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ダーヴィッツ

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2章『都堕ち』

シャイニング補佐官

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数日後、ダイダロス新大国ではフェイムスさんの王族即位による戴冠式の準備で賑わっていた。時が経過するにつれて、国内のフェイムス王に対する世論は風向きが変わってきた。具体的な国内基盤の構築、各領土の問題解決に対する奉仕活動、敵対勢力の排除や治安維持による尽力が人々から評価され始めている。

正式な王族継承の戴冠式はある意味、外国へのパフォーマンスにもなる。各国の王族をはじめ、貴族や外務大臣などが世界各国からこの国に集まる。表向きは祝賀会だが、ダイダロスとしては新しいヴィンセント『Daedalus』のお披露目と『フレア』という存在をチラつかせる事で、各国に脅威を示し、抑止力を提示することが目的だ。

かつて、この星は5当分された。『第1世界』にはダイダロス新大国以外に、南のドン・クライン国、東の大和、北のサウザンドオークス、西のオストリアが存在する。そして永年敵対する『第2世界』のイグザ帝国。国との境界線は各国で国境を設けることで領土の境目をつけた。だが、5つの世界はイヴの『フレア』によって隔たれている。前世界の高濃度のエネルギーを分割するために、それを5当分する時にエネルギーも5つに分けられた。『元素(エレメント)』、『源(オリジン)』、『始祖(マナ)』、『生命(エナジー)』、『魂魄(ソウル)』。その、世界のフレアによる境界線が崩れたことはなかった。イグザ帝国を除いては。かの国は唯一、『第1世界』と『第2世界』を行き来することが可能だ。つまり、フレアの境界線を突破出来る何かを持っているということだ。それぞれの王族がダイダロス新大国に来賓して、フェイムス王に奉納品を納める。

十一枚片翼(イレヴンバック)は5番隊シキさん、6番隊のエバンスゲートさん、7番隊のロバートさんを中心に国内のテロ警備強化と来賓客の警護にあたることになった。8番隊、9番隊、10番隊は警備と有事の際に敵勢力の制圧・排除に備える。

ーーそして僕は。

「ジン。こっちはシャイニング補佐官だ」

総隊長室で黒髪のショートカットの少女が十一枚片翼(イレヴンバック)の白のコートを纏い、僕の前に立ちはだかる。何故か初対面の人にむすっとした顔で睨まれているので、僕はたじろいでしまう。

「どうも」
「……こ、こんにちは」
「しばらくシャイニング補佐官をお前に付ける」
「シャインって呼んで頂戴……いたっ!」

ゼロが書類の束でシャイニング補佐官の後頭部をはたく。

「敬語を使え。こんなんでも上司だぞ」
「なんでっ!私が!こんなヤツと!あいたっ!」
「敬語」
「なんでですかぁ……」
「それを今から説明する。ほら書類」

ゼロは持っていた書類の束を2つに分けて、僕達に手渡した。そこには『未開拓領土(アンタッチャブル)再調査』と記されていた。ゼロは総隊長室の自分の席に着くと「お前達には特殊任務に当たってもらう」と切り出した。

「結論から言おう。表向きは『未開拓領土(アンタッチャブル)の再調査』だが、サナの死を調査して貰う」
「なっ……」
「理解に焦るな。お前らも分かっている通り、今の十一枚片翼はガタガタだ。その原因は色々あるが、サナの死もその1つだ」

僕は書類から顔を上げる。

「特に旧十一枚片翼(イレヴンバック)にとってアイツの存在はとてつもなく大きいハズだ。欠けがえのなかった精神的な支柱。つまり、不明確なサナの生死をハッキリさせれば、多くの隊員達の心の靄(もや)が晴れるだろう。まぁ逆も勿論あり得るんだがな」
「……それが、一体なんだって言うんですか」

ゼロが指を組みながら僕達を見る。

「俺はサナが生きていると思うと言ったら、お前らどう思う?」

僕の思考が停止する。サナさんが生きている……?僕はあの人の笑顔と匂いを思い出す。そして同時にサナさんの最期の瞬間が脳裏によぎる。テラの存在にいち早く気付き、僕達を転移装置(テレポート)のゲートに押し込んだ。その時すらも、彼女は笑っていた。

「……無責任な発言ですよ。総隊長」
「根拠はある。書類に目を通してくれ。シャイン」
「……」

シャイニング補佐官は書類をめくる。僕もそれに続いて1枚めくる。そこには『各地の奴隷解放運動』について明記してあった。旧ガルサルム大国がダイダロス新大国に生まれ変わっても、コキュートスがある限り奴隷の犠牲者は減らない。国崩しの後も十一枚片翼(イレヴンバック)はサナさんの意志を引き継ぎ、未だに残る奴隷の解放運動に努めてきた。

だが、書類の内容には十一枚片翼(イレヴンバック)の活動以外の解放運動について記載されていた。地方国境施設勤務の5番隊隊員が通報を受けて現場に駆け付けると、既に奴隷のタトゥーが外された状態の奴隷達がいたので、保護をしたという内容の報告書類だった。この8ヶ月全国で合計で21件同様の内容が報告されている。いずれも共通していたのは、施設のようなものがあった形跡はあるが、それがまるごと消えていること。誰が契約者で奴隷を管理していたのかは不明なこと。

「そして、解放された奴隷からの証言だと、助けたのは黒髪ショートカットの女性だったという報告だ」
「これってまるで……」
「サナさんみたいだ……」

シャイニング補佐官と僕は初めて意見が合う。

「でも、ショートカット?解放された人だけが残されて、契約者や施設が綺麗になくなるなんてことがあるんですか?」
「なにより、もし、これがサナさんなら、どうして僕達と合流しないの?」

ゼロがフッと笑う。

「それをお前達に調べて欲しいんだ」

総隊長室を出ると僕達はダイダロス新大国の飛空艇に乗り込む。僕が3番隊隊長として『未開拓領土(アンタッチャブル)再調査』を担当して、シャイニング補佐官はそのサポートをゼロから任命された。飛空艇はエンジンがかかると、緩やかに離陸した。未開拓領土(アンタッチャブル)までは半日はかかる。その間に僕はゼロから渡された『デバイス』の使い方をマスターするべく、取り扱い説明書とにらめっこをする。この『デバイス』は国崩しの時にも使っていたそうだけど、旧十一枚片翼(イレヴンバック)の技術部門が開発した電子機器らしい。これがあれば世界の端っこからでも相手と連絡がとれるとか。いずれはダイダロス新大国の国民にも普及されるとゼロは言っていた。便利な世の中だなぁ。

「アンタ『自殺論』って知ってる?」

デバイスを操作しているとシャイニング補佐官が僕に話を振ってきた。この子は何故か僕を目の敵にしている節がある。しばらくは行動を共にするから、これ以上嫌われないようにしなきゃ。

「エミール・デュルケーム?」
「そう。自殺の理由は自殺した本人にしか分からない。生との訣別を納得するために自殺者はそれを何かのせいにするそうよ。利他的自殺、利己的自殺、アノミー的自殺、宿命的自殺。デュルケームはそれを4つに分類した。要は人間は自己犠牲、孤独感、虚無感、道徳的価値観などを理由に自殺するそうよ」
「……」
「でも、アンタも奴隷だったなら分かるでしょ。私達はそれすらも許されなかった。あの奴隷のタトゥーが強制的に穢(きたな)いことを私達にさせた。身体は犯され、心は侵され、私達は死ぬことも出来ずに、生かされたまま地獄にいたのよ。そして、人間ではなくなってしまった」

僕は、飛空艇から窓の外の要塞化されたコキュートスを見下ろす。少し前まで僕はあの東の元素発電所で奴隷として使役されていた。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を無理矢理開けさせられて、電力を人造人間(ホムンクルス)製造のために未開拓領土(アンタッチャブル)まで配電させられた。いつからあそこにいたのか、正直覚えていない。でも、思い出したくない黒い感情が沸騰するようにぐつぐつ煮えたぎっていくのが分かる。食事も家畜に与えられるような残飯で、外に出ることは生涯許されず、命令を拒否すれば電気が奴隷のタトゥーから身体中に走り、激痛によって何度も気絶した。その度に水をかけられて無理矢理現実に連れ戻される。その繰り返し。確かに、生き地獄だった。

「奴隷から解放されて自殺をする人も珍しくはないわ。今まで縛られていたのに、急に際限ない自由が与えられて欲望が増幅することで、そのギャップに絶望する。戸籍がないし、国は勿論、誰も私達なんかを保護してくれない。今までの苦しみから解放されたいから自殺する人も多いでしょうね。タトゥーの呪縛が外れて私達はようやく自分を殺せる……」

シャイニング補佐官は飛空艇の窓から遠くを眺める。

「そんな時に私達はあの人に救われた。サナさんに救われたのはアンタだけじゃないの。十一枚片翼(イレヴンバック)の皆にとってあの人は太陽なのよ」

彼女は哀しい曇った眼を僕に向ける。

「でも、アンタはあの人を護れなかった」

吐き捨てるように言われた、気がする。僕は否定出来なかった。彼女の言葉は真っ直ぐで正しかった。きっと、他の隊員も同じことを思っているのだろう。ここまでハッキリ言われたのは彼女が初めてだった。

「嫌になるくらい、アンタのことはサナさんから聞いてるわよ……。ずっと探している人がいるって、惚気(のろけ)話に私達がどれだけ付き合わされたか。あぁ、私もそんな風にこの人から想われたいなって何度も悔しくて泣いたわ。サナさんの1番に選ばれたアンタがずっと羨ましかったわ」

シャイニング補佐官は拳を握り、船内の壁を殴る。鈍い音が響く。

「でも!アンタはあの人を護れなかった!」

親の仇を見るような目で僕を真っ直ぐ睨みつける。

「あぁー!もうっ!分かってるのよ!あんな状況でアンタにもどうしようもなかったって!サナさんもアンタを護りたかったから、そういう選択をしたって!そういう人なの!だけど!私達には、どうしてもサナさんが必要なの!何かを恨まないと自分自身を保てないの!心がぐちゃぐちゃなの……」

シャイニング補佐官は、ハァハァ息を吐きながら、ボクを捲(まく)し立てると再び窓の外に視線を移す。

「……ごめん。アンタを恨まないと、アタシは心を殺しちゃう。理性が感情に追いつかない。アンタのせいにした方が楽なの。私のこと嫌っていいから、このまま恨ませて」
「……うん。いいよ」

僕もきっと同じだ。何も言われないままでいるより、「お前のせいだ」と誰かに責められている方がずっと気が楽だ。僕もずっと自分を殺したかった。あの時、サナさんを護れなかった無力な自分自身を。誰かに許されないことが、罪と罰を僕に背負わせてくれる。だったら僕はシャイニング補佐官のそれも喜んで背負っていく。誰かを生かすために。そして僕自身が、サナさんが護ってくれた僕を誤って殺さないように。

僕はデバイスを十一枚片翼の白コートのポケットに取扱説明書と共にしまった。

僕達は飛空艇で半日かけて未開拓領土(アンタッチャブル)に無事に辿り着いた。この場所にはあの時と同じで、相変わらず『命の花』が大陸一面を覆っていた。白い花弁は、飛空艇が大陸に着陸する前の上空からでも目視出来た。身体が弾け飛ぶほどの莫大な元素量を吸収することで引き起こされる『自己爆発』は、溜め込んだ元素を生命エネルギーに昇華させ、全てを破壊する『究極奥義』の1つ。その爆発の跡には『命の花』が咲き誇るという。

ーーここはあの時のままだ。

「さてと……、大丈夫?」
「なんでっ……、あんたっ……平気なのよ……」

シャイニング補佐官は未開拓領土(アンタッチャブル)に足を踏み入れてからずっと息があがっている。ここのエネルギーは元素だけではないから濃度が濃過ぎるんだ。いわゆる高エネルギー酔いだ。

「き、気持ち悪い……」

シャイニング補佐官を視界の端にとらえながら、周囲を見渡す。あの時のサナさんの笑顔がフラッシュバックする。だけど、感傷に浸っている暇はない。

これまでの状況証拠からサナさんは『自己爆破』によって命を賭けてテラと相討ち、もしくは負傷させて死亡したというのが結論だった。仮にその結論を『サナさんはまだ生存している』とするなら、いくつかの疑問と仮説が浮かぶ。

第1に『どうやって助かったのか』。あの強敵テラにはサナさんでも勝てなかった。星の守護者(ガーディアン)のレッドドラゴンを使役する彼が何者なのかは未だに不明のままだ。だが、絶対的な強さを持っているのは間違いない。あれは異質な強さだった。『最強』のレイ隊長と同格かもしれない。

その脅威から逃れたとするなら一体どのようにしてだろうか。最有力なのはやはり『自己爆破』。だが、別の可能性を考えるなら『フレア』の存在が有力かもしれない。僕達は『フレア』を国崩しで確保出来なかった。レックス王とシュバ隊長、ゼロと僕の4者での衝突は『フレア』を呼び寄せることに成功した。だけど、『フレア』は攻撃態勢に入り2回僕達に『照射(ブラスト)』を撃ってきた。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を通して1撃目を上空に、2撃目を未開拓領土(アンタッチャブル)に転送させた。『フレア』はそれ以来行方不明となっている。そのため、ダイダロス新大国がクーデター以来『フレア』を所持していると思っている国も少なくないだろう。本来であれば、国崩しの際に『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に厳重に保管する予定だったが、あの『フレア』を未開拓領土(アンタッチャブル)に転送して、一部ではあるが大陸を吹き飛ばしたことで、こうして実際に外敵への抑止力になっている。

もし、その2撃目の『フレア』がサナさんとテラとの戦闘を中断させていたら?『フレア』が生命エネルギーの塊なら命の花が咲いている辻褄が合うが、同時に最悪なのはそれがサナさんに直撃している可能性も捨てきれないということ。サナさんの生存説を立証するには『自力で撃退・脱出』『第三者の介入』『フレアによる予測不能な事態』のいずれかが条件を満たすと考えられる。その結論は今のままでは、まだ出せない。

そして第2に、もし生きているなら何故サナさんは僕達と合流しないのか。『生存したが途中で死亡した』『記憶喪失』『会えない特別な状況・状態』。いずれにしても根拠が足りない。一旦『死亡説』を『生存説』に変えて立証していくためには確かめなければいけないことがいくつかあった。そのためにはーー。

「やっぱり、本人に聞くのが1番だよね……」

僕はいくつかの仮説を抱いたまま、それを立証するために踵(きびす)を返して飛空艇に向かう。

「ち、ちょっと……?」
「シャインもついて来る?」
「ついてって……、何処に行くっていうのよ……」

『無限剛腕(ヘカトンケイル)』の中のバルトロとダイダロスが反応している。恐らく間違いないだろう。この近くに星の守護者(ガーディアン)がいるはずだ。

「テラのところ」



未開拓領土(アンタッチャブル)のサザンドラ砂漠から飛空艇でさらに東へ。山岳地帯の山沿いに構える古城があった。そこから星の守護者(ガーディアン)の気配がする。恐らくテラのレッドドラゴンだ。バルトロやダイダロスを『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に吸収してから、僕は星の守護者(ガーディアン)のエネルギーを感知出来るようになった。飛空艇を碇泊させると僕は古城に入った。

その建築様式から前世界の城であることが分かった。今はもう誰もいないが、かつてはこの城を中心に国が栄えていたのだろう。城門をくぐり、しばらく通路を進むと大きな玉座の間が広がっていた。そこには塒(とぐろ)を巻くレッドドラゴンを背に、玉座に座すテラは膝を組み頬杖をついていた。黒スーツ姿に白髪短髪の容姿は冷たい目と相まってアウトレイジな印象だが、改めて見るとゼロくらいの若さだ。

「何の用だ」

彼は重たい口を開いた。背後のレッドドラゴンが僕達の存在に気づくと、大地が震えるような静かな唸り声を鳴らす。テラが片手を上げて合図をするとレッドドラゴンは体勢を戻し大人しくなった。

「聞きたいことがあります」

僕はなんとか物怖じせずにテラに問う。確かめなければ。あの時何があったのか。サナさんの生死を。テラの視線がこちらに向く。その瞬間、身の毛がよだつ悪寒と怒気が熱風のように玉座の間に巻き起こる。一瞬、死を覚悟する。

「お前如きに俺が時間を割くとでも?この場で殺してやってもいいんだぞ……」
「あなたに、聞かなければならないことがあります」

僕はそれでも退かなかった。怖い。とても。だけど、一歩も下がらなかった。テラはしばらくこちらの動きを窺(うかが)っていると、僕に向けていた圧力(プレッシャー)を抑え始め、対話をする姿勢をみせた。

「あの女のことか」
「……そうです」

僕は冷や汗を感じつつ、一旦深呼吸をする。テラの畏怖に身体がまだ強張っているんだ。シャインを連れて来なくて良かった。

「教えて欲しいです。あの後のことを」

テラは少しの間沈黙する。その間も僕はテラの圧力(プレッシャー)に息苦しさを感じる。そして彼は口を開いた。

「お前は星の守護者(ガーディアン)の役割を知っているか」
「……星に仇なす者の排除」
「否。『星喰(メテオラ)』の排除だ」
「……え?」
「『十二支』と呼称される星の守護者(ガーディアン)は前世界において『星喰(メテオラ)』を討つ決戦のために『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に封印された『起源種』だ」
「『星喰(メテオラ)』は十二支教の最高神ですよね。何故、星の守護者(ガーディアン)の存在意義が誤っているんですか……?」
「誤っているのではない。歴史に誤められているのだ」

テラは背後の星の守護者(ガーディアン)であるレッドドラゴンを見る。

「本来、此奴らは『星喰(メテオラ)』を討つはずだったが、逆に奴の手中に落ちてしまった。それを世界を分断することにより改めて封印したのがイヴの『フレア』だ」
「……」
「あの後どうなったと聞いたな。俺とあの女は戦闘中だったが、北西から現れた『フレア』に攻撃された」

よく見るとテラは負傷していた。腹部の辺りを血が滲んだ紅い包帯が巻かれている。『フレア』は意志を持っているのか?国崩しの時のように高エネルギーの衝突に引き寄せらる性質が『フレア』にあるのなら、サナさんとテラのような強い人たちの衝突に引き寄せられても何ら不思議ではない。ということは、2撃目の『フレア』の攻撃は『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を通して、『フレア』自身がわざと未開拓領土(アンタッチャブル)に移動したのか?

「何故『フレア』が我々を攻撃対象にしたのかは分からないが、あの女はなんの躊躇(ためら)いもなく、俺から『フレア』に攻撃を切り替えた。『フレア』から大きな光が柱となって天を裂いた。その後、女は消えていた」
「……そうですか」
「この話を疑わないのか。偽りかもしれないぞ」
「……正直、信じられないことばかりです。でも最後の辺りで貴方の話を信じる根拠がありました。あの人はそういう人なんです」

僕は苦笑いをしながら「ありがとうございます」とテラに一礼をする。そして、踵(きびす)を返す。

「1度はその女を殺しかけた敵だぞ。俺が憎くはないのか。ジン」

テラは問う。

「勿論それはありますが、それはそれ、これはこれです。それに……」

僕は振り返る。

「次は負けませんから」

僕は出口に向かう。サナさんが生きている可能性が出てきた。死亡説を証明する根拠が弱くなってきた。誰もサナさんの死んだところを見ていない。生きている、かもしれない。あとは『フレア』の行方と世界各地で奴隷解放運動をしている人を確かめなければ。

「……っ」

出口から出た辺りで僕は緊張が解けて、その場にへたり込む。今更ながら身体が震えてきた。テラにあんな啖呵を切ってしまったけど、いつ殺されてもおかしくなかった。

「あぁ、怖かったぁ……」

死の恐怖から思わず笑い出してしまう。次に会ったらきっと殺されちゃうな。あれ?でも……。

「どうして、僕の名前知ってたんだろう?」
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