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第百二十話 「ロゼ」より、私達より感謝をこめて(3)
しおりを挟む早朝、店内に甘い匂いが広がる。
スポンジが焼けた、ケーキの匂いだ。
「お、焼けたかな?」
オーブンからケーキを取り出して、焼き具合を確認する。
焦げてもいなく、生焼けでもない。
ケーキ屋のケーキと同様と言うとそうでもないが、
こじんまりとしたカフェの、手作りのケーキらしい良さが出ている。
スポンジのケーキが冷めるのをまって、手作りのバタークリームを
挟んで、塗ってケーキの端に花形のホワイトチョコを
飾りつければ、シンプルなバターケーキの完成だ。
「うん、いい出来」
落とさないようにそっと持ち上げ、冷蔵庫にしまっておく。
このバターケーキは、どのメニューを頼んでもサービスとして
出そうと思っている、感謝の気持ちのケーキ。
このお店に来てくれてありがとう、どうか覚えていてね
という、店員としての思いを込めたい。
ーカランコロン
来店を知らせる、可愛らしいベル。
このベルを、今日何回聞けるだろうか。
「いらっしゃいませ!……おや?ユーシアス??」
「いい匂いだな」
ユーシアスがカウンター席に座る。
格好は騎士団の制服のため、出勤前らしい。
「出勤前ですか、お客様」
そう声色を明るくして聞くと、ユーシアスがクスりと笑う。
「最初はビクビクしていたのに、今じゃすっかり店長だな。」
「あ、あの時は正体がバレないかってビクビクしてたんです~」
ユーシアスはこの店のお客様、常連様第一号だ。
あの時は正体がバレないかとビクビクしていたので、
緊張で目があちこちに行っていたのをよく覚えている。
「ご注文は?」
「そうだな……じゃあ店長のオススメで」
「ええっ…まぁいいですけど」
オススメ…と言われても少し困ってしまった。
だがすぐに何を作るかを思いつく。
食パンを切り、トースターで焼き目が着くまで焼く。
焼けたら、バターを薄く塗って、手作りのアイス、木苺、バナナを
乗せチョコチップを眩したらホワイトチョコソースをかける。
そしてレタスをちぎってキュウリを切り、トマトを乗せ
ドレッシングをかけて、温めていた紅茶をカップに注いだ。
「お待たせしました、モーニングセットにトッピングの
バニラアイス、木苺、バナナ、チョコチップ、ホワイトチョコソースをさせて頂いた物と、シーザードレッシングのサラダ、
紅茶はダージリンでございます。」
「…よく覚えていたな」
「ふふ、懐かしいですね」
朝から甘々な朝食メニューだが、これはユーシアスが初めて来店した日に頼んだメニューと全く一緒のものだ。
お堅い騎士団長が偉く甘いものを食べるのだとあの時は信じられなかったものだ。それが今となれば夫な訳だが。
「いただきます」
「召し上がれ」
美味しそうにユーシアスがパンを頬張るのを頬杖をついて
眺める。これも店長を毎日していた時は、毎日の楽しみだった。
「…ねぇ、ユーシアス」
「ん?」
「もしかして、出勤前に一番に来てくれたのって
今日が最後なのと関係あります?」
「そう、だな」
ゴクンと最後の一口をユーシアスが飲み込むと、
あまり見せてくれない、誇らしげみたいに見える表情を作って笑う。
「俺がこの店のお客第一号だし、あの日は好きな子見たさにだったけど、ビクビクしてたその子が今や奥さんで、胸張って店長やってるんだなーって思いに来た」
「何ですそれ」
「はは」
ユーシアスがカウンター席から手を伸ばし、左手に触れ、
結婚指輪を愛おしげに見つめてくる。
どうやら何かを実感しに来たかったようだ。
「…ご馳走様でした。じゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ユーシアスを出口まで見送り、手を振り、店に戻る。
「…あら、バターケーキお出しするの忘れてた。
でもあれだけ甘いものを食べてたんだから、うーーん、いいか。」
余ったら持って帰ろうと決めてキッチンに戻る。
「空いてるかね」
「はぁい、いらっしゃいませ!」
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