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第百十七話 幸甚なひとりごと(3)
しおりを挟む「恋話に花を咲かせていたの?邪魔したかな」
雪のように白い肌、きらきらと光るサファイアの瞳、
そして艶やかで美しい天使の羽…元剣聖No.12でシアンの剣の
師であるアルカンジュが店の入り口に立っていた。
「…あ」
あまりの美少女さに声が詰まる。これで30歳だなんて信じられない。
お大人びた声と口調ではあるが、見た目はまだ幼い無垢な少女のようだ。
「あなた今日非番だったのに駆り出されて私とのデートすっぽかしたじゃ
ないのよ!お仕事は終わったの?」
恋話などしていれば「殺される」だのなんだの青い顔をしていたシアンが
ぷりぷりと怒るように頬杖をついた。
シアンが言うにはアルカンジュは呼び出されデートをすっぽかしたらしい。
要するに店に来たのは暇つぶしだったわけだ。
「それについてはきちんと謝罪したでしょう。埋め合わせは必ずするし、仕事はもう片付いたから
愛する伴侶の所に戻ってきたんじゃない。探したわ」
「やだアルカンジュったら…別に怒ってないのよ、仕事なんだし」
目の前で堂々といちゃつかれてしまう。
しかも普通にシアンは怒っていた素振りを見せていたのに簡単にほだされている。
ちょろい…と思ってしまったことは口に出さないでおこう。
「すみません、いらっしゃいませ。ご挨拶もせずにすみません。
お席にどうぞ」
「ああ、ごめんなさい。ありがとう。
あなたがヴィルテローゼさんね。…あら、公爵夫人にさんは無礼だったかしら」
「こうしてお話するのは初めてですね。ヴィルテローゼ・ヒルデと申します。
公爵夫人ではありますが、この店にいる間はここの店長にすぎませんから
何とでもお呼びくださいませ」
と、胸に手をあてて頭を下げた。
「やだ、そちらもそんなにかしこまらないで。
それにしても赤薔薇の君に会えるなんて光栄だわ」
「赤薔薇の君…?」
赤薔薇の君…だなんてコテコテのロマンス小説の主人公を象徴
するような名で呼ばれたのは初めてだ。
「あら知らない?今帝都ではやってるのよ。
赤薔薇の姫は公爵との愛に溺れる…っていう題名の小説があってね。
その小説の主人公、ローゼはあなたがモデルなんだから!」
「はあああああ!?」
驚きのあまりティーカップをひっくり返すところだった。
帝都で流行る小説のモデルになっていたなんて初耳である。そんな
恥ずかしい事態になっていたなど外に出ていなかった故に知る由もなかったわけだが。
「だってロマンチックじゃない。
皇太子に婚約破棄されるという危機の末、この国の汚れ仕事である剣聖に
選ばれた公爵令嬢…辛い日々を乗り越え、そしてその公爵令嬢に長年横恋慕
していた公爵に溺愛され結婚したと思えば、仕事中の事故で帰らぬ人となるかもしれなかった
妻を信じて待った公爵…、そして妻が目覚めた今、再び強い絆で結ばれた夫婦…
素的要素しかないんじゃないかしら。書きたくなるのもわかるわ」
偉く話が美化されているのは気のせいだろうか。本当はもう少し
ドロドロとしたようなものだったような気がするが、幸せとなった今では
気にするところではない。
「なんかごめんなさいね、アルカンジュはロマンス小説が大好物なのよ」
「いえいえ…。夫に知られるとちょっとアレですけれど…」
「団長にその本を貸したら熟読してたわよ。残念ね」
「ええええええ!?」
そんな事実、知りたくなかった…とどんよりした顔でユーシアスの馬を
店の前で待っていた。
「すまないロゼ、待ったか?」
「いいえ、ありがとございます。お忙しいでしょうに」
「身重の妻を一人で帰らせれる夫がいるか?さ、帰ろう」
それなら使用人の誰かを迎えに出させればいいのに、と思ったが、
こういうところがユーシアスの優しいとことだ。黙っておこう。
馬車に乗り込み、今日あった出来事を雑談程度にしゃべる。
ユーシアスはどんな話をしてもきちんと聞いてくれるし、まるで愛おしい物を
見つめるかのような視線を送られるのは少し気恥しいが、そういう彼のことも
好きなんだろうなと思うと、こちらも恥ずかしい。
「ロゼ?」
「ああ、あとアルカンジュさんから聞いたんですけど、
私達がモデルの小説を熟読していたとお聞きしたんですけど?」
「なかなか面白かったよ。
まあロゼは『お願い、ユーシア…もっと酷くして』なんて言わないがな」
どうやらヴィルテローゼが「ローゼ」でユーシアスは「ユーシア」
という風にもじられているらしいが、今はそこではない。
予想はしていたが、やはりそういうシーンも含まれているようだ。
「ちょっ…!」
「ああ、そういえば人気が物凄いからミュージカルの講演にも
なると聞いた。今度一緒に見に行こうか」
屋敷について、馬車を降りた時、ユーシアスがとんでもない
爆弾を投下してくる。
「みに…見に行くわけがないでしょうがっ!!」
という叫び声がヒルデ邸に響き渡った。
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