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 国営の孤児院をカミルたちとともに視察する。アリシャにとっては、ただそれだけのことだった。ウラノスと初めて出会ったあの日から、日々は過ぎていったが、アリシャ自身にカミルの婚約者としての自覚はほとんどなかったと言っていい。
第一王子はいずれ国王になる。つまり、その婚約者はいつか王妃になる。そんなことは十分承知だった。最近では、アリシャにも王妃教育が実施され始めてもいた。覚えなくてはならないことは多かったが、誰かと比べられない勉強は楽しかった。家では、ルシアのスピードに合わせられた授業についていくだけで必死だったから。だからこそ、わからないことを素直にわからないと言える環境がアリシャには嬉しかった。王妃を育てる教育は、決して簡単ではない。けれど、厳しくも優しい教師陣に恵まれた。カミルも忙しい公務の隙間に様子を見に来てくれた。来るたびに優しい言葉をかけてくれるカミルがいるから耐えられた。
 進みは遅いかもしれないが、マナーも教養も着実に身についている。王宮では、レイラをはじめ侍女たちはアリシャに優しくしてくれた。聖龍の関係で軍の人たちと話す機会もあったが、みんなアリシャを第一王子の婚約者として認め、丁寧に扱ってくれる。頻繁に顔を出してくれるカミルとの距離も着実に縮まってきていた。ウラノスが来てくれたあの日から、すべてが順調に進んでいるように思えた。

 けれど、ここにきて、アリシャは自分が何も考えていなかったことに改めて気づかされる。

建物の中は清潔感があり、すべてが洗練されていた。高価な置物があるわけではないのに高級感がある。それでも、ところどころに片づけ忘れたおもちゃが転がっており、生活感がにじみ出ていた。それが微笑ましくてアリシャは口角を上げる。きっと子どもたちはのびのびと過ごしているのだろう。
「ミーナ先生、彼女はここに来るのが初めてなので、施設の説明もしていただけますか?」
 きょろきょろと辺りを見回しながら後ろをついていくアリシャの姿を見てカミルがそう言った。その言葉にミーナはアリシャを見る。そしてすぐに笑みを浮かべた。
「はい。かしこまりました」
「申し訳ありません」
 すかさず頭を下げるアリシャにカミルは小さく苦笑を浮かべる。
「アリシャ、こういうときはもっと違う言葉の方がいいと思うよ」
「…はい。ミーナ様、ありがとうございます。自己紹介が遅れました。私は、アリシャと申します」
「アリシャ様ですね。私はここで子どもたちの世話をしておりますミーナと申します」
「よろしくお願いいたします」
「アリシャ様は、…カミル様の大切な人なんですね」
「え?」
 突然の言葉にアリシャは思わず立ち止まった。それに合わせて4人も足を止める。
「ミーナ先生、どうしてアリシャ様がカミルの大切な人だと?」
 どこか面白がるようなライモンド。それに合わせるようにミーナは小さく口角を上げた。
「カミル様の目が優しかったから、でしょうか」
「にじみ出ちゃってました?俺の気持ち」
「うふふ。ええ。にじみ出ていましたよ」
「そ、そんなこと…」
「ほら、アリシャ様。先に進みましょう。ね?」
 からかわれているのだろうことはわかる。けれどそれに平然と反応することはまだアリシャにはできなかった。面白いくらいに顔を赤く染めるアリシャの肩をレイラが優しく押す。それに身をゆだねるようにアリシャは足を動かした。その様子にカミルとライモンドは顔を見合わせ小さく笑う。
「あまりに初々しかったので、つい。アリシャ様、申し訳ありません」
どこかはにかみながらミーナは小さく頭を下げる。そのミーナにアリシャは首を左右に振り、気にしていないと伝えた。
「ありがとうございます。それでは、気を取り直して、アリシャ様、ここソレイユがどのような施設かはご存じですか?」
「はい。道中にカミル様からお聞きしました」
「そうですか。もしかしたら重複してしまうかもしれませんが簡単に説明させていただきますね」
「はい、お願いします」
「ここソレイユは親と過ごすことのできない15歳までの子どもを育てる施設です。子どもたちは15歳になるとここを卒業し、社会の中で一人の大人として生活していかなければなりません」
「15歳で、大人にならなければいけないんですね」
「はい。ずいぶん早い成人だと思います。…本当はずっと傍にいてあげたいですけれど、税金で運営している以上、そういうわけにもいきません。だからこそ、私たちは、生活の支援をするのと同じくらい子どもたちが大人として成長する手助けに力を入れています。社会に出たときに、きちんと生きていけるように」
「立派なお仕事ですね」
「いいえ。本当に立派なのは子どもたちです。親が死んでしまったり、親に捨てられたり、そんな過去ときちんと向き合いながら、それでも笑い合えるんです。そして、早く大人になろうと努力している。本当に頭が下がります」
「素敵な子どもたちなんですね」
 アリシャの言葉にミーナは嬉しそうに頷いた。その笑みが本当に嬉しそうでアリシャも両頬を持ち上げる。
「子どもたちと接していると私の方が気づかされることが多いです。本当にいい子たちなんです。もちろん、いたずらすることも喧嘩することもありますが、一人一人が自分と向き合い、今の環境を受け入れながら、前を向いている。…育ててもらっているのは私たちなのかもしれません。あの子たちに比べれば私なんてまだまだです」
 どこか自嘲的な笑みを浮かべるミーナ。そんな彼女にアリシャは首を横に振って見せた。 
「いいえ。もちろん子どもたちと一緒にいて成長することもあるでしょう。けれど、子どもたちが笑えているのはミーナ先生をはじめ、皆さんが愛情を持って子どもたちと接しているからだと思います。きっと本気でぶつかり、泣いて笑って絆を作ってきたのでしょう。だから、つらい思いを抱えながらも子どもたちは自然に笑えるのだと思いますよ。だから、先生たちも立派なんです」
「…」
「あ、すみません。何も知らないのに、知ったようなことを言ってしまって」
 口を閉じたミーナにアリシャは慌ててそう付け加えた。けれど、ミーナは静かに首を横に振る。
「…ありがとう…ござい…ます…」
 途切れ途切れに感謝の言葉を口に出すミーナは思わず口を押えた。その様子にアリシャは動揺する。そんなアリシャの頭をカミルはぽんぽんと2回撫でた。
「カミル…様…?」
「さすが、俺のアリシャ」
 どこか誇らしげなカミルの様子。その後ろでライモンドとレイラも笑みを浮かべていた。
「ミーナ先生。いつも、ありがとうございます。先生方のおかげです」
「もったいないお言葉です」
 ミーナは深々と頭を下げた。
「取り乱してしまい、すみませんでした。まず、こちらが、子どもたちが勉強をしている部屋です」
 顔を上げると、ミーナは何事もなかったように案内を再開した。
「時間は決まっていませんが、子どもたちが自主的に部屋に集まり、勉強しています。上の子が下に子に勉強を教えることも多いです」
 説明しながら静かに部屋の中に入る。部屋の中では何人かの子どもたちが机に向かっていた。
「あ!カミル様!!」
 気配を感じたのだろうか一人の少年がこちらを見た。少年と言っても、アリシャとほとんど年齢は変わらないように見える。17歳のアリシャにとっては、全員年下であるはずだが、アリシャから見る彼らは、どこか大人びていた。
「本当だ!」
「カミル様!ライモンド様とレイラさんもいる」
 彼らの座っていた机には本とノートが広がっている。はじめに声を出した少年のほかに、彼と同じくらいの年齢の少年が2人、少女が1人。そして、彼らより少し幼く見える少女が1人いた。彼らはペンを置き、こちらに駆けてくる。その様子にカミルはミーナを見た。
「ミーナ先生、案内はここまでで大丈夫そうです。お仕事に戻ってください」
「え?」
「あとは子どもたちがしてくれるはずですから」
 ミーナはカミル達を囲む子どもたちの楽しそうな顔を見て軽く頭を下げる。
「また、必要でしたらいつでもお声かけください」
「ありがとうございます」
 ミーナが去ると、カミルたちは嬉しそうに子どもたちを受け入れた。
「久しぶり!元気にしてたか?」
「もちろん!」
「あら?あなたは少し大きくなった?」
「はい。今、成長期なんです」
「ライモンド様、あとから手合わせしてもらいたいです」
「ああ。いいぜ」
 賑やかな声が届いたのだろうか。庭で遊んでいた子どもたちも集まってきた。
「あ!本当だ。カミル様いる!」
 勉強をしていた彼らよりも少し幼く見える子どもたちも集団に加わった。それぞれが自分の話を聞いてほしくて、思い思いに言葉を発する。
「あのね、僕ね、この前ね…」
「それでね、うんとね、…」
「わかったから落ち着けって」
 苦笑いしながらカミルがそう言う。一人に集中すると他の子が拗ねてしまう。みんなの話をまんべんなく聞いていると、「ちゃんと聞いてる?」と怒られる。そんな状態は大変そうで、けれど幸せそうでもあった。勉強を教えていた先生たちも微笑ましくその光景を見守っている。
 アリシャは一歩引いて、その輪を見ていた。カミルもライモンドもレイラも子どもたちと同じようにきらきらしている。いつも大人びているカミルが少年のような顔を浮かべているのが新鮮で、アリシャはただその光景を眺めていた。
「ねぇ、カミル様。あのお姉さんは誰?」
 ふいに向けられた視線に、アリシャは思わず姿勢を正す。
「あの…私は…」
「ああ。彼女はアリシャお姉さん。俺の恋人」
「そうなの!?」
 子どもたちの声が重なった。驚きとわくわくの両方を含んでいる。
「ああ」
「え?」
 カミルの肯定とアリシャの戸惑いが重なった。一致しない反応に子どもたちは首を傾げる。
「まあ、正確にはカミルの片思いってところかな?」
「ラ、ライモンド様!」
「当たらずも遠からず、ってところですか?アリシャ様」
「レイラさんまで…」
 兄妹のいれるちゃちゃにアリシャは必死で首を横に振った。そんな様子にカミルは楽しそうに笑みを浮かべる。その顔があまりにも余裕だったので、アリシャは睨むようにカミルを見た。
「アリシャ、睨んでるつもりだろうけど、可愛いだけだよ」
「な、何を言って…」
「本当の事言ってるだけ」
「カミル様…ほんと、もうやめてくだ…」
「ねぇ、アリシャお姉さんは……カミル様のこと、嫌いなの?」
 アリシャの言葉尻を取ってそう聞いたのは、6、7歳くらいの女の子だった。つぶらな瞳に心配を浮かべてアリシャを見ている。みんながアリシャの返答を待つように口を閉じた。
「アリシャ、どうなの?」
 一人だけにやにやと笑みを浮かべるカミルをもう一度睨むが、きっとそれも怖くないのだろう。アリシャは諦めて目の前の少女を見た。なんと言おうか迷いながらしゃがんで視線を合わせる。
「あの…えっと…」
「カミル様じゃ、だめ?」
「だ、だめじゃないよ」
「じゃあ、好き?」
「…」
「好きじゃないの?」
「……す…き、だよ」
 もしこの瞳を前に「好き」以外の言葉を言える人がいたら教えてほしい。そう思いながら少女の顔を見ると、花が咲いたように笑った。これでよかったのだなと安堵の息を吐く。
「俺も好きだよ、アリシャ」
 アリシャの選択肢が1つしかなかったことを知りながらもそんな風に言うカミルを今度こそ本気で睨みつけようとアリシャはカミルを見た。
 けれどできなかった。
 いたずらが成功した子どものように、けれどどこか嬉しそう微笑んでいたから。カミルの笑みにアリシャの頬が赤く染まっていく。子どもたちからは歓声が上がった。
「やった!」
「よかったね、カミル様」
 自分の事のように喜ぶその歓声に応えるようにカミルはアリシャ手を伸ばした。包み込むようにアリシャを抱きしめると、歓声がより大きくなる。
「カ、カミル様!」
「ん~?」
「あの、えっと…」
「いいでしょ。アリシャも俺が好きなんだから」
「…あの、それは…」
「はい、カミル様、そこまでです」
 そう言いながら2人の間に右腕を差し込んだのはレイラだ。軽く触れあう程度だった2人は簡単に離れる。カミルは不貞腐れながらレイラを見た。
「レイラ、邪魔するなよ」
「お触りは今の言葉が本当になってから、ですよ」
「…わかったよ」
「お~い、俺と手合わせしたい奴は庭に行くからついてこいよ」
 ライモンドが仕切り直しとばかりに声を上げる。数人の子どもたちが勢いよく手を上げた。
「よし、行くぞ!」
「はい!!」
 綺麗に声が重なる。
「じゃあ、俺は勉強を見てあげようかな。どう?」
「俺、カミル様に教えてほしい!」
「私も!あ、でも勉強のあと遊んでほしい」
「いいよ。勉強したら時間まで遊ぼう」
「それなら私もカミル様と遊ぶ!」
「僕も!」
「しっかり勉強もするんだぞ。あ、そうだ。誰かさ、アリシャに施設を案内してあげてくれないか?アリシャ初めてここに来たからこの施設のこと知らないんだ」
「私が行く!」
「俺も行くよ。ミヤだけじゃあ心配だから」
「もう!なんでリカはそういうこと言うの?」
「本当の事なんだから仕方ないだろう?」
「おいおい、喧嘩するなよ。俺の大切なお姫様、任せたからな」
「うん!」
「はい」
「じゃあ、私は、何しようかな」
「レイラさん、刺繍のやり方、教えてほしいです」
「刺繍?いいよ」
「私も!」
「俺も教えてほしい。…男だけどおかしいかな?」
「そんなことないよ。好きなものを好きだって言えることが一番格好いいんだから。よし、刺繍教えてあげる」
 ライモンドは庭で剣術を教え、カミルはこの部屋で勉強を教えることとなった。レイラは隣の大きなテーブルがある部屋に行き、刺繍を教える。
「アリシャ様、こちらです」
「行こう!アリシャお姉さん」
 そして、アリシャはミヤと呼ばれた少女とリカと呼ばれた少年と一緒に施設を回ることになった。
「よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げるアリシャに2人は一瞬驚いたように目を丸くし、すぐに笑みを浮かべた。ミヤがアリシャに手を伸ばす。アリシャはその手をぎゅっと握った。
 部屋から出るとまずは3階に上がった。ソレイユは3階建ての施設であり、上から順に紹介していくようである。
「アリシャ様、自己紹介が遅れました。俺は、リカルドと申します。今年で15歳になります」
 歩きながらリカルドがそう告げた。身長はアリシャよりも高く、話し方もしっかりしている。けれど、端正な顔立ちの中に、どこか幼さが残っていた。それでもカミルと同い年だと言われてもおそらく気がつかないだろう。15歳ということは、今年でソレイユを卒業しなければならない歳だ。一般的な15歳よりも早く大人にならなければいけなかったのだろうことが容易に想像つく。
「ご丁寧にありがとう。リカルドだからリカなのね」
「はい。みんなからそう呼ばれています」
「私はミヤ。この前8歳になったの」
 存在を主張するようにミヤは2,3回ジャンプをしながら手を上げた。ツインテールの茶色い髪は、彼女の動作に合わせて上下に揺れる。その子どもらしい行動になぜか少しホッとした。
「私はアリシャ。17歳です」
「アリシャお姉さん17歳なんだね。じゃあ、カミル様より2歳年下だ」
「そうよ」
「いいな~。カミル様みたいな格好いい人が恋人なんて!」
 年齢の割にませた発言に、アリシャはどう反応していいかわからなかった。先ほど「好き」だと言ってしまった以上、反論をしていいのかもわからない。
「えっと、その、ね。…カミル様は…その…」
「アリシャ様、こちらが男子の寝室です」
 アリシャの困惑ぶりに助け船を出すようにリカルドが言った。
「そ、そうなの?」
「はい。女子の部屋は1階にあり、2階は先生方の部屋です。基本的に、夜間は各階を行き来できないようになっています」
「しっかりされているのね。ねぇ、先生方は優しい?」
「うん。ときどき怒ると怖いけど、でもすごく優しくて私は大好き!」
「俺もです。とても尊敬しています」
 2人の笑顔は偽りのないものであり、それだけでソレイユがよい施設なのだということがわかった。
 その後も、リカルドを先頭に順番に施設を見回る。その間、ミヤはずっとアリシャに話しかけていた。その姿がかわいくて、アリシャは笑顔で相槌を打つ。
「あのね、アリシャお姉さん、聞いてくれる?」
「なあに?」
「私ね、ここを卒業したら、お城で働くメイドになりたいの」
「メイド?」
「うん。この施設は国王様と王子様が作ってくれたんだって。私ね、お父さんとお母さんにいっぱい殴られて、いっぱい蹴られたの。それにお父さんとお母さんはいつも怒ってた。小さかったからよく覚えてないけど、それだけは覚えてる。…ずっと苦しかった。でも、近所の人がここに連れてきてくれたんだ。だから、ここでみんなと暮らせているの」
「…そう…なのね」
「うん。いっぱい、いっぱい苦しいことがあったけど、私ね、ここに来られて、先生とみんなに会えて本当によかったって思ってるの」
 子どもらしく明るく話すミヤの過去に、アリシャは何を言えばいいかわからなかった。両親に注意されたことはあっても、殴られたことも蹴られたこともない。そんなことが起こる想像さえしたことがなかった。自分がいかに幸せか痛感させられる。アリシャは思わずしゃがみ込みミヤを抱きしめた。
「アリシャお姉さん?」
「ごめんね、何でもないの。…あなたが今、幸せでよかった」
「うん。だからね、私、恩返しがしたいの!」
 腰に手を当て自慢気に話すミヤの姿がかわいらしかった。アリシャは泣いてしまいそうになるのを堪える。
「ミヤは偉いね」
「ううん。私だけじゃないよ。リカもそうだったよね?」
「違うよ。俺は軍に入るの」
「軍…?」
 15歳の男の子から出てくる言葉としては少し物騒だった。けれどリカルドはまっすぐ前を見据えており、意志の強さが感じられる。
「はい。軍に入って、……第一王子をお守りしたいと思います」
 短い間とこちらを伺うような視線から、カミルの正体に気づいているのだろうことがわかる。けれどアリシャは気づいていないふりをした。
「それは素敵ね。でも、怖くはないの?」
「怖いか、ですか。それは…考えてこともなかったです」
「え?でも、軍に入れば、怪我をすることもあるかもしれないのよ?」
「もちろんわかっています。でも、俺、腕には自信があるんです。ライモンド様やカミル様に勝てたことはないけど、同年代に負けない。軍に入れば訓練もできるし。だから、軍に入って、国のために仕えたいと考えています。もうすぐ、軍に入るための試験があるんです。それを受けるつもりです」
「私はね、いっぱい勉強をして、先生たちのお手伝いもするの。そうしたら、メイドになれるって言うから」
「2人とも、…偉いのね」
 思わず本音が出た。「国のため」なんてそうそう出てくる言葉ではない。語りはしなかったがリカルドもつらい過去を抱えているのだろう。ここにいる子どもたちは、いろんな事情を抱えてソレイユに来た。そして、国のおかげで生活している。それを正しく理解しているからこその言葉。
 きっともっと選択肢はあるはずだ。けれど、孤児という境遇と国の助けになっているという事実から、選ぶ選択が限られたのだろうことは想像がつく。それでも目を輝かせて「夢」を語る2人の姿はアリシャから見てとてもまぶしいものだった。
「そうなの!」
「そんなことないですよ」
 真逆の意見が同時に出る。それにミヤは首をかしげ、リカルドは苦笑した。
「偉いとか偉くないとかわからないですけど、でも、ここにいるみんなは多かれ少なかれそう思っています。この国の役に立ちたいって。だって、俺たちが生きてこられたのは国が作ってくれたこの施設があったおかげだから」
 リカルドは少し照れたように笑い、話題を変えるように案内を再開した。ミヤは自分の思いを代弁してくれたことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている。
 アリシャは一拍遅れて、彼らについて行った。
 2人、いや、子どもたちみんなの思いに感激し、でもどこか悔しさも感じた。自分がこの子たちの年齢の時、こんな風に将来を考えていただろうか。そもそも、今でさえ、何も決められていない。ウラノスと心を通わせた。それから、どうしたらいいのか。第一王子の婚約者としてどうしたいのか。婚約者以外の道はあるのか。それを考えることすらやめてしまっている。ただ、流されているだけだ。自分は何も考えていない。そのことを改めて突きつけられた気がした。
 楽しそうに前を歩くミヤとリカルドの背中がどんどん遠くなっていくようにアリシャには感じられた。
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