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ダーヴィッツ

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1章 『国崩し』

闘技場マイン

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『ドン・クライン』は小国だが、『闘技場(コロシアム)』という戦闘賭博施設が有名で、世界各地から歴戦の猛者が集まる。闘技場といっても、この施設の中のみ『如何なること』も許可されている。ーー『殺し』すらも。そのため、各国の法律で裁けない凶悪がここに送られて、挑戦者の相手として闘わされ。最期を迎えることも少なくない。
出場者はバトルロワイヤル形式で戦うことになり、優勝を目指す。優勝者には『名誉』と貴重道具(レアアイテム)が与えられる。『闘技場(コロシアム)』は国営。その資金源は世界各地から殺し合いを観るために訪問する『貴族』だ。彼らは血に熱狂し、金をゴミのように捨てる。此処に来る者は、『勇者』『悪人』『観衆』のいずれかだ。

その『闘技場(コロシアム)』を中心とするマインの周辺には街が広がっていた。様々な種族や行商人が往来している。いくら残忍な見世物になろうが、人々を集める行楽に間違いない。そこでのビジネスチャンスを狙い、一旗揚げると目論む商人も多いのだろう。マインに着くと馬車に近づいてくる人がいる。シュバ隊長だ。

「長旅お疲れ様」
「おう。出国手続き助かったぜシュバ」

フェイムスが馬車から降りながら、シュバ隊長に礼を言う。

「シュバ隊長……あの……」

俺はこれまでの経緯を話したかった。レイ隊長のことを何よりも伝えたかった。

「ゼロ。よく頑張ったね」

シュバ隊長が肩にポンッと手を置く。温かい。

「場所を移そうか。話さなければいけないことがある」

俺たちはマインの路地裏に移動した。大通りから外れた道は人気がない。

「まずマインに寄る理由なんだが」

シュバ隊長が切り出した。

「『闘技場(コロシアム)』の賞品である『完全回復薬(エリクシール)』を確保することが目標だ」

『完全回復薬(エリクシール)』とは伝説のアイテム。かつて前世界で『英雄』アークが創ったとされている。その効果は瀕死の状態からすら完全に復活する回復力を誇る。現代の技術では調合が不可能なため、世界に残っているのは数本と言われている。少量の小瓶に入っているので使えても3回が限界だ。その価値は数値化出来ないだろう。国宝になってもおかしくない程の希少種である。

「これでレックスの不治の病を治す」

ーーそうか。

俺は納得した。シュバ隊長が立場を危ぶめてまで、ここまで来たのはそのためだったのだ。親友のレックス王を救うため。どうしても、助けたかったのだ。

「出場者はゼロ。君だ」

ーーうん?

「え、ちょっと、なんでですか!」
「生憎(あいにく)、僕はこれからガルサルム王国に戻らなくては行けなくてね。レムが君達を追って来ないように手回しをしなくてはならないんだ」
「……っ、だったらサナが!」
「あそこ、確か女人禁制なんですよねぇ」

シュバ隊長が申し訳なさそうに答え、続けてサナがさらっと答える。

「フェイムス!」
「俺は顔が割れてるから目立つことは避けたい」
「ぐぬぬ……」
「僕も出ます」

話を割ったのはジンだった。そういえば、ジンの身体に変化を感じる。ジンってこんなにしっかりした身体だったか?いや、年頃の青年ならこれくらいだろうが、初めて出会った時より筋肉が付いてきたような。俺の視線に気付いたのかジンが口を開く。

「バルトロを吸収してから、なんだか調子がいいんです。『無限剛腕(ヘカトンケイル)』から『元素(エレメント)』が溢れてくるというか」
「なるほど、バルトロを『無限剛腕(ヘカトンケイル)』に吸収したのは結果的に良かったんだな」

フェイムスが感心する。

「では、ゼロとジン。2人に『闘技場(コロシアム)』に参加して貰うけど、覚悟はいいかい?相手は死に物狂いで殺しに来るだろう。命の保証はないよ」
「大丈夫です」
「はい」

俺とジンは覚悟を決めた。



闘技場は街の中心に位置していた。円形の形で内部は戦闘の場となるフィールドを囲うように客席が揃えられている。近場で観戦出来るのは一般用で、その上に領主用の中層、さらに上に貴族、来賓用の上層があった。すでにフィールドには死刑囚やモンスターが放たれている。死刑囚は優勝すると自由が約束される。という建て前で見物客の見世物になるのだ。モンスターは死刑囚が簡単に死なないようわざと下位クラスを用意しているのだろう。狼(ウルフ)が何体かフィールドで威嚇をしている。

ーー優勝しなきゃ。でも、出来るのか……?

焦燥感が胸を締め付ける。これまで俺は一体何をしてきた?ジンを助ける時も、バルトロの時も、レム隊長の時も、何も出来ていないじゃないか。『全属性適合者(オールラウンダー)』だとか言われて浮き足立っていたのかもしれない。サナやジン、フェイムスの方が仕事をしている。俺が期待に応えなきゃ……。でなければ、失望されてしまう。憧れの人達に。認めてくれた人達に。バルトロの時もサナに任せて、レム隊長の時もレイ隊長に任せて。

ーー俺はまだ何もしていない。

俺は、俺が、みんなのために、やらなきゃ。勝たなきゃ。倒さなきゃ。出来るのか。でも。不安だ。何故。俺なんだ。嫌だ。やらなきゃ。失敗したら。やるんだ。でも……。

「ゼロ」

『闘技場(コロシアム)』にエントリーする途中でサナが声をかける。

「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……だ」

冷や汗が出てくる。気持ち悪い浮遊感が身体を震わせる。怖い、のか。責務を果たせないことが。肩を並べられないことが。エントリーシートに名前を書こうとするが震えて上手く書けない。

「ゼーロ」

サナに両頬をつねられる。

「いっ、なにふんだ、さにゃ」
「ふふ、言えてませんよー」

サナが手を離すと真っ直ぐ視線が合う。

「勝たなくてもいいですよ」
「……な、何言ってんだ。俺が……」
「ぜんぜん勝たなくていいです」
「……」

それは、どういう意味なんだ。俺は期待されてないのか。そうだよな。俺は何も出来てない。俺は……。

「ちゃんと、生きて帰ってきてくださいね」
「……え?」
「なんですかその顔。ゼロにはまだまだ頑張って貰わないといけないんですよー」
「……あぁ」
「まだ始まったばかりですよ、私たち」
「それって、どういう……」
「ジン君をお願いしますね!」

サナはそう言うとフェイムスの元へ行ってしまった。サナの言葉は肩の力を抜かせてくれた。さっきまでの震えも、止まっている。

ーー勝たなくていい、生きて帰ってこい、か。

期待に応えることだけが頭の中でいっぱいだったが、サナのひとことで緊張が和らいだ。ハードルを下げられたからなのか、さっきより視界が開けた気がする。

ーーそう言われたら、余計に勝ちたくなるじゃねぇか。

エントリーが済むと、入場口付近にジンが既に待っていた。

「……サナさんと何を話してたんですか」

ジンの奴、俺がサナと話していたことに、あからさまに拗ねてやがる。ジンはサナに好意があるようだった。ぶはっと思わず吹き出してしまう。

「ななな、何笑ってるんですか!」
「いや、悪ぃ……」

ムキになっているジンの姿に堪える。さっきまでジンに置いていかれることすら不安に感じていた自分はなんだったんだ。

ーージン君をお願いしますね。

任されてしまったからには一緒に帰らないとな。横でむくれるジンの肩に腕をまわし、耳元でこう囁く。

「優勝した方がサナとデートな」
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