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ダーヴィッツ

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2章『都堕ち』

首脳会談

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「各国の皆(みな)、遠路はるばる我が国へようこそ。今日という日を皆(みな)と迎えられて光栄に思う。是非ゲストとして寛(くつろ)いでいってくれ」

フェイムスが杯(さかづき)を天に掲げるとパーティ会場にグラスが重なる音が響いた。貴族や将軍達は装飾された優雅な礼装に身を包み、各国の要人達と社交を深める。トップの王族は別のVIPルームで円卓を囲み会談を行う予定だ。国を跨ぎダイダロス新大国に来たのはわざわざ戴冠式に出席するだけでは無い。外交を深め、各国の情勢を理解する。それもまた一国一城の主の務めだ。しかし、まぁ、あのメンツの会談がそんな可愛いもので終わってくれれば良いが……。来賓客のチェックと各国の将軍と警備の確認をする。やはり、サウザンドオークスだけが来ていない。その後もまだ派遣した使者からの報告はない。

「気になりますかな。総隊長殿」

背後から声をかけられる。イグザ帝国のベオウルフ将軍だ。「第二世界(セカンド)」でイグザ帝国が永年君臨出来ているのはギルガメッシュ王の強さやエアの推進力だけではない。イグザ帝国の軍隊をまとめて来たこの男の存在が欠かせなかったそうだ(アッシュ曰く)。

「えぇ。ベオウルフ将軍はどう思われますか?」
「歳の差はお気になさらずに。人間と鬼族とでは100歳以上違えています。アッシュと同様、気さくにお声掛けください」
「お気遣いどうも。では、ベオウルフ。アンタの意見を聞かせてくれ。サウザンドオークスの音信不通について」
「……攻撃を受けている、ですかな」
「……」

俺の意見はベオウルフ将軍と同じだった。

「同意見のようですな」
「あぁ。サウザンドオークスには、こちらから使者を送っている。連絡待ちだ」
「同盟国ではないのに救援を?」
「あの大王に貸しを作っておくのも悪くない」
「成程」

ベオウルフ将軍は頷く。

「放っておけば世界勢力が1つ欠けるものを、救い出すとは。ギルガメッシュ王が仰っていた通りの御人(おひと)ですね」
「同じ立場なら見捨てるか?」
「……いえ。しないでしょう。動機は異なりますがギルガメッシュ王にとって強国が欠けることは惜しいことですので。もっとも、このような祝い事の隙を狙って他国を襲撃するような逆賊にも容赦はしないでしょう」

俺も頷く。一体どの勢力動いている?コキュートスか?それとも……。分からない。だが、今俺が最優先すべきはこの戴冠式を無事に滞りなく完了させることだ。

「ふざけるなぁ!」

パーティ会場から怒号が響く。目を向けるとオストリア軍の将軍が十一枚片翼(イレヴンバック)の隊員の胸ぐらを掴んでいる。駆け付けた時には既にロバートが仲裁に入っていた。

「何があった?」
「総隊長。それが……あちらさんのオストリア元老院の方にウチの隊員が食事を出したところ……」
「ワシにはこのような下等な酒は呑めぬなぁ」
「貴様ら!この方をどなたと心得る!オストリア元老院がお一人ラグドール様だぞ!」
「よせよせ、ワイマール将軍。ダイダロス新大国とはガルサルム王国の枠だけを引き継いだだけの幼き国よ。これくらいの酒しか出せぬのよ」

周りのオストリア貴族から酒を提供した女性隊員への嘲笑が聴こえる。女性隊員は赤面し身体を震わせている。やれやれ。そういう感じね。昔の俺なら迷わずにぶっ飛ばしているはずだが、俺も今は立場がある。そういう訳には行かない。俺はロバートに合図を送る。ロバートは頷き1歩後退した。俺は元老院ラグドールとワイマール将軍の間に入り、女性隊員の頭を撫でる。

「平気か」
「も、申し訳ございません!私が失礼な事を……」
「いや、君は何も間違えていない。あとは俺達に任せておけ。いいか、何も気にしなくていいからな」
「……総隊長。……ありがとうございますっ」
「さて……」

俺は女性隊員をこの場から逃がしてやると2人に向き直る。元老院ラグドールは坊主頭のおっさんで、ワイマール将軍は装備は一丁前だが間違いなく威勢だけの男だ。一国の要人と言ってもこんなもんか。オストリア軍の底が見えた気がする。

「貴殿が十一枚片翼(イレヴンバック)の総隊長だな?」
「はい。ゼロと申します」
「ふっ、国の将軍としては随分若いようだな?」
「新参者ゆえ、御無礼があればお許しください」
「総隊長たるものがこのように腰が低い者だとは……。この国も落ちぶれた者よのぅ。まぁ良い。この不味い酒はお主が飲むとよい。ほれ」

パシャッ。元老院ラグドールがボトルに入った赤ワインを俺の頭にかけてくる。赤いシミが軍服に拡がっていく。その場面は戴冠式として異常だっただろう。だが、これは挑発だ。ダイダロス新大国はホストのため、対外国に手は出せない。相手は他国が集まるこの場でダイダロス新大国を貶(おとし)めるためになら手段を選ばないだろう。熱くなるな。熱く……。

「なっーーー!?」

あちゃー。ロバート間に合わなかったか。ベアトリクス(キレてる)、ルシュ、レイヴン、アッシュの各隊長が一瞬でラグドール元老院とワイマール将軍を取り囲み、2人の首元に獲物を突き付けていた。パーティ会場は騒然となり、その場の全員が固唾を呑んで成り行きを見守っている。

「な、な、何をする!この方をーーひぃっ!」
「黙りなさい」
「きっ、貴様ら……!」
「悪いね。ウチの大将をこれ以上愚弄しないで頂きたい。まだ好き勝手するなら『核(フレア)』ぶっ放しますよ?」

レイヴンがラグドール元老院とワイマール将軍に脅しをかける。その間にロバートがタオルを手渡してくれた。「すみません。ベアトリクスさんに続いてみんな飛び出しちゃいまして」と一言添えた。やれやれ。こうなるのは避けたかったんだが、なっちまったもんは仕方ないか。俺が手で合図すると各隊長は武器を降ろした。

「ワシに武器を向けることはオストリア国への宣戦布告だぞ!それが分かっているーー」
「失礼致します」

ラグドール元老院の言葉を遮ったのはベオウルフ将軍だった。

「ラグドール元老院。ここはダイダロス新大国。そしてフェイムス獅子王の戴冠式でございます。これ以上の恥の上塗りは悪手ですぞ」
「なんだと……」
「あぁ、失礼。分かりやすくお伝えしましょう。政治的なカードも実力も無い者がこれ以上ほざくな、爺さん」
「……貴様もワシを愚弄するかっ!!」
「やめろ」

低い声が後ろから響き、ラグドール元老院とワイマール将軍の身体がこわばる。ヴァムフリート皇帝だ。

「ラグドールよ。まだ私の顔に泥を塗る気か?」
「……へ、陛下」
「諸君、私の配下が失礼をしたな」

ヴァムフリート皇帝がこちらに頭を下げるとラグドール元老院はワイマール将軍と共にパーティ会場から退場して行った。その場を治めたヴァムフリート皇帝は「失礼する」と告げると、他の首脳陣が待つVIPルームへと向かった。

「お前らさっきはありがとうな。ロバートとアッシュは引き続きここの警護を頼む。ベアトリクス、ルシュ、レイヴンは俺と一緒に来てくれ。王様達の警護だ」

「了解」と各隊長は返事をすると持ち場に移動する。ひと悶着あったが、大きな騒ぎにならなくて良かった。ベオウルフ将軍とヴァムフリート皇帝にも感謝だな。国際的な場で波風立てないに越したことはない。

さて、俺も急ぐか。世界の首脳会談に。



別室の『太陽の間』は王族や来賓を饗(もてな)すために造られた。壁面にはガルサルム王国の歴代の王の肖像画が飾られている。客間の中心には円卓が置かれ、そこには錚々(そうそう)たる面々が座していた。東の大和の鳴海大臣、西のオストリアのヴァムフリート皇帝、南のドン・クラインのクライン宰相、イグザ帝国のギルガメッシュ王、そして、ダイダロス新大国のフェイムス。各国の首脳陣は後ろに護衛を配置していた。フェイムスには俺とベアトリクス、ルシュ、レイヴン。ギルガメッシュ王とエアにはベオウルフ将軍。クライン宰相には相変わらず警護はいなかった。ヴァムフリート皇帝と十二支教司祭グラハムにはオストリア軍の警備兵がら2名付いていた。鳴海大臣には東邦の和服を纏った志士が1人だけ付いている。

「鳴海よ。イグザ帝国軍に大和の業物を卸してはくれぬか?」
「いいだろう。『第二世界(セカンド)』のへの渡来とイグザ帝国での鉱物採掘権が条件だ」
「ふははは。相変わらず強気な小娘よ。『第一世界(ファースト)』から『第二世界(セカンド)』への渡来は前人未到故、そうなればお主が歴史に名を残すことになるだろう」
「ギル。話を勝手に進めるな」
「良いではないか。お互いに利益のある商談になんの不服があるというのだ、エアよ」
「そうではない。『第一世界(ファースト)』にはフレアの壁を通過出来る国はない。イグザ帝国がその優位性を放棄する必要はないということだ。現に大和は鎖国を続けている。我々が下手に出る必要はない」
「……つまらん奴だ」

円卓を挟んで外交を交わす首脳陣。想像通り各国の腹の探り合いがそこでは展開されていた。間もなくダイダロス新大国の給仕が一級の食事と酒を運んできた。国産の食材を含めて、各国が持ってきた食材を合わせた料理が振舞われる。護衛は後ろで警護をしたままで、王族はグラスを手に食事を始めた。

「主よ。天からの施(ほどこ)しに感謝致します」

グラハム司祭は両手を組みながら祈りを捧げるとヴァムフリート皇帝をチラリと見て、「いただきましょうか」と促した。ヴァムフリート皇帝はグラハム司祭の言葉に黙ったまま頷く。

「相変わらずの信仰心だな」
「大和の御国にも十二支教の教えを是非布教して頂きたいものです」
「生憎、我々は無宗教でね。生物兵器である星の守護者(ガーディアン)もウチには存在しない」
「……失礼。十二支様は生物兵器などではありませんよ。私達は星の加護で護られているのです」

グラハム司祭は胸の前で十字をきる。

「そういえば、ダイダロス新大国には『猿』のバルトロがいたのだったな」

鳴海大臣がさらに話を拡げて来た。あまり触れて欲しくない話題だ。星の守護者(ガーディアン)の専有数は国により異なり、その扱いも様々だ。オストリアでは神として崇められているが、ダイダロス新大国にとってはモンスターに近い存在だ。1個体で国の騎士団が半壊するほどのエネルギーを持っている。不在のサウザンドオークスにも『鳥』の星の守護者(ガーディアン)ケッツァクアトルが存在する。ベテルイーゼ大王が使役しており、戦時下では敵対勢力への攻撃手段として使うこともある。鳴海大臣の生物兵器という発言はあながち間違いではない。おそらく、コキュートスも既に星の守護者(ガーディアン)の使役化を実現出来ているだろう。だからこそ、各国の星の守護者(ガーディアン)の数は重要な意味を持つ。これまで旧ガルサルム王国はその使役化は出来ないままでいたが、ジンの存在により『猿』バルトロ、『蛇』ダイダロスの確保が実現された。あんな化け物をどのように扱えばいいのか今でも分からない。

「『猿』バルトロ、『蛇』ダイダロスを国が管理しています」
「成程。ダイダロス新大国はダイダロスのヴィンセントが由来しているのか。つまり、2体保有しているということだ。……どうやって?」
「……『無限剛腕(ヘカトンケイル)』の番人です」
「ほう!『無限剛腕(ヘカトンケイル)』!」

ギルガメッシュ王がこの話題に食らいついた。

「レジェンドが遺した世界の貯蔵庫だな」
「ギルガメッシュ王。それ以上は世界の禁忌(タブー)ですよ。お口チャック」

クライン宰相がここでようやく口を挟んだ。少しずつ話の流れを核心に向けようとする首脳陣の思惑が見え隠れする。レジェンド……?初めて聞いた名だ。英雄達以外にそんな存在が過去にいたのか?

「クラインよ。歴史から名を消しているが、この者はもう死んでおる。イグザ帝国の先代と闘り合ってな。だが、こやつの存在が間違いなくイグザ帝国の侵攻を遅らせた!敵ながら見事よ!」
「確かに彼は英雄イヴ、魔王クトヴァリウスに匹敵する不思議な存在でした。ですが、論点はそこではありません。軽々しく口に出して良い名ではありませんよ。そう決めたでしょう」
「……ふむ。そうだったか」
「とにかく。その『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を受け継いでいるのがダイダロス新大国の十一枚片翼(イレヴンバック)三番隊隊長です」
「『銀龍』を討った者か!」
「銀龍……シュバ殿ですか。私も幾度か前線にて手合わせ頂きましたが、あのような御仁がまだ『第一世界(ファースト)』にいらっしゃったとは……」
「当然だ!ベオウルフよ!我がイグザ帝国の永遠の好敵手の騎士団隊長だぞ!ふははは!……しかし、その『銀龍』を討った者に俄然興味が出てきたぞ!そやつはおらんのか?」
「……今は特別任務遂行中です」
「ほう。ということは、イヴの『核(フレア)』はそやつが持っているのだな?」

核心を突かれた。俺はフェイムスの顔色を窺えなかったが、間を置かずにひどく落ち着いた声が聴こえてきた。フェイムスは息を吐くように嘘をついた。

「はい」

太陽の間は長い沈黙で満たされる。各国の最も触れておきたかった議題は間違いなくこれだったのだろう。首脳陣は真っ直ぐにフェイムスを見つめる。沈黙を割ったのはヴァムフリート皇帝だった。

「イグザ帝国のエア殿は『千里眼』で有名と風の噂で聞きました。もし、そのスキルをお持ちなら、フェイムス獅子王の発言は真(まこと)でしょうか」

心拍数が上がった。あの皇帝なんてキラーパスを出してきやがる。エアの千里眼は索敵が本来の能力だった。しかし、数百年の永い戦闘経験で極めると、いつしか未来までを見通せるようになったという。先見の明。エアがキングメーカーたる所以(ゆえん)だ。今度はエアに視線が集まる。

「……この国が『核(フレア)』を保有するのは真実だ」

嘘を、ついた……?あのエアが、何故?俺達は『核(フレア)』を所持していないのは明白な筈。イグザ帝国にとっても『核(フレア)』のないダイダロス新大国を侵攻するならこれ以上の機会はないだろう。真意は分からないが、エアの発言は首脳陣を黙らせるのには十分な発言力があった。

「ふははは!さらに手強くなったものだ!」
「……笑い事ではありませんな」

ギルガメッシュ王にグラハム司祭が噛み付いた。

「『核(フレア)』とは前世界より世界を5つに分け隔てた楔のようなもの。そのような代物(しろもの)を所有することを認めた時点でダイダロス新大国は世界の破滅因子です。排除すべきではありませんか?」
「……」
「我々は人は、国は、平等であるべきです。世界の破滅を招くかもしれないものは各国で共同管理にすべきです」
「星の守護者(ガーディアン)を抑止力にしている国がよく言う……」
「……我々は神からの使者です。神の啓示にないものは一切許されない!『核(フレア)』など排除すべきなのです!」

グラハム司祭はまくし立てるように言い放つ。座ったままでは我慢出来なかったのか、その場に立ち上がりギルガメッシュ王を通して『核(フレア)』の存在を非難した。ギルガメッシュ王はフゥッと溜め息を吐き。

「それは、コレもか?」

左手に『最強』の称号を示しながら、眩く光る球のようなものを出した。……『核(フレア)』だ。

「なっ……」

グラハム司祭をはじめ、各国の首脳陣が目を見開いてギルガメッシュ王が握るものに眼を奪われる。それは間違いなく、あの日見た『核(フレア)』と同じように光り輝いていた。だが、小さすぎる。あの日の『核(フレア)』とは別個体なのか……?

ーー面白い話をしているね。

ギルガメッシュ王の話に呆気に取られていたが、太陽の間に微かな殺意が射し込んだ。その黒い光は真っ直ぐギルガメッシュ王に向かっていく。

ガキンッ

動いたのは俺とベアトリクスだった。ギルガメッシュ王の喉元にダガーナイフを突き立てた少女の攻撃を2人で弾く。最初に気付いたのは恐らくエアとベオウルフ将軍だった。だが、ギルガメッシュ王は俺達が動くことを見越して、あえて部下を動かさなかったのだ。敵対勢力の警備を信用するか、普通。刺客からの攻撃を防いだ瞬間に各国の警備は警戒態勢をとった。

「見事だ。……そして真似かねざる客だな」

ダガーナイフを弾かれた少女はレイヴンとルシュの追撃をかわし、食事が並べられている円卓の上に着地した。そして、その横から異空間の扉が開き、忘れもしないクソ野郎が現れる。

「フェイムス獅子王様。ご挨拶に参上しました」
「招待した覚えは無ぇぞ」

そこに現れたのは英雄アークだった。

英雄アークは白いコートに赤い長髪姿で円卓の上から首脳陣を見下ろした。ダガーナイフを携えた少女の頭を軽く撫でるとギルガメッシュ王が手に持つ『核(フレア)』に目を向ける。

「それは、何処で手に入れたのかな?」
「最終戦争以来だな。死んだと聞いていたが?」
「質問に答えて貰おう」
「ふっ、ふははは!言わずもがなであろう」
「成程。つまり、君もか」

英雄アークは空中に異空間へ繋がるゲートを開き、そこから何かを抜き出した。

「……あれは!」
「『核(フレア)』……?」

ベオウルフ将軍とエアはアークが取り出した光の球を見る。ギルガメッシュ王の物と相違なく、小さいながらも異質なエネルギーを帯びている。どうなっている。何故、ギルガメッシュ王と英雄アークは『核(フレア)』を所有しているんだ。そもそも『核(フレア)』は複数存在するのか?

「ふむ。どうやら『第一世界(ファースト)』では貴様が暗躍しているようだな。かつて英雄と謳われた者よ。何が目的だ」
「さてね。ここまでは台本(シナリオ)通りだよ。君も含めて部外者が何人か入って来ていて困っているところだけどね。その『核(フレア)』も気になるけど、そんなことよりも気になる事が出てきた。『無限剛腕(ヘカトンケイル)の番人』って、もしかしてあの時の彼かい?」

英雄アークは俺に問いを投げかける。見た目は普通の人間だ。だが、なんて冷たい眼をしてやがる。俺を視ているようで、何も観ていないような眼差し。どんな道を通ったらこんな眼になるんだ。希望も期待も、そんな明るいものが何もない。

「……だったらなんだ」
「いや、ギュンターは惜しいものを失ったなと思ってね」
「ジンはもう誰のものでも無い。英雄だか何だか知らないが、手を出すなら容赦はしない」
「ふふ、強気だね。でも、もう時間稼ぎはこれくらいでいいかな」
「時間稼ぎだと……。まさか……」
「どうやら、まだ来てない国があるようだね。まぁ『第一世界(ファースト)』の首脳陣にとっては敵対勢力の一角が堕ちるだけだから、関係ない話なのかな」
「……」

首脳陣を見渡すが一同は英雄アークの言葉に沈黙を貫いている。確かに永年の敵対勢力であるサウザンドオークスが新勢力のコキュートスによって堕とされるのであれば、各国にとっては願ってもないことだろう。

「お前らの仕業か。サウザンドオークスに何をした……。英雄アーク。お前の目的はなんだ」
「……僕の願いは、歴史に葬られた者達の救済とクトヴァリウスの復活。ただ、それだけだよ」
「クトヴァリウスの復活だと……?」
「聞き捨てなりませんね」

口を挟んだのはクライン宰相だ。

「あれは禁忌(タブー)。前世界の破滅をもたらそうとした者。貴方の仲間の英雄イヴによって封印されたはずですが、その苦労を無下(むげ)にするおつもりですか?」
「君が何番目のクラインかは知らないが、どうやら全てを継承されている訳では無いようだね」
「どういう意味でしょう」
「おしゃべりはここまでさ。もう賽は投げられたのだから」

英雄アークが指を鳴らすと、突如獣のような唸り声と地響きが起こった。城の壁面は一部崩壊し、一瞬だが外に巨大な影が動くのを目視できた。

「総隊長!報告!城の外にバカデカい巨大なモンスターがいきなり現れた!市街地にはパレードで集まった人達がまだいる!このままじゃ被害が出てくる!指示を!」

ロバートから無線が入る。

「ロバート、エバンスゲートは最優先で国民と来賓客の避難指示を全隊員にしろ。誘導先は新本部だ。あそこはそのために造られたようなもんだからな。必要ならモンスターに対して各隊員の迎撃を許可する。アッシュはそのモンスターの気を引いて足止めを頼む。俺達もすぐに行く」
「了解」
「フェイムス!」
「分かってる!」

フェイムスがヴィンセントをかざすと、その切っ先から召喚魔法陣が展開され、星の守護者ダイダロスが召喚された。ダイダロスは太陽の間の壁を突き破ると外に飛び出し、先程一瞬だけ見えたモンスターと対峙する形になった。外にいたのは白い毛並みと2本の堅牢な角を生やした巨大な狼のようなモンスターだった。鋭い爪と牙でダイダロスを威嚇しながら、口元から涎(よだれ)を垂らしている。

「フンババか。前世界で絶滅したとされる起源種。よもや、現代で相見えるとは。アレは貴様の固有能力で創ったのだな?」
「ふふ、気に入ってもらえたかな?」

英雄アークは不敵な笑みを浮かべながら、再び異空間に繋がるゲートを開いた。

「念の為の足止めだったけど。もう十分かな」
「てめぇ、逃げる気か!」
「ご生憎様。僕は忙しいのさ。あとは任せたよ。エリザベス。遊んであげなさい」
「はーい!」

開いたゲートの向こう側にアークは消えると同時にゲートも消えた。残された少女はエリザベスと呼ばれていた。恐らく彼女は……。

「お前、第三世代か?」
「そうでーす!人造人間第三世代のエリザベスちゃんなのです!レムお姉ちゃんやベアトリクスお姉ちゃんより強くて残酷非道な女の子だから、そこんところよろしくね!」

やかましい奴だ。しかし、そんなことより、既に完成していたか。第一世代の物理特化のレム、第二世代の魔法特化のベアトリクス、2人の長所を際限なく共存共栄させた存在が第三世代エリザベス。もし、その両者の戦闘能力を兼ね備えているなら、間違いなく兵器だ。

「……っ!」

一瞬で間合いを詰められる。微かに感じた殺意でバックステップをとるが、かわしきれず右頬の辺りをダガーナイフで切られた。なんて奴だ!速い!レムの比じゃないぞ。急接近したエリザベスはそのまま空中で身体を捻り、右脚で回し蹴りを放つ。左腕の『衝撃(インパクト)』でなんとか衝撃を相殺したが、その反動で態勢を崩されてしまった。パワーもレムの格段も上だ。だが、それだけじゃない。先程から身体が上手く動かない……。初撃のダガーナイフに麻痺毒が仕込まれていたのか……。

「殺ったぁ♡」
「させないわっ!」

エリザベスの一撃が俺に入る直前、ベアトリクスが魔法攻撃をしながら間に入る形でエリザベスの攻撃を相殺した。だが、瞬時にエリザベスの2撃目が飛んでくる。いくらなんでも速すぎる。

「はやっ……、きゃっ!」
「もー、どうせ私には勝てないんだからさぁ。第二世代のベアトリクスお姉ちゃんは大人しくしていてよね」

エリザベスの魔法攻撃でベアトリクスは壁面まで飛ばされてしまう。

「超越(トランス)……」
「あら、もう動けるのかしら。ドラゴンでも動けなくなる麻酔だったのだけれど。レムお姉ちゃんを倒したのは伊達しゃないね」
「生憎、麻痺毒を受けたのは初めてじゃないんでね!」

俺は超越(トランス)状態に入るとエリザベスの間合いまで「縮地(ソニック)」で一気に入り込む。そのまま斬り込む動作に入るが、やはりエリザベスの方が俊敏性が高い。超越(トランス)状態の俺の斬撃でさえエリザベスに躱されて、空を切る。エリザベスはすかさずカウンターの態勢に入った。

「ブラフだぜ」
「……っ!」

エリザベスの足元に『拘束(バインド)』の魔法陣が展開され、エリザベスの脚を拘束した。先程ベアトリクスが吹き飛ばされる直前に仕掛けたものが時間差で発動したのだ。俺がバックステップをとると同時に超越(トランス)状態のレイヴンとルシュが「縮地(ソニック)」で距離を詰めエリザベスに刃を突き刺した。2本の刃はエリザベスの胸と背中を貫通し、大量の血が太陽の間に滴る。

「まさか、超越(トランス)状態の総隊長を囮にするとはね……」
「……終わりだ嬢ちゃん」
「終わり……?……残念だけどね」
「……!」
「おっ?!」
「まだまだこれからだよ!」

エリザベスは超越(トランス)状態になる。異変を感じ取ったレイヴンとルシュは刃を抜き、エリザベスから距離をとった。エリザベスが超越(トランス)状態に入るとみるみるうちに身体の傷が塞がっていく。回復とは次元が異なる、もはや再生だ。どうなってんだよ。完全に塞がった傷を確かめながらエリザベスはケロッと立ち上がる。

「まったくもう!女の子の身体にひどいことするじゃない。プンプン!」
「貴様の超再生力。かつての前世界で他の使用者を見た事がある。貴様……英雄イヴの細胞を移植しているな?」

ギルガメッシュ王が腕を組みながらエリザベスに問いただす。英雄イヴの細胞……?

「おぉ!流石はギルちゃん!博識だね!……って、あちゃー。これ言っちゃ行けない話じゃなかったっけ。後でギュンターに怒られちゃうや」

エリザベスは自分の血で塗(まみ)れたダガーナイフを拾い、刀身を舌で舐めた。超越(トランス)状態だったエリザベスの身体は徐々にエネルギーを膨張させて、さらに巨大な力に昇華させていく。なんだ、この戦闘技術(スキル)は……。太陽の間にはエリザベスの禍々しいエネルギーによって満ち始めた。

「口も滑っちゃったし。そろそろ終わりにしょうかな。はいはいっ!じゃあ、みんな殺すねー。オーバー……」
「そこまでだ」

エリザベスが臨戦態勢に入る直前、再び異空間ゲートが開き、黒凪のレイが現れてエリザベスの肩を掴み制止した。愛刀を携えた黒コートのレイはあの日と変わらぬ姿で俺達の前に現れた。

「えー!なんで!いいところだったのにぃ!」
「……目的は果たした。帰るぞ」

エリザベスはレイに諭されると口を尖らせながら渋々自分が放つ殺意とエネルギーを抑え始めた。

「『最強』の保持者よ。のこのこと現れて無事に帰らせると思うか?」
「イグザ帝国が来るのは想定外だった。悪いが、今は相手をしていられない」
「ほう?今は、とな」
「時が来たら好きなだけ相手をしてやるさ」
「ふははは!流石は『最強』。大きく出たものだ。良いだろう。遊び相手が増えるのは退屈しのぎになる。コキュートスと言ったか。せいぜい我がイグザ帝国と渡り合えるように準備を進めるがよい」
「……ふん」
「レイ!待て!」

レイとエリザベスがゲートをくぐる瞬間、レイが此方を一瞬見た。

「お前には、まだ早い」

ゲートは閉じ、太陽の間には再び静寂が訪れた。

「英雄イヴの細胞だと……有り得ん」

レイとエリザベスが立ち去り戦闘終了後、ヴァムフリート皇帝がオストリアの警備兵を引き連れながら此方までやってきた。太陽の間は祝賀パーティの絢爛豪華な装いからあっという間に瓦礫や埃で乱雑に散らかってしまっていた。身体に入った麻痺毒は光属性によって中和できた。指を開いたり閉じたりする。身体もようやくマシになってきた。

「イヴの固有能力の『核(フレア)』は5つの能力を保有する。その内の1つ『ダメージアスピル』が先程の小娘が見せた再生能力だ。もっとも、オリジナルとはほど遠いがな」

エアがギルガメッシュ王の隣に並ぶ。
『英雄』イヴ。最終戦争の戦乱と魔王クトヴァリウスの暴走によって混乱に陥った前世界を5つに分断することで世界を救済した少女。世界を救った代償は彼女の命だった。

「『英雄』イヴは己自身の命を礎に世界を分けた。濃密なエネルギーを分離するために。イヴの細胞を持っているということは最終戦争の当事者、あるいは余程近しい者だったのだろう」
「英雄アーク、それにコキュートスのギュンターか……」
「いずれにせよ、先程のような生物兵器が量産されているのはダイダロス新大国の管理責任ではないか?」

鳴海大臣が円卓から立ち上がる。

「コキュートスとやらはダイダロス新大国からの独立国家なのであろう。あぁ、ダイダロス新大国もガルサルム大国からの派生国だったな。1つの国が2つの国に成った。その反逆者が他国を攻める責は当然問われるぞ。獅子王」
「……身内の不始末であれば必ず我々が断罪します。まずは一刻も早くサウザンドオークスの被害状況を把握すること。そして……」
「総隊長!応援はまだか!」

無線からアッシュの連絡が入る。やべ、アーク、エリザベス、レイの登場で外の状況を完全に忘れていた。外を見ると起源種フンババを牽制しながらアッシュとダイダロスが立ち回っている。ロバートとエバンスゲートは各隊員に指示を出し人々の避難誘導を行っている。

「フェイムス」
「任せとけ!」

各国の礎になるヴィンセントには自動防御システムがある。外敵からの攻撃を阻み、国内に侵入した敵に対しても迎撃を行う。古来より国同士の争いはヴィンセント同士の衝突を意味していた。国の敗北はヴィンセントの敗北。ヴィンセントの敗北は国の敗北。フェイムスのヴィンセント『Daedalus』は地属性と風属性を主とする。その最大の特徴は『迷宮』。フェイムスが『Daedalus』をかざすと避難する人々と起源種フンババとの間に巨大な壁が反り上がる。フンババがアッシュから対象を切り替えその壁に向かい突進をする。だが、『迷宮』の壁はビクともしない。徐々にフンババが孤立するように周りに迷宮が構築されていく。フンババは血眼(ちまなこ)で獲物を探すが、『迷宮』の中を迷走するのみだった。この『迷宮』に迷い込んだ者は既に星の守護者(ガーディアン)ダイダロスの腹の中だ。ダイダロスの腹の中には前世界から永年ダイダロスが飲み込んできた魔物や土で作られたゴーレムなどが徘徊している。フンババはこの『迷宮』に入った瞬間から異空間に転送されていたのだ。ダイダロスの腹の中からは二度と出れないだろう。フェイムスが再びヴィンセントをかざすとダイダロスと共に『迷宮』の壁も消えた。

「ふう……」
「各隊員に報告する。悪い。太陽の間がコキュートスに襲撃されてた。襲撃犯は撤退、敵対勢力もヴィンセントによって排除出来た。通常警備に戻ってくれ」
「了解」
「此方エバンスゲート。避難誘導が完了した者達はどうする?」
「危険因子の撤退を確認した。状況の説明をフェイムスからする。その後解散させてくれ。せっかくの祝いの日だ。トラブルはあったが、祭を再開させよう」
「了解。待機する」

ようやく落ち着いた。ダイダロス新大国の戴冠式を狙ったコキュートスの襲撃。だが、奴らの本命はサウザンドオークスの崩落。鳴海大臣が指摘したように、コキュートスはガルサルム大国からの独立国家だ。そしてダイダロス新大国もガルサルム大国から名を変えた国。その異質な2つの国が再び世界の覇権を狙っている。首脳陣からすれば我々は不確定要素の高い国同士だろう。

「そろそろ失礼させてもらう」

ヴァムフリート皇帝とグラハム司祭が太陽の間から退席しようとする。

「お招きさせていただいたのに、お騒がせして申し訳ない。また今後ともダイダロス新大国に足を運んで頂ければと存じます」
「獅子王よ。オストリアは諸君らの同士の反逆を問うつもりはない。これから苦労するだろうが……。十二支の加護があらんことを」
「感謝します……」

そういうとオストリアは先に飛空艇で帰国した。結局よく分からない国だったな。ヴァムフリート皇帝は好意的だが、グラハム司祭は静かな敵意があった。その後はイグザ帝国、大和、ドン・クラインの来賓をもてなすパーティが継続された。フェイムスから国内への説明も行われ、色々あったが国内も祝賀ムードが戻り、祝賀祭が再開されている。日はいつの間にか傾き始めている。気づいたら夕方だ。長い1日だ。まだ祝賀パーティの警備と国内の警戒を継続中だ。これからサウザンドオークスへの救援対策会議も行わなければならない。流石に疲れたな……。1日を振り返っていたその時、デバイスが振動する。サウザンドオークスの派遣隊から連絡が入る。

「あ、ゼロ?僕だけど」

そこからは心做しか懐かしいジンの声がした。
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