120 / 128
第百二十話 「ロゼ」より、私達より感謝をこめて(3)
しおりを挟む早朝、店内に甘い匂いが広がる。
スポンジが焼けた、ケーキの匂いだ。
「お、焼けたかな?」
オーブンからケーキを取り出して、焼き具合を確認する。
焦げてもいなく、生焼けでもない。
ケーキ屋のケーキと同様と言うとそうでもないが、
こじんまりとしたカフェの、手作りのケーキらしい良さが出ている。
スポンジのケーキが冷めるのをまって、手作りのバタークリームを
挟んで、塗ってケーキの端に花形のホワイトチョコを
飾りつければ、シンプルなバターケーキの完成だ。
「うん、いい出来」
落とさないようにそっと持ち上げ、冷蔵庫にしまっておく。
このバターケーキは、どのメニューを頼んでもサービスとして
出そうと思っている、感謝の気持ちのケーキ。
このお店に来てくれてありがとう、どうか覚えていてね
という、店員としての思いを込めたい。
ーカランコロン
来店を知らせる、可愛らしいベル。
このベルを、今日何回聞けるだろうか。
「いらっしゃいませ!……おや?ユーシアス??」
「いい匂いだな」
ユーシアスがカウンター席に座る。
格好は騎士団の制服のため、出勤前らしい。
「出勤前ですか、お客様」
そう声色を明るくして聞くと、ユーシアスがクスりと笑う。
「最初はビクビクしていたのに、今じゃすっかり店長だな。」
「あ、あの時は正体がバレないかってビクビクしてたんです~」
ユーシアスはこの店のお客様、常連様第一号だ。
あの時は正体がバレないかとビクビクしていたので、
緊張で目があちこちに行っていたのをよく覚えている。
「ご注文は?」
「そうだな……じゃあ店長のオススメで」
「ええっ…まぁいいですけど」
オススメ…と言われても少し困ってしまった。
だがすぐに何を作るかを思いつく。
食パンを切り、トースターで焼き目が着くまで焼く。
焼けたら、バターを薄く塗って、手作りのアイス、木苺、バナナを
乗せチョコチップを眩したらホワイトチョコソースをかける。
そしてレタスをちぎってキュウリを切り、トマトを乗せ
ドレッシングをかけて、温めていた紅茶をカップに注いだ。
「お待たせしました、モーニングセットにトッピングの
バニラアイス、木苺、バナナ、チョコチップ、ホワイトチョコソースをさせて頂いた物と、シーザードレッシングのサラダ、
紅茶はダージリンでございます。」
「…よく覚えていたな」
「ふふ、懐かしいですね」
朝から甘々な朝食メニューだが、これはユーシアスが初めて来店した日に頼んだメニューと全く一緒のものだ。
お堅い騎士団長が偉く甘いものを食べるのだとあの時は信じられなかったものだ。それが今となれば夫な訳だが。
「いただきます」
「召し上がれ」
美味しそうにユーシアスがパンを頬張るのを頬杖をついて
眺める。これも店長を毎日していた時は、毎日の楽しみだった。
「…ねぇ、ユーシアス」
「ん?」
「もしかして、出勤前に一番に来てくれたのって
今日が最後なのと関係あります?」
「そう、だな」
ゴクンと最後の一口をユーシアスが飲み込むと、
あまり見せてくれない、誇らしげみたいに見える表情を作って笑う。
「俺がこの店のお客第一号だし、あの日は好きな子見たさにだったけど、ビクビクしてたその子が今や奥さんで、胸張って店長やってるんだなーって思いに来た」
「何ですそれ」
「はは」
ユーシアスがカウンター席から手を伸ばし、左手に触れ、
結婚指輪を愛おしげに見つめてくる。
どうやら何かを実感しに来たかったようだ。
「…ご馳走様でした。じゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ユーシアスを出口まで見送り、手を振り、店に戻る。
「…あら、バターケーキお出しするの忘れてた。
でもあれだけ甘いものを食べてたんだから、うーーん、いいか。」
余ったら持って帰ろうと決めてキッチンに戻る。
「空いてるかね」
「はぁい、いらっしゃいませ!」
0
お気に入りに追加
1,578
あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる