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第百十三話 再びの証(2)
しおりを挟む家出?騒動のあれこれがあった以来、ハヤテとは会えていなかった。
それはもちろん、ハヤテに告白めいたことを言われてしまったからだ。
身分としては公爵夫人、つまりは人妻…そして子供を授かっているに
関わらず正直に気持ちを伝えられて困惑しかしなかった。
その人が突然目の前に現れて、言葉が出なかった。
「…座っていーの?」
ハヤテが口を開いたことにようやく固まった体が動き、
ぎこちなく答えた。
「え、ええ…。お好きな席にお座り下さい…」
「あんがと」
店内にはルボニーが出て行った後、しかも早朝というだけあってお客はハヤテだけ。
しかもまさかのカウンター席をチョイスしてくるものだから
体がぎくしゃくしてしょうがない。
「…んなに怯えなくても何もしねえっての」
「えっ!?う、うん…そうですよね」
確かにそうだ、ここは店内であるわけであって…いや、店内じゃなくても
何かしてくるような人間ではないか、と心を落ち着かせる。
だが何かするつもりがなくても「何か」は言いに来ているはずだ。
ただ朝食を食べに来ただけ…だけであればこの前のは何だったのかという話である。
「…あの、あれだ。この前のことは忘れてくれ」
「あ、はい…」
どうやらそれが今日の本題だったらしい。
気まずくて頼まれてはいなかったチーズティーをテーブルに出したヴィルテローゼの手首を、
「なかったことにしろ」なんて言ったハヤテは掴んだ。
「…ハヤテ?」
「……あーーーー」
手首を掴んだまま、ハヤテはテーブルにうつ伏せになる。
「ごめん、ローアン。やっぱりなかったことすんな」
それにピクリと身体が跳ねる。
「…と、いいますと」
「俺が…お前って女を好きだったってちゃんと、やっぱりちゃんと覚えといて。
好きだよ、ローアン」
いきなりのきちんとした告白に頭が追い付かなかった。
確かにこの前話したことで、ハヤテに好意を持たれていたことはいくら鈍い
ヴィルテローゼでも理解した。
それで気まずい再会をしたと思えば、「無かったことにしてくれ」の次に
きちんとした告白をされてしまう。
「えっと…ごめんなさい」
「んなことは分かってんだよばーか」
「ええ!?」
「わかってんよ、お前は人妻で、もう子供もいて、手が届かない人で、
それ以前に俺がそんなこと言える資格がねえ人間だってことも…。
だけど、だけどな…お前がユーシアスのことで苦しんでんなら、人妻も子持ちも関係なく、
身を引かねぇって思った決意は本当だった。…まあ幸せそうな顔見る限りそんなもんは必要なさそうだけど。
でも、言わなかったら本当に無かったことになるだろ?
だから、お前への気持ちは本当にそうだったって…伝えたかったわけで。
つ、つまりは…」
「つまりは?」
「今日は、お前にきちんとフラれにきたのぉ…」
目が合ったハヤテの瞳には、少し泣いたような跡があって、
どれほどこの話を伝えにくるのに苦しんだかが、分かる様だった。
そしてこの前言ってくれたことが、本心であったことも、十分に伝わる。
「つってもさっき普通にごめんなさい言われたけどな!!
はいこの話終了!それだけだからさ…」
「あの、ハヤテ」
「あ?言っとくがこれ飲んだら帰るし友達でいて下さいはなしな!!
まずまずお前のこと友達認識してねえし女々しい元同僚だとでも思っときな!
あんま惨めにするようなことは言ってくれるなよ」
ならば何を言うのが正解なのかと口ごもる。
フラれにきたとか堂々と言ったくせしてこちらの話は聞く気がないらしい。
だがこれで終わるのはなんだか違う気がして、いや、納得がいかなかった。
「話を聞きなさいよこの馬鹿元同僚!!」
「あぁ!?」
ハヤテがびっくりしたように、間抜けた声を出す。
「フラれにきったてんならきちんと私の話も聞いて下さいよ!」
「さっきおまえごめんなさいって言ったじゃねえかよ!!
それで俺はすでにフラれてんだろぉが!!」
「だったらありがとうぐらい言わせろ!」
「!」
「あは、間抜けな顔…。
言っときますけど、これはその…好きでいてくれてありがとうとかの
お礼じゃないですから。人妻で子持ちで、普通ならそんな女のためにどうこうしようと
思わないと思うんですけど、私のことを、この子のことも、守ろうとしてくれたあなたの気持ちに、
ありがとうって…思います。ありがとうハヤテ。
それと、剣聖としても、騎士団大佐としても大変お世話になりました。」
「…おう。」
「だから資格がないとか言わないで下さい、私は…嬉しかったんですから」
「おう…」
ようやく言ったことに頷いてくれたハヤテに、安心してふにゃりとほほ笑む。
「ありがとうございました、ハヤテ」
「…ん。それと」
「何です?」
「おめでと、ローアン」
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