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序章
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それは三代前の話。当時の王であったタレイトとバスラ一家当主ルーモは親友と呼べる間柄であった。ただ厄介なのはその「親友」が「悪友」と読むタイプの友だちであったことだろう。
彼らの活躍は歴史の教科書にも載っている。リヒト国のために、互いに協力し合い、尊敬しあいながら国を大きくしてきた。ただ、その活躍はあくまで表舞台での二人の姿。若くして王となったタレイトと同じく若くして公爵家当主となったルーモは遊びたい盛りだった。だから、国民という観衆の目から逃れては、秘密裏に色々ないたずらや遊びをした。王宮中に罠を仕掛けたり、側近の目を盗み、王宮を抜け出し、平民の中に紛れて生活したり。
タレイト、ルーモともに有能であるがゆえに、二人のいたずらはすべていい方向に流れて行った。王宮に仕掛けた罠には泥棒がかかり、平民の暮らしを知ったがゆえに減税措置を取った。側近たちが頭を抱える行動のすべてが国のためになるため、二人の突飛な行動について頭を抱えることはあっても咎めるものはいなかった。
「よし、俺のひ孫とルーモのひ孫を婚約者にしよう」
それは日差しも穏やかな春の日のこと。何の前兆もなく、タレイトがそう言葉を発した。
「ひ孫って、俺たちまだ子どももいないけど?」
「まあそうだけど。でも、俺のひ孫とルーモのひ孫なら絶対にいい政すると思うんだよな」
「じゃあ、子どもでよくないか?」
「子どもは可愛い。孫も可愛い。だから自分の意志で結婚相手を決めさせたい。でも、ひ孫は生まれる前に俺が死んでると思うから、ちょっとどうでもいい」
「…確かに」
王であるタレイトに唯一ツッコミを入れられるだろうルーモの「確かに」の言葉に、話を聞いていた側近は頭を抱えた。「確かに、じゃねーよ!」この言葉を、周りを囲む全員が頭に思い浮かべたのは間違いない。
「じゃ、そういうことで。一応、念書書いておこうぜ」
「オッケー」
「ま、結婚まで決めるのはさすがに可哀想だから、ひ孫たち生まれたら即婚約者ってことでどうだ?」
「それでいい。…でも、両方男だったり、歳の差がすごくあったりしたらどうするんだ?」
「大丈夫、どんな展開が待っていても、そのころ、もう俺らたぶん死んでるから」
「確かに」
「だから、確かにじゃねーよ」と言えたらどんなに楽か。けれど、今までの実績があるため、二人の思い付きを止めることができない周りは静かに、未来の子どもたちへ頭を下げた。
有能であるがゆえの悲劇というべきか。難しいルールのあるはずの念書をさらさらと書き、5分後には捺印まで押していた。そして10分後にはしかるべき機関に提出され、ただの思い付きは、法的拘束力まで持つようになったのである。
「楽しみだな」
「タレイトのひ孫と俺のひ孫ならこの国をよくしてくれるだろう。ま、俺たちいないけど」
「あ、そう言えば隣の国、なんだか武器を買い漁ってるって噂があるらしいな」
「へぇ、いい度胸だな。ちょっと俺、近衛兵のところ行って訓練に参加してくるわ」
「ちょっと待てよ、ルーモ」
「…?」
「俺も行く」
「そう来なくっちゃ」
そう言って二人肩を並べて歩いていく。その姿は三代先の子孫に仕掛けたいたずらのことなどすっかり忘れている様子だった。
「…だからお前は第二王子アンドリー様の婚約者なのだ」
生まれたころから耳にタコができるほど聞かされた話を父親であるダンテが、どこか悲しそうな表情でエルサに聞かせた。
「ええ、存じておりますわ」
「エルサ、お前はもう今年で18歳になる。そろそろ結婚を本気で考えなくてはいけない歳だ。いや、少し遅いと言ってもいいかもしれない」
「ええ」
「…けれど、お前はアンドリー王子の婚約者だ。……あのクソじじいのせいで」
「お父様、お気持ちはすごくよくわかりますが、お言葉が過ぎます」
「そうだな」
「王子は婚約者としての責務はきちんと果たしてくれています。月初めには手紙と贈り物をくださいますし、月に二度は会いに来てくださいます」
「じゃあ、なぜ結婚を申し出ないんだ!周りの令嬢たちは次々と結婚しているというのに」
頭を抱えるダンテに「私に魅力がないからでは?」という正論を伝えることはエルサにはできなかった。
幸いにも、タレイトのひ孫とルーモのひ孫は同い年であった。しかもタレイトのひ孫が男で、ルーモのひ孫は女。容姿も整い、頭のできも悪くない二人だった。そのことに周りは少なからず安堵した。けれど事は一向に進む気配すら見せない。
「でも、最近では、多い時では一週間に1回は会いに来てくださいます。それに今日も、これから来てくださるというお手紙を頂いております。きっと王子もきちんと考えてくださっているのだと思いますわ」
そう言ってエルサは頭を抱える父の背中をさする。
「そう言えば…そうか」
「ええ。大丈夫です」
にこりと笑みを浮かべ、エルサはダンテを見た。その笑みにダンテは大きく頷く。
「アンドリー王子を信じよう」
「ええ、そうですわ。お父様」
元気になった父を見て、エルサは聞こえないようにため息をついた。確かに今まで月1回だった訪問の回数が増えている。けれどそれは、結婚を意識したという訳ではないということがエルサにはわかっていた。
「エルサ様」
ノック音とともに名前が呼ばれた。
「どうぞ」
「失礼いたします。アンドリー王子がいらっしゃいました」
部屋に入ってきたのはエルサの侍女であるユリアだった。エルサより2つ年上の彼女はブロンドの髪を靡かせるとても綺麗な女性である。エルサにはない豊満な胸も彼女の魅力を上げていた。
「そう。教えてくれてありがとう」
メイド服に身を包んでも、ユリアの美貌は損なわれない。優しく賢い彼女はエルサの自慢だった。姉のように慕っている存在でもある。だから、わかるのだ。アンドリーが彼女に惹かれる理由なんて、エルサが一番よくわかっている。
「ユリア、すぐに行くから、王子のおもてなしをしておいてくれる」
「はい、かしこまりました」
人並みに恋愛小説を読むのが好きだった。叶わない恋は応援したくなる。好きなのに、身分が違うと言うだけで、結ばれないなんて、そんな悲しいことはない。だから、エルサは共犯者になることに決めた。
「…お父様、申し訳ありません」
「ああ、かまわない。王子が来てくださったのなら、お前は早く顔を見せた方がいい」
思わず口から出た謝罪の言葉は、席を外すことについてだと思われたようで、ダンテはどこか期待に満ちた表情でそう言った。そんなダンテにエルサは申し訳なさを深めていく。だって、自分がしようとしていることはダンテが望むことと真逆の事だから。
彼らの活躍は歴史の教科書にも載っている。リヒト国のために、互いに協力し合い、尊敬しあいながら国を大きくしてきた。ただ、その活躍はあくまで表舞台での二人の姿。若くして王となったタレイトと同じく若くして公爵家当主となったルーモは遊びたい盛りだった。だから、国民という観衆の目から逃れては、秘密裏に色々ないたずらや遊びをした。王宮中に罠を仕掛けたり、側近の目を盗み、王宮を抜け出し、平民の中に紛れて生活したり。
タレイト、ルーモともに有能であるがゆえに、二人のいたずらはすべていい方向に流れて行った。王宮に仕掛けた罠には泥棒がかかり、平民の暮らしを知ったがゆえに減税措置を取った。側近たちが頭を抱える行動のすべてが国のためになるため、二人の突飛な行動について頭を抱えることはあっても咎めるものはいなかった。
「よし、俺のひ孫とルーモのひ孫を婚約者にしよう」
それは日差しも穏やかな春の日のこと。何の前兆もなく、タレイトがそう言葉を発した。
「ひ孫って、俺たちまだ子どももいないけど?」
「まあそうだけど。でも、俺のひ孫とルーモのひ孫なら絶対にいい政すると思うんだよな」
「じゃあ、子どもでよくないか?」
「子どもは可愛い。孫も可愛い。だから自分の意志で結婚相手を決めさせたい。でも、ひ孫は生まれる前に俺が死んでると思うから、ちょっとどうでもいい」
「…確かに」
王であるタレイトに唯一ツッコミを入れられるだろうルーモの「確かに」の言葉に、話を聞いていた側近は頭を抱えた。「確かに、じゃねーよ!」この言葉を、周りを囲む全員が頭に思い浮かべたのは間違いない。
「じゃ、そういうことで。一応、念書書いておこうぜ」
「オッケー」
「ま、結婚まで決めるのはさすがに可哀想だから、ひ孫たち生まれたら即婚約者ってことでどうだ?」
「それでいい。…でも、両方男だったり、歳の差がすごくあったりしたらどうするんだ?」
「大丈夫、どんな展開が待っていても、そのころ、もう俺らたぶん死んでるから」
「確かに」
「だから、確かにじゃねーよ」と言えたらどんなに楽か。けれど、今までの実績があるため、二人の思い付きを止めることができない周りは静かに、未来の子どもたちへ頭を下げた。
有能であるがゆえの悲劇というべきか。難しいルールのあるはずの念書をさらさらと書き、5分後には捺印まで押していた。そして10分後にはしかるべき機関に提出され、ただの思い付きは、法的拘束力まで持つようになったのである。
「楽しみだな」
「タレイトのひ孫と俺のひ孫ならこの国をよくしてくれるだろう。ま、俺たちいないけど」
「あ、そう言えば隣の国、なんだか武器を買い漁ってるって噂があるらしいな」
「へぇ、いい度胸だな。ちょっと俺、近衛兵のところ行って訓練に参加してくるわ」
「ちょっと待てよ、ルーモ」
「…?」
「俺も行く」
「そう来なくっちゃ」
そう言って二人肩を並べて歩いていく。その姿は三代先の子孫に仕掛けたいたずらのことなどすっかり忘れている様子だった。
「…だからお前は第二王子アンドリー様の婚約者なのだ」
生まれたころから耳にタコができるほど聞かされた話を父親であるダンテが、どこか悲しそうな表情でエルサに聞かせた。
「ええ、存じておりますわ」
「エルサ、お前はもう今年で18歳になる。そろそろ結婚を本気で考えなくてはいけない歳だ。いや、少し遅いと言ってもいいかもしれない」
「ええ」
「…けれど、お前はアンドリー王子の婚約者だ。……あのクソじじいのせいで」
「お父様、お気持ちはすごくよくわかりますが、お言葉が過ぎます」
「そうだな」
「王子は婚約者としての責務はきちんと果たしてくれています。月初めには手紙と贈り物をくださいますし、月に二度は会いに来てくださいます」
「じゃあ、なぜ結婚を申し出ないんだ!周りの令嬢たちは次々と結婚しているというのに」
頭を抱えるダンテに「私に魅力がないからでは?」という正論を伝えることはエルサにはできなかった。
幸いにも、タレイトのひ孫とルーモのひ孫は同い年であった。しかもタレイトのひ孫が男で、ルーモのひ孫は女。容姿も整い、頭のできも悪くない二人だった。そのことに周りは少なからず安堵した。けれど事は一向に進む気配すら見せない。
「でも、最近では、多い時では一週間に1回は会いに来てくださいます。それに今日も、これから来てくださるというお手紙を頂いております。きっと王子もきちんと考えてくださっているのだと思いますわ」
そう言ってエルサは頭を抱える父の背中をさする。
「そう言えば…そうか」
「ええ。大丈夫です」
にこりと笑みを浮かべ、エルサはダンテを見た。その笑みにダンテは大きく頷く。
「アンドリー王子を信じよう」
「ええ、そうですわ。お父様」
元気になった父を見て、エルサは聞こえないようにため息をついた。確かに今まで月1回だった訪問の回数が増えている。けれどそれは、結婚を意識したという訳ではないということがエルサにはわかっていた。
「エルサ様」
ノック音とともに名前が呼ばれた。
「どうぞ」
「失礼いたします。アンドリー王子がいらっしゃいました」
部屋に入ってきたのはエルサの侍女であるユリアだった。エルサより2つ年上の彼女はブロンドの髪を靡かせるとても綺麗な女性である。エルサにはない豊満な胸も彼女の魅力を上げていた。
「そう。教えてくれてありがとう」
メイド服に身を包んでも、ユリアの美貌は損なわれない。優しく賢い彼女はエルサの自慢だった。姉のように慕っている存在でもある。だから、わかるのだ。アンドリーが彼女に惹かれる理由なんて、エルサが一番よくわかっている。
「ユリア、すぐに行くから、王子のおもてなしをしておいてくれる」
「はい、かしこまりました」
人並みに恋愛小説を読むのが好きだった。叶わない恋は応援したくなる。好きなのに、身分が違うと言うだけで、結ばれないなんて、そんな悲しいことはない。だから、エルサは共犯者になることに決めた。
「…お父様、申し訳ありません」
「ああ、かまわない。王子が来てくださったのなら、お前は早く顔を見せた方がいい」
思わず口から出た謝罪の言葉は、席を外すことについてだと思われたようで、ダンテはどこか期待に満ちた表情でそう言った。そんなダンテにエルサは申し訳なさを深めていく。だって、自分がしようとしていることはダンテが望むことと真逆の事だから。
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