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第百十八話 「ロゼ」より、私達より感謝をこめて(1)
しおりを挟むぼーっと、鏡を見つめて自分の髪を櫛でといで、就寝の準備をしていた。
考えるのは、明日が愛する店の最終日だということばかり。
悲しいがユーシアスに我儘をこれ以上言うつもりは無いし、
そしてこうも2日間とは短かったかな、と案外驚いているのかもしれない。
「どうした?何か考え事か?」
するりと、ユーシアスが後ろから抱きついて来る姿が
鏡に映る。
それに心配させまいと微笑み、「大丈夫ですよ」とだけ言った。
仕事の事故からの一件から、落ち着いたとはいえユーシアスの
考えが過保護になりがちになっている。
あまり些細なことで重荷になりたくない。
「本当か?」
「ええもちろん。少したそがれていただけなので」
「…カフェのことを考えていたんだな」
「まあそんなことろです。……明日が、最後なので」
落ち込む姿を見せればユーシアスは「やっぱり店を残すか?」
と聞いてきかねない。
ユーシアスと結婚して、公爵夫人になった今、騎士団長という務めがある夫に変わって屋敷を管理する第二の主は
当然公爵夫人である。
その女主人は暇である訳がなくそれなりに忙しい。
彼に寄り添い歩いていくと決めたゆえに、店を閉めることは
我慢でもしょうが無くでもない、自分の意思で明日区切りをつけようとしているのだ。
それにもうすぐ結婚式があるし、お腹の子も産まれる。
何かが疎かになることになど、したくないのだ。
「…ロゼ」
「あ、あの、ユーシアス……」
やはり店を残そうと言い出してくれるのではないかと思い、
ユーシアスの言葉を遮ったつもりだった。
「分かってる、ロゼの気持ちは分かってるから、
店は明日限りで終わりだろう。ロゼの気持ちをなかったことになんてしたくないからな。」
「…ユーシアス」
どうやらきちんと気持ちは伝わっていたのだと、安心して微笑んだ。
「明日が最後だ、きちんとお客様に感謝の気持ちを伝えて
終わりにしよう。」
「ええ、もちろん。」
朝4時、何だか目が早く覚めてしまって寝台で身を起こした。
店が終わってしまうことは悲しいはずなのに、何だかソワソワしている。まるで遠足の前日眠れない子供のようだ。
支度をしようにも、使用人は誰一人として起きていないだろうし、
起きているのは屋敷の警備に当たっている者ぐらいだろう。
勝手に支度をして出ていってしまっては、横に寝ている夫が
血相を変えて探し回るかもしれない。
そう考えて、ユーシアスの寝顔を見てクスリと笑った。
「…んん、ロゼ?」
「あらごめんなさい、起こしてしまったかしら」
「今何時だ?…まだ暗いな」
「4時ぐらいよ。」
日は登りきっておらず、まだ肌寒い。そんな時間に起こしてしまって少し申し訳ない。
「…体を、冷やすぞ」
「ひゃっ」
寝ぼけているのか、ユーシアスに布団の中に引きずりまれる。
「ちょ、ちょっとユーシアス…」
「暖かいな…」
どうやら完全に寝ぼけているらしい。顔がふにゃふにゃと笑っている。彼がこんな顔をするのは寝ぼけている時と酔っ払っている時だけだ。それにふふ、と苦笑いする。
「…まったくもう。……ねぇ、ユーシアス」
「んん…?」
こうしたユーシアスとの何気ない会話をして幸せに毎日を過ごしているなと
思った時、今夫婦なんだなと思うとすごく幸せを感じる。
どうやら寝ぼけているようだし、少し恥ずかしいことを言っても、
覚えていなさそうだ。こういうとこは、きちんと彼が起きている時に伝えた方が喜びそうだが、どうも気恥しい。
「あのね、本当にユーシアスには感謝してるの。
…いつだって、あなたはそばに居てくれた。
告白してくれた時も、真っ直ぐな目で見つめて、剣聖であることは関係ないって、ずっと前から私を好きだって言ってくれた時、すごく嬉しくて…何してるんだろって、迷ってた私を見つけてくれた様な気がしたの。それで、こうやって今もそばに居てくれる。
……本当にありがとう、ユーシアス。」
ユーシアスの顔は恥ずかしくて見れないし、返答がないから
寝ているのだろうと、抱きしめ返して呟いた。
「…愛してるわ、ユーシアス。」
起きてないよね?とやはり心配になって、顔を除く。
暗くてよく見えないが、彼の青い瞳がぱちりと開いていたのは分かった。そして目が合った瞬間、ユーシアスの顔がカーッと
赤くなったのが分かる。
「………っ!?お、起きていたの!?」
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