127 / 128
第百二十七話 私たちの日(2)
しおりを挟む「それでは、花嫁の入場です」
「いこうか、姉様」
「ええ」
掛け声と共に、弟のロベインと腕を組んだ。
扉が開き、拍手に囲まれながら一歩ずつ、ユーシアスの待つ誓いの場所へと
歩いて行く。
そして緊張で伏せていた目線をゆっくり上げた。
教会のステンドグラスから差し込んだ光に彼は照らされていて、
視線に気が付いたのか、こちらに微笑んでくれる。
それに、少し心が高鳴り、きっと幸せそうに微笑み返す。
「…あのお堅い姉様が好きな人の前ではあんなに幸せそうな顔をするなんて、
少し妬けちゃうな」
「あら、あなたの前ではお姉さんぶってただけで、
中等部の頃にはお母様やアナスターシャお姉様によく甘えたものよ」
「何それ初耳なんだけど」
ロベインが少し小声で話しかけてくる。
拍手がかなり大勢多数なので、その音で会話が周りに聞こえることはないだろう。
「だって、弟の前でくらいかっこいいお姉さんでいたいじゃない?
どうかしら、私、堂々と出来てた?」
きっと、薄情であった自信があるのに、こんなことを聞いてしまうとは本当に酷い姉だ。
学園にいる時は、「次期皇后」という立場に恥じない行動をすることに
手一杯で、気にかけてあげることなんて全くできなかった。
だからここで冷たい反応をされても、酷いなんて思えない。
だが確かに、公爵令嬢として、次期皇后としての努力を姿を知る家族は、
この弟しかいないのだ。
「…ネージュ公爵令嬢であった姉様も、剣聖であった姉様も、ヒルデ公爵夫人である姉様も、
今、愛する人の隣でほほ笑む貴方も…、私の知る姉様はきっと堂々としていて美しい。
姉様は、本当に自慢の姉様です。」
「!」
そう言ったロベインの声は少し、震えていて、濡れていた。
そして、組んでいた手が少し強くなったのが分かる。
薄情な姉の嫁ぐ日に、少しでも悲しいと思ってくれて、
貴方の努力をしっかり見ていたと言われた気がした。
そんな優しい言葉と気持ちで送り出してくれるとは、優しい弟だ。
「ロベイン…」
「さ、姉様。ここでお別れですよ」
ロベインに向けていた顔を、ハッとしてユーシアスに戻す。
分かっていたし、今自分はもう別の家の人間になったのだという自覚が無い訳ではない。
ただここが区切り目だという意識が湧いてならない。
今祝福の拍手を送ってくれる皆は、ネージュ公爵令嬢としてでなく、ヒルデ公爵夫人として
ヴィルテローゼを見ているのに違いない。
違いないが、こうした式として「夫婦」という証明が成立するのならば、
今から正式に、隣を歩いてくれる弟と、見守ってくれている母と姉とは別の家の人間に
なるという自覚が、急に湧いてきてしまったのだ。
「何をそんな顔をされているのですか。
…姉様が、愛する人と結ばれる日に笑ってくれないと、安心して送り出せないじゃないか。」
「…ごめんなさい。ありがとうロベイン。」
笑って、ユーシアスが差し出す手を取ろうとした時だった。
「大丈夫、別の家の人間になるからって、家族じゃなくなるわけでは
ないんですから。ネージュ公爵令嬢であったヴィルテローゼ・ネージュのことは、
私が忘れません。お幸せに、姉様」
「…ありがとう」
その言葉に、もう振り向きはしなかった。
揺らいだ気持ちを、決めた覚悟へとしっかり引き戻して、
ただまっすぐな目でユーシアスを見つめた。
それに応えてくれるようにユーシアスも微笑み、二人並んで皇帝となった
グラディウスに顔を向ける。
「新郎、ユーシアス・ヒルデ。
あなたはここにいるヴィルテローゼ・ヒルデを、病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います。」
「新婦、ヴィルテローゼ・ヒルデ。
あなたはここにいるユーシアス・ヒルデを、病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「よろしい。では誓いの口付けを」
グラディウスの声に、少し身を屈ませる。
そうして、ゆっくり、ベールが上がった。
ユーシアスの手が肩に触れ、そして目を閉じた。
彼とこうして結ばれるのは、少し長かったような気がする。
婚約破棄されて、剣聖になって、剣聖の人達と出会って、
カフェの店長になって、カフェを始めて、ユーシアスが常連さんになって、
許されないと思う恋心を抱いては、困難を乗り越えて、結ばれて。
結ばれたと思えば、事故に合い死を覚悟して、彼を心配して、笑った。
そして今、ヒルデ夫妻のことは少し大げさに描かれて
オペラ化したり、ロマンス小説の舞台になったりして、多くの人々が自分達のことを知っている。
それは少し恥ずかしくも、嬉しくもあって、なんだか複雑なのだが、むず痒い。
だが全部含めて乗り越えてきた、過ごした日々は愛おしく、つまりは彼とのことならば何でも幸せなのだ。
ユーシアスの唇が優しく触れ、そして離れた時、彼と目が合った。
「…ユーシアス、私幸せです。」
「ありがとう。俺もだよ」
「…いつまで見つめ合ってるんだい君たち」
「!…これは失礼いたしました。」
うっとりしていたのに気が付かれたのか、グラディウスが苦笑いとため息をこぼす。
普通の夫婦ならば教会の神父が誓いの言葉を尋ね、神の前で二人が結ばれたことを
認められるが、このルラシオン帝国では貴族同士の結婚は皇帝の承認の言葉が必要なのだ。
夫婦の誓いが終わり、グラディウスが両手を広げた。
「…まったく、本当に砂糖を吐かせにくる夫婦に変わりはないようだ。
…ではこの場をもって、ルラシオン帝国皇帝、グラディウス・ルラシオンの名において
ユーシアス・ヒルデとヴィルテローゼ・ヒルデが夫婦であることを認める!!」
その宣言に、もう一度祝福の拍手が起きて、皆にユーシアスと二人で微笑んだ。
「…うぅっ」
「やだユーシアス、もしかして泣いているのですか?」
「何回も言うが、君は元皇后だったのだぞ。
ライオス殿下との結婚式を嫌々見ることをずっと想像していたというのに、
こうして自分が長年片思いしていた女性と結婚できるなんて思っていなかったんだ…」
普段は少し強引で、しっかりしていて、冷血と言われるほど感情性が薄いのに、妻のことになると少しこの夫は弱くなるし
大袈裟だなと考えると、少し可笑しくて笑った。
「はいはい、またそれですか。
泣かないでくださいよユーシアス。今私はあなたの妻で、隣にいるしずっとお側におります。
だから…笑いましょう。記念すべき私たちの日に、私たちが笑わずに誰が笑うと言うのですか?」
ユーシアスの顔を覗き込んで、握る手を少し強めた。
それに応えるように、ユーシアスも強く握り返してくれる。
「そうだな。今日は、俺たちが世界で一番幸せな日なんだから…笑わなくてはな」
「ええ。その方が素敵です。」
お互い手を強く握って、祝福される幸せな日に微笑んでは、
もう一度唇を重ねた。
0
お気に入りに追加
1,578
あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

どーでもいいからさっさと勘当して
水
恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。
妹に婚約者?あたしの婚約者だった人?
姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。
うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。
※ザマアに期待しないでください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる