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ダーヴィッツ

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2章『都堕ち』

ユグドラシル

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数時間前ーー。


王都(キングダム)に逃げ込んだグラハム司祭を追跡中に僕とシャインは再び市街地(ダウンタウン)を通った。人々の様子は先程貧困地域(スラム)で発生したことなど、まるで感知していないような感じで日常通りに生活をしていた。市街地(ダウンタウン)に入る際に妙な壁を通過するような感覚があった。アレはおそらく結界なのだろう。防壁というよりは視聴覚遮断のそれだろう。それくらい貧困地域(スラム)は、オストリアにとって他国にも国民にもどうしても見せたくなかったのだ。

ドーーーーーン!!

突如、市街地(ダウンタウン)が大きく揺れる。いや、これはオストリア全土が揺れているのか。星の守護者(ガーディアン)カグヅチとゼロ達がもう戦闘に入っている。市街地(ダウンタウン)の人々も流石に今の揺れは感知したようだ。僕達が走って来た方向を見ている。振り向くと先程の結界は今の揺れによって歪みが生じて、既に市街地(ダウンタウン)からでも貧困地域(スラム)が視認できた。爆煙が上がっている。

「行くわよ」

シャインが立ち止まる僕の腕を引く。その言葉に僕はハッとなる。そうだ。急がなければ。僕達はゼロ達からグラハム司祭の追跡を任されている。貧困地域(スラム)を見据える市街地(ダウンタウン)の人々の壁を縫いながら、オストリアの中心地である王都(キングダム)を再び目指す。

しばらく走り続けると正面に巨大な聖堂が見えた。十二支教の総本山にしてオストリアの中心地であるザガルムンド大聖堂。白と碧の壁面の神秘的な色彩と、天を仰ぐシンメトリーを意識した巨大なドーム状の礼拝堂には形容し難い造形美がある。その周りを囲うように規則的に並べられた花壇には彩りの花々が咲き誇っていた。ガニラス教皇は花を愛でる方だったそうで、育てるのが難しい前世界の花でさえ、清らかな水が流れるオストリアでは見事に育った。まさに花の都オストリア。その正面には門があり、既に十二支教の軍団がこちらを待ち構えていた。

「どうせ雑魚よ!私が相手するから、アンタは先に行きなさい!」
「分かった!後で合流してね!」
「言われなくてもすぐ行くわよ!超越(トランス)!」

門を警備していたのは憲兵以外に人造機械(ゴーレム)がいたが、超越(トランス)状態のシャインの相手ではなかった。雷属性の爆陣(バースト)を発生させると、人造機械(ゴーレム)はショートして動かなくなった。それを見た憲兵はたじろく。やはり、人造機械(ゴーレム)頼りで兵士達はまともに訓練されていない素人だ。銃火器こそは装備しているが、戦闘のせの字も知らない。シャインの攻撃に慄(おのの)くばかりで、指揮系統などあったものではない。ヴァムラウート皇帝の一辺倒だったのがここで幸いした。

「ほら!行って!」

シャインの合図に僕は頷き、敵軍勢の上空を飛び越える。シャインの攻撃で巻き起こった黒煙を突っ切ると、僕はザガルムンド大聖堂に向かっていく。大聖堂の入口に扉はなかったため、そのまま侵入する。どこかの教会もこのような造りだったような。中に入ると思わず見上げてしまうドーム型の壁面。その一面には巨大な壁画が描かれていた。12体の獣を導く少女。星の守護者(ガーディアン)と英雄イヴだ。その先には黒い『何か』が渦巻いている。

「魔王クトヴァリウス……?」
「いいえ。アレは『星喰(メテオラ)』です」

声の先にはグラハム司祭が大聖堂の奥に立って僕を待ち構えていた。彼の真後ろには球体を抱えた竜『星喰(メテオラ)』の巨大な偶像がそびえていた。

「そうとも知らず、愚かな信徒達は世界が分断されてからも永遠に『星喰(メテオラ)』を崇め、クトヴァリウスを畏れ続けてくれました。無知とは怖いものです。『まるでそうであったかのように語り継ぐことで、あたかもそれが真実であるかのように錯覚』してしまうのですから。……ねぇ?」
「……」
「もう、お気付きなのでしょう?十二支教の目的は2つ。史実の湾曲と人々の畏怖による魔神クトヴァリウスの強化、そして『星喰(メテオラ)』の神格化です」
「貴方の目的も同じなんですか……?」

僕とグラハム司祭との距離は数十メートル離れていた。その距離を警戒しながら少しずつ埋めていく。大聖堂には他の人の気配はなく、人造機械(ゴーレム)も見当たらなかった。だが、どうやら向こうもここで決着をつける算段らしい。微かに星の守護者(ガーディアン)の気配がする。オストリアが保有する二体目の守護者(ガーディアン)。馬の守護者(ガーディアン)クリムゾン・ピーク。

「それを知ったところで何の意味も無いのですが……」

まぁ良いでしょう、とグラハム司祭は眼鏡の縁を指であげて鼻にかけなおす。ジリジリと距離は埋まっていく。グラハム司祭は背後の『星喰(メテオラ)』の偶像を見上げる。まるで距離を詰めらていることを介する様子はない。……罠か?

「『星喰(メテオラ)』とはどんな存在なのか。この問いに答えられる者は世界のトップだけでしょう。『コレ』は世界の外側からやって来た、この星にとって間違い無く最大級の脅威でした。ですが、『星喰(メテオラ)』は魔神ではありません。起源種でも、ましてやモンスターでもありません」

十二支教の目的は『星喰(メテオラ)』の神格化だった。それが何者であったかは知らないが、それを神として崇める意義は一体何なんだ。一方で間違い無く星の脅威だったとも言う。星にとって脅威的だったものを神格化……?グラハム司祭はそんなものをどう利用しようと言うのか。

「『星喰(メテオラ)』は……」

グラハム司祭まで3メートル程の距離でようやく彼はこちらを振り返った。その眼は僕ではなくどこか遠くを見ている。その顔は笑っているはずなのに、どこか哀しい眼をしていた。

「他の星からやって来た、『花粉』です」

『ユグドラシル』と呼ばれる世界最古の植物がある。それは全ての植物の祖であり、自己複製(クローン)を繰り返す事で、その数を増やしてきた。全ての植物にはユグドラシルの遺伝子が含まれており、遺伝子を持つクローンの全てを同一の樹とするならば、全世界に発生している植物の1つ1つがユグドラシルなのだと言える。自然災害や人間による環境破壊によって淘汰されようとも、それが1本でも残っていれば、ユグドラシルは永遠に生きていけるとも言えるのだ。

花粉や挿し木のように、己を複製する作業は50億年の間繰り返されてきた。だが、永い時の中でも唯一ユグドラシルの存在が完全に消滅する危機が発生した。『世界再生(ビッグバン)』。宇宙を創るためにこの世界の創造者が『前の世界』を焼き尽くした大焼却魔法。無数に存在する星々は勿論、古代樹ユグドラシルの殆ども焼き尽くされてしまい、絶滅したとばかり神々は信じていた。その光は宇宙という宙の海を蒸発させ、再び創造者が大凍土魔法によって急激に冷やすと、散りばった塵はやがて星となり、秩序を産んで銀河となった。新たな宙の海を創ったのだ。『前の世界』は完全に否定された。はずだった。だが、創造者ですら焼き尽くすことの出来なかった場所があった。ユグドラシルの花粉はその大地で花開き、また永い時をかけて自己複製を行った。

その大地はやがて『エデン』と呼ばれ、神々は再び生命が息吹く世界を見つけて喜んだという。神々は今度こそ創造者に不要と判断されないように、ユグドラシルを絶滅させないように大事に育てた。虫に受粉のメカニズムを備え付け、生物にとって必須な酸素を造り、二酸化炭素を吸うシステムとして転換した。人々には農業を伝えた。世界で唯一の生産者である植物はいつしか花を愛でる人々によって無くてはならないものに成った。

ユグドラシルは人類史において1度だけ、その姿を人々にさらけ出したことがある。最終戦争の最終局面。魔神クトヴァリウスを封印した以降、この星に異変が起こり始めた。植物の全て、つまりユグドラシルが二酸化炭素を吸い、酸素を吐く呼吸行動のみを行い始めたのだ。光合成とは神々から添付された機能に過ぎず、ユグドラシルはまるで1つの生命体の様に呼吸を続けた。無論、光合成を行わなければユグドラシルの生命活動は脅かされる。だが、それは自己でエネルギーを造る場合のみだ。

ユグドラシルはこの星の中心にまで根を広げ、星のエネルギーを吸う事で神々に与えられたシステムを棄却することに成功したのだ。

この星は1つの生物である。肌は大地。血はマグマ。火口から流れる溶岩は瘡蓋のように新たな大地を創る。癇癪を起こせば大地は揺れ、海は膿となり身体の浄化を行う。では、あの球体の中心には一体何が存在するのか。この星が誕生してから未だに前人未到の絶対領域。神々すらも気付いていない『それ』をユグドラシルは吸い始めた。そこからだっただろうか。ユグドラシルを星喰(メテオラ)と呼ぶようになったのは。

『英知の椅子』の英雄達はイヴを筆頭にユグドラシルの討伐に乗り出した。最終戦争の局面ではあったが、星の守護者(ガーディアン)を集めて星喰(メテオラ)を倒した。いや、倒したというよりは、ユグドラシルの意識を逸らしたというべきか。本来の植物の在るべきシステムに戻っただけだ。イヴの犠牲こそはあったが、世界は最小限の犠牲で元の形に戻った。

だがユグドラシルの意志は紡がれていなかった。ユグドラシルにとって神々が逃げた世界では、英雄イヴを除いて脅威となる存在はもはや誰もいなかった。混濁する意識の中でユグドラシルは世界にある種を撒いた。

『世界を滅ぼす存在を滅ぼした者もまた、世界を滅ぼすのではないか』

畏れ。という種。

知的生命体が世界の秩序を司るこの星では『意識』というものが最も歪で単純な人間の武器だった。そのきっかけさえ作ってしまえば、大多数の意見に流される。それが倫理的に、一般的に、個人的に逸脱していたとしてもだ。人間とは、どうやらそういうふうにデザインされているらしい。

好意、厚意、悪意、善意、殺意。

それらが世界の全てから自分に向けられたことを想像したことがあるだろうか。

人々は身近な脅威を排除しようと排他的になる。例え世界を救ったとしても、妹を犠牲にしたとしても、自分が理解出来ないものを取り除こうと人々はした。英雄達に人々の意識が集中した瞬間、イヴが最期の力を振り絞り、世界を5等分に隔てた。世界を救った筈の英雄達は分断され、ある者は戦い、ある者は絶望して、ある者は諦めた。

英雄達が散り散りになった後、5等分に分かれた世界は自然とその世界で最も強い者達によって統治され始める。やがて、英雄という存在は薄れ始め、『第1世界(ファースト)』では星喰(メテオラ)という存在は十二支教によって神として崇められた。世界の創造者から逃れ、神々に愛された存在として。反対に魔神クトヴァリウスを世界の脅威として畏れさせ、星の守護者(ガーディアン)を十二支として崇めた。神々にとって畏怖や崇拝はエネルギーとなる。

星喰(メテオラ)の神格化は、混濁しているユグドラシルの意識を覚ます引き金となる。つまり、ユグドラシルの復活を意味する。




「以上が世界の本来のあらましです」

グラハム司祭は歴史の1片を語り終わると再び眼鏡の縁を指で押し上げた。

これは間違い無く世界の滅亡に向かっている。世界の救済に逆行している。それに、いくら英雄達を排除したとしても、他の国々が果たしてそれを許容したのだろうか。ヴァムラウート皇帝のように歴史の真実を知っている者も少なからず存在する。だが、『世界がまるでこの捻じ曲げられた事実に同意している』かのようなこの違和感は一体なんなんだ。

「……改めて十二支教の存在する意義が分かりません」
「あぁ、貴方は疑問に感じておられるのですね?何故、我々のような教団が世界に見過ごされているのかということに」
「……」
「いえ、ふふふ。貴方が気づくのは必然なのかも知れませんね」

グラハム司祭は杖をかざす。

「最終戦争以来、ずっと発動している。それが『Meteora』の絶対領域(サンクチュアリ)『虚数宇宙(コスモス)』です」

「『Meteora』の絶対領域(サンクチュアリ)『虚数宇宙(コスモス)……?」

グラハム司祭は掌を自分の顔の正面に向けると、魔法陣が出現する。すると、初老の顔は崩れ始めて、褐色の肌と金髪の若い顔が現れた。そこに居るのは別人のように、先程まで話していたグラハム司祭の面影はまるで無かった。

「ふぅ。やはり、こちらの方が楽で良いですね」

不思議な感じがする。そう、これは既視感だ。僕はこの顔を、この人を知っている。初めて見る顔の筈なのに見覚えがあるのだ。でも、何故……?

「どうかしましたか?」
「貴方は、本当は誰なんですか……?」

僕はグラハム司祭に問いかけると、急に頭がグラつく。眩暈と共に吐き気がする。なんだろう。気分が悪い。精神魔法?……いや、彼は攻撃態勢に入っていない。だとすれば、これは僕の状態異常だ。立っていられなくなり、思わず膝をつく。

グラハム司祭は僕の質問に対して眼を見開き、距離を一気に詰めて僕の両肩を掴んで身体全体を揺らし始めた。

「所属部隊は?!」
「……なっ」
「貴方の今の所属している部隊を言いなさい!」
「い、十一枚片翼(イレヴンバック)3番隊……」
「……」

グラハム司祭は僕の両肩を掴んだままワナワナと震えている。何かを確かめるように僕のを見つめている。そして、ようやく何かを確信して僕から離れる。

「そうでしたか……」
「グラハム司祭、一体何が……」
「ガニラス教皇」
「えっ」
「私がガニラス教皇です」
「……え?」

僕はなんとかその場で立ち上がるが、不意にやってきた事実に再び混乱する。ガニラス教皇だって?ベテルイーゼ大王からオストリアを任され、ヴァムラウート皇帝と共に治めていた、あの?オストリアの人々からも慕われていて、今は病で植物状態だったという話だったけど。グラハム司祭がガニラス教皇なんて有り得ないだろう。あのヴァムラウート皇帝が唯一心を許した存在。聞いていた人物像とは明らかにかけ離れている。

「何の冗談ですか……」
「それが『虚数宇宙(コスモス)』の絶対領域(サンクチュアリ)の効果です」
「……」
「かつてユグドラシルは創造者が宇宙を創り変える大焼却から逃れました。どうやって?欺いたんですよ。今の貴方のように。嘘を真実にするように、真実を嘘にしたのです」

ガニラス教皇は一呼吸置く。

「それが『Meteora』の能力。0を1にし、1を0にする改竄する絶対領域(サンクチュアリ)です。つまり、ユグドラシルという存在を無かったことにすることで創造者から認知されず、それ故に大焼却から逃れることが出来たのです」
「有ったものを無かったことにする……。そして、無かったものを有ったことにする絶対領域(サンクチュアリ)……」
「然り。つまり、グラハム司祭なんて人は最初からどこにも存在しないんですよ」

ガニラス教皇は再び『星喰(メテオラ)』の偶像を見上げる。今思えば、あの竜が抱えている球体はユグドラシルの花粉だったのかな。

「グラハム司祭という人間を演じていたのが、私、ガニラスだったということです」
「貴方は、……ガニラス教皇は最終戦争から世界を欺いてきたというのですか」
「そうですよ?あぁ。ベテルイーゼ大王もヴァムラウート皇帝も簡単に信頼してくれましたよ。いつか自分達が滅ぼされるとも知らずにね。特に、ヴァムラウート皇帝はわかり易かったです。『虚数宇宙(コスモス)』は無かったものを創る場合は、相手が望むものを形成するのでね。必要があれば相手にとって都合の良い存在となり、己を脅かす脅威を感じれば存在自体を0にして雲隠れする。そうやってユグドラシルは生き長らえてきました」
「……」
「彼は欲しかったのですね。無理矢理にでも連れ出してくれて、どこにでも着いてきてくれるような理解者を。『最強』が故の孤独。満たされない心。なんとも哀しい人でした。可哀想に」
「……貴方はヴァムラウート皇帝の心を理解していながら弄んだんですね。いえ、オストリアの人々の気持ちすらも」
「まぁ、そうですね」

ガニラス教皇は淡々と返す。こんな人の為にヴァムラウート皇帝は、いつか帰ってくる場所を残すために、たった1人でこの国を護っているのか。ずっとガニラス教皇に欺かれているとは知らずに。

「あぁ。始まったみたいですね」

ガニラス教皇が何かに気づく。すると足下が揺れ始め、次第にそれは突き上げるような大きな揺れとなった。まるで、オストリア全体が揺さぶられているような地震。

「オストリアの崩壊です」
「?!」

確かに、この異常な揺れは体感した事がある。ガルサルム大国がダイダロス新大国にヴィンセントを換える時だ。各国は王が保有する神器ヴィンセントによって国土を築いている。国の崩壊はヴィンセントの破壊か王の死を意味する。つまり。

「予定ではサウザンドオークスを先に潰す予定だったのですが、まぁ、いいでしょう。『Meteora』がヴィンセントとして機能したら、箱舟として選ばれた人々を迎えて救済しましょう」
「お前……何をした」
「『何も』。さぁ、我々も始めましょうか。どうやら私は貴方を殺さなければならなくなったようです。クリムゾン・ピーク、来なさい」

まるで、最初からそこにいたかのように焔を纏った馬が突如現れる。星の守護者(ガーディアン)クリムゾン・ピークだ。ガニラス教皇は星の守護者(ガーディアン)クリムゾン・ピークに跨ると杖にエネルギーを集約させ凌駕(オーバードライブ)を発動させた。

「『天衣無縫(スーパーアーマー)』ーーー」

星の守護者(ガーディアン)クリムゾン・ピークに跨ったガニラス教皇は懐から小さな匣(キューブ)を取り出すと元素(エレメント)を注入する。すると、匣(キューブ)が邂逅され、中から飛び出した光に包まれるとガニラス教皇は深紅の鎧に大斧を装備していた。

「……なっ」

クリムゾン・ピークが嘶(いなな)くと、大斧を地面に引きずりながらガニラス教皇が動き出す。既に『凌駕(オーバードライブ)』状態だったのと相まって、『馬』の星の守護者(ガーディアン)の速度に乗った攻撃はかわせるものではなかった。考えるより先に『超越(トランス)』を発動していたが、相殺するにはあまりにも力の差が歴然だった。相手にとっては軽く斧を振り抜いた程度だったのだろう。だが、こちらとしては全力の攻撃だったものをかき消され、しかも、余った衝撃波で後方の壁まで吹き飛ばされる。

「……!!」

背中と後頭部に激痛が走る。痛い。いや、そんなことより。敵は……。なんとか顔を上げると、再び大斧を引きずりながらガニラス教皇と、それを乗せて闊歩する星の守護者(ガーディアン)クリムゾン・ピークがいた。

「生憎と昔から私に戦闘の才能はないのですが……、これは大和の技術を集めた結晶、人工神器(ヴィンセント)なら、歴史上の英雄や王の全盛期の戦闘能力や装備を召喚することが出来るのです」

鼻息荒いクリムゾン・ピークを宥めながら手網を引いて目の前で止まる。

「『凌駕(オーバードライブ)』ですら、再現可能にするこの姿は、何処ぞの神を依り代としています。コレさえあれば、子供ですら軍神になり得るのです。ヴィンセントを発動することもまた私には可能になるのですが……」
「ゲホゲホッ……」
「貴方、弱くなりましたね」

真上から大斧が振り下ろされる。身をひねり地面を転がる事で回避をするのと同時に壁を蹴り一気に距離を置く。痛みで膝をついてしまうが、ガニラス教皇は追撃をしてこなかった。

「僕を、知って……いるんですか……」
「えぇ。昔の貴方を、ですが。『超越(トランス)』から『凌駕(オーバードライブ)』状態に切り替えないのは己の暴走を恐れていますね」
「……!!」
「知っていますとも。貴方の『絶対領域(サンクチュアリ)』の能力も。ですが、今の貴方は強大な貴方の力を御する事が出来ない。それは貴方が未熟故ではありません。使っていた頃の記憶を忘れているだけです。こんなはずではない。この程度ではないのですよ、本当の貴方という存在は!」
「随分買われているみたいなんですが、僕達は一体……」

手網を引き、此方に向き直るガニラス教皇。心做しか愉しそうに見える。

「ドン・クラインが組織する世界の裁定者『断罪者(ジャッジメント)』が1人ガニラス。貴方もその1人ですよ」
「僕が……『断罪者(ジャッジメント)』……?」

再び突飛な発言に驚愕してしまう。先刻の神だの英雄だの世界の歴史の話からするとスケールは小さい。だが、なにしろ自分の知らない過去を他人の口から聞こうとしているのだから。そういえば、サナさんも僕のことを以前から知っているような感じだった。それほど、僕は自分のことを知らない。

「貴方も最終戦争の生き残りなんですよ。かつて英雄達と闘い続けたドン・クライン屈指の『断罪者(ジャッジメント)』。その刃はアダムやイヴとも渡り合った。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』という固有技術を保有していた貴方は世界のために闘い続けた」
「……」
「戦争が終わり、貴方は当時のクライン様から極秘裏に任務を与えられていました。それは、世界に散らばった星の守護者(ガーディアン)を集めること。実際、貴方はバルトロ、ダイダロス、○○○○○○○を手にし、結果としてケッツァクアトルをこの地に連れてきた。カグヅチ、クリムゾン・ピークを含めて、現在12体中○体の星の守護者(ガーディアン)が集まったのです」
「何の……ために」
「言ったでしょう?ユグドラシルの復活ですよ。星の守護者(ガーディアン)を鍵として『Meteora』というヴィンセントを再起動する。そこに復活したユグドラシルを迎えることで我々の安寧秩序の国土が完成する。ドン・クラインとコキュートスの浮遊連合国土を。それが『私と貴方』の任務。これがこの国の終局ですよ」

再び大斧を振り上げ自分の肩に担ぐ。話のスケールがまた大きくなってきた。コキュートスが暗躍していたとばかりに思っていたけど、大和やドン・クラインの名前まで出て来た。果たして何処まで関わっているのか。ダイダロス新大国とサウザンドオークスの同盟は想像以上に世界を敵にまわしたのかもしれない。いや、世界と闘うために味方を得たのは言うまでもないのだが。

「ですが、貴方記憶がないのですね?」

ガニラス教皇は視線を落とす。

「先程まで貴方は計画通り、ここまで辿り着いたとばっかり思っていたのですが、とても残念です……」
「……」
「では、殺しますね。ジン」

ガニラス教皇は振り上げた大斧を振り降ろした。

避けられない。ガニラス教皇の大斧は星の守護者(ガーディアン)クリムゾン・ピークが無尽蔵に放出する元素(エレメント)を吸い上げ、膨大なエネルギーを纏っていた。その攻撃範囲は広過ぎる。回避が間に合わない。もう迷ってる場合じゃないな。

ルシュさんと『凌駕(オーバードライブ)』の特訓をしていた時、10回に3回はその状態を5分程度維持する事が出来た。だけど、それ以上発動を継続したり、『絶対領域(サンクチュアリ)』を並行して発動させようとすると、僕は力を制御出来なくなってしまう。『あの声』が聞こえてくると意識が混濁してしまい、無意識に誰彼構わず攻撃してしまう。恐らく、ベテルイーゼ大王から頂いたこの大和刀が起因していると思う。この刀は間違いなく大業物だ。大和が造った人工ヴィンセント。しかし、この大和刀で『凌駕(オーバードライブ)』をすると意識が持っていかれそうになる。かといって、他の武器では『凌駕(オーバードライブ)』に耐えられそうにない。ましてや、『絶対領域(サンクチュアリ)』という固有技術を発動出来る人工神器だ。これを利用しないで、この戦局を突破することは不可能だろう。だが、もし、ここにシャインが追いついたら……。

「『強制回避(キャンセルステップ)』!『縮地(ソニック)』!『超越(トランス)』……『凌駕(オーバードライブ)』!!」
「!」

ええいままよ。出し惜しんで殺されるより、一矢報いた方が良いに決まってる。固まっていた身体を無理矢理動かしてガニラス教皇が振り降ろした大斧の軌道を逆らわないように刀で受け流す。凄まじい振動が伝わってくるが、大和刀は折れなかった。大斧は地面に突き刺さり、大理石は粉砕される。僕はザガルムンド大聖堂のドーム型の天井に勢いで着地する。そして、意をけして『凌駕(オーバードライブ)』を発動させた。身体は『超越(トランス)』、大和刀は『凌駕(オーバードライブ)』状態になる。空間に漂っている元素(エレメント)は『凌駕(オーバードライブ)』を発動しているガニラス教皇と僕の両者に吸い込まれ始めた。星の守護者(ガーディアン)がいると元素(エレメント)の濃度が濃い。クリムゾン・ピークは『馬』の守護者(ガーディアン)にして、使役する属性は水と氷属性。『一閃(スライス)』が得意な僕にとっては好都合!

「『十一枚片翼(イレヴンバック)』!」
(……見た事ない型!これは、ジンの技ではない!)

『一閃(スライス)』『剛打(ブレイク)』『閃刃(スラッシュ)』『発砲(ショット)』『照射(ブラスト)』『貫突(ランス)』『爆陣(バースト)』『乱打(ラッシュ)』『絶技(エッジ)』『神威(かむい)』『剛極(スマッシュ)』。ガニラス教皇は昔の僕について知っているようだった。僕ですらまだ知らない『絶対領域(サンクチュアリ)』なども把握されているかもしれない。だとすれば、この技なら通用する筈。初見では防御不可のサナさん直伝、伝家の宝刀。ましてや『凌駕(オーバードライブ)』状態なら、かつてのそれより洗練された火力を出せるだろう。

「…………!!」

手応えあり。十一連撃は全て決まった。星の守護者(ガーディアン)クリムゾン・ピークが水と氷のバリアでダメージカットをしていたが、無属性と大和刀での攻撃にはあまり意味をなさない。ここからは短期決戦だ。

『超越(トランス)』
ーー『月読命(ツクヨミ)』

無属性の『超越(トランス)』は僕の最強の『剛打(ブレイク)』。最強の攻撃力を誇る無属性を最大限まで引き出し凝縮した攻撃。『十一枚片翼(イレヴンバック)』によって体勢を崩したガニラス教皇の横っ腹に叩き付ける。堅牢なガニラス教皇の鎧を砕き、大聖堂の壁面まで吹き飛ばすことでクリムゾン・ピークと分断をした。

「バルトロ!!」
『解ッタ』

『無限剛腕(ヘカトンケイル)』から『猿』の守護者(ガーディアン)バルトロを召喚する。水属性には相性が悪いけど、氷属性にならバルトロでも対抗出来る。ここ最近連続して使役してるけど、無理してもらう他無い。地属性のダイダロスを出すより希望がある。バルトロの炎属性の攻撃を水属性の攻撃で相殺しながらクリムゾン・ピークは大聖堂を駆け巡った。ガニラス教皇と合流するつもりだ。しかし、バルトロが炎陣の壁を築き分断させた。

『凌駕(オーバードライブ)』
ーー『超新星(スーパーノヴァ)』

大聖堂の壁に激突したがガニラス教皇はすぐに起き上がる。だけど、こちらは既に攻撃体勢だった。ガニラス教皇を中心とする複数の大魔法陣を展開。そのひとつひとつには大和刀から『剛極(スマッシュ)』が転送され膨大なエネルギーが蓄積される。『縮地(ソニック)』で疾走し、大魔法陣を構築させながら『無限剛腕(ヘカトンケイル)』から遠距離攻撃をガニラス教皇に飛ばす。武器の放出、銃撃、『発砲(ショット)』『照射(ブラスト)』。無数の『剛極(スマッシュ)』のチャージが完了するまではこの大魔法陣から出してはいけない。

でも、凄い。『凌駕(オーバードライブ)』状態なら無尽蔵に元素(エレメント)を集めることが出来る。これなら今まで出来なかったことが出来る。幸い、まだ意識はある。このまま攻撃の手を休めずに倒しきれる。大魔法陣中の『剛極(スマッシュ)』は今にもはち切れんばかりにエネルギーを吸い上げ膨らみ切った。僕は大魔法陣を『無限剛腕(ヘカトンケイル)』の異空間ゲートで包囲する。遠距離攻撃を保ったまま、今度は大和刀にエネルギーを集約する。放つのは最大限に澄ました『一閃(スライス)』。極限まで膨張させた『剛極(スマッシュ)』を最大限の『一閃(スライス)』で暴発させる。正のエネルギーと負のエネルギーの相反する衝突は斥け合う強大な反撥力を発生させる。

負のエネルギーが蓄積された大和刀をその場で落とす。切っ先は地面に触れる前に『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を通り、先程の大魔法陣まで飛ばされる。衝撃は無かった。音すらも。破裂寸前の風船を針で割るような。まさにそんな『凌駕(オーバードライブ)』。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に超爆発を吸収させなければ、この辺りは焦土になっていただろう。自分でも解る。僕の『凌駕(オーバードライブ)』は対軍攻撃レベルだ。

「……うっ!」

激しい眩暈がする。慌てて『凌駕(オーバードライブ)』を解除する。高エネルギーを大量に使役した反動だ。この身体がまだ慣れていないのか身体が重たい……。大和刀を『無限剛腕(ヘカトンケイル)』から回収し、大魔法陣を覆っていた『無限剛腕(ヘカトンケイル)』も解除した。大聖堂の一端には、丁度先程『無限剛腕(ヘカトンケイル)』があった空間部分が消滅していた。その中心にガニラス教皇が膝をついている。

「……お見事」

兜から吐血するガニラス教皇。大斧は半壊しており、それに寄りかかるガニラス教皇の鎧も殆ど剥がれ落ちていた。おかしい。いや、確かに全ての攻撃は直撃していた。超越から凌駕への攻撃展開は今の僕の最大限の攻撃だった。でも、だからこそだ。何故、この人は……。

「どうして途中、『凌駕(オーバードライブ)』を解いたんですか……」
「ーーーー」
「僕の『凌駕(オーバードライブ)』は不完全です。貴方が僕の過去を知っているなら、包囲するこの技の突破口も熟知しているはず。いや、それもそうだし。あの『絶対領域(サンクチュアリ)』を使ってしまえば、闘い方次第で戦闘すらせず、僕を圧倒出来たのでは?」

そうだ。これではまるで……。

「最初から負けるつもりで……?」

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