の暴走という事故を装ったオストリアの計画的な軍事侵略。ガルサルム大国がダイダロス新大国として生まれ変わる際の戴冠式にて各国が招待される。その機会を利用されるのだ。結果として、オストリアはサウザンドオークスを淘汰する。しかし、その攻撃事態は公にはなっていない。そして、その嫌疑はダイダロス新大国に向けられ、今後の世界情勢で立場が危うくなる。
1番厄介なのは、英雄アークの存在。
彼という存在は私の14813回のやり直しの中で1度も現れたことは無かった。だが、お母さんからの話によれば、国崩しの際に彼はゼロやジン君の前に現れたそうだ。英雄アーク。彼とは最終戦争であったことがある。だが、アダムを助けるために世界に反旗を翻し『執行者(エクスキューショナー)』によって『霆獄』に投獄されたはず。そこはクラインによる難攻不落の『前人未到領域(サクリファイス)』。出ることはおろか、入ることすら出来ない領域。そこには歴史の裏側にいた『名前の無い化物』達が収監されている。英雄アークもそこにいたはず。だからこそ、このルートは異常なのだ。
恐らく、彼の目的はアダムの復活。
どうやってあの『霆獄』から出たのかは知らない。だが、彼がコキュートス側に付いているのなら、これまで以上に深刻度が変わってくる。最終戦争の英雄クラスが再び世界に現れるなんて。ルシュさんや師匠はこの極面をどう見ているのだろう。私も、明らかに違うルートを歩いている。
(このままじゃ、キリが無い)
奴隷解放運動を進めていた私が出した結論だ。いくら人造人間(ホムンクルス)を造る研究施設を壊滅させても、奴隷解放をしたとしても、根本的な解決には至っていない。研究所を『存在否定(カオス)』で消滅させたとしても、コキュートスの勢いはまるで衰えなかった。だとすれば、もっと規模の大きな存在を否定する必要がある。私はオストリアに渡ることを決意した。
何が起こっているのだろう。私が『転移装置(テレポート)』でオストリアに着いた頃には、そこは戦地と化していた。十二支教を崇拝する宗教国家。花の都オストリア。『執行者(エクスキューショナー)』の時代にはまだ無かった国だったが、最終戦争以降はヴァムラウート皇帝がこの大陸を統治していた。戦争孤児を積極的に集め、行き場の失った者を分け隔て無く迎え入れる国。その国が今、戦場と化していた。
星の守護者カグツチから逃げ惑う貧困地域(スラム)の人々。避難誘導を行う十一枚片翼(イレヴンバック)。指揮者を失い途方に暮れるオストリアの兵士。人造人間(ホムンクルス)の死体の山。私はこの局面を俯瞰して見る。星の守護者カグツチの方にゼロとルシュさん、ベテルイーゼ大王とヴァムラウート皇帝が対応している。よく分からない。何故、十一枚片翼(イレヴンバック)がオストリアにいるの?いや、何よりもまず、何故サウザンドオークスがここにいるんですか。この数日後に正しく星の守護者カグツチによって襲撃を受けるのが史実の筈。これは一体……。ゼロが誰かに指示を出しているのが遠目から見えた。
あぁ。それが誰なのかは言うまでもなくジン君その人だった。お母さんからジン君の事は聞いていた。国崩しで『核(フレア)』に巻き込まれたが無事だということ。十一枚片翼(イレヴンバック)の隊長になったということ。私の死に対して哀しんでいてくれたこと。分かっていても、恋焦がれていたその姿を見たら自然と涙が溢れてくる。会いたい。あぁ。ジン君に会いたい。目の前に求めていた存在があるのに、『存在否定(カオス)』という能力がそれを妨げる。ジン君はゼロと会話した後に頷くと、王都(キングダム)の方へ走り出した。その後を誰かが追いかける。
どうしよう。サウザンドオークスの崩壊を止めるためにオストリアに来たつもりが、予期せぬ事態に発展していた。サウザンドオークスの助力、十一枚片翼(イレヴンバック)の援護、そしてジン君という存在。この戦乱の渦中にいるのは間違いなくジン君だろう。ここまで来ると確信する。命を運ぶ大きな流れはここに来て大きくうねり始めている。彼という存在はそれに今まさに飲み込まれようとしている。
(私は……)
彼に近づく事は出来ない。何故なら『存在否定(カオス)』を完全に制御出来ていないから。万が一、この力が暴走したら……。これまで1番大事にしていたジン君すらも否定してしまうかもしれない。でも。チラッと星の守護者カグツチの方の戦況を見る。あの4人なら大丈夫ですよね。何よりルシュさんがいる。ゼロもいる。
でもジン君には……。このままじゃ、ジン君は。殺されてしまうかもしれない。彼はまだそのレベルじゃない。出来ても『超越(トランス)』くらいだろう。まだこの領域で闘うにはレベルが不十分だ。私は姿隠しの面を被り、黒衣のフードを纏った。
「ジン君を護るのは、私じゃないと嫌だなぁ」
『時間制御(クロノス)』は前世界より以前には遡れない。英雄イヴが世界を五等分した事が影響しているかもしれない。だから、私は戻る度に何もかもがジン君を探すことから始まる。私にはもうその『時間制御(クロノス)』は無い。もうやり直しが効かない。彼を失うくらいなら、死んだ方がマシだ。私はオストリアの王都(キングダム)へと走り出した。
世界には『理(ことわり)』がある。それは均衡を保つための天秤のような『システム』。生に死があるように。言葉に意味があるように。制限には対価を、有利には制裁を。悪い事があれば良い事があるように、良い事があれば悪い事がある。これは戦闘においても同じである。弱点を晒すことで世界の理より恩恵が与えられる場合もあり、逆に相手を激情させれば世界の理から制裁を受けることもある。人はこれを『天啓』『天罰』と呼ぶ。
不条理であり、理不尽であり、不公平な命を運ぶ流れというものは確かに存在する。森羅万象はこの法則の上に成り立っている。神ですら、それには抗えない。神は人間の上位互換であるが、この法則を破る為に人間を造り出した。神が人間の形をしているのはそのためだ。神は世界の理から逃れ絶対的な存在になるため神格化を謀るが、その神の意思を屠るために世界の理は『最強』という均衡調整装置を創り出した。かのベテルイーゼ大王がその1人。彼は『最強』の称号を世界の理から与えられている者で、かつての支配者である神を殺した覇王。
人間に上位互換である神を殺す事は可能だろうか。これを可能にしたのが世界の理。人間を造り出した神が人間に殺されたのは世界の理が人間に力を付与したからだ。神という絶対者と均衡をとるために与えられた『二物』。その神すらも超越する力が『皇帝特権』『英雄矜恃』『覇王王道』、そして『最強』。それが与えられる者は一人の例外も無く歴史に名を遺す。それ故に近づく者を選ぶ。その権利すらない者は近づくことすら許さない。それぞれの存在は拮抗するようにバランスが保たれている。それ故に、その数も均等の筈。
その『最強』の証が私の左腕で光り輝いている。つまり、それは他の『最強』の欠落を意味する。私は王都(キングダム)に向かいながら現状を冷静に分析する。『最強』を与えられるのは初めてでは無い。だが、私がそれを手にしたのは未来。来たるべくカルマとの対峙する全盛期の時だったはず。これも『核(フレア)』の影響なのだろうか。私の存在を既に世界の理が認知している。順番が前倒しになる程の力。
……とにかく、『最強』がある限り私は世界から加護を受ける。それだけは幸運だ。まるで、何かに道を転がされているように、追い風が吹いている。勿論、『最強』は容易に手に入るものではない。器量、戦闘能力、人格、カリスマ、歴史的な偉業、対偶的な存在との縁など、個々人としての適性や環境的要因が合わさって初めて成る。その資格を与えられるのは凡人では無く選ばれし者。だからこそ、彼らは皇帝や英雄、覇王として君臨し続けている。
これが私に発現したということは私が他の『最強』よりも適性を得た、もしくは、誰かが欠けたのか。今オストリアにいる『最強』はベテルイーゼ大王とヴァムラウート皇帝くらい?レイやギルガメッシュ王は考えにくいよね……。仮に、そのどちらかが何者かに討たれたなら、何故その者ではなく私に『最強』の称号が与えられたのか。現状何が起因しているか分からない。それなら。気にしても仕方ない。とにかく急がなきゃ。私は脚を速めた。
しばらくして十二支教の総本山ザガルムンド大聖堂に辿り着いた。逃げ惑う群衆の波を避けながら来たため、少し時間がかかってしまった。門をくぐると、そこには十二支教の警備兵だろうか、数十人が息絶えていた。ここで戦闘があった?ジン君、では無いと思う。あの子は不必要に人を傷つけない。だとすると、その他に誰が彼等と敵対するのだろう。よく見ると、兵士の一部には身体に複数の穴が空いているのが見受けられる。斬られたというより、突き刺されたような痕。私はここで1つの最悪なイメージをしてしまう。ジン君の後に続いた人には見覚えがあった。遠目だったから確証は無い。でも……。急がなければ。出来れば、この予想は外れて欲しい。そうでなければ、私は……。
突如、ザガルムンド大聖堂から大きな衝撃音がする。私は、一歩。また一歩と大聖堂の中に足を踏み入れる。心拍数が上がって来るのが分かる。これまでのルートでも修羅場を何度も経験し、最悪な場面に遭遇してきた。恐らく、私の勘は正しい。これまでの経験が私にそう教えてくれる。廊下を抜ける所に瓦礫が散乱していた。私はそこに身を隠しながら中の様子を窺う。
(あぁ……やっぱり……)
そこに居たのはシャインだった。かつて、私が助けた奴隷の少女。助けた後、彼女はリーヴ領で保護したけど、しばらくして私の背中を追いかけ、十一枚片翼(イレヴンバック)に入隊した。才能があった。戦闘力があり、何より稀少なヴィンセントの適性があった。彼女は間違い無く歴史に名を遺す偉業を成す。その天賦の才を見て私は確信した。
しかし、彼女は私という存在に依存していた。私がいなければ何も手に付かないようなことも度々あった。例えば、任務で数週間遠征をした時、彼女は塞ぎ込み、食事も一切取らなかった。私が戻ると、誰よりも先に痩せ細った腕で私に抱き着いて来た。私が戻った後は素直に私の言う事を聞いてくれたが、逆に言えば私以外の人の言葉を何一つ聞き入れなかった。これまで、自由を許されなかった奴隷として生きていたからだろうか。私の許可が無ければ自由に動けないと思っていた。かつての主がいなくなり、そこから救った私を神として崇拝でもしているのだろうか。だとしたら困る。
『私はシャインの神様じゃないし、シャインは自分で決めていいんだよ』
『サナさんがいないと生きていけません』
彼女は困ったように泣き始めた。私はさらに困った。この子は私を第一に生きている。このままだと独り立ちが出来ない。
『あ、じゃあ、私がシャインのお姉ちゃんになるので、シャインは私の妹になってください!』
『お姉ちゃん……??』
『はい。実はフェイムスさんが私のお父さんで、アドラさんが私のお母さんなの。血は繋がってないけどね。でね、そうしたら妹も欲しいなぁって。だから、貴女がなってくれると嬉しいなぁ』
『……』
『ロバート君がお兄ちゃんでもいいよ?』
『それは、ちょっと……』
『ありゃりゃ。ロバート君立つ瀬が無いなぁ』
『……』
『私は、シャインの神様になれない。でも、お姉ちゃんにならなりたいかなぁ。どう?』
『……はい』
『よし。なら、お姉ちゃんと約束。自分の生きたいように生きなさい。私のためじゃなくて、シャイン自身のために。じゃないと、お姉ちゃん怒るからね』
それからは、少しずつだけどシャインの優先順位を整理し始めた。私が最優先なのは相変わらずだったけど、私がいなくても一人でご飯を食べれるようになった。周りとも任務に行くことが増え始め、仲間を護るような戦闘をすることも増えた。こうして2番目、3番目と次に大事なものを作ることで、彼女は自分の存在意義が複数あることや『自由』という概念に徐々に気づき始めた。いつしかシャインは私のいない所でも自然に笑うようになっていた。
そんな彼女が、今、無表情でジン君に絶対領域(サンクチュアリ)を展開している。レイピアを彼に突き刺し、殺そうとしている。最悪な展開が現実になってしまった。シャインの背後には英雄アークがいる。つまり、『創造(クリエイター)』の攻撃を受けてしまい、無理矢理操られているということだ。事態の深刻さが改めて突きつけられる。瀕死のジン君とトドメを刺そうとしているシャインを見て、気付いたら身体が動いていた。
「?!」
渾身の『一閃(スライス)』を『縮地(ソニック)』と共に英雄アークに放つが、間一髪躱された。気配を消して、さらに姿隠しの面を付けていたのに、よく避けたな。腐っても英雄か。私は『超越(トランス)』『凌駕(オーバードライブ)』を同時に発動させながら『存在否定(カオス)』でシャインの『絶対領域(サンクチュアリ)』を否定する。すると、彼女の領域は霧散し始めた。シャインはこちらに警戒しながら英雄アークの所まで後退する。私はジン君を護るように彼等との間に立ち塞がる。不思議と今なら『核(フレア)』の暴走も御せる。チラッと背後のジン君を見ると視線が交わる。ボロボロだ。でも、心做しか大人っぽく見える。きっと君もシャインと色々あったんだよね。もう大丈夫だよ。私が来たからね。
私は息を整える。勢いでジン君の前に出てしまったけど、本当は今すぐ抱き締めてあげたい衝動に駆られるけど、それは今じゃない。ただ、私ってことはバレないようにしないと。ここは、ゼロの真似でもしとこう。
『あとは俺に任せろ』
それからしばらく私は自分の出来ることを努めてきた。お母さんから貰ったバイクを移動手段に世界中で奴隷解放運動だ。『国崩し』以降、コキュートスは台頭し始め、ガルサルム大国からも独立すると、これまで以上に階級超重視社会と化した。奴隷という最下級の存在を創設されたことで、コキュートスは人身売買を国の公式な生業とする。どのようにしてその奴隷足り得るか。簡単な事だ。弱者が淘汰され、その権利が簒奪される。人の歴史はこれを繰り返してきた。彼等は労働力、生贄、商品として外国間で取り引きされた。母国ドン・クラインをはじめ、大和、オストリアはこの手のビジネスに食らいつくだろう。
『核(フレア)』の扱いにもある程度慣れてきた。まだ、完全に制御出来る訳ではないけど、ガス抜きの仕方が分かってきた。これには一定の発散期が存在する。湯水のように沸いてくるエネルギーは恐らく無限。それを循環させるためには、そのエネルギーを一定量放出しなければならない。放出さえ出来れば、別に無理に『存在否定(カオス)』を使用する必要はないことも分かった。最近は『一閃(スライス)』と『剛打(ブレイク)』を一定時間発動させておくことで解消している。一気に放出が出来ないため効率は悪いが、誰の存在も否定しないから、今はこれでいい。
今の私に出来ることは、そんな不条理に扱われる人達を解放してあげること。これから歴史が繰り返されるのなら、間も無くサウザンドオークスはオストリアに攻撃される。コキュートスから奴隷を素材とした人造人間(ホムンクルス)を買い取り、兵器としてサウザンドオークスへの進行を始める。星の守護者の暴走という事故を装ったオストリアの計画的な軍事侵略。ガルサルム大国がダイダロス新大国として生まれ変わる際の戴冠式にて各国が招待される。その機会を利用されるのだ。結果として、オストリアはサウザンドオークスを淘汰する。しかし、その攻撃事態は公にはなっていない。そして、その嫌疑はダイダロス新大国に向けられ、今後の世界情勢で立場が危うくなる。
1番厄介なのは、英雄アークの存在。
彼という存在は私の14813回のやり直しの中で1度も現れたことは無かった。だが、お母さんからの話によれば、国崩しの際に彼はゼロやジン君の前に現れたそうだ。英雄アーク。彼とは最終戦争であったことがある。だが、アダムを助けるために世界に反旗を翻し『執行者(エクスキューショナー)』によって『霆獄』に投獄されたはず。そこはクラインによる難攻不落の『前人未到領域(サクリファイス)』。出ることはおろか、入ることすら出来ない領域。そこには歴史の裏側にいた『名前の無い化物』達が収監されている。英雄アークもそこにいたはず。だからこそ、このルートは異常なのだ。
恐らく、彼の目的はアダムの復活。
どうやってあの『霆獄』から出たのかは知らない。だが、彼がコキュートス側に付いているのなら、これまで以上に深刻度が変わってくる。最終戦争の英雄クラスが再び世界に現れるなんて。ルシュさんや師匠はこの極面をどう見ているのだろう。私も、明らかに違うルートを歩いている。
(このままじゃ、キリが無い)
奴隷解放運動を進めていた私が出した結論だ。いくら人造人間(ホムンクルス)を造る研究施設を壊滅させても、奴隷解放をしたとしても、根本的な解決には至っていない。研究所を『存在否定(カオス)』で消滅させたとしても、コキュートスの勢いはまるで衰えなかった。だとすれば、もっと規模の大きな存在を否定する必要がある。私はオストリアに渡ることを決意した。
何が起こっているのだろう。私が『転移装置(テレポート)』でオストリアに着いた頃には、そこは戦地と化していた。十二支教を崇拝する宗教国家。花の都オストリア。『執行者(エクスキューショナー)』の時代にはまだ無かった国だったが、最終戦争以降はヴァムラウート皇帝がこの大陸を統治していた。戦争孤児を積極的に集め、行き場の失った者を分け隔て無く迎え入れる国。その国が今、戦場と化していた。
星の守護者カグツチから逃げ惑う貧困地域(スラム)の人々。避難誘導を行う十一枚片翼(イレヴンバック)。指揮者を失い途方に暮れるオストリアの兵士。人造人間(ホムンクルス)の死体の山。私はこの局面を俯瞰して見る。星の守護者カグツチの方にゼロとルシュさん、ベテルイーゼ大王とヴァムラウート皇帝が対応している。よく分からない。何故、十一枚片翼(イレヴンバック)がオストリアにいるの?いや、何よりもまず、何故サウザンドオークスがここにいるんですか。この数日後に正しく星の守護者カグツチによって襲撃を受けるのが史実の筈。これは一体……。ゼロが誰かに指示を出しているのが遠目から見えた。
あぁ。それが誰なのかは言うまでもなくジン君その人だった。お母さんからジン君の事は聞いていた。国崩しで『核(フレア)』に巻き込まれたが無事だということ。十一枚片翼(イレヴンバック)の隊長になったということ。私の死に対して哀しんでいてくれたこと。分かっていても、恋焦がれていたその姿を見たら自然と涙が溢れてくる。会いたい。あぁ。ジン君に会いたい。目の前に求めていた存在があるのに、『存在否定(カオス)』という能力がそれを妨げる。ジン君はゼロと会話した後に頷くと、王都(キングダム)の方へ走り出した。その後を誰かが追いかける。
どうしよう。サウザンドオークスの崩壊を止めるためにオストリアに来たつもりが、予期せぬ事態に発展していた。サウザンドオークスの助力、十一枚片翼(イレヴンバック)の援護、そしてジン君という存在。この戦乱の渦中にいるのは間違いなくジン君だろう。ここまで来ると確信する。命を運ぶ大きな流れはここに来て大きくうねり始めている。彼という存在はそれに今まさに飲み込まれようとしている。
(私は……)
彼に近づく事は出来ない。何故なら『存在否定(カオス)』を完全に制御出来ていないから。万が一、この力が暴走したら……。これまで1番大事にしていたジン君すらも否定してしまうかもしれない。でも。チラッと星の守護者カグツチの方の戦況を見る。あの4人なら大丈夫ですよね。何よりルシュさんがいる。ゼロもいる。
でもジン君には……。このままじゃ、ジン君は。殺されてしまうかもしれない。彼はまだそのレベルじゃない。出来ても『超越(トランス)』くらいだろう。まだこの領域で闘うにはレベルが不十分だ。私は姿隠しの面を被り、黒衣のフードを纏った。
「ジン君を護るのは、私じゃないと嫌だなぁ」
『時間制御(クロノス)』は前世界より以前には遡れない。英雄イヴが世界を五等分した事が影響しているかもしれない。だから、私は戻る度に何もかもがジン君を探すことから始まる。私にはもうその『時間制御(クロノス)』は無い。もうやり直しが効かない。彼を失うくらいなら、死んだ方がマシだ。私はオストリアの王都(キングダム)へと走り出した。
世界には『理(ことわり)』がある。それは均衡を保つための天秤のような『システム』。生に死があるように。言葉に意味があるように。制限には対価を、有利には制裁を。悪い事があれば良い事があるように、良い事があれば悪い事がある。これは戦闘においても同じである。弱点を晒すことで世界の理より恩恵が与えられる場合もあり、逆に相手を激情させれば世界の理から制裁を受けることもある。人はこれを『天啓』『天罰』と呼ぶ。
不条理であり、理不尽であり、不公平な命を運ぶ流れというものは確かに存在する。森羅万象はこの法則の上に成り立っている。神ですら、それには抗えない。神は人間の上位互換であるが、この法則を破る為に人間を造り出した。神が人間の形をしているのはそのためだ。神は世界の理から逃れ絶対的な存在になるため神格化を謀るが、その神の意思を屠るために世界の理は『最強』という均衡調整装置を創り出した。かのベテルイーゼ大王がその1人。彼は『最強』の称号を世界の理から与えられている者で、かつての支配者である神を殺した覇王。
人間に上位互換である神を殺す事は可能だろうか。これを可能にしたのが世界の理。人間を造り出した神が人間に殺されたのは世界の理が人間に力を付与したからだ。神という絶対者と均衡をとるために与えられた『二物』。その神すらも超越する力が『皇帝特権』『英雄矜恃』『覇王王道』、そして『最強』。それが与えられる者は一人の例外も無く歴史に名を遺す。それ故に近づく者を選ぶ。その権利すらない者は近づくことすら許さない。それぞれの存在は拮抗するようにバランスが保たれている。それ故に、その数も均等の筈。
その『最強』の証が私の左腕で光り輝いている。つまり、それは他の『最強』の欠落を意味する。私は王都(キングダム)に向かいながら現状を冷静に分析する。『最強』を与えられるのは初めてでは無い。だが、私がそれを手にしたのは未来。来たるべくカルマとの対峙する全盛期の時だったはず。これも『核(フレア)』の影響なのだろうか。私の存在を既に世界の理が認知している。順番が前倒しになる程の力。
……とにかく、『最強』がある限り私は世界から加護を受ける。それだけは幸運だ。まるで、何かに道を転がされているように、追い風が吹いている。勿論、『最強』は容易に手に入るものではない。器量、戦闘能力、人格、カリスマ、歴史的な偉業、対偶的な存在との縁など、個々人としての適性や環境的要因が合わさって初めて成る。その資格を与えられるのは凡人では無く選ばれし者。だからこそ、彼らは皇帝や英雄、覇王として君臨し続けている。
これが私に発現したということは私が他の『最強』よりも適性を得た、もしくは、誰かが欠けたのか。今オストリアにいる『最強』はベテルイーゼ大王とヴァムラウート皇帝くらい?レイやギルガメッシュ王は考えにくいよね……。仮に、そのどちらかが何者かに討たれたなら、何故その者ではなく私に『最強』の称号が与えられたのか。現状何が起因しているか分からない。それなら。気にしても仕方ない。とにかく急がなきゃ。私は脚を速めた。
しばらくして十二支教の総本山ザガルムンド大聖堂に辿り着いた。逃げ惑う群衆の波を避けながら来たため、少し時間がかかってしまった。門をくぐると、そこには十二支教の警備兵だろうか、数十人が息絶えていた。ここで戦闘があった?ジン君、では無いと思う。あの子は不必要に人を傷つけない。だとすると、その他に誰が彼等と敵対するのだろう。よく見ると、兵士の一部には身体に複数の穴が空いているのが見受けられる。斬られたというより、突き刺されたような痕。私はここで1つの最悪なイメージをしてしまう。ジン君の後に続いた人には見覚えがあった。遠目だったから確証は無い。でも……。急がなければ。出来れば、この予想は外れて欲しい。そうでなければ、私は……。
突如、ザガルムンド大聖堂から大きな衝撃音がする。私は、一歩。また一歩と大聖堂の中に足を踏み入れる。心拍数が上がって来るのが分かる。これまでのルートでも修羅場を何度も経験し、最悪な場面に遭遇してきた。恐らく、私の勘は正しい。これまでの経験が私にそう教えてくれる。廊下を抜ける所に瓦礫が散乱していた。私はそこに身を隠しながら中の様子を窺う。
(あぁ……やっぱり……)
そこに居たのはシャインだった。かつて、私が助けた奴隷の少女。助けた後、彼女はリーヴ領で保護したけど、しばらくして私の背中を追いかけ、十一枚片翼(イレヴンバック)に入隊した。才能があった。戦闘力があり、何より稀少なヴィンセントの適性があった。彼女は間違い無く歴史に名を遺す偉業を成す。その天賦の才を見て私は確信した。
しかし、彼女は私という存在に依存していた。私がいなければ何も手に付かないようなことも度々あった。例えば、任務で数週間遠征をした時、彼女は塞ぎ込み、食事も一切取らなかった。私が戻ると、誰よりも先に痩せ細った腕で私に抱き着いて来た。私が戻った後は素直に私の言う事を聞いてくれたが、逆に言えば私以外の人の言葉を何一つ聞き入れなかった。これまで、自由を許されなかった奴隷として生きていたからだろうか。私の許可が無ければ自由に動けないと思っていた。かつての主がいなくなり、そこから救った私を神として崇拝でもしているのだろうか。だとしたら困る。
『私はシャインの神様じゃないし、シャインは自分で決めていいんだよ』
『サナさんがいないと生きていけません』
彼女は困ったように泣き始めた。私はさらに困った。この子は私を第一に生きている。このままだと独り立ちが出来ない。
『あ、じゃあ、私がシャインのお姉ちゃんになるので、シャインは私の妹になってください!』
『お姉ちゃん……??』
『はい。実はフェイムスさんが私のお父さんで、アドラさんが私のお母さんなの。血は繋がってないけどね。でね、そうしたら妹も欲しいなぁって。だから、貴女がなってくれると嬉しいなぁ』
『……』
『ロバート君がお兄ちゃんでもいいよ?』
『それは、ちょっと……』
『ありゃりゃ。ロバート君立つ瀬が無いなぁ』
『……』
『私は、シャインの神様になれない。でも、お姉ちゃんにならなりたいかなぁ。どう?』
『……はい』
『よし。なら、お姉ちゃんと約束。自分の生きたいように生きなさい。私のためじゃなくて、シャイン自身のために。じゃないと、お姉ちゃん怒るからね』
それからは、少しずつだけどシャインの優先順位を整理し始めた。私が最優先なのは相変わらずだったけど、私がいなくても一人でご飯を食べれるようになった。周りとも任務に行くことが増え始め、仲間を護るような戦闘をすることも増えた。こうして2番目、3番目と次に大事なものを作ることで、彼女は自分の存在意義が複数あることや『自由』という概念に徐々に気づき始めた。いつしかシャインは私のいない所でも自然に笑うようになっていた。
そんな彼女が、今、無表情でジン君に絶対領域(サンクチュアリ)を展開している。レイピアを彼に突き刺し、殺そうとしている。最悪な展開が現実になってしまった。シャインの背後には英雄アークがいる。つまり、『創造(クリエイター)』の攻撃を受けてしまい、無理矢理操られているということだ。事態の深刻さが改めて突きつけられる。瀕死のジン君とトドメを刺そうとしているシャインを見て、気付いたら身体が動いていた。
「?!」
渾身の『一閃(スライス)』を『縮地(ソニック)』と共に英雄アークに放つが、間一髪躱された。気配を消して、さらに姿隠しの面を付けていたのに、よく避けたな。腐っても英雄か。私は『超越(トランス)』『凌駕(オーバードライブ)』を同時に発動させながら『存在否定(カオス)』でシャインの『絶対領域(サンクチュアリ)』を否定する。すると、彼女の領域は霧散し始めた。シャインはこちらに警戒しながら英雄アークの所まで後退する。私はジン君を護るように彼等との間に立ち塞がる。不思議と今なら『核(フレア)』の暴走も御せる。チラッと背後のジン君を見ると視線が交わる。ボロボロだ。でも、心做しか大人っぽく見える。きっと君もシャインと色々あったんだよね。もう大丈夫だよ。私が来たからね。
私は息を整える。勢いでジン君の前に出てしまったけど、本当は今すぐ抱き締めてあげたい衝動に駆られるけど、それは今じゃない。ただ、私ってことはバレないようにしないと。ここは、ゼロの真似でもしとこう。
『あとは俺に任せろ』
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
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青春
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