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ダーヴィッツ

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1章 『国崩し』

分からなくなるから

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最上級魔法。歴史上この魔法が発動させたのは数人だ。前回発動したのは、前世界。詠唱に生命エネルギーを代償とするので、その負担は上級魔法の比ではない。ベアトリクスが最上級魔法を使用できるのは、その特異な体質に加えて、天才的な元素掌握力、そして、あの人形のおかげである。いわゆる『昇華装置(ブースター)』。魔力供給量とその器を拡大する貴重品(レアアイテム)だ。

ベアトリクスが詠唱を終えると、闘技場(コロシアム)の上空に魔法陣が何重にも重なり描かれた。キーンという風切り音に加えて大地が震え始める。その後は一瞬だった。崩壊鯨(コラプス)を直径10mほどの隕石が貫いた。その衝撃で崩壊鯨(コラプス)は肉塊となり弾け吹き飛ぶ。隕石の飛来によって闘技場(コロシアム)内に衝撃波が発生するが、隕石はジンの『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に吸収されることによって、音と共に消えた。それ以上の被害を出さなかった。

ーー終わった。これで、本当に。終わった。

『ドクン』。何かが脈打つ音が聞こえた。ふと見上げると、そこには黒い心臓が浮かんで定期的に動いている。なんだ、あれ。フィールドに散らばった崩壊鯨(コラプス)の肉塊が徐々に再生し始め、黒い心臓を中心に浮かび始めた。

ーーまさか。あれが本体か!

だとすると、あれを破壊しない限り、永遠に再生をし続けるのか。まずい。周囲を見渡す。ベアトリクスは魔力切れなのか、その場から動けないでいる。ジンとアッシュ、グレイは『流星(メテオ)』の衝撃波によってフィールドの端まで飛ばされていた。1番近いのは、俺か。身体はまだ痺れていた。剣は握れるか?必死に右手を剣の柄に伸ばす。やるしかない。もう一度『超越(トランス)』を。

「『超越(トランス)』……」

身体が軋(きし)む。腕が痛い。心臓が破裂しそうだ。だが、『流星(メテオ)』のおかげで周囲の炎属性の元素が濃くなっていた。先ほどより早く元素が溜まる。これが最後の機会(チャンス)だ。

「『雲雀(ひばり)』……」

俺の技の中で最速で最高の突破力を持つ技。『縮地(ソニック)』で黒い心臓に近づく。崩壊鯨(コラプス)の肉塊が集まるよりも速く。軸足の左とは逆の右足を前に出して、『縮地(ソニック)』の加速のまま右上段から両手で剣を突き刺す。貫通した。残りの力を振り絞り、軸足の左足を前に1歩出し、そしてもう一度『縮地(ソニック)』で加速しながら力任せの『貫通(ランス)』を放つ。確かな手応えを感じたが、俺は心臓が砕けるのを確認出来ずに気を失った。





……ロ、……て、…………起きて、ゼロ!

ジンの声で目が覚める。背中の地面が固い。まだ闘技場(コロシアム)にいるのか。崩壊鯨(コラプス)……。そうだ崩壊鯨(コラプス)はどうなった……。ジンに支えながら身体を起こすと、ジンが指差す。そこには砕けた黒い心臓と、崩壊鯨(コラプス)の肉塊がすでに消滅しかけていた。

『見事ぉ!古(いにしえ)の起源種、崩壊鯨(コラプス)を倒した、今回の大会の優勝者はゼロだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「ーーは?」

実況に耳を疑った。今、なんて?俺が優勝……?ジンの顔を見ると困ったように笑った。

「ベアトリクスもアッシュも棄権したんだよ」
「棄権……?」

周りを見渡すとベアトリクスとアッシュが目に止まる。目が合うと2人は微かに微笑んだ。俺はこみ上げるものをグッと抑える。グレイは囚人だったからなのか、既にフィールドにはいなかった。

「……お前はいいのか、ジン」
「こ、今回はね!目的は『完全回復薬(エリクシール)』だし」
「……そうか」

闘技場(コロシアム)中から熱気を帯びた歓声が聞こえる。疲れた。再びフィールドに寝転び天を仰ぐ。強くなってるよな。『超越(トランス)』を身につけられたのは収穫だ。まだまだ強くなれるんだ。

『いやぁ!久々にいい試合観れたぜ!ありがとうゼロ!……っえ、ちょっ、なんだアンタ!』

マイクがゴツンっという音と共にキーンとハウリングする。

『あー、あー、やっほー反逆者君(・3・)』

この声はーーレム?!身体を無理に引き起こすと、フィールドには既に4番隊の隊員が流れ混んで来ていた。まさか、ここまで追ってきたのか。

『単刀直入に言うね、『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を返してちょーだい。抵抗するなら殺すだけなんだよ。私としてはそっちの方が嬉しいんだけどな(・∀・)』

4番隊に完全に取り囲まれる前に、長髪の男が隊員達と俺たちの間に現れる。

「客人といえど、勝手な行動は慎んで頂きたい」
「クラインんん~、闘技場(コロシアム)内での行為は不可干渉じゃないのかなぁ?(´-`).。oO」

クラインって確か……主催者だったか。男は静かに振り返ると木箱を俺に手渡した。

「優勝おめでとうございます。こちらが優勝賞品の『完全回復薬(エリクシール)』です。見事な闘い振りでした。ゼロ様」

クラインは一礼すると、レムの方に向き直る。

「そうですかぁ、しょうがないですねぇ。ベアトリクス、仕事ですよ~(`・ω・´)キリッ」

レムがそう言い放つとベアトリクスの首筋が黒く光始めた。奴隷のタトゥーだ。ベアトリクスは首筋を抑えるが、タトゥーからの電撃で弾かれる。

「ベアトリクス!!」

ジンと俺はほぼ同時に叫んだ。ベアトリクスの痛みはジンが死ぬほど分かっているのだろう。あれは抵抗しているんだ、レムの命令に。身体中を焼くような電撃がベアトリクスを襲う。

「~~~~~~~~~っ!!!」
「4番隊副隊長ベアトリクスさーん、仕事してくださーい\(˙◁˙)/」

レムが笑いながら使役をする。
だが、ベアトリクスは首を振る。
なんで。どうして。

感情が追いつくより先に身体が動いていた。奴隷のタトゥーを外せれば!『縮地(ソニック)』でベアトリクスに近づく、身体に激痛が走るが厭(いと)わない。ベアトリクスの首筋に手を伸ばす。

「……え、エクスプロージョン」

ベアトリクスの声がした瞬間、ジンによって無理やり引き剥がされる。その数秒後に大爆発が巻き起こる。先程の規模とは異なり、手加減無しの爆風に俺たちは吹き飛ばされる。吹き飛ばされる瞬間にベアトリクスと目が合った。ベアトリクスの頬に一筋の涙が流れ、脳裏に焼き付いた。

ベアトリクスは抵抗出来なくなっていた。レムが使役をする限り、あやつり人形のように服従をする。最上級魔法の詠唱の後だから、魔力は底を尽きているはずなのに、無理矢理上級魔法を撃たされている。

「……あ、アブソリュート、テンペ、スト……サイコブレイク……、じゃがーのー……と……」

ジンの『無限剛腕(ヘカトンケイル)』で吸収しながら、上級魔法をなんとか避ける。これ以上は駄目だ。魔力を無理に使い過ぎてベアトリクスが廃人になってしまう。

『お!∑(・∀・)』

アッシュが『縮地(ソニック)』でレムの背後に周り『貫通(ランス)』を放つが避けらてしまい、4番隊に囲まれる。レムからの使役が途中で中断されたため、ベアトリクスが正気に戻る。その一瞬を見逃さずにベアトリクスに近づいた。

「ベアトリクス!」
「……ぜ、ろ」
「今、これ外してやるからな!待ってろ!」

身体はボロボロだった。首筋のタトゥーに元素を纏った手で触れようとする。ーーバチッ!だが、黒い電撃によって何度やっても何度やっても弾かれてしまう。

「くそっ!なんでだ!あの時は出来たのに!」
「……けいやくしゃ、が、ちがうの……レムがちょくせつむすんだけいやくだから、いまのゼロじゃとけないの……」
「くそっ!くそっ!くそっ!!」

どうすればいい。何が足りない。どうしたらいいんだ。この子を助けたい。『超越(トランス)』も出来るようになったのに!前より強くなったのに!

「ゼロ……」
「ベアトリクス!大丈夫だ!、すぐ、っなんとかしてやるから!」
「ゼロ、おねがいきいて……」
「なんだ!なんでも言ってくれ!」
「ころして」

耳を疑った。そして、すぐに意味を理解した自分に腹がたった。残酷だ。理不尽だ。なんでこの子が。

「だ、だめだ……、それは駄目だ!」
「ゼロなら、もう、わかってるでしょ……」

あぁ、分かってる。それが最適解ってことに納得してる自分がいる。レムを倒せないから、俺は弱いから、それしか選べないことも分かってる。
ーーそれでも!

「ないてるの……?」
「うるさい!今他の方法考えるから!」
「もう、わからなくなるから」
「何言って……」
「しえきされると、じぶんがわからなくなるの」
「……ベア……トリクス」
「だから、そうなるまえに、おねがい」
「…………」
「ぜろを、ころすまえに、ころして……」

ーー不条理だ。この世界はあまりにも。
今日初めて出会ったのに。
今日殺さなければならない。
ベアトリクスがいなければ。
俺は。きっと勝てなかった。
本気になれば、すぐに俺を殺せたはずだ。
だが、レムの命令に背き続けた。
俺たちを、助けるために。
ベアトリクスを強く抱きしめる。
小さい身体だった。
頭を撫でてやる。
彼女は微かにふふっと、笑った。
涙が止まらなかった。
俺は剣を握り、出来るだけ、優しく。
それでも、確かに。
ベアトリクスを貫いた。

ーーありがとう、ゼロ。

俺は叫んだ。何を発したのか分からない。
ベアトリクスの名前だったかもしれない。
それは心の叫びだったかもしれない。
身体に確かにある、
この何かを吐き出したかった。

ベアトリクスの手を握る。
彼女は穏やかな顔をしていた。
息を引き取ると、
彼女の奴隷のタトゥーは消えていった。
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