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第百二十一話 「ロゼ」より、私達より感謝をこめて(4)
しおりを挟む「素敵なお店だね。初めて来たよ」
店に入ってきたのは30代ぐらいのスタイルの良い男性だった。
その男性はコートと帽子を脱ぐと、カウンター席に座る。
「いらっしゃいませ。お褒めいただきありがとうございます。」
「こじんまりとしたカフェは好きだよ。
…にしても、こんなお店あったかな」
「あぁ、そんなにこのお店開いて年数が経っていないんです。
それに別の仕事で事故にあってしまいまして、1年間昏睡状態だったみたいで…。」
「それは大変だったね」
「いえ、すみませんお客様にこんな話」
「構わないよ。コーヒーをたのめるかな」
「かしこまりました。あの、お客様。
甘いものはお好きですか?」
バターケーキをサービスで出そうと思っているとはいえ、
甘いものが苦手な人だっているはずだ。
きちんと聞いておかないと後で申し訳なさそうな顔をさせてしまうかもしれない。
「ああ。先程から良い香りがするね。ケーキかな?」
「あ、はい。実は今日でこのお店、閉店なんです。
ですから少しばかりの感謝の気持ちとして、バターケーキを
サービスさせて頂いております。」
「閉店なのか。なるほど…。甘いものは大好きだよ、頂いてもいいかな」
「はい!」
テーブルにコーヒーとバターケーキを置く。
「お待たせ致しました、コーヒーでございます。」
「ありがとう。…いいお店なのに勿体ないな」
「その、私結婚はしてるんですが、まだ正式な式は執り行えていなくて。その式を迎えて、主人の大切にする家を守るって決めたので、このお店は続けられないんです。」
ユーシアスは最後まで心配してくれていたが、決めたものは決めた。公爵夫人としての威厳も必要であり、そして女主人としての役割をこなしていくのならこの店を続けることは出来ない。
「良い奥さんだことだ。進む道がしっかり分かっているのなら
若干心残りがあっても大丈夫そうだね。」
男性がケーキを口に運んでから、
初めて会う客人に対して、かなりの個人話をしゃべってしまったことに今更気がつく。
でも初めてのお客様だからこそ、二度と会わないかもしれない人だからこそ沢山話すのもいいかもしれない。
「はい。」
「それは良かった。にしても、このケーキ美味しいね。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
「ああ。ケーキなんて久しぶりに食べたよ。
恥ずかしながら私は独身でね…子供の時を思い出したよ。」
「子供の時、ですか」
「ああ。家はそう裕福な家庭ではなかったから
ケーキなんて誕生日にしか食べられなかった。その日は
学校から帰ると母がケーキを焼いてくれていてね。
甘いスポンジの香りがして…うん、特別な香りだった。」
なんとなく、分かる気がした。
1年に1度しか感じることが出来ない、自分のために用意された
誕生日ケーキの特別な香り。
ふんわり甘い匂いが2階に広がり、スポンジがきちんと膨らんでいるかよく確認してはあと何分で焼けるのか、少しソワソワしながら
待っていたことを思い出す。
それは確かに子供ならではのものかもしれない、
大人になれば忘れてしまう香りであるものかもしれなかった。
「なんてね。もう閉店のようだが、久々に思い出せてよかったよ。ご馳走様。」
「いえ。分かりますよお客様の気持ち。
ありがとうございました。」
誰もいない店内で、
"またお越しください"そう言えないのが、少し寂しく感じた。
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