声を聞かせて

はるきりょう

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27 自分の気持ち

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 ユリウスの言葉を理解するのに、時間がかかった。「家」と言われてすぐに頭に浮かんだのは森の傍にある我が家ではなく、隣の部屋だった。部屋の真ん中に、ベージュ色の大きなソファーがあり、ベッドには天蓋がついているそんな場所。
 何をいいのかわからなかった。ずっと、帰りたいと思っていたはずだ。森のみんなに会いたい気持ちもある。けれども、なぜか心は頷くことを拒んでいる。
「家に、帰るか?」
 ユリウスは同じ言葉をもう一度口にする。
「それは…帰れって、…ことですか?」
「違う。帰れなんて、言っていない。でも…ずっと帰りたがってただろう?」
「…」
「ハリオと話して、お前が帰りたいなら帰すべきだということになった」
「…私、何か、御迷惑をかけましたか?」
 サーシャの言葉にユリウスは首を横に振る。
「お前がいてくれて助かってる。お前の存在があるから俺は、動きやすくなる。注目がお前にいっているから。そうやって動けたからこそ、ヴォルス将軍の本心を知ることができた」
「…」
「でも、全部、俺の都合だ。それに、注目を集めることは、危険も引き寄せる。あの女がいい例だ。…俺の隣にいるから狙われた。…ハリオが言っていたことはもっともだと思う」
「え?」
「俺の傍いるからこそ、また、襲われるかもしれない」
「…」
「もちろん、動物の声が聞こえることで、狙われることもあるだろう。でも、今回は俺が巻き込んだから襲われた」
「…」
「もし、黒幕が俺が考えている人物で、俺が考えている理由なら俺の傍にいるのは得策じゃない。…それに、護衛すらつけることのできないここにいるより、家の方が安全だ。…お前を守ると約束したのに、俺はただ、お前を危険にさらしただけだったな」
 どこか自嘲的な物言いにサーシャは首を横に振る。
「そ、そんなことない!そんなこと、ないです!だって、…王子は守ってくれました。2回も私のこと、守ってくれたじゃないですか!」
「…」
「自分を守る術も教えてくれた。なのに、私は王子のために…何も、できていない。…だから、もし、私がここにいることに意味があるのなら、私は…ここに…」
 伝えたいことは山ほどあった。それなのに、胸が苦しくなって、言葉が詰まる。最後まで言えず、サーシャは苦しくなる胸を押さえた。
 そんなサーシャをユリウスはまっすぐな目で見る。
「俺は、お前を、守ると決めた」
 区切るようにゆっくり言われたその言葉に強い意志を感じた。
 ユリウスが自分のためを思って言ってくれていることが、サーシャには苦しいほどよくわかった。だからこそ、何もできない自分が悔しく、泣きたくなった。守られてばかりで、与えられてばかりで、結局何もできていない。だからこそ力になりたいのに。
「少しだけ…」
「なんだ?」
「少しだけ、…考えてもいいですか?これからのことを、ちゃんと考えたいんです」
 俯いたままサーシャはそう言った。
「…わかった」
 了解の意を伝えるユリウスに頭を下げると、サーシャは自分の部屋に戻った。

 部屋の中央のソファーに腰を降ろす。身体を支えておくことができず、倒れ込むように横になった。
 家に帰したいユリウスに、帰りたくないサーシャ。最初とは逆の立場に苦笑を浮かべる。
「オース。私はどうしたらいいんだろう?」
『…君は、どうしたい?』
 質問に質問で返された。サーシャは身体を起こし、オースを見る。
 オースが口にしたのは、初めて会った時、オースがサーシャにかけた言葉。いろんな思いが頭の中を駆け巡った。ユリウスの横柄な態度も、ハリオの優しさも、ヴォルスの不器用さも、マルカのことも。いろんな出来事が走馬灯のように思い出される。けれど、最後に残ったのは、ユリウスの笑顔だった。
「私は、ここに、いたい」
 噛みしめるように言ったのは、素直な気持ち。
『うん』
 嫌なこともたくさんあった。でも、ここにいたい。ユリウスに与えられた分を返したいと強く思う。
「ねぇ、オース。私、ここにいたいよ」
『うん』
「…声が聞きたいの。王子がいつも隠している本当の声を聞ける存在になりたい」
『そっか』
「どうしたらいいのかな…」
『ねぇ、サーシャ、ユリウスが好き?』
「え?」
『ユリウスに、恋をしてる?』
 予想もしていなかった言葉だった。突然のことに反応が遅れる。
 オースの口から出てきた「恋」という言葉が脳内で繰り返された。恋なんて、自分には遠すぎて考えたこともない。
「そんなの…わかんないよ」
『ユリウスと一緒にいると嬉しい?』
「…うん」
『一緒にいないときもユリウスのこと考えてる?』
「…考えることもある、かもしれない」
『ユリウスの役に立ちたい?』
「…立てるなら」
『ねぇ、サーシャ。君は知らないかもしれないけどね、その気持ちを好きって言うんだよ』
 そう教えるオースの声は優しかった。
 「恋」と口の中で言葉にする。脳裏に浮かんだのはユリウスの笑った顔。胸が温かくなるのを感じた。けれど、と言葉にする。
「…でも、私と王子じゃあ、違いすぎる」
 胸に抱くこの気持ちが「恋」だとしても、サーシャはどうすることもできなかった。平民と第二王子。身分も価値観も違いすぎる。
『違うね。でも、違うから、何なの?』
 サーシャの言葉に、心底わからないという表情を浮かべオースは首を傾げた。
「…もし私が、王子を…好きでも、どうすることもできないよ。王子が私を好きになってくれるなんて、ありえないだろうし。だから、…いいの。私は、メイド。ただ、それだけ」
『…ユリウスに好きになってもらえなかったら、サーシャ、死んじゃうの?」
「え?」
『どうなの?』
「…そんなことないけど」
『なら、いいじゃん』
 あっけらかんとオースは言った。翼を広げ、部屋を一周する。そして、サーシャの肩にとまった。
「オース?」
『死ななければ、なんだってできるんだよ?サーシャ、知らないの?』
 当たり前のことを告げるようにオースは言う。
『死ななければ、諦めることも、もっと頑張ることも、なんでもできる。だからさ、サーシャの好きなようにしたらいいよ。ユリウスが好きだって言ってくれたら、一緒にいればいいし、好きじゃないって言ったら、家に帰ればいいじゃん。家に帰って他の人、好きになってもいいし、ずっとユリウスを好きでいてもいい。ね、簡単なことでしょう?』
「…」
『それとも、人間の世界じゃあ、相手と違うと好きになることすら許されないの?…もし、そうだとしたら、なんだか大変だね』
「…」
『でもさ、それって、誰が決めたの?』
 オースの素直な疑問に、確かにそうだなとサーシャは思う。好きになることは自由なはずだ。どんなに身分が違くても、どれだけ遠い存在だとしても。触れることは許されないかもしれない。でも、好きになることを止める権利は誰にもない。
 一緒に話をした。隣を歩いた。抱きしめてもらえた。
 好きになってもらうことはできないかもしれない。けれど、自分の気持ちを大切にすることくらい許されるはずだ。
 そこまで考えて、サーシャの胸にすとんと落ちるものがあった。胸が温かくなる。ユリウスが好きなのだと、心の奥が伝えている。
「そうだね、オース。…本当にそう」
 身分も、立場も関係ない。
 傍にいたい。
 声が聞きたい。
 今、大切なのはそれだけ。
『サーシャ、どうするの?』
 初めて人を好きになった。燃えるような恋ではない。静かで、けれど確かな想い。
 そこまで考えてサーシャは胸の奥に痛みを感じた。初めて人を好きになれた。それだけで十分なはずなのに。
 痛みの原因を探れば、それはとても簡単なこと。
「でも、それじゃあ、足りないみたい」
『サーシャ?』
「ねぇ、オース。私は欲張りだから、思っているだけ、なんてできないみたい。自覚したらきっと、もっと好きになる。…もっと、好きになったら、きっと私のことも好きになってもらいたくなる」
 同じ気持ちを願わなければ傍にいられるのかもしれない。けれど、胸の痛みを感じたままここにいることはサーシャにはできそうもなかった。
 届かないことよりも、手を伸ばせないことの方がつらい。
「でも、きっとそんなの無理だよね?だって、…相手はこの国の第二王子なんだから。…だから、傍にいたいけど、…傍になんか、いられないよ」
 好きになってもらうことを望まない代わりに、隣を歩いた日々を時より思い出すことくらいは許してもらえるだろうか。
『サーシャ…』
「帰ろう、オース」
『本当にいいの?それで』
 伺うオースに、サーシャは大きく頷いた。決意を浮かべた表情にオースはそれ以上言えなかった。
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