117 / 128
第百十七話 幸甚なひとりごと(3)
しおりを挟む「恋話に花を咲かせていたの?邪魔したかな」
雪のように白い肌、きらきらと光るサファイアの瞳、
そして艶やかで美しい天使の羽…元剣聖No.12でシアンの剣の
師であるアルカンジュが店の入り口に立っていた。
「…あ」
あまりの美少女さに声が詰まる。これで30歳だなんて信じられない。
お大人びた声と口調ではあるが、見た目はまだ幼い無垢な少女のようだ。
「あなた今日非番だったのに駆り出されて私とのデートすっぽかしたじゃ
ないのよ!お仕事は終わったの?」
恋話などしていれば「殺される」だのなんだの青い顔をしていたシアンが
ぷりぷりと怒るように頬杖をついた。
シアンが言うにはアルカンジュは呼び出されデートをすっぽかしたらしい。
要するに店に来たのは暇つぶしだったわけだ。
「それについてはきちんと謝罪したでしょう。埋め合わせは必ずするし、仕事はもう片付いたから
愛する伴侶の所に戻ってきたんじゃない。探したわ」
「やだアルカンジュったら…別に怒ってないのよ、仕事なんだし」
目の前で堂々といちゃつかれてしまう。
しかも普通にシアンは怒っていた素振りを見せていたのに簡単にほだされている。
ちょろい…と思ってしまったことは口に出さないでおこう。
「すみません、いらっしゃいませ。ご挨拶もせずにすみません。
お席にどうぞ」
「ああ、ごめんなさい。ありがとう。
あなたがヴィルテローゼさんね。…あら、公爵夫人にさんは無礼だったかしら」
「こうしてお話するのは初めてですね。ヴィルテローゼ・ヒルデと申します。
公爵夫人ではありますが、この店にいる間はここの店長にすぎませんから
何とでもお呼びくださいませ」
と、胸に手をあてて頭を下げた。
「やだ、そちらもそんなにかしこまらないで。
それにしても赤薔薇の君に会えるなんて光栄だわ」
「赤薔薇の君…?」
赤薔薇の君…だなんてコテコテのロマンス小説の主人公を象徴
するような名で呼ばれたのは初めてだ。
「あら知らない?今帝都ではやってるのよ。
赤薔薇の姫は公爵との愛に溺れる…っていう題名の小説があってね。
その小説の主人公、ローゼはあなたがモデルなんだから!」
「はあああああ!?」
驚きのあまりティーカップをひっくり返すところだった。
帝都で流行る小説のモデルになっていたなんて初耳である。そんな
恥ずかしい事態になっていたなど外に出ていなかった故に知る由もなかったわけだが。
「だってロマンチックじゃない。
皇太子に婚約破棄されるという危機の末、この国の汚れ仕事である剣聖に
選ばれた公爵令嬢…辛い日々を乗り越え、そしてその公爵令嬢に長年横恋慕
していた公爵に溺愛され結婚したと思えば、仕事中の事故で帰らぬ人となるかもしれなかった
妻を信じて待った公爵…、そして妻が目覚めた今、再び強い絆で結ばれた夫婦…
素的要素しかないんじゃないかしら。書きたくなるのもわかるわ」
偉く話が美化されているのは気のせいだろうか。本当はもう少し
ドロドロとしたようなものだったような気がするが、幸せとなった今では
気にするところではない。
「なんかごめんなさいね、アルカンジュはロマンス小説が大好物なのよ」
「いえいえ…。夫に知られるとちょっとアレですけれど…」
「団長にその本を貸したら熟読してたわよ。残念ね」
「ええええええ!?」
そんな事実、知りたくなかった…とどんよりした顔でユーシアスの馬を
店の前で待っていた。
「すまないロゼ、待ったか?」
「いいえ、ありがとございます。お忙しいでしょうに」
「身重の妻を一人で帰らせれる夫がいるか?さ、帰ろう」
それなら使用人の誰かを迎えに出させればいいのに、と思ったが、
こういうところがユーシアスの優しいとことだ。黙っておこう。
馬車に乗り込み、今日あった出来事を雑談程度にしゃべる。
ユーシアスはどんな話をしてもきちんと聞いてくれるし、まるで愛おしい物を
見つめるかのような視線を送られるのは少し気恥しいが、そういう彼のことも
好きなんだろうなと思うと、こちらも恥ずかしい。
「ロゼ?」
「ああ、あとアルカンジュさんから聞いたんですけど、
私達がモデルの小説を熟読していたとお聞きしたんですけど?」
「なかなか面白かったよ。
まあロゼは『お願い、ユーシア…もっと酷くして』なんて言わないがな」
どうやらヴィルテローゼが「ローゼ」でユーシアスは「ユーシア」
という風にもじられているらしいが、今はそこではない。
予想はしていたが、やはりそういうシーンも含まれているようだ。
「ちょっ…!」
「ああ、そういえば人気が物凄いからミュージカルの講演にも
なると聞いた。今度一緒に見に行こうか」
屋敷について、馬車を降りた時、ユーシアスがとんでもない
爆弾を投下してくる。
「みに…見に行くわけがないでしょうがっ!!」
という叫び声がヒルデ邸に響き渡った。
0
お気に入りに追加
1,578
あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい
宇水涼麻
恋愛
ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。
「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」
呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。
王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。
その意味することとは?
慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?
なぜこのような状況になったのだろうか?
ご指摘いただき一部変更いたしました。
みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。
今後ともよろしくお願いします。
たくさんのお気に入り嬉しいです!
大変励みになります。
ありがとうございます。
おかげさまで160万pt達成!
↓これよりネタバレあらすじ
第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。
親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。
ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる