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第百二十六話 私たちの日(1)
しおりを挟む「香油!!もっと持ってきて!」
「皿の数が5枚足りないぞ!」
ある晴れた春の日、ヒルデ公爵領にある教会にて、
使用人達は大忙しだった。
「奥様!まだお目をお開けにならないで下さいまし!!」
「は、はいっ」
かれこれ一時間、ずっとヘアケアやメイクやらを侍女に任せている。やはり結婚式の主役であるからか、いつもより何もかもが念入りだった。
「おっ、終わりました!」
「ありがとう。」
鏡越しに映った自分の顔が、いつもより念入りにされた化粧のせいか、少し大人びたように感じる。
書類や身分からは正式な公爵夫人、なのであるが、
やはり大勢の前で、神の御前で結婚式を挙げるのだから
少し緊張していた。
「お美しゅうございます、奥様」
「ありがとう。…後はベールだけね。
前ネージュ公爵と、ネージュ公爵、リリエル侯爵夫人は
もうご到着されたかしら?」
「はい。こちらにご案内いたしましょうか」
「お願い」
この結婚式で、準備が終わった花嫁を、一番にユーシアスが
見ることは無い。
彼と会うのはバージンロードを歩いた先だ。
その夫と会う前に、"ベールダウン"といって、
母に花嫁の最後の身支度として、ベールを下ろし、送り出して貰う儀式のようなものがある。
ベールダウンは花嫁を邪悪な物から守る、という意味もあるが、
今日まで守ってきた大切な娘に、最愛の人と幸せな人生を送ってください、という意味もある。
それを前ネージュ公爵であった母、ブレティラに行ってもらわなければならない。
そして母ブレティラにベールダウンを行ってもらう瞬間を、
唯一の家族である、昨年家督を継ぎネージュ公爵となった弟、ロベインと、リリエル侯爵家に嫁ぎ、リリエル侯爵夫人であるアナスターシャに見守ってもらうこととなる。
「奥様、ご家族がお見えになりました。」
「お通しして」
侍女が頷き、扉を開けた。
そして、共にすごした時間は少なかったが、愛する家族に頭を下げる。
「本日はお越しいただきありがとう存じます、
前ネージュ公爵、ネージュ公爵、リリエル侯爵夫人。」
「お二人のおめでたい日にお招きいただき、ありがとうございます、ヒルデ公爵夫人。
…なんだかむず痒いな、おめでとう、姉様。」
形式的な挨拶に、代表としてネージュ公爵であるロベインが答えるが、すぐよく知る弟の顔に戻って、祝福の言葉を述べてくれた。
「ありがとうロベイン。今日はよろしくね」
「ああ。」
花嫁を花婿の元に送り出すのは花嫁の父、というのが定番だが、
父は早くに亡くなっている。
そのため、弟であるロベインとバージンロードを歩くということになっている。
「とても美しいわ、ロゼ。」
「ありがとうお母様。」
母が優しくこちらに微笑む。
事故に合い、昏睡状態から目覚めた時とても心配されて、
ブレティラとは時々会いに来てくれていたのだが、
侯爵夫人となったアナスターシャと会うのは五年ぶりで、かなり久しぶりであったため、少し緊張してしまう。
「あ、あの…お姉様」
何を言えば良いのかよく分からずに声を発してしまい、後悔したが、何も言わずにアナスターシャに抱きしめられる。
「…ずっと会いにこられなくて、ごめんなさいヴィルテローゼ。
会いたかったわ、私の可愛い妹…」
そう言ったアナスターシャの声はかすかに濡れていた。
姉にずっと会えなかったのには、理由がある。
リリエル侯爵領はネージュ公爵領やヒルデ公爵領とは遠く遠く離れた地にあり、そして姉の夫であるリリエル侯爵は病弱であるため
公務を代行することも少なくないと聞いた。
手紙のやり取りで心配はされていたが、彼女もリリエル侯爵夫人だ、自分の領地のことを最優先にしなければならない。
「本当に、お久しゅうございます。お姉様。
お姉様がお忙しいのは分かっておりますもの、大丈夫ですわ。」
「こんな薄情な姉を許してくれるなんて、優しい子。
遅くなったけれど、結婚…本当におめでとうね。」
「ありがとうございます。」
「…さぁ、アナスターシャ、ロベイン。
時間もあまりない事だし、ヴィルテローゼを送り出す儀を見守っていてちょうだい。ベールをこちらに」
ブレティラが薔薇のベールを被せ、そして下ろしてくれた。
そして、ベール越しに母の微笑む顔が見える。
「どうかあなたが何かに苛まれることなく、
幸せでありますように。神よ、どうか私の愛しい娘を、
愛する娘を永遠にお守りください…」
その台詞に、ぐっと何かが、込み上げてくる。
婚約破棄されて、聖剣と剣聖に選ばれて、愛する人に出会って、
事故に合って、泣いて、笑って、また泣いて笑って、
今日愛する人と結ばれる。
それがあったのも、過ごした時間は共に少なくとも、今ここにいてくれる家族があってこそだった。
「お母様、お姉様、ロベイン……、
今までっ、お世話になりました……」
「ええ。私達も、ありがとうヴィルテローゼ。」
「愛しているわ。ずっと、幸せにね」
「ずっと、姉様の幸せを願っているよ。
さ、そろそろ行こうか」
「ええ。」
家族の祝福の声に頷き、ロベインの手を取り、
ユーシアスが、大勢の人が待つ扉の前に立つ。
「それでは、花嫁の入場です」
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