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1章 『国崩し』
崩壊鯨(コラプス)
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『Hey!Hey!俺っちは解説のMrマックス様だ!ようこそ『闘技場(コロシアム)』へ!今大会に集った勇気ある君達にまずは称賛と敬意を!さて、今大会の賞品はなんと『完全回復薬(エリクシール)』だ!国が傾く伝説の代物!それを求めて世界各国から強者がやって来た!さぁさぁ!そろそろ始めるぜ!言っておくが命の保証は出来ないぜ!逃げても誰も責めないぜ!だが、漢(おとこ)なら覇道を生きてみやがれ!!』
『闘技場(コロシアム)』で実況アナウンスが流れる。フィールドにジンと入場すると、他の挑戦者もぞろぞろと入場してくる。フィールドには既に下位モンスターが放たれている。その周りには死刑囚の死体が転がっていた。
「うるせぇ実況だな……」
周りの状況を確認する。約10人くらいエントリーしていたみたいだが、思ったより大した事は無さそうだ。隊長格の闘いを傍で見ていたから目が肥えたのかもしれない。だが、その中でもあの2人は異質だ。赤髪に眼鏡をかけた白コートの男は槍を携えている。軍服、なのか、ガルサルム王国騎士団の隊服とは異なる服を着ている。どこの国にも同じ組織はあるのかな。もう1人は人形を胸に抱いた少女だ。嫌な感じがする。
『READY FIGHT!!』
闘いの火蓋が切られた。囚人とモンスターが新たに召喚され、挑戦者も戦闘態勢に入る。全員が敵となる。
「お手合わせ願おう」
赤髪白コートの男が立ちはだかる。刀身が先に付いた長槍を携えて構えた。
「君が今大会の優勝候補と見た」
「お誉めに頂き光栄だが、まずは名乗ってくれねーか」
「これは失礼した。私はアッシュ」
「よろしくな、アッシュ」
隙がない。長槍のリーチもあって距離も詰めれない。ーーやっぱり強いな。
「行くぞ!」
先に動いたのはアッシュだった。体重移動と共に全身の力を槍に乗せた凄まじい『貫通(ランス)』が来る。間一髪で躱(かわ)す。そのまま剣を抜きアッシュの懐に入ろうとする。アッシュの口角が上がる。それを見て動作を停止させて回避に移る。アッシュの長槍がそのまま横に薙ぎ払われて先程身体があった空を切る。アッシュと目が合い思わず俺も口元が緩む。
ーー強ぇ。けど、……楽しい。
殺しあってるっていうのに、なんだこの高揚感は。武者震いってやつかな。この闘いは俺の試練だ。死線を乗り越えることで成長しなければならない。最低でも、『超越(トランス)』を修得しなければ、この先を進むことは出来ないだろう。
「『超越(トランス)』のやり方ですか?」
マインの宿屋でサナに俺は尋ねた。戦闘技術(スキル)の熟練度が高いサナの闘いは見ているだけで勉強になる。『一閃(スライス)』、『剛打(ブレイク)』、『縮地(ソニック)』などは見様見真似で体現出来た。だが、『超越(トランス)』は違った。あれだけはいくらやっても出来なかった。
「うーん、そうですねぇ。口で説明するのが難しいんですが、『超越(トランス)』を発動するのには時間がかかるんですよ。身体の器に元素(エレメント)を蓄積させるんですが……。ゼロは元素核(エレメントコア)って知ってますか?」
「元素核(エレメントコア……?)」
「元素っていうのは何処にでもあるんですが、例えば自然災害。台風、地震、噴火とか。ああいうのは元素が急激に集まる爆発みたいなものなんですよ。その元素核(エレメントコア)に周辺の元素が味方をする感じですかね」
「『超越(トランス)』も同じなのか?」
「そのとおり。だから、ゼロは多分出来ると思いますよ。元素(エレメント)を内側に溜める感覚です。自分が元素核(エレメントコア)になるんですよ
『感覚的に剛極(スマッシュ)が超越(トランス)に1番近いですね。前者は武器に、後者は身体に元素(エレメント)を蓄えるイメージです」
サナのアドバイスを思い返す。ゆっくり、確実に、武器に元素(エレメント)を流す。徐々にエネルギーが飽和状態に近づいていくのを感じる。上手く抑えないと爆発してしまいそうだ。このギリギリの状態を保つ。
霧が徐々に晴れてきた。アッシュの姿が映ると、彼は長槍を構えた状態で最大速度の『縮地(ソニック)』+『貫通(ランス)』の複合技、『絶槍(ゲイボルク)』を放つ。加速した状態で放たれるそれは、貫通力、突破力は最上級だ。それに合わさって氷属性は貫通力が全属性てトップレベルだ。己の属性と武器の相性を最大限に引き出す一手。
「結晶絶槍(クリスタルランサー)!」
ーー間合いに入った!
「飛翔飛来(ひしょうひらい)!」
剣を鞘から居抜く。剣と槍がぶつかり、その衝突は闘技場(コロシアム)全体を巻き込む。発生した衝撃波は音が過ぎ去り、衝撃と共に風を引き起こし、砂煙を巻き起こす。
なんとか競り勝った。『剛極(スマッシュ)』がアッシュを吹き飛ばした瞬間に右肩に痛みを感じる。なんて奴だ、飛ばされる時に『貫通(ランス)』を放ってやがった。砂煙が晴れ、アッシュと睨み合う。気を許せば間違いなく殺される。
『なんて熱いバトルだーー!!ゼロ選手もアッシュ選手もレベル高ぇぞ!!さぁ、まだだ!闘いを辞めるな!相手の呼吸を止めろ!生きてることを感じやがれ!!野郎共!!』
だが、感覚は『剛極(スマッシュ)』で掴んだ。あれを今度は俺の身体でやる。多分、出来る。それ確信ではないが、経験上の感覚としかいえなかった。そうすれば、俺も『超越(トランス)』状態にーー。
その瞬間、フィールドを巨影が包んだ。
「うらぁぁぁぁ!!」
「オォォォ!」
囚人とモンスターが誰彼構わず襲ってくる。だけど、すごく遅くて刃も牙も僕には届かない。バルトロを『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に吸収してから、身体に元素(エレメント)が満ちてくる。筋力もだいぶ戻ってきた。戦闘技術(スキル)だけは何故か身体に染み付いていて、謎だ。バルトロの時もそうだったけど、何故『剛打(ブレイク)』が打てたのだろうか。攻撃力の高い無属性が発現して、身体も軽くて絶好調だ。周りの敵をいなしながら必要最低限の攻撃を加えて戦闘不能にする。この場で戦闘の練習をしておこう。サナさんやフェイムスさんにも戦闘技術(スキル)を改めて教わったしね。
ーーなにより、サナさんとのデート権がある。
ゼロには負けられない。それを原動力に僕は闘技場(コロシアム)を頑張れる。ゼロは白コートの人と対峙していた。あの人、強そうだなぁ。
「よぉ」
鳥肌がたった。なにか大きくて恐ろしいものを見たような感覚。振り返ると大きな斧を肩に担いだ上裸の男がこちらを向いていた。ビリビリ伝わってくるのは、きっとあの人の強さだ。その男の人は両腕に手枷がつけられて拘束されている。囚人の人かな。
「俺はグレイだ。殺ろうぜ兄ちゃん」
「……ジンです」
「ジンか。いいねぇ、お前さん変な感じだ。強い何かを隠してるな?殺ろうぜ、なぁ」
なんだこの人。もしかして『無限剛腕(ヘカトンケイル)』のバルトロに勘づいてるのか?だとしたら、ただの囚人じゃないかもしれない。いや、もう既に変だけど。
「いくぜぇぇぇ!ジンんんん!」
両腕に枷をはめられたまま大斧をかつぎながら走ってくる。僕は身構える。
ーーん?走って?
『縮地(ソニック)』じゃなくて、走り?
やっぱり大した事ないのかもしれない。もっと速く動くと思って気を張っていたけど。グレイは大斧を振り上げる。僕は『一閃(スライス)』で弾く準備をするが、悪寒を感じたため、急遽緊急回避をする。グレイの大斧はフィールドに突き刺さり地面を割った。
ーー危なかった!今の形は違うけど、『閃刃(スラッシュ)』?『縮地(ソニック)』は使わないのに『閃刃(スラッシュ)』は使うのか。油断した。
僕は無属性を剣に纏わせ、『剛打(ブレイク)』でグレイに反撃する。防ぐなら『一閃(スライス)』で弾いてくるはずだ。しかし、その思惑は外れる。グレイは僕の『剛打(ブレイク)』を避けずに真正面から受ける。
「なっ……」
「いいねぇいいねぇ♬だが、足りないぜぇ!!」
身体をねじるように回し、その遠心力で大斧を振り回した。『剛打(ブレイク)』だ。僕は『一閃(スライス)』で弾こうとするが、押し負けて吹き飛ばされてしまう。
「なんて力だ……!」
『縮地(ソニック)』で距離をとると、『閃刃(スラッシュ)』が飛んでくる。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』のゲートを開き、『閃刃(スラッシュ)』を吸収する。
「ほぉ!そんなことも出来るのかい!」
「こんなことも出来ますよ!」
グレイの周辺に『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を開き、先程の『閃刃(スラッシュ)』をそのままグレイにぶつける。
ーーどうだ!
『閃刃(スラッシュ)』は間違いなく直撃している。しかし、グレイは相変わらず無傷だった。一体どうなっているんだ。この人戦い方が無茶苦茶だ。防御をしないし、戦闘技術(スキル)もでたらめだ。
「いいねぇ、いいねぇ!!楽しいなぁ、おい!!」
グレイは『超越(トランス)』状態に入った。大斧を頭上で回転させて力を溜めている。
「『超越(トランス)』も使えるのか……」
グレイの圧倒的な強さに驚きを隠せない。僕はまだ『超越(トランス)』が出来ない。このままじゃ、こっちがやられてしまう。
「手伝うよ、お兄ちゃん」
背後から声がして、振り返ると人形を抱いた少女がそこに立っていた。金髪の長髪にフリルが付いた礼服を着ている。あれ、確か『闘技場(コロシアム)』って女人禁制じゃなかったっけ?
「言っておくけど、私、女でも男でもないから。ベアトリクスよ。よろしくねお兄ちゃん」
中性。前世界では生物の進化の過程で雄と雌以外の性別に辿り着いた。子孫を残さないという選択肢が生まれたのだ。本来、生物が遺伝子を生殖によって生涯残していくのは、神からの選抜に残るためとされている。だが、中性にはその使命はない。見た目は男で女でもある。生殖機能がないので、遺伝子の遺し方が特殊であるが、それはまた別の話である。
「下がってて、お兄ちゃん」
「あ、あぶないよ!」
「いいから、下がってなさい」
ベアトリクスから『発砲(ショット)』を受けて後方に吹き飛ばされる。加減をされていたので、衝撃はあったが、痛みはさほどなかった。その瞬間にグレイは『超越(トランス)』状態で笑いながら向かってくる。ベアトリクスは人形を左手に抱えながら右手を前にかざして詠唱を始める。
「お前も強そうだなぁ!お嬢ちゃん!」
グレイは両腕で大斧を加減なくベアトリクスに向けて薙ぎ払う。だが、ベアトリクスの足元から氷の大樹が急激に生えてきて、グレイの攻撃を弾いた。
「零度の女神による白銀の抱擁ーー、アブソリュート」
ーー上級魔法?!こんな小さな子が?!
氷の大樹はそのまま成長を続け、グレイに攻撃を続ける。グレイは相変わらず『縮地(ソニック)』は使わずに攻撃を避けていた。
灰燼一切を成せーー、エクスプロージョン
終焉の裁きーー、カタストロフ
母なる大地の傷ーー、ラグナロク
星の息吹ーー、テンペスト
『連続魔法』。魔法は初級、中級、上級、最上級の4段階に分類される。その扱いは大抵『発砲(ショット)』、『照射(ブラスト)』、『爆陣(バースト)』の型になる。中級までであれば、ある程度の訓練で修得は可能である。だが、上級以上は別格で大きな隔たりがあった。血のにじむ様な努力、器が詠唱者には求められる。魔法は元素(エレメント)を元に生成される自然エネルギーであり、その練度は元素を魔法に転換する力、いわゆる魔力に依存する。上級魔法ともなれば熟練者が複数人詠唱してようやく発動できるレベルなのだ。ベアトリクスはそれを短時間で連続で行っている。通常あり得ない。
「ははははははぁ!すげぇ!すげぇ!」
グレイはベアトリクスの上級魔法をギリギリで避けながら、打破の糸口を探している。上級魔法は本来、街を壊滅させるほどの破壊力があるのだが、ベアトリクスがセーブしているようだった。
ーーやっぱり、おかしい。
グレイとの戦闘が始まってから違和感を感じていたけど、ある仮説に辿り着いた。グレイは『縮地(ソニック)』を使わないのではなく、使えないのではないか。思う節はあった。『剛打(ブレイク)』を『一閃(スライス)』で弾かなかったこともそうだった。見たところグレイは風属性の使い手だ。風属性は『一閃(スライス)』、『閃刃(スラッシュ)』に特化した属性なのに、『閃刃(スラッシュ)』しか撃っていない。つまり、我流で戦闘技術(スキル)を使っているということになる。普通は訓練を経て各戦闘技術(スキル)を修得していくものだが、グレイは違った。戦いながら感覚で修得してきたのだ。だからこそ、驚かなければならない。『超越(トランス)』への到達。これが独学ならば天賦の才能だ。
グレイとベアトリクスの戦闘がフィールド全体を巻き込み始めた時、闘技場が巨影で暗くなった。
「なんだ、ありゃ……」
突如フィールドは暗くなり、空を見上げると巨大な影に気づく。それを鯨の魚影と分かるまでしばらくかかった。その存在は初めて見るものだったが、自分の直感が言っている。『アレ』はバルトロよりヤバイ。
『な、な、な、なんとー!ここで『崩壊鯨(コラプス)』の登場だぁぁ!前世界でとある国を半壊までした悪魔!崩壊と再生を繰り返す化物だぁ!親は前世界で英雄達に討伐されたらしいが、この世界で倒せる英雄は果たしているのかぁぁぁ?!』
崩壊鯨(コラプス)は約30mほどの大きさで空を泳いでいた。赤い眼に紫色の鎧のような鱗に金色の角が備わっている。崩壊鯨(コラプス)は徐々に高度を下げ始め、間もなく俺たちの頭上まで来た。その際に紫色の鱗は所々剥がれてフィールドに散乱する。落ちてきた鱗は煙を上げながら溶け始めた。周辺にいた囚人やモンスター達はその煙を吸い込むと次々と倒れていった。ーー毒か。
『ブォォォォォォォォォォォォォォ……!!』
鯨の歌だ。耳が潰れそうになる。鯨独特の声が芯から身体を震えさせる。その神々しさに畏怖を覚える。崩壊鯨(コラプス)は改めて俺たちを視界に入れると体勢を変えて、鼻先の金色の角を光らせた。
『飛燕!』
俺は『閃刃(スラッシュ)』を崩壊鯨(コラプス)に放つ。三日月の斬撃が飛ぶ。しかし、崩壊鯨(コラプス)に直撃する前に見えない障壁にかき消される。崩壊鯨の詠唱が終わり上級魔法が飛来する。
「なっ……」
『大瀑布(ギガスプラッシュ)』
どこからともなく莫大な量の水流が召喚され、フィールドに降り注ぐ。
『『ーーアブソリュート』』
アッシュと人形の少女が同時に氷の大樹を召喚し、水がフィールドに着水する瞬間に氷結させる。水はフィールドに弾かれた瞬間の状態で零度されていた。2本の氷の大樹はそのまま崩壊鯨(コラプス)に直撃した後、崩壊鯨(コラプス)を氷漬けにした。だが、すぐに氷塊は砕かれて脱出する。その際に再び毒の鱗が剥がれ、フィールドに散乱する。生え変わった箇所は回復しているようだった。
「あの化物を倒すまで、しばらく休戦としないか」
「賛成」
アッシュからの申し出に即答する。
「改めてゼロだ。よろしく。そっちの嬢ちゃんは?」
「ベアトリクスよ」
「よろしくなベアトリクス」
「ゼロ!」
ジンが向こう側から俺たちと合流する。
「無事だったかジン」
「うん。あれ何……?」
「知らん。けど、あいつ倒さないと優勝は出来ないみたいだぜ」
ジンは崩壊鯨(コラプス)を見上げる。少し震えているのが分かる。そりゃそうだ。俺だって怖い。どうやって倒すんだよ、あれ。攻撃しても再生するし、剥がれた鱗は毒になる。高火力の技をぶつけて再生が間に合わないようにするしかない……か?
「ははははははははははぁ!」
突如、上裸の男が『超越(トランス)』状態で崩壊鯨(コラプス)に突っ込んでいく。大斧で横腹を割き、左の目玉を素手でぶち抜いた。
「なんだアイツ!」
「グレイ滅茶苦茶……」
「ちょっといい?」
ベアトリクスが口を割る。
「あれをぶっ飛ばす作戦があるのだけど」
「最上級魔法……?」
「そう、私が唯一出来る炎属性の最上級魔法『流星(メテオ)』なら、あれを倒せると思うの」
「ベアトリクス、ホントに何者……?」
「知らない方がいいわ。でも、私でも詠唱に3分くらい必要なの。その時間を稼いで欲しいわ」
確かに、『超越(トランス)』が出来ない以上、この場で最高火力はベアトリクスの魔法になるだろう。長期戦になればジリ貧でこちらが不利になるのは明確だ。
「彼女の意見に賛同だ」
アッシュが口を割る。
「現状、打開策はそれのみだろう」
ジンと目が合い、どうやら意見が合ったようだ。3分か。バルトロの時の1分は永かった。俺達に出来るだろうか。崩壊鯨(コラプス)は水・風属性の覚醒者だ。アッシュの氷属性、俺の炎属性、ジンの無属性でどれだけやれるだろうか。再生と崩壊を繰り返す化物相手に。
「水属性の攻撃は私に任せろ」
アッシュが長槍に氷属性を溜めながら崩壊鯨(コラプス)に先に向かって行った。
「僕達も行こう、ゼロ」
「あぁ」
「なんだ、お前ら今いいところなんだ。邪魔すんじゃねぇ!」
崩壊鯨(コラプス)に乗った状態で戦闘をしていたグレイがこちらに向かって叫ぶ。グレイの攻撃のおかげで崩壊鯨(コラプス)は高度を保てず、俺達の攻撃が当たる低空を飛行している。俺は『縮地(ソニック)』で最接近すると『絶技(エッジ)』を崩壊鯨(コラプス)に叩き込む。
「不知火(しらぬい)!」
「邪魔すんじゃねぇ!!」
グレイの大斧に俺の『絶技(エッジ)』は弾かれる。相手が『超越(トランス)』状態とはいえ、『絶技(エッジ)』を通常の攻撃で弾くか普通。
「そっちこそ邪魔するな!」
「うるせぇ!こいつは俺の獲物だ!」
「今それどころじゃねぇだろ……」
アッシュとベアトリクスとは共同戦線をはれたが、グレイはまったく聞く耳を持たない。そうこうしてる間に崩壊鯨(コラプス)は高度を上げ始め、同時に詠唱に入る。
「まずい!」
「結晶絶槍(クリスタルランサー)!」
「うぉっ?!」
アッシュが『絶槍(ゲイボルク)』でグレイに突進をして、それをなんとか大斧で防がれる。だが、その衝突でグレイは崩壊鯨(コラプス)から引き剥がされる。同時に詠唱も止まった。
「彼は任せろ」
「助かる」
アッシュは崩壊鯨(コラプス)から落ちたグレイを追った。それと入れ替わるように俺は『剛極(スマッシュ)』を崩壊鯨(コラプス)に叩き込む。
「飛翔飛来(ひしょうひらい)!」
剣がなんとか突き刺さる。『剛極(スマッシュ)』の火力なら、崩壊鯨(コラプス)の見えない障壁も貫通した。だが、鱗がさらに硬い。
『大瀑布(ギガスプラッシュ)』
『無限剛腕(ヘカトンケイル)!』
崩壊鯨(コラプス)によって召喚された水流が、ジンの無限剛腕(ヘカトンケイル)に吸収される。致命傷を与えるならもっと火力が必要だ。
「やってみるか……、『超越(トランス)』」
ーー『超越(トランス)』!
周囲の元素エネルギーを身体に集めるイメージ。感覚は『剛極(スマッシュ)』と一緒だ。あれが出来たなら出来るはず。もってくれよ俺の身体。
ーー集中。集中。集中。
身体が内側から元素で満たされていくのが分かる。同時に息苦しさも増していく。元素濃度が急激に濃くなったからだ。やばい。『剛極(スマッシュ)』よりキツい。意識が飛びそうだ。何秒たった?崩壊鯨(コラプス)は?アッシュは?ベアトリクスは?ジンは?
「ゼロ!」
ジンの声でハッとする。目の前でジンが『無限剛腕(ヘカトンケイル)』で『大瀑布(ギガスプラッシュ)』を吸収してくれている。視界の端にベアトリクスが詠唱をしていて、そこにも『無限剛腕(ヘカトンケイル)』のゲートがはられていた。
「~~!ぜ、ゼロ、はやく……!」
ふっと思わず笑みがこぼれる。何も言わずに俺の意図を理解したジンの行動や、アッシュとベアトリクスの不思議な安心感に。殺し合いの敵同士だったはずなのに、同じ目標に協力するのは変な感じだ。一緒に戦えることが嬉しいなんて。
臨界点を見つけた。これ以上元素を溜めたらどうなるんだろう。器から溢れるのだろうか。そうなったら、俺はどうなる……?
ーー知るか。
ジンが、アッシュが、ベアトリクスが一緒に戦ってくれている。命をかけてくれている。俺も命をかけないでどうする。俺は一気に身体に元素を流し込んだ。心拍数が上がっていくのが分かる。身体が暑い。だが、チカラがみなぎってくる。周りの元素が自然に俺の元に集まってきた。
「出来た……!これが『超越(トランス)』!」
喜びに浸っている場合じゃない。身体にチカラがみなぎっているが、負担もまだ大きい。身体も暑いままで、心臓も痛い。どうやらチンタラやってるヒマはなさそうだ。
『飛燕!』
『閃刃(スラッシュ)』を放ったつもりが、剣が軽すぎて高威力の『一閃(スライス)』と『閃刃(スラッシュ)』に分かれてしまった。エネルギー量が高すぎて、うまくコントロール出来なかった。『縮地(ソニック)』でジンの前に入ろうとすると、これまた行き過ぎてしまい、崩壊鯨(コラプス)の目の前まで来てしまった。
「ちょうどいい!喰らえ!飛翔飛来(ひしょうひらい)!」
『剛極(スマッシュ)』を崩壊鯨(コラプス)の角(つの)に叩き込む。先程とは桁違いの火力だ。剣は弾かれることなく角を砕き、そのまま崩壊鯨(コラプス)の額まで貫通した。『超越(トランス)』状態だとここまで火力が跳ね上がるのか。これなら今まで出来なかったことも出来る幅が拡がる。確かな手応えを感じつつ、最小限の動きで効率良く攻撃を続ける。持続可能時間が分からない以上、出し惜しみは出来ない。『閃刃(スラッシュ)』、『一閃(スライス)』、『剛打(ブレイク)』、『剛極(スマッシュ)』、『絶技(エッジ)』を可能な限り出し尽くす。崩壊鯨(コラプス)は連撃によろめき、高度を下げる。
ーーいける!あとはベアトリクスに繋げれば!
『ブォォォォォォォォォォォォォォ!!』
手応えを感じたその瞬間、崩壊鯨(コラプス)は咆哮した。耳がつんざき、その衝撃で吹き飛ばされる。ダメージ自体はさほどないが、手が震えて剣がうまく持てない。
ーー麻痺効果!
神経への毒を食らったのかもしれない。握力が戻らない。くそ。あと少しなのに。『超越(トランス)』状態が徐々に切れ始めるのが分かる。身体から元素が抜け始めているんだ。崩壊鯨(コラプス)は先程の傷の部分が崩壊し、鱗が剥がれて、再度再生し始めた。駄目だ。力が入らない。せっかく『超越(トランス)』になったのに。
『撫で剥ぎぃ!!』
突如、優しい風が吹く。グレイの『閃刃(スラッシュ)』だ。アッシュの制止を振り切って『超越(トランス)』状態で放っていた。風は見えなかったが、過ぎ去った後に崩壊鯨(コラプス)の身体を真っ二つにした。
「ははははは、どうだぁ!!」
だが、尚も崩壊鯨(コラプス)は再生し始める。2等分された半身は引き寄せられる。おびただしい崩壊鯨(コラプス)の鱗と血がフィールドに巻き散る。そこから毒ガスが発生する。『超越(トランス)』状態の2人が攻撃しても死なないだと……。もう無理だ。勝てない。
『待たせたわね』
諦めかけたその時、ベアトリクスの声がした。
『降り注げ、宙(そら)の輝きよ、悠久の祈りの歌に耳を傾けよ。そして導け、この道の先を。照らせ天翔(あまかけ)る光と成って。ーー流星(メテオ)!』
『闘技場(コロシアム)』で実況アナウンスが流れる。フィールドにジンと入場すると、他の挑戦者もぞろぞろと入場してくる。フィールドには既に下位モンスターが放たれている。その周りには死刑囚の死体が転がっていた。
「うるせぇ実況だな……」
周りの状況を確認する。約10人くらいエントリーしていたみたいだが、思ったより大した事は無さそうだ。隊長格の闘いを傍で見ていたから目が肥えたのかもしれない。だが、その中でもあの2人は異質だ。赤髪に眼鏡をかけた白コートの男は槍を携えている。軍服、なのか、ガルサルム王国騎士団の隊服とは異なる服を着ている。どこの国にも同じ組織はあるのかな。もう1人は人形を胸に抱いた少女だ。嫌な感じがする。
『READY FIGHT!!』
闘いの火蓋が切られた。囚人とモンスターが新たに召喚され、挑戦者も戦闘態勢に入る。全員が敵となる。
「お手合わせ願おう」
赤髪白コートの男が立ちはだかる。刀身が先に付いた長槍を携えて構えた。
「君が今大会の優勝候補と見た」
「お誉めに頂き光栄だが、まずは名乗ってくれねーか」
「これは失礼した。私はアッシュ」
「よろしくな、アッシュ」
隙がない。長槍のリーチもあって距離も詰めれない。ーーやっぱり強いな。
「行くぞ!」
先に動いたのはアッシュだった。体重移動と共に全身の力を槍に乗せた凄まじい『貫通(ランス)』が来る。間一髪で躱(かわ)す。そのまま剣を抜きアッシュの懐に入ろうとする。アッシュの口角が上がる。それを見て動作を停止させて回避に移る。アッシュの長槍がそのまま横に薙ぎ払われて先程身体があった空を切る。アッシュと目が合い思わず俺も口元が緩む。
ーー強ぇ。けど、……楽しい。
殺しあってるっていうのに、なんだこの高揚感は。武者震いってやつかな。この闘いは俺の試練だ。死線を乗り越えることで成長しなければならない。最低でも、『超越(トランス)』を修得しなければ、この先を進むことは出来ないだろう。
「『超越(トランス)』のやり方ですか?」
マインの宿屋でサナに俺は尋ねた。戦闘技術(スキル)の熟練度が高いサナの闘いは見ているだけで勉強になる。『一閃(スライス)』、『剛打(ブレイク)』、『縮地(ソニック)』などは見様見真似で体現出来た。だが、『超越(トランス)』は違った。あれだけはいくらやっても出来なかった。
「うーん、そうですねぇ。口で説明するのが難しいんですが、『超越(トランス)』を発動するのには時間がかかるんですよ。身体の器に元素(エレメント)を蓄積させるんですが……。ゼロは元素核(エレメントコア)って知ってますか?」
「元素核(エレメントコア……?)」
「元素っていうのは何処にでもあるんですが、例えば自然災害。台風、地震、噴火とか。ああいうのは元素が急激に集まる爆発みたいなものなんですよ。その元素核(エレメントコア)に周辺の元素が味方をする感じですかね」
「『超越(トランス)』も同じなのか?」
「そのとおり。だから、ゼロは多分出来ると思いますよ。元素(エレメント)を内側に溜める感覚です。自分が元素核(エレメントコア)になるんですよ
『感覚的に剛極(スマッシュ)が超越(トランス)に1番近いですね。前者は武器に、後者は身体に元素(エレメント)を蓄えるイメージです」
サナのアドバイスを思い返す。ゆっくり、確実に、武器に元素(エレメント)を流す。徐々にエネルギーが飽和状態に近づいていくのを感じる。上手く抑えないと爆発してしまいそうだ。このギリギリの状態を保つ。
霧が徐々に晴れてきた。アッシュの姿が映ると、彼は長槍を構えた状態で最大速度の『縮地(ソニック)』+『貫通(ランス)』の複合技、『絶槍(ゲイボルク)』を放つ。加速した状態で放たれるそれは、貫通力、突破力は最上級だ。それに合わさって氷属性は貫通力が全属性てトップレベルだ。己の属性と武器の相性を最大限に引き出す一手。
「結晶絶槍(クリスタルランサー)!」
ーー間合いに入った!
「飛翔飛来(ひしょうひらい)!」
剣を鞘から居抜く。剣と槍がぶつかり、その衝突は闘技場(コロシアム)全体を巻き込む。発生した衝撃波は音が過ぎ去り、衝撃と共に風を引き起こし、砂煙を巻き起こす。
なんとか競り勝った。『剛極(スマッシュ)』がアッシュを吹き飛ばした瞬間に右肩に痛みを感じる。なんて奴だ、飛ばされる時に『貫通(ランス)』を放ってやがった。砂煙が晴れ、アッシュと睨み合う。気を許せば間違いなく殺される。
『なんて熱いバトルだーー!!ゼロ選手もアッシュ選手もレベル高ぇぞ!!さぁ、まだだ!闘いを辞めるな!相手の呼吸を止めろ!生きてることを感じやがれ!!野郎共!!』
だが、感覚は『剛極(スマッシュ)』で掴んだ。あれを今度は俺の身体でやる。多分、出来る。それ確信ではないが、経験上の感覚としかいえなかった。そうすれば、俺も『超越(トランス)』状態にーー。
その瞬間、フィールドを巨影が包んだ。
「うらぁぁぁぁ!!」
「オォォォ!」
囚人とモンスターが誰彼構わず襲ってくる。だけど、すごく遅くて刃も牙も僕には届かない。バルトロを『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に吸収してから、身体に元素(エレメント)が満ちてくる。筋力もだいぶ戻ってきた。戦闘技術(スキル)だけは何故か身体に染み付いていて、謎だ。バルトロの時もそうだったけど、何故『剛打(ブレイク)』が打てたのだろうか。攻撃力の高い無属性が発現して、身体も軽くて絶好調だ。周りの敵をいなしながら必要最低限の攻撃を加えて戦闘不能にする。この場で戦闘の練習をしておこう。サナさんやフェイムスさんにも戦闘技術(スキル)を改めて教わったしね。
ーーなにより、サナさんとのデート権がある。
ゼロには負けられない。それを原動力に僕は闘技場(コロシアム)を頑張れる。ゼロは白コートの人と対峙していた。あの人、強そうだなぁ。
「よぉ」
鳥肌がたった。なにか大きくて恐ろしいものを見たような感覚。振り返ると大きな斧を肩に担いだ上裸の男がこちらを向いていた。ビリビリ伝わってくるのは、きっとあの人の強さだ。その男の人は両腕に手枷がつけられて拘束されている。囚人の人かな。
「俺はグレイだ。殺ろうぜ兄ちゃん」
「……ジンです」
「ジンか。いいねぇ、お前さん変な感じだ。強い何かを隠してるな?殺ろうぜ、なぁ」
なんだこの人。もしかして『無限剛腕(ヘカトンケイル)』のバルトロに勘づいてるのか?だとしたら、ただの囚人じゃないかもしれない。いや、もう既に変だけど。
「いくぜぇぇぇ!ジンんんん!」
両腕に枷をはめられたまま大斧をかつぎながら走ってくる。僕は身構える。
ーーん?走って?
『縮地(ソニック)』じゃなくて、走り?
やっぱり大した事ないのかもしれない。もっと速く動くと思って気を張っていたけど。グレイは大斧を振り上げる。僕は『一閃(スライス)』で弾く準備をするが、悪寒を感じたため、急遽緊急回避をする。グレイの大斧はフィールドに突き刺さり地面を割った。
ーー危なかった!今の形は違うけど、『閃刃(スラッシュ)』?『縮地(ソニック)』は使わないのに『閃刃(スラッシュ)』は使うのか。油断した。
僕は無属性を剣に纏わせ、『剛打(ブレイク)』でグレイに反撃する。防ぐなら『一閃(スライス)』で弾いてくるはずだ。しかし、その思惑は外れる。グレイは僕の『剛打(ブレイク)』を避けずに真正面から受ける。
「なっ……」
「いいねぇいいねぇ♬だが、足りないぜぇ!!」
身体をねじるように回し、その遠心力で大斧を振り回した。『剛打(ブレイク)』だ。僕は『一閃(スライス)』で弾こうとするが、押し負けて吹き飛ばされてしまう。
「なんて力だ……!」
『縮地(ソニック)』で距離をとると、『閃刃(スラッシュ)』が飛んでくる。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』のゲートを開き、『閃刃(スラッシュ)』を吸収する。
「ほぉ!そんなことも出来るのかい!」
「こんなことも出来ますよ!」
グレイの周辺に『無限剛腕(ヘカトンケイル)』を開き、先程の『閃刃(スラッシュ)』をそのままグレイにぶつける。
ーーどうだ!
『閃刃(スラッシュ)』は間違いなく直撃している。しかし、グレイは相変わらず無傷だった。一体どうなっているんだ。この人戦い方が無茶苦茶だ。防御をしないし、戦闘技術(スキル)もでたらめだ。
「いいねぇ、いいねぇ!!楽しいなぁ、おい!!」
グレイは『超越(トランス)』状態に入った。大斧を頭上で回転させて力を溜めている。
「『超越(トランス)』も使えるのか……」
グレイの圧倒的な強さに驚きを隠せない。僕はまだ『超越(トランス)』が出来ない。このままじゃ、こっちがやられてしまう。
「手伝うよ、お兄ちゃん」
背後から声がして、振り返ると人形を抱いた少女がそこに立っていた。金髪の長髪にフリルが付いた礼服を着ている。あれ、確か『闘技場(コロシアム)』って女人禁制じゃなかったっけ?
「言っておくけど、私、女でも男でもないから。ベアトリクスよ。よろしくねお兄ちゃん」
中性。前世界では生物の進化の過程で雄と雌以外の性別に辿り着いた。子孫を残さないという選択肢が生まれたのだ。本来、生物が遺伝子を生殖によって生涯残していくのは、神からの選抜に残るためとされている。だが、中性にはその使命はない。見た目は男で女でもある。生殖機能がないので、遺伝子の遺し方が特殊であるが、それはまた別の話である。
「下がってて、お兄ちゃん」
「あ、あぶないよ!」
「いいから、下がってなさい」
ベアトリクスから『発砲(ショット)』を受けて後方に吹き飛ばされる。加減をされていたので、衝撃はあったが、痛みはさほどなかった。その瞬間にグレイは『超越(トランス)』状態で笑いながら向かってくる。ベアトリクスは人形を左手に抱えながら右手を前にかざして詠唱を始める。
「お前も強そうだなぁ!お嬢ちゃん!」
グレイは両腕で大斧を加減なくベアトリクスに向けて薙ぎ払う。だが、ベアトリクスの足元から氷の大樹が急激に生えてきて、グレイの攻撃を弾いた。
「零度の女神による白銀の抱擁ーー、アブソリュート」
ーー上級魔法?!こんな小さな子が?!
氷の大樹はそのまま成長を続け、グレイに攻撃を続ける。グレイは相変わらず『縮地(ソニック)』は使わずに攻撃を避けていた。
灰燼一切を成せーー、エクスプロージョン
終焉の裁きーー、カタストロフ
母なる大地の傷ーー、ラグナロク
星の息吹ーー、テンペスト
『連続魔法』。魔法は初級、中級、上級、最上級の4段階に分類される。その扱いは大抵『発砲(ショット)』、『照射(ブラスト)』、『爆陣(バースト)』の型になる。中級までであれば、ある程度の訓練で修得は可能である。だが、上級以上は別格で大きな隔たりがあった。血のにじむ様な努力、器が詠唱者には求められる。魔法は元素(エレメント)を元に生成される自然エネルギーであり、その練度は元素を魔法に転換する力、いわゆる魔力に依存する。上級魔法ともなれば熟練者が複数人詠唱してようやく発動できるレベルなのだ。ベアトリクスはそれを短時間で連続で行っている。通常あり得ない。
「ははははははぁ!すげぇ!すげぇ!」
グレイはベアトリクスの上級魔法をギリギリで避けながら、打破の糸口を探している。上級魔法は本来、街を壊滅させるほどの破壊力があるのだが、ベアトリクスがセーブしているようだった。
ーーやっぱり、おかしい。
グレイとの戦闘が始まってから違和感を感じていたけど、ある仮説に辿り着いた。グレイは『縮地(ソニック)』を使わないのではなく、使えないのではないか。思う節はあった。『剛打(ブレイク)』を『一閃(スライス)』で弾かなかったこともそうだった。見たところグレイは風属性の使い手だ。風属性は『一閃(スライス)』、『閃刃(スラッシュ)』に特化した属性なのに、『閃刃(スラッシュ)』しか撃っていない。つまり、我流で戦闘技術(スキル)を使っているということになる。普通は訓練を経て各戦闘技術(スキル)を修得していくものだが、グレイは違った。戦いながら感覚で修得してきたのだ。だからこそ、驚かなければならない。『超越(トランス)』への到達。これが独学ならば天賦の才能だ。
グレイとベアトリクスの戦闘がフィールド全体を巻き込み始めた時、闘技場が巨影で暗くなった。
「なんだ、ありゃ……」
突如フィールドは暗くなり、空を見上げると巨大な影に気づく。それを鯨の魚影と分かるまでしばらくかかった。その存在は初めて見るものだったが、自分の直感が言っている。『アレ』はバルトロよりヤバイ。
『な、な、な、なんとー!ここで『崩壊鯨(コラプス)』の登場だぁぁ!前世界でとある国を半壊までした悪魔!崩壊と再生を繰り返す化物だぁ!親は前世界で英雄達に討伐されたらしいが、この世界で倒せる英雄は果たしているのかぁぁぁ?!』
崩壊鯨(コラプス)は約30mほどの大きさで空を泳いでいた。赤い眼に紫色の鎧のような鱗に金色の角が備わっている。崩壊鯨(コラプス)は徐々に高度を下げ始め、間もなく俺たちの頭上まで来た。その際に紫色の鱗は所々剥がれてフィールドに散乱する。落ちてきた鱗は煙を上げながら溶け始めた。周辺にいた囚人やモンスター達はその煙を吸い込むと次々と倒れていった。ーー毒か。
『ブォォォォォォォォォォォォォォ……!!』
鯨の歌だ。耳が潰れそうになる。鯨独特の声が芯から身体を震えさせる。その神々しさに畏怖を覚える。崩壊鯨(コラプス)は改めて俺たちを視界に入れると体勢を変えて、鼻先の金色の角を光らせた。
『飛燕!』
俺は『閃刃(スラッシュ)』を崩壊鯨(コラプス)に放つ。三日月の斬撃が飛ぶ。しかし、崩壊鯨(コラプス)に直撃する前に見えない障壁にかき消される。崩壊鯨の詠唱が終わり上級魔法が飛来する。
「なっ……」
『大瀑布(ギガスプラッシュ)』
どこからともなく莫大な量の水流が召喚され、フィールドに降り注ぐ。
『『ーーアブソリュート』』
アッシュと人形の少女が同時に氷の大樹を召喚し、水がフィールドに着水する瞬間に氷結させる。水はフィールドに弾かれた瞬間の状態で零度されていた。2本の氷の大樹はそのまま崩壊鯨(コラプス)に直撃した後、崩壊鯨(コラプス)を氷漬けにした。だが、すぐに氷塊は砕かれて脱出する。その際に再び毒の鱗が剥がれ、フィールドに散乱する。生え変わった箇所は回復しているようだった。
「あの化物を倒すまで、しばらく休戦としないか」
「賛成」
アッシュからの申し出に即答する。
「改めてゼロだ。よろしく。そっちの嬢ちゃんは?」
「ベアトリクスよ」
「よろしくなベアトリクス」
「ゼロ!」
ジンが向こう側から俺たちと合流する。
「無事だったかジン」
「うん。あれ何……?」
「知らん。けど、あいつ倒さないと優勝は出来ないみたいだぜ」
ジンは崩壊鯨(コラプス)を見上げる。少し震えているのが分かる。そりゃそうだ。俺だって怖い。どうやって倒すんだよ、あれ。攻撃しても再生するし、剥がれた鱗は毒になる。高火力の技をぶつけて再生が間に合わないようにするしかない……か?
「ははははははははははぁ!」
突如、上裸の男が『超越(トランス)』状態で崩壊鯨(コラプス)に突っ込んでいく。大斧で横腹を割き、左の目玉を素手でぶち抜いた。
「なんだアイツ!」
「グレイ滅茶苦茶……」
「ちょっといい?」
ベアトリクスが口を割る。
「あれをぶっ飛ばす作戦があるのだけど」
「最上級魔法……?」
「そう、私が唯一出来る炎属性の最上級魔法『流星(メテオ)』なら、あれを倒せると思うの」
「ベアトリクス、ホントに何者……?」
「知らない方がいいわ。でも、私でも詠唱に3分くらい必要なの。その時間を稼いで欲しいわ」
確かに、『超越(トランス)』が出来ない以上、この場で最高火力はベアトリクスの魔法になるだろう。長期戦になればジリ貧でこちらが不利になるのは明確だ。
「彼女の意見に賛同だ」
アッシュが口を割る。
「現状、打開策はそれのみだろう」
ジンと目が合い、どうやら意見が合ったようだ。3分か。バルトロの時の1分は永かった。俺達に出来るだろうか。崩壊鯨(コラプス)は水・風属性の覚醒者だ。アッシュの氷属性、俺の炎属性、ジンの無属性でどれだけやれるだろうか。再生と崩壊を繰り返す化物相手に。
「水属性の攻撃は私に任せろ」
アッシュが長槍に氷属性を溜めながら崩壊鯨(コラプス)に先に向かって行った。
「僕達も行こう、ゼロ」
「あぁ」
「なんだ、お前ら今いいところなんだ。邪魔すんじゃねぇ!」
崩壊鯨(コラプス)に乗った状態で戦闘をしていたグレイがこちらに向かって叫ぶ。グレイの攻撃のおかげで崩壊鯨(コラプス)は高度を保てず、俺達の攻撃が当たる低空を飛行している。俺は『縮地(ソニック)』で最接近すると『絶技(エッジ)』を崩壊鯨(コラプス)に叩き込む。
「不知火(しらぬい)!」
「邪魔すんじゃねぇ!!」
グレイの大斧に俺の『絶技(エッジ)』は弾かれる。相手が『超越(トランス)』状態とはいえ、『絶技(エッジ)』を通常の攻撃で弾くか普通。
「そっちこそ邪魔するな!」
「うるせぇ!こいつは俺の獲物だ!」
「今それどころじゃねぇだろ……」
アッシュとベアトリクスとは共同戦線をはれたが、グレイはまったく聞く耳を持たない。そうこうしてる間に崩壊鯨(コラプス)は高度を上げ始め、同時に詠唱に入る。
「まずい!」
「結晶絶槍(クリスタルランサー)!」
「うぉっ?!」
アッシュが『絶槍(ゲイボルク)』でグレイに突進をして、それをなんとか大斧で防がれる。だが、その衝突でグレイは崩壊鯨(コラプス)から引き剥がされる。同時に詠唱も止まった。
「彼は任せろ」
「助かる」
アッシュは崩壊鯨(コラプス)から落ちたグレイを追った。それと入れ替わるように俺は『剛極(スマッシュ)』を崩壊鯨(コラプス)に叩き込む。
「飛翔飛来(ひしょうひらい)!」
剣がなんとか突き刺さる。『剛極(スマッシュ)』の火力なら、崩壊鯨(コラプス)の見えない障壁も貫通した。だが、鱗がさらに硬い。
『大瀑布(ギガスプラッシュ)』
『無限剛腕(ヘカトンケイル)!』
崩壊鯨(コラプス)によって召喚された水流が、ジンの無限剛腕(ヘカトンケイル)に吸収される。致命傷を与えるならもっと火力が必要だ。
「やってみるか……、『超越(トランス)』」
ーー『超越(トランス)』!
周囲の元素エネルギーを身体に集めるイメージ。感覚は『剛極(スマッシュ)』と一緒だ。あれが出来たなら出来るはず。もってくれよ俺の身体。
ーー集中。集中。集中。
身体が内側から元素で満たされていくのが分かる。同時に息苦しさも増していく。元素濃度が急激に濃くなったからだ。やばい。『剛極(スマッシュ)』よりキツい。意識が飛びそうだ。何秒たった?崩壊鯨(コラプス)は?アッシュは?ベアトリクスは?ジンは?
「ゼロ!」
ジンの声でハッとする。目の前でジンが『無限剛腕(ヘカトンケイル)』で『大瀑布(ギガスプラッシュ)』を吸収してくれている。視界の端にベアトリクスが詠唱をしていて、そこにも『無限剛腕(ヘカトンケイル)』のゲートがはられていた。
「~~!ぜ、ゼロ、はやく……!」
ふっと思わず笑みがこぼれる。何も言わずに俺の意図を理解したジンの行動や、アッシュとベアトリクスの不思議な安心感に。殺し合いの敵同士だったはずなのに、同じ目標に協力するのは変な感じだ。一緒に戦えることが嬉しいなんて。
臨界点を見つけた。これ以上元素を溜めたらどうなるんだろう。器から溢れるのだろうか。そうなったら、俺はどうなる……?
ーー知るか。
ジンが、アッシュが、ベアトリクスが一緒に戦ってくれている。命をかけてくれている。俺も命をかけないでどうする。俺は一気に身体に元素を流し込んだ。心拍数が上がっていくのが分かる。身体が暑い。だが、チカラがみなぎってくる。周りの元素が自然に俺の元に集まってきた。
「出来た……!これが『超越(トランス)』!」
喜びに浸っている場合じゃない。身体にチカラがみなぎっているが、負担もまだ大きい。身体も暑いままで、心臓も痛い。どうやらチンタラやってるヒマはなさそうだ。
『飛燕!』
『閃刃(スラッシュ)』を放ったつもりが、剣が軽すぎて高威力の『一閃(スライス)』と『閃刃(スラッシュ)』に分かれてしまった。エネルギー量が高すぎて、うまくコントロール出来なかった。『縮地(ソニック)』でジンの前に入ろうとすると、これまた行き過ぎてしまい、崩壊鯨(コラプス)の目の前まで来てしまった。
「ちょうどいい!喰らえ!飛翔飛来(ひしょうひらい)!」
『剛極(スマッシュ)』を崩壊鯨(コラプス)の角(つの)に叩き込む。先程とは桁違いの火力だ。剣は弾かれることなく角を砕き、そのまま崩壊鯨(コラプス)の額まで貫通した。『超越(トランス)』状態だとここまで火力が跳ね上がるのか。これなら今まで出来なかったことも出来る幅が拡がる。確かな手応えを感じつつ、最小限の動きで効率良く攻撃を続ける。持続可能時間が分からない以上、出し惜しみは出来ない。『閃刃(スラッシュ)』、『一閃(スライス)』、『剛打(ブレイク)』、『剛極(スマッシュ)』、『絶技(エッジ)』を可能な限り出し尽くす。崩壊鯨(コラプス)は連撃によろめき、高度を下げる。
ーーいける!あとはベアトリクスに繋げれば!
『ブォォォォォォォォォォォォォォ!!』
手応えを感じたその瞬間、崩壊鯨(コラプス)は咆哮した。耳がつんざき、その衝撃で吹き飛ばされる。ダメージ自体はさほどないが、手が震えて剣がうまく持てない。
ーー麻痺効果!
神経への毒を食らったのかもしれない。握力が戻らない。くそ。あと少しなのに。『超越(トランス)』状態が徐々に切れ始めるのが分かる。身体から元素が抜け始めているんだ。崩壊鯨(コラプス)は先程の傷の部分が崩壊し、鱗が剥がれて、再度再生し始めた。駄目だ。力が入らない。せっかく『超越(トランス)』になったのに。
『撫で剥ぎぃ!!』
突如、優しい風が吹く。グレイの『閃刃(スラッシュ)』だ。アッシュの制止を振り切って『超越(トランス)』状態で放っていた。風は見えなかったが、過ぎ去った後に崩壊鯨(コラプス)の身体を真っ二つにした。
「ははははは、どうだぁ!!」
だが、尚も崩壊鯨(コラプス)は再生し始める。2等分された半身は引き寄せられる。おびただしい崩壊鯨(コラプス)の鱗と血がフィールドに巻き散る。そこから毒ガスが発生する。『超越(トランス)』状態の2人が攻撃しても死なないだと……。もう無理だ。勝てない。
『待たせたわね』
諦めかけたその時、ベアトリクスの声がした。
『降り注げ、宙(そら)の輝きよ、悠久の祈りの歌に耳を傾けよ。そして導け、この道の先を。照らせ天翔(あまかけ)る光と成って。ーー流星(メテオ)!』
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