ヒロインに剣聖押し付けられた悪役令嬢は聖剣を取り、そしてカフェを開店する。

凪鈴蘭

文字の大きさ
上 下
121 / 128

第百二十一話 「ロゼ」より、私達より感謝をこめて(4)

しおりを挟む


「素敵なお店だね。初めて来たよ」

店に入ってきたのは30代ぐらいのスタイルの良い男性だった。
その男性はコートと帽子を脱ぐと、カウンター席に座る。

「いらっしゃいませ。お褒めいただきありがとうございます。」
「こじんまりとしたカフェは好きだよ。
…にしても、こんなお店あったかな」
「あぁ、そんなにこのお店開いて年数が経っていないんです。
それに別の仕事で事故にあってしまいまして、1年間昏睡状態だったみたいで…。」
「それは大変だったね」
「いえ、すみませんお客様にこんな話」
「構わないよ。コーヒーをたのめるかな」
「かしこまりました。あの、お客様。
甘いものはお好きですか?」

バターケーキをサービスで出そうと思っているとはいえ、
甘いものが苦手な人だっているはずだ。
きちんと聞いておかないと後で申し訳なさそうな顔をさせてしまうかもしれない。

「ああ。先程から良い香りがするね。ケーキかな?」
「あ、はい。実は今日でこのお店、閉店なんです。
ですから少しばかりの感謝の気持ちとして、バターケーキを
サービスさせて頂いております。」
「閉店なのか。なるほど…。甘いものは大好きだよ、頂いてもいいかな」
「はい!」

テーブルにコーヒーとバターケーキを置く。
「お待たせ致しました、コーヒーでございます。」
「ありがとう。…いいお店なのに勿体ないな」
「その、私結婚はしてるんですが、まだ正式な式は執り行えていなくて。その式を迎えて、主人の大切にする家を守るって決めたので、このお店は続けられないんです。」

ユーシアスは最後まで心配してくれていたが、決めたものは決めた。公爵夫人としての威厳も必要であり、そして女主人としての役割をこなしていくのならこの店を続けることは出来ない。

「良い奥さんだことだ。進む道がしっかり分かっているのなら
若干心残りがあっても大丈夫そうだね。」

男性がケーキを口に運んでから、
初めて会う客人に対して、かなりの個人話をしゃべってしまったことに今更気がつく。
でも初めてのお客様だからこそ、二度と会わないかもしれない人だからこそ沢山話すのもいいかもしれない。

「はい。」
「それは良かった。にしても、このケーキ美味しいね。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
「ああ。ケーキなんて久しぶりに食べたよ。
恥ずかしながら私は独身でね…子供の時を思い出したよ。」
「子供の時、ですか」
「ああ。家はそう裕福な家庭ではなかったから
ケーキなんて誕生日にしか食べられなかった。その日は
学校から帰ると母がケーキを焼いてくれていてね。
甘いスポンジの香りがして…うん、特別な香りだった。」

なんとなく、分かる気がした。
1年に1度しか感じることが出来ない、自分のために用意された
誕生日ケーキの特別な香り。
ふんわり甘い匂いが2階に広がり、スポンジがきちんと膨らんでいるかよく確認してはあと何分で焼けるのか、少しソワソワしながら
待っていたことを思い出す。

それは確かに子供ならではのものかもしれない、
大人になれば忘れてしまう香りであるものかもしれなかった。


「なんてね。もう閉店のようだが、久々に思い出せてよかったよ。ご馳走様。」
「いえ。分かりますよお客様の気持ち。
ありがとうございました。」

誰もいない店内で、
"またお越しください"そう言えないのが、少し寂しく感じた。
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

妻の死で思い知らされました。

あとさん♪
恋愛
外交先で妻の突然の訃報を聞いたジュリアン・カレイジャス公爵。 急ぎ帰国した彼が目にしたのは、淡々と葬儀の支度をし弔問客たちの対応をする子どもらの姿だった。 「おまえたちは母親の死を悲しいとは思わないのか⁈」 ジュリアンは知らなかった。 愛妻クリスティアナと子どもたちがどのように生活していたのか。 多忙のジュリアンは気がついていなかったし、見ようともしなかったのだ……。 そしてクリスティアナの本心は——。 ※全十二話。 ※作者独自のなんちゃってご都合主義異世界だとご了承ください ※時代考証とか野暮は言わないお約束 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第三弾。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】お飾りではなかった王妃の実力

鏑木 うりこ
恋愛
 王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。 「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」  しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。    完結致しました(2022/06/28完結表記) GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。 ★お礼★  たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます! 中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

処理中です...