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ダーヴィッツ

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2章『都堕ち』

英雄伝説と凍眠英雄

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最終戦争は神代で勃発した神々と人々との戦争だ。神は人を創り、彼らに自身の存在を崇めさせ、奉らせ、己の信仰を集める事でその権能を強める。人からの信仰が強ければ強い程、神の力は強まる。そのために神は人に知能を与え、様々なものを享受させた。数学、音楽、科学。人に村を造らせ、町を興し、やがて都市を築かせた。数億の人がその神の存在を認めることで、神は絶対的な存在として完成する……筈だった。しかし、人類は神の想定より増え過ぎてしまった。

そこで現れたのがベテルイーゼ大王だった。史上初の神殺しをした人の子。完璧な存在だった神が創造物の人によって叛逆された瞬間だった。人々はその時に気付いてしまった。神(アレ)は完璧ではないのだと。これが神の失敗だった。ベテルイーゼ大王の神殺しを皮切りに、徐々に頭角を出してきた人は後に先導者となり、人々を導く事になる。ベテルイーゼ大王然り、ギルガメッシュ王、『初代最強』鬼族筆頭ゼン、英雄イヴ。

人々に反旗を翻された神々の多くは天上へ逃れた。その際に天上と地上を隔てるために神器ヴィンセントを使用する。人々は地上に遺された神器ヴィンセントで国を築いた。一方で、残った神がいた。神々が創り出した創造物、己達の天敵となる人を全てを無に帰し根絶させるために。人々からの信仰を無くしながらも人々の脅威となった神、畏れられることで力を強める神。それが魔神クトヴァリウス。魔王、悪魔神、邪神、様々な呼ばれ方をされたが、いずれにせよ神であることは間違いない。地上に残った魔神クトヴァリウスは唯一神として君臨し人を淘汰続けた。

魔神クトヴァリウスと数々の列強達が蠢く群雄割拠の戦乱の世界。列強達は自分達の領土を拡大し、同時に魔神クトヴァリウスは世界を滅ぼそうとしていた。まさに、乱世。次第に魔神クトヴァリウスの支配領域は拡がり、世界が看過出来ないほどに魔神クトヴァリウスの力は強まっていった。いつしか無視出来なくなった凶悪な存在を討伐するために結成されたのが、後に英雄と呼ばれる僕達の団体(クラン)『英知の椅子』だった。団体(クラン)と呼ぶにはあまりにも面子が出鱈目で、流れ者ばかりの不揃いなチームだ。

イヴ
コンラッド
アーク
ハルバード
ベガ


それでも『前世界』において、世界の敵だった魔神クトヴァリウスを討ち、最強格の列強達を打ち負かしたのも間違いなく僕達だった。英雄イヴを筆頭に星の守護者(ガーディアン)を率いて、世界の救済と覇権の獲得を見事に達成した。まさに英雄。後にイヴが遺した『核(フレア)』は最強の守護者『星喰(メテオラ)』を呼び起こす鍵として世界に封印された。ここまでが、歴史で語られた、世界に伝えられた内容。

だが、未だ語られていないことがある。そもそも魔神クトヴァリウスは人々を滅亡に追いやったが、世界を真に滅ぼそうとしたのは『星喰(メテオラ)』だった。僕達『英知の椅子』は目的こそは異なるが、世界を喰おうとした『星喰(メテオラ)』を倒すために集まった寄せ集めだ。そのリーダーがアダムだった。『彼』は小さな村出身で、神器ヴィンセントを手にしてから広い世界に目を向けるようになった。そして、『妹』のイヴと共に自分達の領土を広げていく。流れてくる領土を吸収しながら彼等は僕達と出会った。決して穏やかな出会いではなかったが、最終的には共闘する関係に至る。やがて『英知の椅子』という徒党を組むのだが、アダムや僕は後の歴史に語られていない英雄だった。『星食(メテオラ)』を封印した後、アダムは凍結封印された。

僕達は世界の意思に反した。『星喰(メテオラ)』の封印はイヴの犠牲の上に成り立っていたからだ。そんなことをアダムが許す筈がない。僕と彼は最後まで闘い続けた。それは世界が五等分された後の話。その事実を知る者は少ない。アークですら、アダムが凍結封印された事実のみを知ったならば、僕が裏切ったと思うだろう。

かくして団体(クラン)は解散した。英雄達は世界が五等分された際に散り散りになった。アダムは今も世界の何処かで眠り続けている。そして、間違いなく世界を怨んでいる。イヴを世界のために失った。何のための闘いだったのか。世界とはなんだったのか。彼にとってはイヴが全てだった。それとイヴを天秤にかけるなら言うまでもなかった。

僕はアダムが凍結封印された後も世界から追われ続けた。『第3世界(サード)』から『第1世界(ファースト)』へ逃れ、最終戦争で負った傷を癒した。瀕死の状態の僕は友を失った哀しみに暮れていた。世界の本当の姿に絶望した。多数の生命を助けるために少数を切り捨てる。それがたまたま僕達だったというだけだ。イヴはもういない。アダムが何処にいるかも分からない。仲間だった英雄が何処にいるかも分からない。生きる意味を見失った。

『大丈夫ですか?』

木にもたれながら天を仰ぐ僕にある少女が声をかける。黒髪の少女はどこか誰かに似ている気がしたが、どうしても思い出せなかった。ともかく、木漏れ日と共に現れたサナと初めて出会ったのはその時だった。


自分は未来から来たとサナは僕に語った。僕は初対面の筈だったが、彼女は既に僕のことを知っていた。『鏡花水月(ミラーリング)』。それがサナの固有技術。闘った相手の固有技術を完全に模倣する能力。コピー出来る枠は1枠。上書きされた場合は前回の能力は二度と使えない。そもそも固有技術とは1つの技を究極に極めた末に辿り着く極地である。元素の属性の種類を問わず、形式を問わず完全再現する『完全模倣(パーフェクトコピー)』ですら、固有技術の複写は出来ない。サナのそれは特殊だった。相手が強者であればある程その恩恵は大きい。相手は自分自身と闘うようなものだ。相性が悪い際にこの能力を使えば、負ける可能性は少なくなる。以前に英雄ベガの『時間制御(クロノス)』をコピーして以来、時間旅行で過去を旅しているらしい。移動しているのは、『魂』としての記憶。それ故に幼い少女に未来のサナの記憶が継承されているそうだ。だから、サナは『時間制御(クロノス)』から固有技術を上書きしたことはない。

その目的は、これから起こり得る世界を滅ぼす脅威の完全排除だそうだ。その数は『3つ』。神が世界に遺した自浄作用らしい。世界にとって増えすぎた人々を『程よい数まで減らす機能』だそうだ。その形は災害や天変地異など様々あるが、人が脅威となるような場合もある。サナはこれらの必要悪を『カルマ』と呼んでいる。その1つがアダムだと彼女は言う。

半信半疑だった。僕より圧倒的に幼い少女からこの世界について語られている。その言葉を信じようとするために彼女はあまりに幼過ぎる。だが、妙な説得力があった。まるで真理を見た事があるような、まるで答えを知っているような。サナは既にアダムの存在を知っていた。世界を救うために闘い続け、世界から見捨てられた英雄のことを。そして、僕のことも。

ここまでだと、僕は正直諦めていた。もう僕に出来る事はない。大切なものも二度と手に入らない。戻ることはないあの場所、仲間達。あの場所こそ居場所だった。栄光だった。でも、それらはあんなにも簡単に零れてしまった。アダムと一緒に何度も掻き集めようとした。だが、そのアダムすら世界は僕から奪っていった。

もう、疲れた。

『それで、満足ですか。もう出来ることは本当にありませんか。ここ迄で、貴方は本望ですか』

サナは僕に問いかける。アダムは復活する。世界を滅ぼすために。世界が滅びるのは勝手だ。だが、イヴが愛したこの世界をアダムが壊すのは止めなくてはならない。

……。

『ルシュさんならそう言ってくれると思いました。さぁ、また一緒に世界を救いましょう!』

サナはにっこり笑った。





「それから、僕は『十一枚片翼(イレヴンバック)』でサナが成人になるまで、護衛として彼女の成長を見守った」
「……へぇ」

オケアノスの水が未だに遮る物が無い果てを目指してオストリア中を流れていた。まさに湖(水海)。貧困地域(スラム)は完全に水没、ここから海抜高度のある市街地(ダウンタウン)も被害は甚大だろう。僕と総隊長はそれを高台から見下ろしている。

「アンタ英雄だったんだな」
「……黙っていてすまない」
「いや?そもそも世界が悪いんだろ。イヴを犠牲にして、アダムとアンタはそれを止めようとした。その犠牲の上に成り立った世界で生きていた事実を知らないのは俺達だ。アンタは何も悪くないだろう?」
「……」

僕達の視線の先には2人の王がいた。ヴァムラウート皇帝の亡骸をベテルイーゼ大王が抱えて、オケアノスによって形成された湖に彼を弔うために歩んでいく。彼が歩む水面には魔法陣が描かれ、歩く度に湖の上に道が築かれる。やがて、湖の中心まで来るとベテルイーゼ大王はヴァムラウート皇帝をそっと鎮めた。その所作には慈しみが込められていた。ヴァムラウート皇帝は水葬により沈んでいく。

「そもそも、手負いだったとはいえ、英雄アダムを凍結封印して、ルシュを追い込んだやつなんて前世界にいたのか?聞いてる限り、そんな凄い時代でアンタらは最強だったんだろ?」
「……最大の国でならイグザ帝国とガルサルム大国が凄まじい勢いで領土を拡大していた。ベテルイーゼ大王のサウザンドオークスも小国ながらも、ギルガメッシュ王やグランギューレ、アダム達と渡り合ってきた」
「あのおっさん、やっぱりすげぇな」

ベテルイーゼ大王はヴァムラウート皇帝を見送り踵を返すと、こちらに向かってくる。

「だが、アダムを封印したのは先代の『クライン』だ」
「クラインって、……あの?」
「世界で唯一の無法領域を有するドン・クラインは神がこの世界に居た頃からあった最古の国。その宰相は神に近い権能を持っていた。国は今でこそ独立しているところが多いけど、最終戦争の頃は『断罪者(ジャッジメント)』というクラインの法の番人が世界の秩序を神の代わりに執りおこっなっていたんだ。戦争中の筆頭戦力の一国さ」
「その先代クラインと断罪者(ジャッジメント)が世界からアダムとアンタを消したのか」
「……ついでに言うと、十二支教の起源も彼等だ」
「まじ?!」

総隊長が前世界の歴史の一片を垣間見て驚愕しているところにベテルイーゼ大王が戻ってきた。同志の鎮魂を済ませたヴァムラウート皇帝のヴィンセントを携えていた。

「その話は後にしろ。どの道ダイダロス新大国と今後を共にする以上、その議題は必要だ。だが、今はこのオストリアを救う」
「……具体的には?」
「持ち主であるヴァムラウートが死んだ今、神器ヴィンセントはエネルギー源を失い、このオストリアは間も無く崩壊する。だが、新しい宿主が居れば問題はない」
「まさか」
「儂がオストリアを導く」
「ヴィンセントを2つも?!そんな王聞いたことないぞ!」
「今までいなかっただけだ。全ての原始に儂はなり得る。さぁて、ヴィンセントの転換で多少は国が崩れるかもしれんからなぁ!しっかり見届けろよ小僧共!」

ベテルイーゼ大王が『Thousand Oaks』と『Ostria』の2つのヴィンセントを統合する作業に入った。大気は揺れ、大地は歪み始めた。オケアノスの湖はその影響で再び流れ始める。ヴィンセントを2つも所有し、その王になる?そんな話聞いたことも無い。だが、神を初めて殺した前人未到の所業を彼は実際に成し遂げている。……可能なのか?

その時、僕達のデバイスにロバートから通信が入る。

『総隊長!何ですか、この揺れぇ?!』
「……あー、すまん。オストリアとサウザンドオークスが1つになるわ。以上」
『意味不!!いーみーふー!!』
「俺にもどうなってんのか分からねぇよ……。つーわけだから、またそっちに津波が来る可能性がある。出来れば王都(キングダム)まで、さらに避難してくれ」
『あー、それなんですが、あと、ベアトリクスさんとかダイダロス新大国からの後続隊が合流したので、オストリアの人達は一部サウザンドオークスとダイダロス新大国に空間転移(テレポート)やら大型飛空挺で避難させました。ですが……』
「どした」
『あれだけ居た人造人間(ホムンクルス)達が何処にもいないんですよ。生き残った者は勿論、死体すらも』
「……」
『あと』
「まだあるのか……」

ロバートはなかなかその先を話さなかった。話すこと自体を躊躇うというより、その事実が事実足り得るかどうかを天秤にかけているようだった。

『総隊長。ジンさんって1人で王都(キングダム)に行きましたっけ?誰かと隊を組ませませんでしたか?』
「……はぁ?何言ってんだ。副官を伴う団体行動が隊長の基本だろ。だから俺は……。……?」
『『誰か』いましたよね……?』
「あれ、ちょっと待て……。俺がジンを1人で行かせるワケがない……。じゃあ。なんで『ジンは1人で行ったこと』になってんだよ!」

その瞬間、オストリア本土が大きく揺れた。誰もが立っていられないほどの地響きが発生する。遅れて轟音がこちらまで鳴り響く。

「ベテルイーゼ大王!これはヴィンセントの反動か?!」
「たわけ!こっちはまだだ!震源は『王都(キングダム)』だ!」
「!」

振り向いた瞬間、王都(キングダム)から宙に向かって強大なエネルギーの光柱が上がっている。僕はあの光を以前に何度も眼にした事があった。それはこの世界において間違い無く最高火力の無属性攻撃だった。

「『核(フレア)』……?」

そう。イヴの核(フレア)だった。
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